第118話 潜入と不運な男。
潜入準備は完了していた。
具体的には忍びやすい服装と小型のバック、その中身は地球で買った潜入に向いた道具が入っている。本来は防犯の為や自衛の道具だが、この状況では最適である。後は小太刀を携帯していた。
・・・その服装だが、私は全身黒い忍者服。着物は肌に密着しており、靴は足音できるだけでないように綿を底に詰めた足袋をはいている。頭は頭巾を被り、口元もマスクを着用。・・完璧なる格好である。
隣にいるティナに私は。
「・・なぁ、ティナ?・・本当にそれでいいのか?」
この疑問にティナは。
「・・これ以外にまともな潜入服は無かったのです。・・・これはこれで動きやすく私は好きです。」
そう言って体を動かす。
確かに動きやすそうだが、その格好は。・・・全身黒色のラバースーツ。胸は着物が巻いており、腰には小型のバック付きのベルト、足の底は同じ綿が入っている。簡易的な黒い手甲と黒い具足を身につけ、黒いマスクとマフラーを身につけ、髪は邪魔にならないように短く結わえていた。
・・一言で言えばエロい格好。
どこぞの女忍者を連想する格好である。
私は。
「・・まぁ、気に入ったのなら別に良いが。・・それじゃ作戦を確認する。・・目的はアルトリネの救出。場合によっては今回の事件を解決する動きとする。・・投獄されている可能性があるとすればこの監獄エリアと呼ばれる場所。どこの牢屋かは分からないがしらみつぶしに探すしか無い。」
昼間に話し合った内容をもう一度言った。
こう言う場合は慎重且つ迅速に行動が大事。・・・作戦案としては大雑把だが無いよりマシである。
ティナは。
「・・調べる時間がなかったのは痛いですが。彼女が何かされている可能性がある以上、時間との勝負。・・では。」
私の号令を待つティナ。私は頷いて。
「・・行くぞ。」
静かに行動を開始した。
灯りがたいまつ以外なく、今宵は月は雲に隠れている。・・・絶好の機会である。
目の前に三メートルの壁があった。私は両手に手のひらサイズのガラスをくっつける吸盤を持った。・・それを壁に付け、レバーを引けば壁に引っ付いた。・・・離れない事を確認し、登った。
左、右と交互にくっ付けては離しを繰り返して壁の頂上に到着した。
壁の向こうは草が多い茂る大地。・・・二階建ての施設。・・・人が入れるサイズの無い窓。・・・監獄と呼ぶべき場所である。
その割には見張りがいない。
・・どこかで監視しているのかと念入りに見回ったが誰も居ない。・・妙な気分であるが、これを逃す気はない。私はロープをティナの所まで垂らした後、壁の向こう側に降り始めた。吸盤で交互に降りつつ、一定の高さからジャンプ。
・・少し音がしたが、誰も来ない。
私は地面にロープ止めの杭を深く刺し、外れない事を確認し、ロープを括り付けた。・・・しばらくするとティナも登ってきた。向こうでも私が教えたやり方で杭を打っている。・・・これで、帰りは確保できた。
・・私の近くに降りたティナは。
「・・しかし、地球は便利な道具が多いのですね。・・この服も然り、大抵の物はどこでも手に入るのですから。」
感心していた。
・・まぁそうだろうな。私とティナの服はとあるコスプレ店で購入した物だ。スパイ用の服となれば普通の店では売っていない。それに近い専門店しか無い。
・・実際、その店はかなりのコスプレの服があった。
アニメの服装は勿論、中世や和風の忍び服など欲しい物があった。・・道具の類いはキャンプや工具を扱う店で購入。潜入道具は頑丈と耐久が必須。この店以外は思いつかない。
・・私達は静かに移動を開始した。
・・扉の方は見張りが二名。さすがに入れない。・・ならば、私は見えにくい場所に行き、`探知`を発動。・・建物の中は赤い点が幾つもあるが、近くにはない。
私は`物質変換`で壁を鉄に変え、穴を開けた。
・・・中は物置部屋である。危険が無い事を確認し、壁を塞いだ。さすがに大穴が開いていたらバレる。・・私は扉を開け、周囲を見回した。`探知`で誰も居ない事は分かっているが、念には念を入れる。
・・ゲームのように見つかった場合、一定時間で警戒が解除され、通常状態に戻るが、現実はそうでは無い。・・一度でも見つかれば、警戒態勢が敷かれ、一切の身動きが取れなくなる。
深呼吸し、捜索を開始した。
・・・灯りが全くない廊下。扉はあるが。看板には食堂や仮眠室と書かれている。・・・廊下を歩いていると案内板を発見。・・これによると牢獄エリアは施設の中央にあるようだ。無駄に時間を浪費する手間が省けて助かった。
歩く事数分。・・`探知`を使いながら中央を目指して進んだ。
巡回する兵士を確認すると、近くの扉に身を潜めたり、樽に入ったりとスパイ映画そのもの動きをした。
・・・そして、頑丈な扉に到着。
`解析`を発動。鍵の形を把握し、`物質変換`で作った。
・・開けると牢屋が並ぶ通路。・・わずかに聞こえる寝息。・・牢獄エリアである。アルトリネがいるとすればここか尋問あるいは拷問部屋しか無い。
・・歩きながら牢屋を見ていると。
「・・?誰か居るのか?」
見つかった。
しかし、声は牢屋の方から聞こえた。・・・囚人が目を覚ましたようである。
私たちは無視して行こうとしたとき。
「・・ま、待って。・・もしかして、私を助けに来たのか。・・やはり、神は私を愛していたのだ。・・救いの手がここに。」
何か勘違いして感激していた。
私がそいつを見ると、どこかで見たような顔である。
ティナは小声で。
「・・ほら、あれですよ。・・えーーと。・・あぁ、教会の暴動事件を起こした男です。」
思い出すように呟いた。
・・あぁ、あの時の迷惑男か。やたらと幸運が強すぎて騎士団が手を引くほどの。
・・男は。
「・・何をコソコソ話しているのだ?・・早く出したまえ。・・ゆっくりはしていられないのだぞ?」
腕を組みながら愚痴った。
偉そうにしやがってここで殺してやろうかと思ったが、こいつの死体があれば侵入者がいたことがバレてしまう。・・だが、このままにはできない。
どうすればと思った時ティナが。
「・・・申し訳ございません。すぐに出します。」
頭を少し下げて謝罪した。
私が驚いていると、男は。
「・・ほぅ、君は中々礼儀があるようだ。・・ならば、そこの男の無礼は許そう。早く開けたまえ。」
殺気溢れる発言である。
私が小太刀を抜こうとしたとき、ティナが。
「・・私に任せてください。」
小声で制した。
何か考えがあるようだ。・・・黙って見る事にした。
ティナは。
「・・・ですが、今、脱獄しても兵士に見つかってしまいます。・・ここは監獄の重要罪人をわざと脱獄させ、施設内が混乱している隙に逃げるべきです。」
この提案に男は。
「・・素晴らしい考えだ。・・私も同意する。」
歓喜溢れていた。
ティナは。
「・・それでですね。重要罪人で一番目立つのが最近、収監された騎士団長アルトリネが最適です。・・・彼女はどこにいるかご存じですか?」
この質問に男は。
「・・そうかそうか、あの女を使うとはいい策だ。・・確か、尋問室に連れて行ったきり出てきて無いはずだ。・・・ここから奥にある鉄の扉がある。そこが尋問室だ。・・では、最初に私を出したまえ。」
あっさりと答えてくれた。
ティナの意図が分かった私は。
「・・・では開けますよ。・・・おや?貴方様の顔に何か書かれていますが?・・暗くて見えないので近づいてくれませんか?」
この言葉に男は。
「・・・?何が書かれているのだ?」
そう言って近づいてきた。
・・私はバックから取り出したスタンガンを男の首筋に当てた。・・・男はうめき声を上げて気絶した。
ティナは。
「・・見事です。私の思惑を感じてくれたんですね。」
嬉しそうに言ってきた。
私は。
「・・一番口が軽く長い事ここにいる奴の情報は信頼がある。ということだろう?」
この言葉にティナは右手親指を立てた。
・・・三文芝居に騙され、知りたい情報をペラペラ喋って気絶されられる。・・不幸な奴だ。あの時の幸運は消えたようだ。・・私たちは足音を立てずに奥の扉へと向かった。
・・扉の前に立った。・・鍵は無い。・・警戒しながら慎重に開けた。
・・中を見ると拷問道具が多く、・・・尋問室ではなく拷問室である。・・中世の魔女狩りを連想させた。
・・・辺りを見回すと、磔台に拘束され、荒い息遣いでぐったりしているアルトリネの姿を見つけた。・・彼女の股の下には水が溜まっていた。それが何なのか彼女の状態を見てすぐに分かった。
・・この場面は私の趣味にどストライク。・・身動きできない女騎士。・・しかも鎧姿。下半身が熱い。
ティナは。
「・・シンスケ。・・今は救出が最優先です。」
小声ながらすごい怒気を感じた。
私は気を取り直してアルトリネに近づき。
「・・大丈夫か?・・俺だ。シンスケだ。」
アルトリネは静かに首を上げ。
「・・シ、シン、スケ?・・・ど、うして?・・・」
続きを言うまえに私は。
「・・約束したからな。可能な限り手伝うと。」
この言葉にアルトリネの瞳が一滴の涙が流れた。
ティナは少しふくれっ面をしながら。
「・・早く外しましょう。・・磔台の後ろにあるレバーで操作できるようです。」
言いながらレバーを下ろした。
拘束は解除され、アルトリネは倒れ込んできた。・・・ほぼ正面にいた私が受け止める形になった。
・・アルトリネは。
「・・シン、スケ。・・わ、私。」
赤面しながら何かを言ってきた。
私は思わず生唾を飲んだ。
・・ティナは。
「・・さぁ、アルトリネ。・・私が担ぎますから。こちらに。」
強引に私から引き剥がした。
かなりの怒気を込めて。
ティナに抱きかかえられたアルトリネは。
「・・そ、そこに。・・げ、解毒剤が。・・」
言いながら指を差した。
机の上に緑色の液体があった。私はそれをティナに渡し、アルトリネに飲ませた。
・・・しばらくすると、アルトリネは落ち着きを取り戻した。