1.ライサス王子とルリア姫
あるところに、長らく平和な国がありました。みんなが穏やかに暮らしている豊かな王国でした。
貴族たちは、上品な装いを楽しみ、芸術や音楽に親しんでいます。職人たちは良質な品物を次々と生み出し、商人たちはそれが手に入りやすいように取りそろえ、国外でもよい評判を得ていました。
農民たちも、農作業や動物たちの世話の合間に、草地に寝そべってお昼寝を楽しむようなゆとりがありました。
ライサス王子は、その国の王位を継ぐ予定の若者でした。
整った気品あふれる顔立ちをしていて、すらりとした長身。銀色のつややかな髪は風にそよぎ、澄んだ青空のような瞳はいつでも輝きに満ちています。
小さなころから武芸にも学問にも秀で、なんといっても人々に慕われていました。
王子には、婚約者がいました。親同士が身分や年齢を考えて、幼少のうちに決めた人です。
ルリア姫といって、王子のひとつ年下でした。
光をまとうような美しい顔立ちをしていて、金の絹糸のような髪はさらさらと背中を流れています。エメラルドグリーンの瞳は、神秘をたたえた湖のよう。清らかに響く声は、聞くものみなをうっとりとさせます。
賢くて、いつもやさしいほほえみを絶やさない姫を、誰もがほめたたえていました。
将来結婚することを考えて、周りの人たちは、二人が幼い子どものうちから会わせるようにしました。
それで、ライサス王子とルリア姫は、小さなころから何度も一緒に遊ぶ機会があり、とても仲よしになりました。
特に二人は観劇を楽しんでいましたので、そのお話を自分たちで演じて遊ぶのが大好きでした。
何しろ、二人は王子と姫。
冒険に旅立つ王子や魔法をかけられた姫、王宮のロマンスなど、高貴な人が多く登場する物語に自分たちを配役するのですから、まさに打ってつけです。
二人は社交界に入るころになっても、ずっとよい間柄でした。そうして、いつしか互いに愛し合うようになっていました。
ライサス王子とルリア姫は、いよいよ成人の年齢になり、正式に婚約しました。
家臣たちは、二人が喜んでくれるような盛大な結婚式を執り行おうと、熱意をもって準備を進めていました。
ところが、そのころから遠くの大国がこの国の豊かさに目をつけて、支配を企て始めたのです。
平和だった国が、重苦しい空気に包まれるようになりました。とうとう大国は、こちらへ軍隊を差し向けてきました。
軍事力を強化してきた敵国に、王子たちの国はなすすべがありません。
あっという間に国境付近に攻め込まれ、兵士たちが王都へ助けを求めてきました。
すぐさまライサス王子が援軍を引き連れて行くことに決まったのです。
知らせを受けたルリア姫は、王城へ駆けつけました。けれど急なことで、王子と二人きりで会うことさえ叶いませんでした。
すぐに出立の時刻がやってきたのです。
姫はひとめだけ会えた王子と、ほんのつかの間、向かい合います。
「ご武運を」
城中の人で見送るなか、ルリア姫は凛とした声でライサス王子に告げました。
士気を高める役目の王子に、姫は泣きごとは言えなかったのです。
本当は心配で心配で、胸が張りさけそうでした。
大国の軍勢はとても強く、もしかしたら援軍一行もみな戦で命を失ってしまうかもしれないのです。
それでも、人々に信頼されているライサス王子が行かなければなりません。
ルリア姫の美しい瞳が潤んでいるのを、誰もがみな分かっていました。
その緑色の両眼からは今にも涙がこぼれてしまいそうでした。しかし、姫は気丈にも耐えて、笑顔で送りだそうとしているのです。
ライサス王子も姫の本当の気持ちを知りながらも、あえて言葉をかけることができませんでした。ただゆっくりとうなずきます。
「必ず戦いに勝って、戻ってくるよ」
王子と姫の思いを、周りの誰もかもが痛いほど感じ取っていました。
絶対にこの二人を悲しませるような結果にはしたくない。王子と姫がまた会えて、平和のなかで結婚式を挙げられるようにするのだと。
そうみんながその場で誓ったのです。
心のなかでは切ない思いを抱え、名残惜しみながらも、王子と姫は互いにほほえみを交わして別れました。
そうしてライサス王子は、戦場へと向かっていったのです。
ルリア姫は、住まいのお屋敷から戦況や王子のことを気にかける日々を送りました。
国境の近くには、幼いころ王子と一緒に過ごした避暑地がひとつあります。ハーシェンという名の、自然あふれる田舎町でした。
そこも、大国に占領されてしまうかもしれません。
不安で心細く、ルリア姫は眠れません。毎日のように部屋の窓から夜空を見上げました。
家々の灯りが少なくなった夜更けの空には、たくさんの星が瞬いていました。夏から秋にかけての星座も見えて、無数のきらめく光がこちらへ投げかけられています。
姫は天の星に向かって、ライサス王子の無事を祈っていました。
そんなある夜のことです。
月は見えず、晴れた夜空にことさら星がきれいに映る晩でした。ルリア姫はその日に限って、いつも以上に心がざわざわとして落ち着きません。
何とか気持ちをしずめて、天空へと願いを込めていると、流れ星がひとつすうっと落ちていきました。
その途端、姫は王子とともにハーシェンの地に行ったときの出来事を思い出したのです。
第1話をお読みくださって、ありがとうございます。