第107話 王女の依頼。
翌朝、私は拠点である家で目を覚ました。
昨日の一件が解決したと思えば新たな問題、ギルドでの強制依頼。・・即位式の護衛。
・・どうしてこんなことになったのか?・・・考えるのは止そう、無駄な気がする。
パンとスープの朝食を終え、ギルドに向かうことにした。・・気は乗らないが王族からの依頼を断るのはある意味勇気がいる。
受付嬢に説明を求めた。
「・・・依頼内容は即位式の護衛であります。・・今日の夕方から即位式がおこなわれ、式が終わると同時に食事会が開催されます。・・・護衛時間は即位式が終わるまで続きます。・・護衛場所は玉座の間であります。・・・それとヨルネ王女様からのご依頼がもう一つあります。・・・食事会でシンスケさんが出される料理を最低一品出していただきたいと。」
最後の依頼がとんでもない内容であった。
困惑した私は。
「・・・なんで、俺が料理を?」
この疑問に受付嬢は。
「・・・え~~と。・・理由としては孤児院で出されたおでんなる料理が評判であったので、他にも料理があるのなら是非出していただきたいと。」
紙を見ながら言った。
・・孤児院の子供達の為にやったことがこんな大事になるなんて。・・こうなったら野となれ山となれ。・・・やってやろうじゃないか。
受付嬢に了承の言葉を告げた。
王都の市場。
私はティナと一緒に食料を見て回った。作るにしてもまず材料が無ければ何もできない。・・・しかし、野菜、いや薬草か。その種類は多くない。
冷凍魚もあるがここの魚料理は西洋料理に近いものばかりである。・・しかし、日本の魚料理の定番。寿司や刺身は生もの。
この時代は鍛冶や細工には力を入れているが食事に関しては薄い部分がある。
生ものを使う料理では寄生虫とかが心配だ。採用できない。
・・・ブラブラと考えているとティナが。
「・・シンスケ。・・あそこの店はどうです?」
そう言って指差した場所はキノコが沢山置いてある店だった。
・・キノコか、岩山ばかりで採れるのか?・・それとも教会からの輸入品か。・・いずれにしても何かの料理には使える。
・・私たちは店に入った。・・中にあるキノコの種類は様々、シイタケ、エリンギ、ナメコ、マイタケ、マッシュルーム、ポルチーニ。
かなり有名なキノコばかりである。私は店主に。
「・・・店主。ここにあるキノコはどこで手に入れたのですか?」
この質問に店主は。
「・・ん?・・この辺りでよく採れるよ。・・冒険者なら仕事の合間によく食べている。」
ぶっきらぼうに答えた。
・・・草や木が多く生息する山でしか生えないはずだが。・・・異世界の常識と考えるべきか。・・・そう思いながらキノコを一通り見た時、あることを思い出した。
私は。
「・・・店主。・・・これとこれとこれ、後これも売ってくれ。」
私は、シイタケとエリンギとマイタケとポルチーニを手に持った。
店主は計算して。
「・・・全部で小銀貨、二十枚だな。」
意外に安かった。
・・・店を出た後、ティナは。
「・・・このキノコを使って鍋物でも作るのですか?」
質問してきた。
地球でのキノコ料理はティナも食べている。その経緯で聞いてきた。
私は。
「・・・鍋物だが、日本ではそんなに有名ではない。だが、この世界はある意味、地球の古い時代だからちょうど良い。・・・他にも買いたいから手伝ってくれ。」
ティナは首を縦に振った。
・・・そこからの買い物は多かった。・・小麦粉にしょう油に塩にネギに白菜にニンジンにダイコン。・・・後は、旨いかどうか確かめるだけである。
これらの材料と地球から持ってきた鰹節を袋に入れ、家に戻った。
・・・鍋に水を入れ、沸騰させる。その間に白菜、ニンジン、ダイコンを一口サイズに切っていく。
鉄のポールに小麦粉を入れ水を加えて混ぜる。混ぜていく内に硬くもなく柔らかすぎることのない中間で止め、生地を耳たぶサイズにし、何個も作る。
沸騰したお湯にしょう油と鰹節を入れ、塩少々で味付けをし、少し味見。・・みりんがない分少々物足りないが、これでいく。
・・薬草を入れ、じっくりと煮込む、だいたい五分くらい。
・・そして、耳たぶサイズの生地を鍋の底に沈ませる。・・しばらくすると生地が浮かんできた。
仕上げに各キノコを入れて更に煮込む。・・・これで完成。
現代の日本では知っている人間が少ない料理、水団である。
・・・小鉢に乗せてティナの居る食堂に持って行った。
ティナは。
「・・・これが食事会に出す料理ですか?」
疑問形で聞いてくる。
・・仕方ない、貴族や王族が食べるには無理がある色合い。私は黙ってスプーンを差し出した。一口食べてみた。
・・・味はあっさりとしていて、薬草は充分に味が染みている。生地の方も味の染みこみは勿論、弾力は硬すぎず柔らかすぎず心地よい抵抗感、噛む度に出汁が口一杯に広がる。
・・・そして、しょう油と鰹節以外にキノコから出る様々エキスが溶け込んであっさりの中にコクがある。・・ティナは一心不乱に食べていた。
・・私は。
「・・どうです?味は?」
質問にティナは。
「・・・良いんじゃないですか?・・・見た目さえ何とかすれば充分にいけます。」
やや恥ずかしそうに答えた。
・・食いっぷりがいつもと違うから照れていた。
・・時間は昼少し前。
・・一応この料理でも大丈夫か城の料理人達に確認する必要がある。
私は。
「・・今から王城に行っても問題ないかな?」
この問いにティナは。
「・・問題ないでしょう。・・私たちは警護の依頼を受けています。ギルドからの発行書もあります。見せれば入れます。」
小鉢の中を飲み干した後、答えた。
・・ならば、早速支度することにした。
昼を少し回った頃に城の門まで来た。
・・・発行書を門番に見せると。
「・・・お話は聞いております。・・・どうぞお通りください。」
通してくれた。
・・とても護衛の任務を受けた冒険者とは思えない丁寧な態度。・・何か言われたのか?・・深く考えるのは止そう。無駄な気がする
私たちは調理場に向かった。
・・予想通りの広さと数人の料理人達。
・・その中の一人で少し厳しいそうな人が。
「・・依頼を受けた冒険者ですね。私はここの料理長を務めている者です。・・話は将軍から聞いています。・・・しかし、いくら王女様のご命令とはいえ、粗末な物を出すわけにはいきません。」
手厳しい発言である。
・・当然だな、長いこと城の料理番をしている者達にとって今日は特別な日。
恥を掻かせるのは絶対してはいけない。
・・私は。
「・・承知の上です。」
そう言って食材と道具を手に、調理を開始した。
・・・調理すること約三十分。・・すいとんの完成である。
・・小鉢に少量入れて、料理長に渡した。
「・・・お願いします。」
余計なことを言わずに机に載せた。
料理長は何も言わずに一口食べた。・・・その後は無言で食べ続け、小鉢が空になった後。
「・・味は悪くありません。・・・素晴らしい。・・しかし、盛り付けが雑すぎる。・・・失礼だが、綺麗な盛り付け方は知らないのですか?」
この質問に私は。
「・・・恥ずかしながら。」
一言で済ませた。
こう言う場合は言い訳をせずに素直に言う方が相手に好感を持たれることもある。
地球での就職活動で培った常識である。
・・・料理長はしばし考えて。
「・・うむ。では盛り付けはこちらに任せても良いだろうか?・・・無論、この料理は君が出した物だと王女様にはご報告する。」
厳しい顔つきで提案してきた。
私は目をつむり。
「・・よろしくお願いします。」
頭を下げた。
・・その後は使った調味料の適量を細かく説明した。・・味の基本は量の調整。
怠れば不味くなるのは常識。
・・・説明を終え、私たちは退出した。
私たちが出た後の調理場。
今まで成り行きを見ていた料理人が。
「・・・しかし、冒険者がこれ程の料理を作るとはな。・・・正直、雑な料理を出すのかと思ったぜ。」
この言葉には他の料理人も同じである。
冒険者は腹さえ満たせれば何でも良いというイメージがある。・・それは、野宿をする場合、料理できる環境がなさ過ぎる故に適当に食っていると思われるからだ。
・・・王女様から冒険者に料理の依頼を出したと聞いた時は驚くよりも屈辱を感じるのも無理はない。・・・だが、あの冒険者は違う。・・見たこともなく、素材の旨さを生かした料理を出してきた。
料理の説明でも基本を忘れていない部分もあり、見下していた自分が恥ずかしいと思える人もいる程である。
そんな中、料理長は。
「・・・ふむ。しょう油は味付けとしては美味なのは知っていたが、鰹節か?・・・あの魚を乾燥させればここまでの深い味になるとは。・・・未だ未だ世界は広い。」
そう言って冒険者が置いていった鰹節を眺めた。
・・・これ程の材料をどこで手に入れたのか気になって聞いてみたら、`今、孤児院の子供達が作っています。`と答えた。
・・・ある意味ではよくやってくれた。
・・・あそこは王女様が経営する施設。・・・前に被害を出したことで落ち目になっていたが、この鰹節の存在が孤児院の存在を大きくすることは間違いない。
・・料理長は完成したら、絶対に買い付けに行くと心に誓った。
調理場を出た私たちは城内の決められた場所に向かった。
そこは騎士達の会議場。・・即位式での段取りや配置について説明を受けていた。・・私たちが入った時、すごい目で見られた。
仕方ない、王女様の一世一代の晴れ舞台に部外者が護衛に入るなど絶対に許せずはずがない。
料理人以上の誇りである。
・・・そんな中、会議場の奥に居る人物が。
「・・お前達。・・・揉め事は起こすな。」
怖い顔と目つきで注意を言ったのはゴルトール将軍である。
騎士達は私たちを見るのを止め、視線を将軍に向けた。・・これ以上見たくないということか。・・こちらとしてもありがたい。ジロジロ見られるのは気が滅入る。
説明が始まった。・・特に難しいことはない。
玉座ならびに周囲の配置と城外の配置、その後の食事会の警備巡回ルート。・・・変わったことをするわけではない。
だが、配置について私は。
「・・・将軍。質問しても良いでしょうか?」
手を上げた私に将軍は。
「・・・・言いたいことはわかる。・・・何故、玉座の護衛に配置されるのか?だろう。」
将軍の言葉に私は頷いた。
・・・即位式にとって重要な玉座の間。護衛も信頼度が絶大で無ければ就くことができない。そんな所に私とティナが言い渡された。
・・騎士達も同様に納得できない空気を出していた。
将軍は。
「・・・理由は二つ。・・一つは先の討伐戦で貢献している君たちなら配置にしても大丈夫だと私は確信しているからだ。・・二つは王女様からのご命令だ。」
冗談ではない顔で答えた。
・・・前者はある意味納得できる。実力と信頼を勝ち取った思えば良い。しかし、後者は正直、何を考えているのか分からない回答である。
・・騎士達の不満は募るばかり、だが、王女様と将軍のお墨付きを与えられた。
これで何か言えば王族と英雄にケンカを売る行為である。・・誰もが沈黙した。
・・・将軍は。
「・・他に質問が無ければ、会議は終了とする。・・各自、命令があるまで自由時間とする。但し、城の外に出ることは禁ずる。」
会議は終了し、全員が退出した。
私たちも行こうとしたら将軍が。
「・・・シンスケ殿並びにティナ嬢。・・・お二人には個別に話がありますので、応接室に。」
そう言って、将軍は付き従うメイドに指示を出し、案内してくれた。
・・・案内された部屋は豪華ではないが質素でもない。
そこで私は。
「・・・それで、話とは何ですか?」
この質問に将軍は。
「・・・話はない。・・今、城の中を歩かれると騎士達に変な揉め事を起こされるからな。・・即位式が始まるまでここにいてくれ。」
そう言って部屋から退出した。
正直助かった。騎士達の顔つきを見れば歓迎されていない。その行為はありがたく受け取ることにした。
・・・静かになった空間。
私は人生を振り返ってみた。・・会社をクビになり、実家に戻り倉から本を見つけ、異世界に行き、そこで狩人兼冒険者として生きていく。そんな普通且つ変わった生活を送ろうとしていた。・・だが、シドールというミノタウロスに負け、再戦の為に強くなる旅に出たのだが、いつの間にか国の一大事に関わってしまった。
・・・なんで、こんなことに。
・・少し物思いにふけているとティナは。
「・・・勝手気ままに生きた報いですかね。」
私の右肩に手を乗せて宣言した。