幕間 それぞれの夜 その三。
こうして、初日の国境線基地の戦いは一旦の幕引きとなった。
だが、これはほんの序章にすぎない。
そして、誰も知らない。
国々にとってとんでもない事態になることに。
魔物の本拠地。
数多くの魔物がうごめく洞窟。
その広さは十メートルの大きさを持つ魔物でも楽には入れる高さと千人ほどの数が入っても余裕の隙間がある。
・・・息つく魔物たちは。
・・・サイクロプス。・・・グレートオーガ。・・・ゴブリンガーディアン。・・・リザードマンハンター。・・・アサシンアナコンダ。・・・ムエタイコング。
・・いずれも冒険者ならびに兵士、騎士ですら倒すのが難しいと言われる上位魔物。
・・これだけ、多種類の魔物が一カ所で固まって待っているのは異常なこと。別に誇りとかそういうものでは無い。
・・・魔物の世界では人間と戦う以外でも魔物同士の縄張り争いがある。
だが、ここでは`クィーン`と呼ばれる魔物が統率していた為、争いは無く、人間との戦いのみになっていた。
・・・それを利用し`クィーン`を追い出し、頂点に君臨した魔物が現われた。
それは異形の存在。
・・・フクロウの頭にオオカミの胴体。爪の生えたトカゲの手足と尻尾。背中にはカラスの翼。二足歩行で動き、その青い眼光は如何なる存在からの反感も許さない。
魔物たちには`王`と呼ばせている。
王は。
「・・リザードマン達よ。ご苦労だった。これで人間どもは戦力を分散するだろう。・・その時こそ作戦を開始する。」
ご機嫌の表情であった。
・・王は最初から基地を陥落する気はなかった。現状の戦力で落としてもこちらの数が圧倒的に減ってしまう。
ならば、戦力を補充するだけだ。
・・その為に基地の西側にある死体置き場に目を付けた。あそこには魔物の死骸が大量にある。それらを持ち出せば、腐死者として操ることができる。
・・・無論、魔物たちは嫌な感情になるだろうが。そこは操っているので問題はない。
・・問題があるとすれば、人間達がこちらの思惑通りに動いてくれるかどうかだ。
しかし、王は知っている。
・・・かの将軍は人海戦術を得意とし、それのみをしてきた。人数が減ればどこからか補充する。そういう男だ。
・・・無論、王都から増援要請を出しているだろうが、今は夜。
いくら半日で行ける距離でも夜間移動は危険すぎる。
・・・動くとしたら朝。基地に着くのは昼頃。・・・余裕の時間である。
王は。
「・・では、明日の朝に動くとする。目標は西側だ。東ならびに正面を攻める部隊は陽動に徹せよ。」
この号令に魔物たちは唸り声を上げた。
王はその場を後にし、外の空気を吸いに出た。
・・・夜の冷たい風。曇りなき星空に輝く三日月。
王は。
「・・・これでいい。この犠牲は世界の為だ。・・・我が従者よ。準備を整えよ。」
この呟きに誰も答えない。
王の従者は別行動をしているのだから。
帝国。
王都。王城。
執務室。
ヨルネ皇帝は基地から届いた報告書を見て深いため息をついた。
・・・魔物の攻撃は狡猾で多くの兵士が負傷。復帰までには時間が掛かると。
すぐにでも増援部隊を出したい所だが、夜の行軍は危険なのだ。何故なら暗闇を照らす明かりが持参する松明のみ。
・・・魔物の大半は寝るだろうが、中には動く存在がいる。
例えば、ゴブリンとかだ。・・・昼にはろくに行動しなかった個体が他からの非難を受け、夜に動くことが度々あるのだ。・・ましてや、現在の夜は腐死者が現われ、ますます危険度が増している。
・・・即座には動けない。兵士達には出発は明朝とし、到着は昼頃になるだろう。
・・無論、物資として急遽キュアが必要になったので街の中からかき集め終えている。・・・後は、ドワーフ達に頼んだエッジソンの量産も完了した。
すぐにでも稼働可能だという。・・・これで国境線の戦いは有利とまではいかないが拮抗状態になるだろう。
皇帝は。
「・・・これで大人しくして欲しいのですが。・・楽観過ぎますね。」
苦い顔である。
・・・これで終わるのなら苦労は無い。魔物の動きにはどこか策を弄する感じはあるが。一体、何を狙っているのかが分からない。
・・・暗闇の中、数ある壺の中から正解を選ぶような感覚。
情報が少なすぎる。
・・・こうなったら他の国々との情報交換を本格的にしなければいけない。
・・今までの交換では、共有するのはお互い不利にならないよう地味な物に抑えていたが、四の五の言っている場合では無い。
・・・皇帝は早速、各国の王たちに協力を呼びかける書状を作成し始めた。
・・・この行為が類を見ない危機に備えることができたのは後の話。