第126話 備えあれば憂い無し。
上から襲いかかるアレイスター。
回転剣による力押しはこの奇襲を成功させる為の囮。・・・アレイスターは勝利の笑みを浮かべていた。こちらが触手しか出せないのであればこの奇襲を防ぐ術は無い。
触手しか出せなかったらな。
・・・私は一部の触手を薄い鉄の膜に変形。頭上を覆った。・・・アレイスターは驚きながらも炎の剣を振り落とした。
・・鉄の膜は少しずつ解けていった。・・破られるのも時間の問題。
その間に私は触手の隙間から転がりながら離脱。・・・・アレイスターから距離を取った。鉄の膜は斬り裂かれ、アレイスターは着地。周囲を炎が燃え広がる。・・・触手に絡まれたリグレッドソードは動く事無くオブジェのように止まっていた。
アレイスターが何かしようとしたとき私は。
「・・`雷光砲`!」
雷光激砲の劣化版の砲撃。
アレイスターの腹部に命中した。周りは触手で囲まれている。避けようにも動く事はできない。・・・アレイスターは雷の砲撃で吹き飛ばされ壁に激突。
・・本来なら貫通するはずだが吹き飛んだ事を考えると鎧に魔力を通して防御力を上げた。
あの一瞬でそこまでするとは、やはり強い。経験が違いすぎる。
・・・土煙を上げる壁からアレイスターは立ち上がった。腹部を押さえていることからダメージは高いと踏んだ。
私はこの好機を逃さない。
「・・スキル`激動`!」
奥の手の一つを発動。
体から力が漲る。私は走った。・・・狙うはアレイスターのみ。
異常な速さにアレイスターは。
「・・スキル`加速`!!」
一瞬で消えた。
しかし、今の私にはアレイスターの動きが見える。・・・相手は左側に移動している。私はすぐに追撃した。
その間、剣から刀に持ち替えた。・・・無論、炎を纏った刀`炎牙`にして。
アレイスターはかなりの驚きで相手を見ていた。・・この速さに付いてこれる敵は一人も居なかった。かのディオンでさえも不可能だった。・・アレイスターはすぐに平静を取り戻し、大剣に炎を纏わせ、敵を迎え撃った。
・・アレイスターの動きが止まった。
どうやら逃げるのはやめたらしい。・・私は上段斬りを放った。アレイスターはそれを大剣で難なく受け止めた。
・・・激しい鍔迫り合い。互いに炎を纏っている為、かなりの高温である。
・・しかし、二人は微動だにしなかった。・・・一瞬でも気を抜けば斬られる。
そんな膠着状態の中、騎士団の一人が突然、クシャミをした。
その音を合図に互いの剣は離れた。・・・対峙する二人。・・そこから始まる攻防の嵐。私は`激動`で速さが上がり、目に見えないほどの剣の軌跡が無数に放たれた。
一方、アレイスターも同様の速さで迎撃してきた。・・・おそらく、`加速`を足ではなく腕に集中したのだろう。無数の剣の軌跡が同様に出ていた。
激しい剣同士のぶつかる音。・・・第三者から見れば何が起きているのか分からない。
だが、周囲の床が斬り傷が突如出てきている事から剣で斬り合っているという思考しか思い浮かばない。・・・この光景を見ていたティナは悔しそうに見ていた。
・・シンスケは無論、アレイスターの動きが全く見えないからだ。
・・ティナは自分が最強だとは微塵も思っていない。しかし、弱いとも思っていない。・・・そんな彼女の心境でもこれは容認できないほどである。・・・このままシンスケの隣に立っていいのか?という不安が。
ティナは心の中で。
(この戦いが終わったら。・・・新たなスキルを習得できるか?・・・やってみない事には始まりませんね。・・・)
これから先の事を思案していた。
アレイスターとの攻防は一分経過しようとしていた。・・・しかし、私の中では数十分戦っている感覚だ。
・・・速さ勝負の戦い。・・・時間感覚が鈍るとは聞いていたがここまでとは。
苦悶の表情を浮かべた私にアレイスターは勝機と踏んだ。
突如、大剣を大きく横薙ぎにし、刀を弾いた。・・・私の体勢が崩れた。体が止まった時間はコンマ〇.五秒。・・・常人なら認識すらできない時間。
しかし、アレイスターにとっては攻撃できる時間。
返す刀で私の腹部に大剣を入れ込んだ。・・・その時、大剣が爆発。
・・吹き飛ばされる私。・・・床を転がりながら壁に激突。土煙を上げた。・・騎士団とティナは絶句した。
シンスケが負けたのかと。
・・・炎を纏った大剣を持ちながらアレイスターは荒い息を上げ。
「・・はぁ、はぁ。・・・経験の差がでたようだな。」
勝利を確信していた。
あの攻撃を受けて生きた奴はいない。ディオンでさえも直撃を避けるくらいだからだ。・・・アレイスターは騎士団に顔を向けた。
狙いはアルトリネ。・・・騎士達は剣を構えた。
勝てなくても一矢を報いる覚悟で。・・ティナはかなりの動揺したがすぐに剣を抜いた。ここで取り乱したら彼女は本当の意味でシンスケの隣に立つ資格がないと感じたからだ。
・・近づいてくるアレイスター。
誰もが勝敗は決したと思った次の瞬間。・・・土煙を上げる壁から何かが飛び出した。
・・アレイスターが横に振り返った。
「・・チェェェェストォォォォ!!!」
上段構えの斬撃が炸裂。
アレイスターの左斜め上から斬り裂いた。鎧は着られ、体に届いた。・・・激しい血飛沫を上げていた。
アレイスターはあまりの痛さに絶叫し、床に倒れ、悶えていた。
・・アレイスターを斬ったのはシンスケである。・・・生きていた事に驚いたが、無傷ではない。鎧は焦げ、顔や体に焼けた後がある。持っている刀も炎を纏っていない。・・・息も荒く、立っているのが精一杯の印象である。
満身創痍な私の所にティナが駆けつけ。
「・・シンスケ!無事だったのですね?!」
若干涙目だが喜びの顔で近づいてきた。
私は。
「・・正直、生きているのが奇跡だよ。・・鎧の性質をアダマンタイトに変えといて良かった。」
鎧に左手をおいた。
・・爆発で死ななかったのは鎧の強度がすごかったからだ。もし、変えていなかったら死んでいただろう。
そんな私たちに騎士団が近づいてきた。
「・・・ご苦労様でした。・・後の事は私たちが処理いたします。」
そう言ってアレイスターを囲んだ。
かなりの重傷を負わせたのだ。・・・いくら強かろうが戦うのは不可能だろう。そう思っていると騎士団の後ろからアルトリネが近づいてきた。
ここに来たときはかなりの致命傷を受けていたはず、今では歩く所まで回復している。
驚愕している私にアルトリネは。
「・・ご心配をお掛けしました。・・私にはスキル`回復`があります。動かなければ数日は掛かる怪我も数分で全快します。」
少し誇らしげに答えてくれた。
・・いいスキルだ。重傷を負っても騎士団が守ってくれればすぐに戦線復帰できる。・・彼女の組み合わせは理想的である。
そう思っていると騎士団から警戒する気配を感じた。
振り向くとアレイスターが剣を杖にして立ち上がろうとしていた。・・・呼吸が乱れ、額の汗は滝のように流れ、口から血反吐を吐いている。
どう見ても重体者なのにアレイスターは。
「・・ま、まだだ。・・お、俺はまだ、たた、かえる!!」
鬼の形相である。
そこからあふれ出す殺気は異常に大きく、濃かった。・・・騎士団は剣を構えるが、その顔は怯え、剣は震えていた。
異様な空気の中、アルトリネは。
「・・勝負はつきました。・・その怪我ではシンスケはおろか、私に勝てません。・・加えて、`召喚`のスキルもかなりの集中力が必要だと思われます。・・現に、あなたは何も召喚していません。」
アレイスターに適切且つこれ以上は無意味だと説明した。
そんなアルトリネの説明にアレイスターは。
「・・だから、どうし、た。・・・お、おれのや、ぼうは。・・ま、だ、・・・」
その続きを言う前にアレイスターの様子がおかしい。
・・気のせいか、顔が段々とやつれている?いや、シワができている?・・・その時である。
アレイスターが突然苦しみだした。
「・・な、なんだ?・・からだ、から、ちからが、ぬける。・・・お、おれの、わかさが。・・どう、なってる?・・・けん、きゅう、は。・・・せい、こう、では?・・・あぁぁ・・」
アレイスターの顔にシワが増え始め、髪の毛はどんどん抜け落ちていき、最後には老人の顔になり、ハゲになった。
・・・あまりの事に私の含め、皆は絶句した。・・何が起きているのか分からず呆然としていた。
・・・そして、アレイスターは倒れた。
驚愕と理解できないという顔のまま白目をむいて沈黙した。・・その姿はまるでミイラ。生きたまま干からびた状態である。・・・あまりの事に沈黙が支配した。
しばらくするとアルトリネが。
「・・・はっ。・・教皇は?!」
その言葉に騎士団が`はっ`と現実に戻り、アレイスターの状況を調べた。
脈拍と呼吸を調べた結果、首を横に振った。・・・絶命した。正直、訳が分からん。
重傷を負わせたからこうなった?ありえない。それならばどんな人間でもそうなるのが日常になる。しかし、日常にはなっていない。
・・薬の副作用?重傷負ったかもしくは時間経過?いずれにしてもその可能性が現状高い。
アルトリネは。
「・・・教皇の不自然な死の原因を突き止めねばなりません。・・すぐに研究室に向かいます。ここからは二手に分かれます。・・あなた方は気絶している大司祭三名を捕縛。ロメル枢機卿を応急処置しつつすぐに医務室へ。・・残りは私と共に研究室に向かい、証拠並びに原因を突き止めます。」
的確な指示を出した。
・・騎士団は敬礼し、行動を開始した。
私たちを見たアルトリネは。
「・・・シンスケとティナは休んでいてください。・・ここからは私たちに任せてください。」
お役御免の言葉である。
・・私は。
「・・そうだな。それじゃお言葉に甘えて。」
私たちは壁際に向かった。
かなりの疲れに私は腰を下ろした。・・・ティナも同様に座った。アルトリネはすぐに騎士団と研究室に向かった。
・・そんな流れを見ながらティナは。
「・・・結局、私は何の役に立てませんでした。」
自傷気味に呟いた。
本来なら気の利いた台詞を言うものだが、私は。
「・・・そうだな。研究室の隠し扉だって時間を掛ければ誰だって解ける。・・今回、ティナが役に立った事はない。」
キッパリと答えた。
きつい言葉なのは分かる。・・・だが、ティナはこんな事でヘコむ女性ではない。
自己責任が強く、誰かに自身の犯したミスを押しつけたり、手柄を横取るような事はしない。・・・素直で誇り高く、厳しくも少し甘える部分がある。
強い女性であり、冒険者だ。
ティナは。
「・・こう言う場合は優しい言葉の一つは言うものではありませんか?」
何やら意地悪そうな笑顔に私は。
「・・なんだ?言って欲しかったのか?・・お前はそういうタイプじゃないと思っていたが。」
こちらも意地悪い笑顔で返した。
ティナは。
「・・ふふっ。・・そう言って貰えてむしろ嬉しいくらいですよ。」
ほくそ笑んでいた。
ありきたりだが決して得がたい幸せの空間。・・・その時、遠くから猛獣の雄叫びが聞こえた。
少し手直しに時間掛かりました。