見知らぬ乙女ゲーの世界に転生したらしいが、この世界はギャグすぎる
俺が前世の記憶を取り戻したのは7歳のころ。
貧乏貴族の次男として生まれ慎ましい生活をしていたある日、4つ上の兄貴と一緒に木登りをしていたら地面に落ちて頭を打ってしまい、それが切っ掛けで記憶を取り戻したってわけ。
ただ、大人の記憶を子供が見るのは大変だったのか、よく知恵熱が出るようになったわけよ。
だから遠出とかも出来なくてよく寝込んでて、社交界とかもあんまり出られず病弱坊やの完成。
いや、両親は心配してくれるし、兄貴も責任を感じたのかよく外の話しを聞かせてくれるし、弟妹たちも絵本を読んでくれるという家族の愛情を強く感じてます。
だから俺も前世の記憶は幼くて覚えてない頃のホームビデオを見せられたもんだと消化しきれて、寝込むことも少なくなっていった。
そして迎えた15歳。貴族の慣わしで魔法学園に入学することになって、家族から涙ながらの見送りを受けて一路王都へ。
そんな訳で貴族社会の常識とか全くないどころか、あんまり家族以外と関わってこなかった俺だけど、この世界に魔法があることは知っているから、魔法学校とかすっげー楽しみだ。
……そんなことを考えていた時期が俺にもありました。
あれから1年の月日が流れた。と、モノローグを入れて現実逃避してはみたものの、目の前の光景に変わりはないようだ。
「あら、そんなバスケットを持ってどうするおつもりなのかしら?」
「これはお世話になってる人たちに配ろうかと……」
バスケットを持つ女性の行く手を複数の女性が塞いでいる。
これで確信した、この世界乙女ゲームの世界だ。
前世でそういったゲームはやったことないんだけど、噂になら聞いたことがある。一般人の主人公が「ひどい」って嘆いて、貴族令嬢が「おーほほほ」って笑うやつでしょ。
なんかの漫画かゲームの世界かなーとは思ってたんだ。王子様とか俺様系とかキャラの強い人がいるし、2年になって今目の前にいるバスケットを持ってる金髪の女の子、特殊な能力持ちのルカミが転入してくるし。
そして何よりも――
「きゃっ」
俺の逃避から現実に呼び戻すように強い音がなり、ルカミの持っていたバスケットが叩き落とされ、地面にパイが転がり落ちた。もったいない。
「……ひどい」
俺が悶々としているとルカミが両膝をつけて落ちたパイを拾い、生地に付いてしまった土を手で払う。
そしてパイにかぶり付く。……これな。
「こんなに美味しいのにっ」
「おばかね、そんな安っぽいものをリヒテル様に食べさせる気だったの?」
「でもこれ以上食べても太ったら嫌だし……」
「あら何かしらジッと見つめて? わたくしの美しさに見惚れているのかし――ぐっ」
地面に転がって、しかも自分が食べたパイを悪役令嬢ことフィフティナ様の口に押し込んでるんですけど。
それはもうグイグイと。
「どうフィフティナさん、見様見真似で作ってみたけどけっこういけるでしょ?」
「ぐっぐぅ、げほっげほっ……何をなさいますの、こんな安物口に合うわけありませんわっ」
安物だとかそんな話なのか?
あー、さっき言いそびれたんだけど、この学園ってか貴族社会と関わって気付いたことがある。
この世界ギャグなんだよなー。本当に乙女ゲーム? どこを対象にしてるんだろって感じ。
だから今起こってるようなことは日常茶飯事だったりする。……いやな日常だなぁ。
まあそんなことよりも、ハンカチで口元を拭うフィフティナ様が取り巻きの1人を呼んだ。その子もバスケットを持っている。
そこから取り出されたのも、同じくパイ。
「こんな安価なモノの後はお口直しをしなくちゃいけないわ。このゴージャスでエレガントなパイでねっ」
ルカミを見下すように笑い、むしゃあぁと勝ち誇ったように食べる。
遠めにしか見えないけど、確かにパイのサクサク感や色艶でこっちの方が美味しそうに見える……けどよ貴族令嬢さん、丸かじりってどうよ。
「ひどいっ。さっき分けてあげたんだから、私にも分けて頂戴よ」
「おーほほほ、美味しい美味しいわぁ」
フィフティナ様の食べるパイを横取りしようとルカミが手を伸ばすが、当然フィフティナによって阻まれる。ガッツリと指と指をかみ合わせて中腰で力比べ。プロレスかな?
そして軍配は、ルカミに上がった。両手を掴んだままフィフティナのくわえるパイにかぶりついたのだ。
だが負けじとフィフティナも口を動かす。そして最後のリンゴ一欠けらを互いにくわえたところで動きが緩まった。
「ん、んっ」
「きゃーきゃーですわー」
取り巻きたちも盛り上がる中、先に口を離したのはフィフティナだった。赤らめた頬から汚れた口元までを手の甲で豪快に拭う。さっき口を拭いたハンカチ使いなよ。
「くっ、覚えてなさいっ」
そう言って駆け出す悪役令嬢たちの背中を見つめながら、口から垂らしたリンゴを啜ってルカミが一言。
「うーん、甘酸っぱい」
そっすか。
あんなイベントが起こった後だからか、改めて周囲を見回すとゲームの登場人物と思われる人たちに目が行く。
この学園には圧倒的な存在感を放つ4人の生徒がいて、別にグループ活動とかしてないし繋がりとかない人もいるけど、彼らをまとめて……いや、興味ないんで忘れたわ。
その中の1人、今も女生徒を引き連れている金髪のイケメンが視界に入ってきた。
彼の名はリヒテル。この国の王位継承権第一位の王子様だ。分け隔てなく優しいともっぱらの噂で、俺もちょっと話したことはあるけど、貧乏貴族の次男にも優しく声をかけてくれるいい人なのは間違いない。
間違いないんだけど……
「おや、昨夜の雨で水溜りが」
彼らの進む先には確かに小さな水溜り。
当然、横に避ければ済む話だが、リヒテル様は女性たちの方へと振り返り爽やかな笑みを浮かべる。
「君たちを汚すことは出来ない、さあ僕を踏んで先に進みたまえ」
「そんな~、リヒテル様を踏み台になんてー」
「遠慮することはない、さあっさあっ」
四つんばいになって女生徒たちに次々と踏まれ、鼻息を荒くする王子。彼の首にはなぜか荒縄が掛かっていて、服の中へと向かってるようにも見えるが、気にしてはいけない。だって誰も気にしてないし。
あちらこちらで「お優しいですわねー」といった声が聞こえてくる。大丈夫かこの学園。
そして騎士団団長の息子で王子の幼馴染みアイゼン様。
彼も騎士団に入るんだと鍛えていて、筋肉質で小麦色の身体はリヒテル様よりもひと回り大きい。
そんな彼が胸元の緩んだシャツを掴んで、パタパタと風を送りながら空を見上げる。
「なあ、今日ちょっと暑くないか?」
「そうですわね、ちょっと暑い気がしないでもありません」
「ああ、うん暑いしちょっと脱ぐわ」
「きゃー」
露出狂である。
上着だけでなくズボンも脱いで身にまとうのは赤褌一丁……おいファンタジー世界、スタッフは何考えてるんだ。しかも日によって白、黒、黄色とかバリエーション豊富だし。
「あ、あのアイゼン様」
肉体美に沸き立つ周囲の取り巻き女子たちだったが、その中で1人の女子が恥ずかしそうに俯きながら声をかけている。
そりゃ目の前で服脱がれたら恥ずかしいよな。と思っていたのは当初だけ。
「おっと忘れてた……ふぅ、貴族はタイをしなきゃならねぇのが面倒だ」
その格好が許されてるならユルユルなのでは?
アイゼンがネクタイを巻けば、恥ずかしそうにしていた女子もホッと胸を撫で下ろして、一緒に登校を再開させるのだった。淑女なんていないのか、この国。
そして学校に着けば校舎の入り口近くに人だかり。
彼らの視線の先には、お決まりの1年男子生徒の姿があった。まだ小さい彼は目立つように台に乗って、目の前の机をハリセンで叩く。
「さあさあ、今回も大絶賛間違いなしな商品ばかりだよ」
机の上にはいろいろな商品が置かれていた。
彼はたしかこの国の大商人の息子のノアだっけ。後輩だし、話したこともないから人となりとか知らないけど、見た感じとかは普通かな。
いや、でもどうだろ。他の変態たちと一纏めにされてる以上……。
「あっ、そろそろルカミ先輩が家を出るころだ。いつも通り5分で着くだろうし、もう店じまいかな。それじゃあ『おはようからおやすみまで』のノア商店、次回の開催をご期待ください」
ノアはそう言って可愛らしく笑うと、テキパキと後片付けを始める。変態だっ。ストーカーだっ。
しかし、俺の驚きを余所に周囲は普段通りの彼の言動に驚くこともなく、ワイワイと校舎へと入っていくのだった。変態が普通なのか、この世界。
そしてクラスに向かう途中、最後の1人とすれ違う。
3年のルーファス先輩だ。彼は手にカードを持ってシャッフルしながら歩いている。もうこの時点で変な人じゃね。
「おい、そこの」
先輩が呼びかけたのは俺ではなく、少し前を歩いていた女子生徒。
カードデッキから抜き取った1枚を手にもって流し見した後、それを女子に向かって見せる。彼女の後ろにいた俺にも見えるが、そこには光り輝く天使がラッパを吹いているイラストが描かれてあった。
「今日はラッキーデイだな、幸運な1日を過ごせるぜ」
「えっ、あっ、私ですか? あ、ありがとうございます」
「今日のラッキーカラーは君のパンツの色だ。何色?」
「え、えっとピンクです」
「あぁ、いい色だ。次は水色もいい、似合うぞ」
パンツの色だけを聞いて去っていった。ラッキーカラーとかじゃなくて、本人が聞きたかっただけだろ。
変態っていうかセクハラじゃん。女子も困惑してても普通に答えてるし……っておい、危ないっ。
「え、っていたっ」
先輩を追って振り向いた女子の後方から、なぜか突然にボールが弾みながら向かってきた。
思わず声を上げるも間に合わず、むしろ振り向いてしまったことで顔面にぶつかってしまう。幸いといっていいのか、硬くないボールだったようで怪我もなく顔を両手で押さえる程度ですんでよかった。
と、先ほどすれ違ったルーファス先輩が踵を返して戻ってくる。
「おい、もう1度調べたら死神がでた。アンラッキーデイだな、気をつけな」
「あ、ありがとうございます」
今度は先ほどと違って禍々しい死神のカードが握られている。そして今度こそ本当に去っていった。占いが当たるまで何度も占うタイプなのかな。
あ、ボールを拾いに来た男子生徒が女子に謝って……ってあれ、なんか恋の予感が始まりそう? 本当はラッキーデイ?
貴族の通うこの学園にも学食はある。大抵の貴族は自室で優雅に取るか、一般人でも弁当持参か売店なので、出される食事の種類も少ないこじんまりとした学食なんだけど。
それでも俺は結構な頻度で利用させてもらっていた。
んー、今日は何にしようかな。日替わり定食かサバ味噌煮定食か……おい、ファンタジー。いや美味しいからいいんだけどね。
2つしかないメニューから選んだのは、日替わり定食。注文して待っていると、何やらドタドタと慌しい足音が響いてきた。
「お、お姉さんっ、日替わり定食っ」
全力で注文して肩で息してるのはルカミだった。
時間は昼休みを半分過ぎている。俺も遅れてきたけど、彼女も何か用事でもあったのかね。
「丁度今売り切れたところだよ、悪いねぇ」
「え、えぇぇ~」
ただ、残念なことに俺の注文で最後だったようだ。ガックリと肩を落として口を半開きのまま「私のプリン、私のプリン、私のプリン」と放心したように表情を暗くしている。
プリン? そこで日替わりの今日のメニューを改めて見てみると、デザートにプリンと書かれてあることに気付く。
この食堂は例え小さくても貴族も利用するので、前食べた時は生クリームやフルーツなどが乗った豪華なプリンだったはずだ。
その時、俺の注文した料理が運ばれてきて受け取るんだけど……隣からめっちゃ見られてる気がする。
「ワタシプリン」
いやいろんな意味で違う。
こちらを見つめる目はハイライトを失い表情も失って、ただただプリンにだけ視線を送っている。怖い。……まあ、俺はそこまで食べたいってわけじゃないし、あげる。
「えっ、いいのっ。ありがとうっ」
受け取ったプリンを両手で掲げてクルクルと回る。そんなに嬉しいのか。
ルカミはその場でプリンに舌鼓を打って容器を返却すると、もう1度お礼を言って足早に去っていった。昼飯は食わないのかい。
あんなことがあったからなのか、ルカミとはちょくちょく話すことはあった。
まあ、彼女の周りは濃いメンツが多いから、ぶっちゃけ一緒にいると疲れるしそこまで仲良くはなってないんだけど。
そんなある日、廊下で何やら人だかりが出来ていた。
騒ぎの中心はいつものメンバー。
「なら決闘でしてよ」
「ほうほう」
そう鋭く言い放つフィフティナ様に対して、ルカミはよく分かってないのか頷きながらも小首を傾げていく。
決闘とかは貴族でぐらいしか起きないし、一般人のルカミはそんなもんだろう。俺も貧弱ボーイで決闘とか縁遠くてよく分からんけど、学生でも出来るんならさすがに死人は出ないと思うから安心ではある。
「貴族たるもの戦場において優秀な配下が必要となりますわ。それに咄嗟の判断力、連携、取捨選択。それらの修練としても古来より貴族間で行われてきた、そう『ドッジボール』でねっ」
なぜにドッジボール?
フィフティナ様は後ろにいた執事服の男からボールを受け取り、ルールが分からないアイリに説明を始める。それを聞いたところ、内野の人がボールを当てられたら外野へ、外野からの戻りなしという点以外は普通のドッジボールだった。
まあ俺には関係ないことだし、2人とも頑張ってくれ。と、その場を離れようとしたのだが、運悪く彼女の視界に入ってしまったようだ。
「あら、あなた。ルカミさんとよく話していますわよね」
貧乏貴族と公爵令嬢が話すはずもない、初会合のフィフティナ様。むしろ俺の存在を知っていたことに驚きだ。
よくって程じゃないけどと否定してみるが、こちらを見つめる視線は興味深そうでいて、それから何か思いついたのか、頬を持ち上げニンマリと笑う。嫌な予感しかしない。
「あなたを特別にわたくしのチームに入れて差し上げますわ。このウィル家のドッジボールに、しかも内野として選ばれるなんて、末代まで語り継いでもよろしくてよ。お~ほほほほっ」
そう言って高笑いを響かせる。
よく話してるって言っておいて仲間に引き入れるとか、ルカミに対する嫌がらせ以外の何者でもない。俺は巻き込まれてるだけじゃん。
しかも相手が公爵家だから断ることとか出来ないし。
とにかく俺からは拒否れない。半ば諦めていた状況に待ったをかけたと言うべきか、騒ぎを大きくしたと言うべきか、ルカミが慌てて口を開く。
「なぁっ、ちょっと待ってよっ、私頼れる知り合い少ないんだから。ねぇ、こっちのチームに入ったら……んー、食堂のプリン……に乗ってるチェリーをあげるよっ」
「おーほほほっ、なんて器量の小さい。いえ、そのお胸と同じくらいかしらぁ。わたくしならデザートだけでなく、食前酒からのフルコースがついてきますわよ」
あ、じゃあフィフティナ様で。
俺の当然な答えも、ルカミはショックを受けているようだ。いやいや、交渉するならもっといいものを用意しろよ。俺はプリン全部やったぞ。
そんなわけで後日、メンバーを集めての決闘日。
ルカミが集められた内野の人数は、参加必須なリーダーである彼女自身も加えて5人。内野を同数にしなければならないので、5対5という少人数の戦いだ。
ただ、コロッセオのような決闘場の客席は満員で、大いに盛り上がっている。
出店もあったしお祭りみたいだ。
「いい勝負をしよう」
今はまだフィールドの外。普段の制服ではなく、白を基調とした勝負服に身を包んだリヒテル様は、爽やかな笑顔を浮かべている。
試合はそろそろ始まる時間で、互いのリーダーがコイントスで陣地かボールかを選んでいるところだ。お、こっちボールからスタートか。
いよいよ決闘が始まる。そう思っていたら横から不穏な言葉が聞こえてきた。
「しっかし、これから動いたら余計に暑くなるんだよな」
嫌な予感しかしない言葉だ。しかも発したのが露出狂のアイゼン様である。
彼は立派な勝負服を脱ぎ始め、今日は黒の褌姿を天下に晒した。
それに他の変態たちが呼応し始める。するな。
「……なるほど」
何故か納得してるリヒテル様も服を脱いでボクサーパンツ姿になってしまったのだ。が、それよりも目を引くものがある。
俺の視線が気になったのだろう。彼はそれにそっと手で触れる。
「これはタイさ、服を脱いでも貴族の心を忘れないようにね」
荒縄でですか? 確かにネクタイみたいな空白はあるけど、亀の甲羅みたいな形で身体を絞めつける必要があるんですかねぇ。
リヒテル様は身体を動かす度に擦れる荒縄に皮膚と頬を赤らめる。
「それにこの痛みは、常に庶民の痛み苦しみを忘れないため――」
庶民はそんな痛み感じてねぇ。
ただ俺とは違って周りの人たちは感動しているようで、「おおーー」と感嘆の声をあげながら拍手している。ダメだこの世界。
そして先輩2人が脱いだからなのか、ノアもゆっくりと脱ぎだす。お前は何でオムツに小さい涎掛けしてるんだよ。
「でもこれってボールが当たったら痛いんじゃ」
「……むしろそれが」
流れ作業のように次々と脱ぎだす対戦相手に呆れていると、最後のルーファス先輩は特に動く気配がない。というか、周りを特に気にしてなさそうだった。やっぱパイセンっすよ。
しかし、ノアからの「空気読めないやつ」という冷めた視線に負けたのか、呆れたようにため息をこぼす。先輩負けないでー。
「やれやれ俺も脱ぐ流れかよ……仕方ない、俺はノーパン派なんだが――」
脱がせねぇよ。
先輩が呆れながらもズボンを脱ごうと両手をかけた瞬間、勢いよくボールを投げつけて止めた俺を褒めてくれ。令嬢の方々からはブーイングを浴びてるがなっ。
そして後日。え? ドッジボールはどうなったのかって? 普通に負けましたよ。
途中、お姫様を守るようにルカミを庇うイベントとかあって、それでフィフティナ様が感情を昂らせたりしてたけど。まあ、見せ場はそれだけかな。
それで今、俺はどっかの個室で高級なお茶菓子を食べていた。
ここにはいつもの濃い面々と、なぜか俺がいた。ルカミに「美味しいお茶とお菓子があるよー」って言われて着いていったら……騙されたわ。
まあ、出されてるお茶菓子は一級品なんで嘘ってわけじゃないし、それを美味しく頂いてるんですけど。
「それでリヒテル君の悩みって?」
「それが……最近、父上の様子がおかしくて」
皆さんも普段から様子がおかしいのでは?
なんてことは口にお菓子が入ってて言えません。てか、リヒテル様の父上って王様ってことでしょ。俺が何か言える立場にあるわけないじゃん。
「城内の像や絵画などが徐々になくなり、噂では売り払って資金を調達しているのでは、と。戦争の準備や美女を囲うため、果ては怪しげな研究など、出所不明な噂まで流れる始末」
俯き頭を振る様子から、不審に思っているというよりも、豹変した父親を心配しているって感じか。たしか長期休暇で実家に帰った時、そんな話は少しも聞いてないし、もし最近急に変わったというのなら女性に溺れた可能性は十分にありそう。
他の人達も相手が王様である以上、下手なことは言えないんだろうか、神妙な面持ちで唸ることしか出来ない。
当然、俺も悩み相談が始まったらお菓子を食べる手は止めてる。そこまで空気の読めないバカじゃないぞ。
ただ、1人いつもと変わらないのはルカミだった。彼女はいつものように明るい笑顔でリヒテルを力強く励ましている。そして最後にこう言葉を続けた。
「分かった、なら今度みんなでお父さんと話にいこう」
えっ。
その言葉に驚いて辺りにキョロキョロと視線を送ってみるけど話はポンポンと進み、後日この場にいる全員でお城に向かうことが決まった。反対の声を上げる人はいない。
反対ってのはお城に行くことに対してじゃなくて、俺も一緒に行くことにたいしてなんだけど。いやだってさ、彼らとはちょっと話したことがある程度で、別に仲良くなった覚えとかないし。一緒に食事とかしたのもこれが初めてだよ。
でもまあ、話しに水を差すのもどうかと思ったし、1度くらいはお城に行ってみたいとも思ってたから、俺からも異論は挟まなかったけどさ。
というわけで初めての登城。城に入ってまず目に入ったのは……長年大きな絵でも飾って出来たであろう日に焼けてない中に、風景画が飾られているところだ。急ごしらえって感じかな。
他にもリヒテル様の言う通り本来は石像やらがあったのか、ちょっと空間が目立つような気がする。
「アポは事前にとってある」
そう言って先導するリヒテル様と、殿のアイゼン様の空気が何かピリピリしてるような。
しかも帯剣とかしてるのに衛兵ともすれ違わない。まるでイベントでも始まったかのようにスムーズだ。
そしてたどり着いた扉を開けると、真っ赤な長い敷物の先、他よりも1段高いフロアの玉座にその人が座っていた。学園でも肖像画を見たことがあるから分かる。王様だ。王冠かぶってるし。
「父上、その資料はお読みになられましたか?」
「……ああ、よくここまで集めたものだ。それでリヒテル、貴様は俺になにを言いたい?」
「父上の真意を確かめたいのです」
「真意か。世界を取る……そう言ったら、貴様らはどうする?」
尋ねているが、何て返ってくるか分かってるのだろう。ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
さっきから思ってたけど展開が早いし、なんかシリアスじゃね。いつものいらない程のギャグ空間はどこにいった?
そして、今はただのイケメンになったリヒテル様が腰の剣に手を当てる。
「止めます。かつてのリアリム女王時代のような戦乱は起こすべきではない。もし止まらぬと言うのなら」
スラリと輝く剣を抜いた。ギャグでもなく。他の面々も同じように剣を抜いたり、杖を掲げたりして構える。
……え、ちょ、俺聞いてないっ。話し合いに来たんじゃないの!?
そして始まる戦闘。王様も準備万端なんだろうね、赤い宝石の着いた王笏をかざし、まるで悪霊のようなものを複数体呼び出してる。
光や闇が飛び交い、すごいスピードで人が動く。そんな中、現実逃避したくなるほど何も出来てない俺。
え、俺? 剣とか持ってくるはずないし、魔法もほとんど使えない貧弱坊やなんですけど。もしかして呼ばれた役割って肉壁ですか?
「父上を止めるっ」
「私の平穏のために」
み、みんな盛り上がってる。よ、よーしこうなったら……声援しかあるまい。きっとバフがかかるはずだ。いけっ、そこだっ、おしいっ、もう1本もう1本っ、いけるいける。……デバフだったらどうしよ。
そんな悪い予感があたったのか、俺の声援もむなしく徐々に押されはじめ、致命傷ではないが傷を増やしていく。
そして遂にリヒテル様が片膝を着かされてしまった。
前衛後衛関係なく、みんな肩で大きく息をして汗が流れ落ちる。ハンカチはあるから、全員の汗を拭くくらいはしておこう。飲み物は、さすがに持ってないし長引くようならあとで買ってこようかな。
「父上、どうしてこのようなことをっ」
「どうして、だと……ふふっ、簡単なことよ」
回復の時間稼ぎというより、やっぱり気になっていたのだろう。
リヒテル様の問いかけに王様は顔を俯かせて笑う。
どこか生気のない壊れた声のようだ。一体なにが……
「息子は変態ドMで貴族連中も変な奴ばかりっ」
oh
「見知らぬ乙女ゲーの世界に転生したらしいが、この世界はギャグすぎるっ」
お前のセリフかよ。
なんかまたギャグ空間に戻ったような気がするけど、そう思っているのは俺だけなんだろうか。
何を言ってるのかまるで理解できない、そんな彼らに業を煮やしたのか腹に据えかねたのか、王様は表情を険しくすると王笏を胸の前で強く握り締めた。
「だからこそっ、ワタシが世界を創り変えるのだ」
そして黒い魔力の波が吹き荒れる。
ただ、いま王様の声が二重になった気がするし、しかもドレスを着た女性の影が背後に見えるような……。
「あ、あれはリアリム女王」
あぁ、さっき突然名前が出てきた人。いや、勉強してるから知ってるけどね。
たしか大昔に戦争を引き起こして、世界の6割を手に入れたけど、最後は顔面にパイをぶつけられての窒息死。これがギャグ世界流の暗殺術ってこと?
でも亡くなってるのは確かだし、今も見えてるアレは幽霊ってことでいいのかな。
「こんなギャグ世界、ワタシは認めない」
再び激しさを増す王様の攻撃は留まるところを知らない。まるで明かりのない夜に突然投げ出されたかのような錯覚を覚えるほど、闇が部屋中を覆い尽くす。
ただでさえ押されていたのに、もう防戦一方じゃないかっ。
でも王様の表情から優越感や余裕などは感じられず、怒りや悲しみといった複雑な表情を見せていた。
「個性的な奴らばかりの中、無個性な人物の無力さ惨めさなどキサマらには分かるまいっ」
「そんなことないっ」
しかし、そんな中であってルカミの光が、輝きが増していく。
「個性が多い中での無個性なら、それは十分個性的と呼べるわっ。彼は私たちの友人……えっと……そう、彼だって別に目立たないけど、私にとっては大切な存在なの」
おい名前呼んでみ。
あ、視線合ったのに逸らしやがった。
「戦闘中にヤジを入れるだけってのは普通じゃないぞ」
「それはそう」
それはそう。
戦場で一瞬の間はあったけど、自らの感情を爆発させたからなのか、王様の戦闘のスピードが上がっていく。
ただ、ルカミたちも負けてない。個性を否定する王様に、無個性を嘆く王様を否定するように受け入れるように、熱く激しく言葉を交わす。
それが効いているのか徐々にではあるけど、防戦一方から押し返せるようになってきたっ。
よしっ、俺も声が枯れるまで声援を送るぞ。
いけっ、そこだっ、勝てる勝てるんだっ。
「みんなあの訓練を、決闘を思い出すんだっ。うおおおおおぉぉぉーーー、アーマーパージっ」
リヒテル様の掛け声と共に男子全員がビリビリと服を破り散らかす。
いつもの通りの緊縛と褌とオムツと、なぜ乗ってしまったんだ全裸先輩。俺は絶対に脱がないからな。
こんな変態どもが一斉に襲ってきたら怯むわな、うん。
王様も黒い魔法を放つが、距離を詰められて戦いにくそうだ。って、ルーファス先輩も扇状に広げたカードで股間隠して片手塞がって戦いにくそうじゃん。弱体化じゃん。
「ぬおおぉぉぉーー、これで貴様たちも終わりだっ」
「終わらないっ、俺たちの戦いはまだまだこれからだっ」
そう言いながら剣を振りかぶって突っ込むリヒテル様。
次の瞬間、後方で魔法を放っていたルカミの身体がピカーって光りだす。あまりの眩しさに思わず目を閉じて、光が収まって瞼を開くと……王様が倒れていた。
打ち切りか、戦闘も打ち切りになったのか?
うつ伏せに倒れた王様がゆっくりと顔を上げれば、そこには黒い影。リアリム女王が半面に浮き上がっていた。
「お、おのれ、だが覚えておけっ。この世界がギャグである限り、必ずやワタシを求める者は現れる。必ずだ。覚えておくことだな。ふふ、フハハアァアアアハハハハハ」
そして高笑いを残しながら黒い煙となって霧散した。
お、終わったのか?
王様は気絶してるのかぐったりと力無く横たわったままで、パンツと荒縄姿のリヒテル様が急いで駆け寄って呼びかけている。どうやら息もあるし、外傷もないようだ。
そして次々と兵士たちや医者がやってきて、テキパキと手当を行っていく。この早さ、今まで見てたのかね。
こうしてお茶菓子に釣られ話し合いに付いてきただけの俺の戦いは終わった。
いやー、疲れました。ってか、疲労感が半端ねぇ。明日、声でないかもしれん。
まあ、ただ声援を送ってただけだから、実際に戦ってたあいつ等なんてもっと大変だっただろうし、いま位は変態な格好にも目を瞑ってやろう。
ただし、後から来たスク水貴族ども、貴様らはダメだっ。
そんなこんなで数日が経って、学園に戻ってきたし平穏も戻ってきた。
というか世間では別に何か変わったことがあったわけじゃないし、お城の中だけで王様がちょっと変ってなってただけなんだよな。だからなんの影響もないってわけ。
それに絵や石像なんかは、秘密の宝物庫に隠してあって無事見つかったようだ。
もちろん見に行ったよ。
……前世でも全裸の像とかはあったけどさ、なんで足をM字に曲げたポーズとかとってるんですかねぇ。絵の方も言わずもがな。ありゃ城に飾りたくない気持ちも分かるってもんだ。
そうそう王様といえば、あれから数日後に意識を取り戻して心身共に問題はないらしい。
あの時の記憶はあるそうだ。もともと周囲とのギャップに悩まされ続け、苦悩していたある日、どこからかあの女王の声が聞こえてきたんだとか。
それで話していく内に共感しあって一緒に嘆いて、徹夜のテンションではっちゃけちゃったらしい。
まあもう全部終わったし、こうしてゆっくり昼食を食べられるようになって良かった良かった。
「よくありませんわっ」
声は荒げながらも躾けられたマナーで、静かに俺の向かいの席に座るのはフィフティナ様だ。彼女が食堂に来るとか珍しい、てか初めて見た。
後から執事さんがサバ味噌煮定食を運んで来て、それをナイフとフォークで食べ始めてから話を切り出す。
「ルカミさんが王様に取り憑いた悪霊を払ったのは、実に素晴らしく喜ばしいことですが、これではわたくしが目立ちません。ですので今度はわたくしの番。諸国を漫遊し、悪事を働く不逞な輩を退治する『やーっておしまいの旅』にあなたの同行を許可いたしますわ」
いや、なにをそんな満足そうな笑顔で言ってるのさ。
というか、俺とフィフティナ様ってそこまで親しくないよな。ルカミへの嫌がらせでドッジボールに入れられたくらいじゃないの?
そんな俺の困惑と疑問なんか知らないとばかりに、ご飯の上にサバを置いて美味しそうに食いやがって。
「わたくし達は一緒に戦った仲、いつメンですわ。そう、チーム『いつもメンチカツを胸に』の結成をここに宣言いたします。もちろん断りませんわよね。おーほほほ――」
「プリンっ」
「ひゅえっ」
機嫌良さそうに高笑いをしていたフィフティナ様だったが、突然背後から生えたルカミに驚いて変な声を上げる。
そうか今日はプリンの日だったか。以前と違い日替わり定食はまだ余っているので、彼女の手にはしっかりと定食の乗ったトレイがある。
さらに彼女の後ろにもいつメンが。
「ラッキーカラーのパンツの色は?」
「今日の褌はゲーミングカラーだ」
「あ、在庫に金色の褌あるよ、金運上がるらしいよ」
「僕は褌よりも、きつく締め付けるようなパンツが欲しいな」
変態どもが踊りながら食堂に入ってくる様子は地獄絵図。邪神を復活させる儀式でもしてるのだろうか?
そして、ルカミはフィフティナ様の隣に座る。お前らって仲いいよな。
「あらルカミさんもプリンを食べますの? 知りませんでしたわぁ、本当に偶然ですわねぇ」
言葉とは裏腹にニヤリと笑う表情が一致してないんですけど。
隣に座ったルカミに見せ付けるように執事から受け取ったのは、自身の柔らかさを誇るように左右に揺れ、フルーツに生クリームの乗った色の濃いプリン。
ここのも貴族向けとして作られているが、それと比べ物になりそうもない甘く上品な香りが俺の鼻にも届く。
「わたくしも用意しましたのよ。このゴージャスでエレガントなプリンをねっ」
「えっ、美味しそうっ。そうだプリンの交換っこしようよ」
「するはずありませんわ。ん~、美味い、美味しすぎますわ~」
「一口、一口だけ。それで全部食べきれるから」
「ダメに決まってますでしょっ」
お嬢さん方がプリンを奪い合うようにガッツリ手を組み合う。懐かしい、パイを奪い合った時みたいだ。
あの時の失敗を生かしてか、フィフティナ様はプリンに顔を近付けて啜ろうとしている。
さらには向こうで男どもも、サバの味噌煮や野菜をデカイ器に盛ってウェディングケーキみたいにしてもらってる。テーブルに運ぶのは4人がかりだ。
えっ、収拾つかなくね? これで締めに入るってマジ?
たしかに大きなイベントが終わったっぽいけど、これで話しが終わるのはさすがに――
「ひどい」
「おーほほほ」
騒々しいほどの喧騒や楽しそうな笑い声は、いつまでもどこまでも続いていく。
どこか変で壊れてそうでも平和なのは、きっとこの世界自体がおかしいから。
そう、この世界はギャグなのだ。