幕間 暗躍する者。
帝国ギルド。
ギルド長の部屋。
ランプの光だけが照らす部屋。そこにはワインを片手に執務机に座る男がいた。
・・・元Aランク冒険者にしてこのギルドのギルド長である。彼は職員から提出された書類を全て片付け、一息入れていた。
本来であればこのまま自宅に帰れば良いのだが。あまりに遅いのでこのままギルドで就寝するつもりである。
無論、ここの寝室も豪華であり何の問題もない。
だがギルド長は不機嫌だった。
「・・・はぁ。ヨルネ様の要望は細かすぎる。いくら防衛対策とは言えやり過ぎな部分がある。・・だが、市民達は安心できるなど口にする始末。・・・本当にうっとうしい。」
愚痴をこぼした。
・・・ヨルネの政策はこれまでとは違い、守りを重点にしている。前皇帝もその方面で活動はしていたが、最低限のことしかしていない。
・・・何故なら、守りより攻めの考えだからだ。
老齢となり考えが平和的になっても根本的な部分が変わることはない。・・・即ち、戦いへの執着心。
・・・理性と二人の娘への愛情がある故に抑えることができたのだ。当然、その事はギルド長は知らない。
ただ、変わってしまっただけの認識だ。
・・・・その時である。扉が開いたのは。
ギルドには自分以外、誰も居ない。・・・敵か?と思い、警戒していた。入ってきたのは黒いローブに身を包んだ存在が現われた。
・・・顔は全く見えず、何故か変な匂いがする。
ローブの男は。
「・・久しぶりだな。ギルド長。・・私を覚えているか?」
その声にギルド長は。
「・・その声は?・・・まさか、宰相ヴィル様?」
驚きのあまり、席を立った。
・・・当然だ。宰相は新皇帝が即位された後、自ら辞表を出し、行方知れずになった。
ヴィルは。
「・・・いかにも。・・・訳あって顔を見せることができぬ故、許せ。」
その言葉にギルド長は。
「・・滅相もございません。貴方様に何かお考えがあっての事。お気になさらず。」
頭を垂れ平伏した。
ヴィルは。
「・・・そうか。変わらないようで安心した。さて、本題だが。我が王。ディオン様が復活なされた。」
その言葉にギルド長は。
「・・!!ディオン様が!!・・・しかし、どうやって?」
死んだ者が生き返るという奇跡にして有り得ない話・・・当然の疑問である。
ヴィルは。
「・・ある秘術を用いた。その結果、ディオン様は魔物として蘇り、私も代償として異形と化した。」
この説明にギルド長は。
「・・ま、魔物?・・・では、国境線で起きている戦いは。・・まさか、・・」
何かを察したようだ。
ヴィルは。
「・・・貴殿は本当に期待を裏切らんな。・・さて、話はここまで。貴殿に会いに来たのは他でもない。我々に協力して貰う為だ。」
この言葉にギルド長はしばし考えて。
「・・・協力とは?・・例えば、戦力を国境線に送らないように根回しにするとかですか?」
一つの可能性を口にした。
ヴィルは首を横に振り。
「・・・逆だ。国境線に戦力を多く、送って欲しいのだ。」
ギルド長は驚いた顔で。
「・・何故ですか?戦力を減らせば、基地を陥落することは可能です。・・・ワザワザ、多くする理由など。・・・」
当然の疑問にヴィルは。
「・・・その通りだ。しかし、我々の目的は基地を落とすことでは無い。・・国を落とすことだ。」
この言葉にギルド長はしばし考えた後、はっとし。
「・・・つまり、王都の戦力を減らす。という意味でしょうか?」
この結論にヴィルは頷いた。
・・確かに、戦力を減らす意味では王都も同じ。しかし、この周囲にはそれらしい集団はいない。
全て国境線にいるという情報だ。
ヴィルは。
「・・・こちらの戦力については問題ない。我が新しく手に入れた魔術で偽装している。今でも王都周辺で待機している。」
ニヤけるように答えた。
ギルド長は。
「・・なんと。・・そのようなお力まで習得されるとは。・・・感服の極みにございます。・・・承知しました。幸い、ヨルネがC級冒険者を募集し、基地に送っています。・・まだ、王都にはいくつかのパーティーはおりますし、B級もおりますが。私の権限と報酬金追加をすれば、飛びつきます。」
ある程度の案を提示した。
・・・冒険者としての警戒するとすれば、A級だが、B級も侮れない。
そいつらが何故、基地に行かないのか疑問だが、ギルド長が何とかしてくれるのなら任せることにする。
ギルド長は。
「・・・つきましは。・・・王都制圧の成功の暁に私への待遇は?」
ニヤけるギルド長にヴィルは。
「・・・帝国の新たなる皇帝の座を与えよう。・・・無論、世界の王たるディオン様の配下としてな。」
極上の褒美にギルド長は。
「!!!何と。・・・・私めにそこまでの褒美を。・・・委細承知しました。・・・この身、この命。・・全て、ディオン様の為に。」
平伏した。
・・ここで不老や不死を与えるよりも。最も欲しく。最も現実的な褒美の方が懐柔しやすい。
ヴィルは。
「・・・任せたぞ。」
そう言って部屋から出た。
一人になったギルド長は机に戻り、引き出しから書類の類いを取り出し、書き始めた。
・・その笑みは凄まじく、歪んでいた。
国境線。
魔物の本拠地。
王は今回の報告を聞き、不愉快になっていた。
・・・人員の配置移動の予想が外れ、大量の柵や即席の投擲機を作って使っていたことに。・・ゴルトール将軍の性格と戦術を考えた上での作戦だったのに、全く効果が無かった。
方針を変えたのか?・・いや、あの男の性格は知っている。そう易々と変えようとはしないし、兵士達の士気にも関わる。
ということは誰かの入れ知恵?
・・将軍に意見を言う者はいても方針について言う奴は皆無。
・・・部外者ということか?
信頼とはほど遠い存在の言葉を受け入れるのは考えにくい。・・・だが、信頼に足る存在なら話は別。
王は。
(・・・将軍が信頼できる部外者ができたということか。・・・我が生きた頃は聞いたことは無い。・・死んだ後か?・・あいつが戻ってきたら調べさすか?・・ダメだ。ここまで順調に来た以上。これ以上の時間は掛けられない。・・新しい各国の王たちは気づき始めていると報告を受けている。・・こうなれば、多少の想定外の事が起きようと構わない。・・幸い、こちらには珍しい魔物が手に入ったからな。)
そう言って視線を動かす。
そこには赤い肌をした四足歩行のトカゲ、いや、オオサンショウウオがいた。
・・・名をサラマンダー。この辺りでは滅多に見れない魔物。・・本来は東側の辺境にいるという。
何故ここに?と思うが幸運と捉えている。・・・その時、後ろから気配がした。振り返るまでも無い。
よく知っている者だ。ヴィルである。
「・・ただいま戻りました。」
この言葉に王は。
「・・戻ったか。・・して?首尾は?」
この質問にヴィルは。
「・・全て整いました。・・・三国に対する手配は万全です。・・後は帝国での奴めの仕事が終えれば、何時でも動けます。」
この報告に王は。
「・・・ふふっ。そうか。・・奴の行動の速さを考えれば、終わるのは今から二日後、と言った所か?・・・冒険者への根回しもそう簡単にはいかないからな。熟練者は妙に勘が働く。」
王は冒険者を低評価しない。
・・・何故なら、実力で成り上がった連中だ。それ相応の場数を踏んでいる。今回はバカな目立ちたがり屋がいた為に予想よりも多く殺すことができた。
しかし、油断はしない。
・・・バカがいたからと言って全てが同じとは限らない。むしろ、今回の件で自重する可能性が高い。
そう考えているとヴィルは。
「・・・お考えの最中、申し訳ありませんが。・・・もう一つ、報告があります。・・共和国の森の中で面白い魔物がおりましたので、連れ帰りました。・・・こちらをご覧ください。」
それを見た王は微笑んだ。
一方、七天魔の`叡智レドルザ`は。
「・・・おかしいな。・・・どこにもいない?・・ここで暴れさせていたはずだが。」
そう言って周囲三百メートルほど荒れ果てた森を見ていた。