第91話 ある決断。
国境線。
前線基地。
基地内は慌ただしい雰囲気であった。・・負傷者の搬送、治療。
動ける者がほとんどいない医療室。・・唯一動いているのは医者と看護師だけである。
・・包帯で巻かれ身動き取れない者や意識が回復しない者が多数。ポーションなどで治療しているが、傷を治すのが主で失われた体力や魔力は回復しない。
・・その為、動こうにも動けない状況なのである。
・・その中にベッドで寝ている私がいる。・・隣にはティナがいる。
目立った外傷は顔にできた傷のみ、その他に傷は無い。
・・・ティナは。
「・・お互いに大丈夫ではありませんが、生きることはできました。・・これもシンスケが私の装備を改良してくれたおかげですね。」
そう言って微笑んでいた。
私は。
「その様子だと、あまり気にしていないのか?・・・顔の傷?」
この言葉にティナは自分の頬に手を添えて。
「・・別に、傷を負うのは冒険者なら誰でも負うもの。・・一々気にしていてはきりがありません。・・・それとも嫌ですか?・・顔に傷がある女は?」
少し不安な顔のティナに私は。
「・・・いいや。気にしていないのなら良い。・・俺は、どんなになってもティナを捨てる事は無い。」
少し照れくさいことを言った。
あまりの恥ずかしさにそっぽを向いた。・・ティナも同様に顔が赤かったが、私はそれを知らない。
・・・それを見ていた他の冒険者達は。
(くっそ~~~。何だよ、そのラブラブ夫婦な会話ぁ~~~)
(イチャつきやがって~~。見せる為にワザとやってるんじゃねぇだろうなぁ~~~?)
(ちっくしょう~~~。何であんな美しい女性が、あんな冴えない男に~~~。)
(こっちにも女性冒険者はいるが。・・全っ然振り向いてくれない~~~。教えろよぉ~~~)
等と恨みがましい考えと視線を向けている冒険者達。
当然ながらそれを感じられない私とティナである。
そう言えば何か忘れているような気がする。・・思い出そうとした考えていた。・・そんな中、廊下の方がやけに騒がしい音を出していた。
また急患でも来るのかとこの時、思った。
司令室。
ゴルトールは報告書をまとめていた。
・・エッジソン隊の活躍、兵士並び冒険者の活躍、魔物たちの弱体化。
・・戦いの歴史上、これ程の偉業を成したことは無かった。
・・ヨルネ様にいい報告ができる。・・そう思ったが、今はグリネ皇帝に渡すことが最優先か。
・・既に伝令を走らせ、簡単に報告をしているはず、後は詳細な報告書を提出するだけ。
その時である、突然扉が開き、兵士が現れ。
「お仕事中に失礼します。・・緊急事態です!!・・突如、王都に魔物が出現!!街を半壊し、大壁を破壊!!・・そのまま真っ直ぐにこちらに向かっております!!」
この報告にゴルトールは。
「な、何だと?!・・どんな魔物が現れたのだ?!!」
この質問に兵士は。
「そ、それが。・・・今まで見たこと無い魔物で、・・王都に配置していましたエッジソン隊の攻撃にびくともせず。・・次々と破壊しておるとの情報です。」
困惑する兵士。
ゴルトールは頭を抱えていた。・・どうしてこう次から次へと不幸が襲ってくるのだ?
・・前皇帝の死。・・魔物の集団の活発化。・・・上位種の出現。・・トドメに未知の魔物。
これ程までに大挙してやってくるなど、聞いたことも無い。・・だが、今はそんなことを考えている場合では無い。
ゴルトールは。
「・・直ちに動ける者達を集めよ!!・・この基地を放棄する!!・・・動けない者達を即刻連れ出せ!!!」
この指示に兵士は。
「!?こ、この基地を捨てるのですか?!・・そのようなことをすれば、司令官の立場が・・」
続きを言う兵士にゴルトールは。
「そんなことはどうでもいい!!!・・今の戦力で、未知の魔物を倒せるはずが無い!!・・犠牲が多く出るのは確実だ!!・・・ヨルネ様はそれを望まない。」
最後の言葉を聞いた兵士は正気に戻った。
・・ヨルネ様。・・常に民を重んじるお方。・・寿命で死ぬ以外を良しとしないお方。
兵士は。
「・・分かりました。・・直ちに全兵士に伝えてきます。」
敬礼して司令室を後にした。
一人になったゴルトールは席を立ち、壁に掛けてある大槌を手に持った。・・城で受けた傷は完治している。
・・・やるべき事をしに、部屋を出た。
上空。
七天魔はこの光景を見ていた。
グリネの体を媒体に復活したベヒーモス。・・圧倒的な力で蹂躙、全てを破壊するはずだったが、何故か、王都を出て前線基地に向かって行った。
`堕落ハリーネイア`は。
「・・・ねぇ、レドルザ?・・何で基地に向かっているの?・・・王都を壊滅じゃぁ、無かったの?」
この質問に`叡智レドルザ`は。
「・・おかしいですね?・・理性を失えば、目に映っている生命体を殺す存在にしたはずです。・・何で襲わないんだ?」
疑問に思うレドルザ。
・・・考え込む六匹。
・・・何かを察したのか`竜王バムハル`は。
「・・おそらく、理性が完全に消えたわけではないようだ。・・・わずかに人間の気配をベヒーモスから感じる。」
この言葉に`千毒ラテス`は。
「な!?・・・魔物になっても理性があると?・・・信じられません。・・人間の精神では不可能はずです。」
この言葉に五匹は頷いた。
・・手練れの戦士でさえ、百%魔物化すれば理性は消え去る。・・今までの実験がそれを証明している。
・・ローデルの場合は、レドルザが人間の要である頭脳をいじくらず、下半身のみを魔物と融合させた。
・・・その為に、多少、発狂はしていたが、薬や培養液で調整し、ようやく落ち着ける所まで仕上がったのだ。
しかも、かなりの日数で。
・・・それをわずか数分で克服したと?・・この疑問にバムハルは。
「・・あの人間、グリネと言ったか?・・・元々、異常なまでの野心と長い時をじっと待つ忍耐。・・この二つが長いこと磨いていた為に、わずかながら常人よりも心が強くなったのだろう。・・その結果が、魔物になっても理性をわずかに保つことに成功した。・・と言う所であろう。」
この説明に`剣魔シドール`は。
「・・ならば、かの者が基地に向かっているのは?・・・ハリーネイアが最後に言った`二人`。・・基地にいると感じて、殺しに行ったと?」
この質問にバムハルは。
「・・その可能性はある。・・・頭の切れる王女なのだろう?・・わずかに聞いた言葉でその結論に至ったのだろう。・・難しいことではない。」
その言葉に`運命ルムビ`は。
「・・それって、ヤバくない?・・・あの異世界人が死んだら、楽しみがなくなっちゃう。・・そんなの嫌よ!!・・・ミノタウロスの時は、全力で戦っていたから面白かったのに。・・・今、疲弊しているあいつが死んだら、面白くないじゃん!!」
駄々をこねていた。
・・・その気持ちは一緒である。・・全力で戦い、死に物狂いの結果が勝利であれ、敗北であれ。・・面白いものになるのは間違いなし。
・・・シドールの場合は、自ら戦ってこそ意味があり、その為に、ダンメスを向かわせた。
自分と戦うに値する力を身につけたのか確かめる為に。・・・それが、こんな結果で終わる。
さすがに承諾できない。
シドールが。
「・・・私が始末しようか。」
そう言って剣を抜く。
バムハルは。
「・・・ならぬ。・・痕跡を消す為にやったのだ。出ては意味が無い。・・・さすがに異世界人も自分の体のことは理解しているだろう。・・逃げの一手を選ぶだけだ。・・それに、ベヒーモスは二日で死ぬのだろう?・・レドルザ。」
この言葉にレドルザは。
「それは間違いなく。・・自然に死ぬように薬を混ぜています。・・臨床実験も済んでいます。・・確実です。」
この返答に一安心した。
・・ならば、自然に死ぬまで見ることにした。・・さすがにこれは予想外。
・・どんな風に事態が動くのか。
・・別の意味で楽しむ`七天魔`。
前線基地。
基地内は兵士達によるケガ人の搬送をしていた。
・・突然、医務室に現れ、未知の魔物が基地に向かっている為に放棄することが決定。・・避難を開始した。・・・動けない者達はタンカーに乗せられ、運ばれていった。
・・私は、松葉杖をついて歩いていた。
・・骨折は、ハイポーションで治ったが痛みがまだ残っている。・・おまけに魔力も底をつき、歩くのが精一杯。
ティナはそんな私を肩に担いで一緒に歩いてくれている。
・・・情けない。
・・いくら強敵と戦ったとはいえ、後から現れた魔物と戦うこと無く逃げるなど。
だが、私の我が儘にティナを巻き込むわけにはいかない。・・黙って避難することにした。
全員の避難がほぼ完了した時、ゴルトール司令官が現れ。
「・・諸君。・・現在、最悪の状況に陥っている。・・・たった今より基地を放棄し、近くの領地へと避難する。・・・我々動ける兵士達は、最後尾にて諸君らを逃がすことに全力を尽くす。・・以上だ。」
その言葉を最後にゴルトールは数十名の兵士達と共に基地の方に向かった。
・・誰もが思った。・・殿を務めることに。・・・無言の移動。・・誰もがこの世の終りと言うべき顔をしていた。
・・・移動開始して数十分後、地響きが生じた。
・・遠くから聞こえる音。・・戦闘が始まったのだ。
私は悔しかった。・・自分がつくづく情けない。・・・私にもっと力があれば。・・こんな体でも動ける力があれば・・・。
そう思った瞬間。
突如、世界が白黒になった。
・・そして。
【スキル、`覚醒`を獲得しました。】