第7話 覚悟の剣。
私の前に立つ大剣を背負った男、七人組のボスのようだ。
さっきの台詞からこいつも小物っぽいが、ボスと呼ばれている以上実力はあると考えるべきだろう。それに加えて残りの六人も攻撃してくるとなると状況は、一対七。
普通のケンカなら袋叩きにあって終わりだが、この世界には魔術がある。
この力を、試験では使わなかったし、チンピラ三人組も使わなかった。
だから、あいつらが私が魔術を使えるのを知らない。・・・これは私にとってはかなりのアドバンテージだ。火の魔術を使えば三、四人は倒せる。
・・・・そう考えている内にボスを除いた六人が鶴翼の陣形をとった。
周囲からの一斉攻撃がくると思った。この布陣ではどこから先に攻撃しても後からの攻撃を防ぐのは困難、今できる手は一つ。・・後ろに向けて走ること。これがベスト、そう考えた直後は私は脇目を振らずに駆け出した。
チンピラは。
「逃げるぞ、絶対に逃がすな!!」
そう言って追いかけてきた。
だがここは森の中、木と木の間をかいくぐり連中の姿が木に隠れるところを見て草むらの中に入り身を潜めた。
・・・私は、一体何をしているのだ。
・・・相手は冒険者に化けた盗賊、しかも殺す気でいる奴らに対して先制攻撃をすること無く立ち尽くすとは。・・・師匠がいつも言っていた先手をとられるのは狩人としては駄目だと。
なぜ、先手をとって魔術を使わなかった。
・・・・いや、わかりきったことだ。
相手が人間だからだ。
この理由だけで立ち尽くしたのだ。
その時、あの本に書かれていた注意点にこんな項目があったのを思い出した。
三つ 殺すことに抵抗があること。
当時の私は、異世界に行く前も行った後もこの意味がわからず、どうでもいいと思い忘れていた。だが、今ならこの注意点の意味がわかる。
それは、人間を殺すことに抵抗があること、という風に考えればわかる。
・・・わかってしまった。この世界では、悪者ひいては人間を殺すことにためらいがある者は生きてはいけない。
そういう意味で書いてあったのだというのことを。
私は甘かった。
魔物だけ殺すのだと思っていたのは勝手な想像だったというのを。・・・しかし、わかったところで状況は変わらない、奴らが俺を殺す気だという現実には何も影響しない。
だが、今ここで町まで逃げきったら、逃げ切れるという甘い誘惑に溺れ、次も逃げ切れるという思い込みが擦り込まれてしまう。
それは駄目だ、それは、この世界に生きる者の考えではない。
私は、この世界で狩人として生きると決めたのだ。こんな所で、こんな甘さにすがるなど断じて許せるはずがない。・・・その時、私の近くにチンピラの槍使いが来たのを見た。
私は、覚悟を決めた。
草むらから出て、チンピラの前に立った。それを見たチンピラは。
「見つけたぞ、へへっ、逃げた腰抜けがようやく観念したか。」
チンピラの言った言葉に嘘はない。
・・・そうだ、私は逃げた。
人間を殺したくないと言う思いから逃げた。
だが、今、私の心の中にある思いはたった一つ、それは、命を奪う覚悟だ。
チンピラが私に向けて槍を突き刺してきた。
遅い突きだ。
私は、それを余裕で躱し、すれ違う寸前、刀を、抜刀した。
ブシュュュュュ!!
その音ともにチンピラの横腹から血が噴き出した。
「へっ?・・・ぎゃああああああ!!」
悲鳴を上げた。
楽にしてやる、その思いとともにチンピラの首を跳ね飛ばした。
首は、ストンと落ち、体は血しぶきを上げて倒れた。
その悲鳴を聞き、三人のチンピラが来た、剣と弓と斧か、余裕だな、そう考え行動した。
私は、チンピラが何か言う前に素早く横に行き無防備な首を斬り落とした。
続いて、斧を持ったチンピラが、横薙ぎの構えから突進してきた。・・・だが、そのスピードは遅く、斧の射程内に入った瞬間なぎ払った。・・しかし、私はそれを一足飛びで後ろに下がり、相手が体制を整う前に素早く横に入り、首を斬り落とした。
残ったチンピラは、すぐに弓を構えたが、私はすぐに木の陰に隠れた。
チンピラは撃たずにそのまま構えた状態で私を目で追った。木の陰を使いながら移動し、撹乱した。・・・相手が混乱している隙にチンピラの近くの木まで移動、姿を現し、それに気づいたチンピラが急いで構えようとしたが既に遅かった。
弓は遠距離に特化した武器だ。
達人なら近距離でも対処できる術をもっているだろうが、相手はチンピラ、撃つ以外何もできない素人、その考えは正しく相手は対処できずに驚き、構える前に、首を斬り落とした。
これで四人、あと三人残っている。
すぐに`探知`を発動した。周囲で動いているのは二つ、残りの一つはさっきの場所から動いていない。
・・・・おそらくボスだろう、ということは二つは、剣を持ったチンピラと言うことか、私は近くの一つの赤い球に向かって走り出した。
私に気づいたチンピラが剣を構えようとしたが、私はすぐさま剣をチンピラの足に向けて下段斬りにした。
・・チンピラは悲鳴を上げたが、そのまま首を斬り落とした。
もう一つの赤い球は、四人の死体場所の所まで来たようだ、すぐに戻り、死体に驚いているチンピラを無慈悲に首を斬り落とした。
これで六人、残りはボスだけだった。
・・・私はそこで、手を合わせ、祈った。
その行為を終え、ボスのところまで行った。
ボスが、最初にいた場所で腕を組み、立っていた。
私が姿を現すと、真剣な顔つきで聞いてきた。
「さっき、部下の悲鳴が聞こえたが、全員殺したのか?」
その言葉の答えを私は言った。
「そうだ、六人はもう死んだ。残りはお前だけだ。だがその前に、お前に聞きたいことがある。・・・命を賭ける覚悟はあるか?」
その言葉に、ボスは。
「・・・命を賭けるか?、ずいぶんとふざけたことを言うものだな、こっちはもう何人も商人や冒険者を殺しているんだ。・・そんな覚悟はとっくに出来てるんだよ。まぁ、俺は死なないけどな。」
小馬鹿にした言い方をして、ボスは大剣を構えた。
それを聞き、見た私は。
「・・・わかった。覚悟しろ。」
そう言い、私は刀を右手に、剣を左手に構えた。二刀流である。
ボスは大剣を上段の構えで突進してきた。そのスピードは、あの六人よりも速いが、躱せない速さではない、大剣の射程範囲に入った瞬間、振り落としてきた。
それを私は、躱し、がら空きの横に刀を振り落とした。
その刀を、ボスが左手の籠手で受け止め腕を振り、弾いた。・・私の体制が一瞬崩れたが、すぐに立て直した。その時ボスは、近づき横薙ぎしてきた。
大剣を二つの武器で受け止めた。力は向こうがやや上、このままでは吹き飛ばされる。
そう感じた私は、大剣の切っ先まで刃を滑るように動き互いが背中合わせになった、体を半回転させ、がら空きになったボスの背中を刀で斬った。
ボスは少し動きを止めた。その隙を見逃さなかった。左手の剣を突きの構えで、背中を刺した。剣は背中から腹の外まで貫通した。
ボスは、動きを完全に止めた。
持っていた大剣は手から落ちた、うめき声を上げ、こちらを振り向いた顔は苦悶の表情であった。
私は剣を抜き、距離をとった。
ボスは片膝をつき左手を腹に、右手は大剣を持とうとしていた。だが、私は、持とうとした右手を刀で半分ぐらいの傷を負わせた。・・・ボスは、悲鳴を上げ右手は完全に力が入らず、ぶらんと垂れるだけだった。
とどめを刺そうとした私にボスは。
「ま、待て、俺の負けだ!もう戦えない。もうお前ににちょっかいかけないから。見逃してくれ。頼むよ。」
そう命乞いをしてきた。そんなボスに私は。
「・・・命を賭ける覚悟していると言ったろう。テメェ?」
その言葉に、ボスは。
「あれは、冗談ていうか、その場の雰囲気で言った言葉というか、とにかく本気じゃない。・・・だから殺さないでくれ。」
呆れたやつだ、殺し合いをなんだと思っているのだ。
こいつに殺された者達のことを言おうかと思ったがやめた、どうせ醜い言い訳をするだろうと確信しているからだ。それに、そんな言葉は、死んだ人たちを怒らせるだけだろうと思った。
私はそう考え、決心した。
左手の剣を鞘に収めたとき、ボスは笑顔になったが。・・・右手の刀を両手に構えボスに向けた。それを見て青ざめたボスは。
「待てって、もう降参したって言っているだろう。お前には慈悲ってもんがねぇのか!?あぁ!?」
逆ギレの言葉遣いでボスは言ってきたが、それに対し冷静な私は。
「慈悲?・・そんなもの殺し合いには必要ない。あるのは、生きるか死ぬかそれだけだ。お前は、ここで、俺が、殺す!」
その言葉とともに、私は、ボスの首を斬り落とした。
七つの死体を一カ所に集め、祈った。このまま放置しても魔物の餌になるだけ、それが当然であり、自然の理だ。
だが、放置して帰るほど私は無神経ではなかった。
集めた死体を掘った土の中に入れ、火の魔術を使い燃やした。
勢いよく燃え、灰になるまでそこにいた。
火が消え、骨だけになったのを確認し、土の中にそいつらの武器とともに埋めた。
私は、町に着いた。
夕暮れになりそうな赤い色の空の頃にギルドに入った。受付嬢は。
「お帰りなさい。ずいぶんと遅かったですけど。何かあったのですか?」
その言葉に、私は。
「薬草採取を終えた頃、盗賊に襲われまして、そいつらとの殺し合いを終え、戻ってきました。」
あのチンピラ三人組の冒険者が盗賊だというのは言わなかった。・・・言ったら面倒な質問されそうだったし、何より、同じ冒険者が殺し合いをしたとなるとどんなことを言われるかわからないからだ。受付嬢は。
「それは、不運でしたね?でも、よかったです。無事に戻ってこれて、その盗賊はどんなやつでしたか?一応、指名手配を受けているやつなのかチェックしないといけませんから。」
その質問に、私は。
「七人組で、大剣を持ったボスのほか剣と槍と斧と弓をもった部下達がいました。・・・そういえば、全員の服、胸の所に鳥のような絵が書かれていました。」
よく思い出してみれば、あの七人胸の所、特にボスの大剣にも刻まれていたカラスのような絵があった。
・・・おそらく、旗印だろう。
そんなマークを持っていたとしてもおかしくはなかった。
その答えに受付嬢は。
「鳥!?もしかしてこんな絵でしたか?」
慌てて取り出した紙にはその絵のマークが書いてあった。
それを見た私は。
「あぁ、この絵ですよ。しかし、なんでこの絵が描かれた紙がここに?」
その質問に、受付嬢は。
「これは、近頃この辺りに被害をもたらしている盗賊の紋章です。七人組で、公道を行く商人やそれを護衛している冒険者に襲いかかり、金品などを強奪していたのです。・・ギルドでも、この絵をボードに記載して討伐依頼を出していたのです。ていうか、あなた!ボードでこれを見ていなかったのですか!?」
記憶にない。
いくら思い出そうとしても思い出せない。
ふっ、それほどまで興味がなかったというわけか。・・・これは、恥ずかしい。
誰もが知っていることを知らないなど恥ずかしいとしか言いようがなかった。
その質問に私は首を縦に振った。
受付嬢は。
「はぁ~~、まぁいいです。殺し合いを終えたと言っていましたが、全員殺したのですか?」
真剣な表情で言ってきた受付嬢に、私は。
「はい、それは確かです。七人殺しました。・・・捕まえたほうがよかったですか?」
その言葉に受付嬢は首を横に振った。
「いいえ、指名手配犯を殺すというのはよくあることです。・・・むしろ生かして捕らえることは衛兵でも難しいことです。あなたが無事で何よりでした。」
そうにっこり顔で言ってきた受付嬢。
私はそれに動じず。
「そうですか。・・・では、話は変わりますが、薬草採取の依頼はこれで達成ということでよろしいですか?」
強引に話を変えた。
これ以上は、狩人である私には関係なさそうだったから、それに対し受付嬢は。
「あ、はい、薬草採取はこれで達成です。あと、その盗賊の死体はどこにあるのですか?死体は回収し、最終確認をしなければいけませんので。」
私は、背中に嫌な汗をかいた。そして。
「死体は、全部燃やしました。」
その答えに、受付嬢は。
「燃やした!?なぜ!?」
驚き顔で言ってきたので、私は。
「俺の村では、例え悪人だろうと死体をそのままにしない掟があって、盗賊の死体は、燃やして、武器とともに土の中に埋めました。」
その答えに、ため息をついた受付嬢は。
「はぁ~、それではすぐに衛兵に連絡しますので、シンスケさんは、その人達と一緒にすぐに死体の埋めてある場所に行って回収してきてください。」
その言葉に私は。
「今すぐ?」
「今すぐです。」
怖い笑顔で言ってきた受付嬢。私は無言でうなずいた。
衛兵とともに森に行き、死体のある土を掘り返した。
死体は全部、骨になっていたが、燃えた服の中で一部、半分燃えた鳥の紋章を発見。さらに、ボスの大剣に鳥の紋章が入っていたのでこの死体が例の盗賊達である証拠になった。
(ありがとう、盗賊のボス、あなたが剣に紋章を入れてくれて本当にありがとう。)
心の中で、死人となったボスに感謝の言葉を送った。
町に戻った頃には、うす暗くなっていた。
ギルドに戻り、骨と遺品をギルド員の人たちが確認した。元々盗賊達は、覆面をしたらしく顔はわからず胸の紋章だけしか手がかりしかなかったという。
・・それは仕方ない。七人の内三人は冒険者として登録していたのだから。
おそらくあの三人はギルドで誰が、どんな依頼をしたのかを確認し、自分たちで殺せそうな連中を選んでやっていたのだろう。
そんな任務をしているのならば、なぜ、あのとき絡んできたのだ?私が生意気だから?そんな理由で絡んで負けて、ボスに報告し、ボスも報復する気になって襲ってきたと。
覆面をしなかったのは。
新人で、一人だから、覆面する必要もなく、簡単に殺せると思ったから、実にくだらん理由だ。
まぁ、そのおかげで、みんなに迷惑をかける盗賊達を倒すきっかけになったのだから、そのあたりはあの三人組に感謝だな。
そう考えていると受付嬢が近づいてきた。
「シンスケさん、確かに盗賊の死体七人、確認しました。この功績はあなたの評価にいれておきます。」
それに対して、慌てた私は。
「いや、俺の依頼は薬草採取です。盗賊の討伐ではありません。」
その答えに、受付嬢は首を横に振った。
「いいえ、例えどんな依頼だろうと、その途中で起きた事件を解決したらそれも評価対象になります。特にギルドからの依頼は、誰がやったとしてもその者の手柄にするのが決まりなのです。もし、これを破れば、他の冒険者が依頼以外のことをしなくなります。ですので、評価に入れておきます。これは決定事項です。」
そう自信満々な笑顔で言ってきた受付嬢。私は何も言えなかった。
家に帰るとき渡された金の入った袋には、薬草採取の報酬と盗賊退治の報酬も入っていた。
中には、銀貨二十枚、銅貨三十枚が入っていた。銅貨は薬草の報酬、銀貨は盗賊退治の報酬、稼いだ方だなと思ったが、すぐに考えを改めた。
いかん、人を殺して大金をもらう味を覚えてはいけない。例え、殺し合いが許されている世界であろうとも、積極的に殺していってはあの盗賊と一緒だ。
私は狩人。
魔物を狩り、その素材を売る者。人間を狩る者ではない。とはいえ、相手が殺しにかかってきたら、殺さなければならない。
それができないのなら、二度とこの世界に来ることはない。
だが、私は、この世界で狩人として生きていくと決めたのだ。
やめる気は無い。退く気は無い。省みることは無い。
私は、覚悟という名の剣と決して消えない炎をこの胸という鋼鉄に刻みつけ燃やし続けた。
少し変だが、私が思いつく限りの覚悟の表れとしてはこれが適切だろうと考えた。
魔方陣のある家に行き、地球に戻った。