幕間 王国の報告。
王国、地方都市アルム。
領主の館。執務室。
そこには二人の人間がいた。・・領主とギルドマスターである。
領主はマスターから受け取った報告書を読んでいた。
内容は、シンスケが密偵として送っている報告書。・・それも最新の書物である。・・だが、これだけは彼では無く、ティナが書いたものである。
その理由も詳しく書かれていた。
領主は頭を抱えていた。
「・・言葉が出ないとはこの事だな。・・一体、何を、どうしたら、こうなるのだ?・・教えてくれないか?」
この質問にマスターは。
「・・申し訳ありません。私にも分かりません。・・唯一分かるのは、彼が狩人であり、狩らなければならない魔物がそこにいた。・・それしか言い様がありません。」
マスターも苦い顔をしていた。
・・それもそのはず、今までの彼の行動。
・・教会の暴動、・・共和国の事件、・・帝国の皇帝殺害並びに魔物たちの激戦。
・・いずれも、歴史に残ってもおかしくない出来事。
・・領主は。
「・・やはり、この国から出したのは失敗だったか?・・大人しくていれば関わることも無く、我々が悩むことも無かっただろうに。」
疲れ切った顔の領主にマスターは。
「それは難しいです。・・旅に出たいと言ったのは彼の意思。・・・却下したら、全てを失っても出て行くでしょう。・・・ティナも同じ思いだったはずです。・・・それに、仮に残ったとしたら、この国で事件が多く起こっていた可能性があるはずです。」
マスターの不吉な発言に領主は。
「・・`七天魔`か。・・・確かに、きっかけは岩山の事件。・・・奴らが目に掛けていたのは確実だ。・・それを考えたら、ある意味良かった。・・・と思うべきか。・・・複雑だな。」
最後の言葉は投げやりであった。
・・マスターも思っていた。・・もし、彼が王国にいれば、他国で起きた事件が王国のみで起きていた。
・・そうなれば、次々と起こる事件の対処が間に合わず、多くの死者が出ていた。
・・・厄介払い、と一瞬の思ったが、すぐに否定した。
彼はこの国を救ってくれた。・・そんな恩人に無礼な思いである。しかし、国の安寧の為ならば、一人が犠牲になることも珍しくない。
・・正しいか間違いかは関係ない。・・・大事なのは絶やさない事。
それだけである。
領主は少し考えて。
「・・それで?・・あの二人はいつ頃あたりに戻ってくるのだ?・・・国境線の戦い。・・読む限りでは終戦に近いと思うが。」
この質問にマスターは。
「・・それについてはこの報告書にありますが、シンスケがかなりの重傷を負ったらしく。・・目覚めていないようです。・・・意識を取り戻してもしばらくの療養が必要だと報告です。」
そう言って報告書を領主に手渡した。
・・・領主は報告書を朗読し。
「・・・ミノタウロスか。・・上位魔物の一種にして出会いたくない魔物だと言われた存在。・・・そんな奴との戦いとは、本当に何があればそうなるのだ?」
かなり投げやりの言葉を放った。
・・上の立場になってここまで神経を削った覚えはない。
・・彼は領主にとって、吉と出るか凶となるのか。
・・・現時点では吉だと思いたい。
王国、王城。執務室。
国王と王子がある報告書を読んでいた。
・・・それは、都市アルムのギルドマスターが送ってきた。二人の行動記録である。
・・クラーケンの一件以来。・・重要だと思しき報告はするように厳命していた。
当初は王女の無断旅行が発覚し、国王は精神的にかなり危険な状態になっていた。
・・治るまでかなりの期間を要した。・・・高齢故に治りも遅い。
・・・一応の回復をした国王は報告書を見て。
「・・・アルフォンスよ。・・また永い眠りにつきたい。」
遠い目をした国王にアルフォンスは。
「・・父上。・・現実を見てください。・・それと隠居されるのはまだ早いです。・・王位継承も済んでいません。・・仕事に移りましょう。」
そう言って真剣な顔になったアルフォンス。
国王は諦めたのか、アルフォンスの顔を見つめた。
アルフォンスは。
「・・・報告書では、共和国、教会の事件に関わり、帝国では国境線の戦いのみかと思われたが、未知の魔物の出現。・・これを討伐。・・現在、シンスケは意識を失い床に伏せています。・・・この報告書はティナが書いたものです。・・現状の帝国では混乱が起きています。」
「・・前皇帝が亡くなり、新皇帝であるグリネ嬢が魔物に変貌したと城内の兵士達が証言したと。・・尚、この情報は極秘ですが、未知の魔物を討伐した功績でシンスケが城の医務室で安静にしていた時に、ティナが廊下での話し声を聞いていたそうです。」
報告書を読み上げた。
国王は今までの行動がウソのように真剣な顔つきで考えていた。
アルフォンスはホッとした。
・・この顔になった父上は頼りになる。・・少なくとも妹の知恵を借りなくても大丈夫だと、妹ならば適切な対応をしてくれるが、そうすると次期国王はオリビアだという声が益々高くなる。
・・あいつ自身も王になる気はない。
穏便に済ますには父上と自分で解決するしかない。
国王は。
「・・・アルフォンス。・・事実確認の為に信頼できる兵に帝国の調査を命じよ。・・内容が真実なら、ヨルネ王女が新皇帝になる可能性が高い。・・かの王女ならば交渉事に融通を利かせてくれるはずだ。・・何しろ、前まではグリネ王女が前皇帝にいらぬ情報や知識を与え、混乱させ、情勢を悪い方へと流そうとしていた。」
「・・・まぁ、ディオン皇帝は聡明な方だったから、王国との断絶や侵攻をしなかったのが幸いだ。・・・だが、グリネ王女がいなくなったのなら、双方共に良い方向へと進めるはずだ。」
この指示にアルフォンスは。
「・・そうなりますと、使者として使節団を送った方が問題が起きないでしょう。・・そうすると。・・・グラドが適任ですね。・・彼の強さは王国でも指折り。・・更には帝国にいる二人はグラドを知っています。・・・彼以外には思いつきません。」
この言葉に国王は。
「・・ふむ。ではアルフォンスよ。明日、グラドに帝国への使者を命じよ。・・オリビアには隠し事をしても無駄だから、朝礼の時に謁見の間で執り行う。・・・異論はあるか?」
この言葉にアルフォンスは。
「・・ありません。・・・ここまで大きくすれば、さすがのオリビアも我が儘は言いませんでしょう。」
そう言って安心した笑みを浮かべた。
翌朝、王城前。
大勢の民衆がある一団を見ていた。
約三十人の兵士達。・・その先頭に立つのは盾騎士グラド。
・・そして、列の中央には豪華な馬車があった。
そこから顔を出した人物に民衆達は。
「キャァーーー♡。オリビア様ーーー♡。」
「オリビア様ーーー!!頑張ってくださーーーい!」
「お体にお気を付けてーーー!」
その声援に馬車の人物、オリビアは笑顔で答えていた。
御者の席にはメイドのサクラが満面の笑顔で馬を操っていた。
国王とアルフォンスは、城のテラスで思った。
`どうしてこうなった?`と。
それは謁見の間で起きた使節団の派遣について。
グラドが使者代表として選ばれた時、オリビアが。
「・・お父様。・・此度の使節団に王族が参加しないのは帝国に対して失礼だと思います。・・かの国は皇帝を二人亡くなり、情勢が不安定。・・それなのに、王国からの使節団に王族の一人がいないのは侮辱と捉える貴族達がいる可能性があります。・・・ならば、使者にはこのオリビアが適任です。」
この言葉には当然、国王と王子が反対。
・・オリビアの言い分には一理ある。
ならば、アルフォンスが行く事に対してオリビアが。
「・・兄上様は次期国王であります。・・帝国が何かすることはないでしょうが、万が一の事があります。・・国の為にも私が行くべきです。」
全く引き下がらない態度。
・・・この姿に貴族達は感銘を受けた。
王女様は次期継承者である王子様の身を案じ、自ら危険な旅に出られる覚悟。
・・何よりも王女自身から滲み出る王気が凄まじい輝きを放つ幻影を見た。
王女の提案に賛同する貴族達が多く、さすがの国王と王子も頑なに反対すれば、貴族達に変な誤解を与えかねない。
・・・国王は渋々、王女を使者として任命した。
馬車の中でオリビアは内心喜んだ。
・・あの二人が活躍した場所。・・この目でしかと見て、この耳でしかと聞いて、英雄談の詩を書くことができるのだと。
・・最高の詩を完成させる覚悟を持って旅に出たのであった。