第1話 一冊の本。
子供の頃、一度は異世界というものに興味を持っていたことがあった。
だけど、現実はいつも無慈悲にそれを打ち砕いていった。
しかし、ほんの気まぐれか、遊びか、それをおこなったとき、あなたは何を思う。・・・
八月の夏
私は、甲川新介 二十三歳 黒髪で短髪、身長百八十センチ少し太めの体だが、お腹はちょっとしか出ておらず、腕と足の筋肉には自信があり、重量四十キロのベンチブレスを十五回は連続できるほどの筋力がある体力系のサラリーマンをやっていた。
・・やっていたというのは昨日会社を退職したからだ。
度重なる上司のパワハラ。困ったときに助けてくれない先輩。ノルマが伸びてませんよとバカにする後輩。・・・もう耐えられなかった。
社会人こそが、今を生きる者として当然の生活なのだと学校で教えてもらったが。・・・こんな生活が当然だなんて絶対に思いたくなかった。
「はぁ~、やっぱり、じいちゃんの言っていた生活の方がよかったかもな、」
私は、小学生の頃、両親を事故で亡くし、山の近くに住んでいたじいちゃんの家に住まわせてもらった。
・・・じいちゃんは、猟師または狩人と呼ばれる仕事をしていた。・・・子供の頃、よく山に連れて行ってもらって狩りの仕方、罠を張ったり、獲物がどこにいるとか、狩人としての技術を教えてもらっていた。
そして、銃は免許がなければ触ることさえできなかったのでそれだけは見ることしか許されなかった。
じいちゃんはよく「猟師になる気はあるか?」と言ってきたが。
「社会人こそが、今を生きる者の勤めだと先生もみんなも言っていた。・・・だから猟師にはならない。」
と言ったのが中学の三年のころだった。
じいちゃんは気力を無くしたのか今までよりも弱々しく見えてしまった。・・・そんなじいちゃんは、高校の一年の時に山に入って崖から落ちて亡くなった。
私は、バイトをしながら生活費を稼ぎ家族が残したお金をやりくりしながら、大学に行き、ついに社会人としての仕事につくことができたが。・・・結果は、わずか二年で退職。・・・何でこうなったのか。・・・・それは、私がじいちゃんの言葉を否定したから罰があったのかもしれない。
「猟師になろうかな。・・・だけどなるのには免許資格が六つも必要だなんて、罠だの、第一種、第二種だの。・・・おまけに費用もかかるし、それに、これだけ払っても安定した収入にならないなんて。」
しかし、愚痴を言ってもしかなかった。
諦めて田舎で畑でもやるかと無気力のまま帰宅した。
田舎に久しぶりに帰ってみたが、周りに人は老人しかいなく、若者は都会に行き社会人として生活していた。
その中に私がいたと思うといやな気持ちになる、なぜその気になるのかわからないが。
とにかくいやな気持ちだ。
実家に戻ってきて家の中を見た。
そんなにホコリは溜ってはいない。・・・それもそのはず、月に一度は戻って、掃除をしているのだから当たり前である。
ガスも水道も電気も止められていないか確認をし、持ってきた荷物を整理し始めたがそれほどたいした大荷物ではなく、トランク一台とリュックサックに入る物しかなかった。
・・・社員寮に入っていたからキッチンはもちろん冷蔵庫もあったから大型の買い物はやらずにすんだとつくづく思う。・・・・整理していくうちに家の中にあるもので、骨董品とか並んでいたが飾ってもしかたない。
・・・家の裏にある古い倉の中に入れようと思い行動した。
倉の中は、子供の頃数回しか入っておらず、二階建てだが、二階は危険だと言われ一度も上がったことがなかったが。・・・この機会に二階に上がって骨董品を置こうと階段を上った。
二階は本棚が三台、並んであるだけで他は一切無かった。
どうして危険なのかわからないが。・・・古いから床が抜けるだろうと思い、ゆっくり足で移動し骨董品を詰めた段ボール箱を適当な床に置いた。
改めて本棚を見ると、外国の本が多く並んでおり、どれもこれも妙な不気味さを持っていたが。・・・ある一冊の本が目にとまった、それだけは日本語が書かれていた。
本のタイトル名が『異世界に行く方法』と明記していた。
「異世界に行くって、これを書いたやつは中二病に毒されすぎだろうに。」
あほらしいとしか言い様がない本、本来ならこんなの読まずに戻すべきだろう。
・・・しかし、なぜだろうこの本をなんとなく読みたいと思うのは、私も昔、中二病だったのが影響しているのかもしれない。
そう思いながらこの本を読んでみた。
『異世界に行くことで注意すること。
一つ、この世界の言葉が通じないこと。
二つ、この世界の人間は弱すぎること。
三つ、殺すことに抵抗があること。
以上のことから、異世界に行く際に必要なことは、言語習得と能力習得である。
次のページに、魔方陣が書かれており、そこに書かれている文字は、ルーン文字を研究し、言語と能力を獲得できる術式にしております。
書き終えた後、魔方陣の中央に直径一cmほどのくぼみを作り、そこに自身の血を垂らして満たしてください。
それが終えましたら、時間にして五時五十五分五十五秒までに魔方陣の中央に立ってください。
夕方と朝方、どちらでも大丈夫です。
魔方陣が発動したら、辺りが暗くなりますが、それはトンネルを通っている感覚なので害はありません。その中で、あなたに質問をする声が聞こえますので、素直に答えてください。
・・・注意・・・。質問に答えるとき、見栄を張りすぎた答えを言うと、自身との相性が悪い能力を得る可能性がありますので、本能、又は趣味に合わせた内容で答えてください。』
ずいぶんと細かい設定だなと思いつつ、次のページをめくると魔方陣の絵が描かれており、その図柄から結構、本格的だなと考えながら下に降りていき、倉の外に出た。
時間は、昼の一時ぐらい、五時まで時間があると思いつつ、蔵の前で魔方陣を書き始めた。
ここなら、前に家が建っており、外の人には見えない。・・・恥ずかしい思いをしなくてすむと考えながらやり続けた。
どうせ、この田舎でのんびりと畑をしようとしているので、こんな遊びにも興じることができたのであった。
魔方陣は完成し、中央のくぼみも作った。後は血を入れるだけだが、さすがに早すぎると思い、夕方の五時まで待つことにした。
・・五時四十分、私は、本を手にしながら魔方陣の前に来た。あの後、家に戻り、本の続きを読んでいた。
魔方陣の次のページには、行く異世界のことが書かれており、異世界の名は『ミルムガルド』、
転移場所は、地方都市アルムの外れにある森の中。
そこにいる魔物は、オオカミとファルコンが多く生息してること。
都市の中には、冒険者ギルドと聖人教会の支部があり、冒険者に登録する際、修練所で捕まえた魔物と戦いランクを決めること。・・・E~Aまであり、Aランクが最上位である。・・・初登録の際は、最大でDランクから始めると書かれていた。
異世界に行った後、地球に帰りたいとき同じ魔方陣を書き、くぼみに血を満たすことで完成。
後は、時間に関係なくいつでも帰れる。・・・向こうの世界で、魔方陣が消されていたとしても書いた場所がポイントになっており、消えていても問題なしとのこと。
ずいぶん凝った設定だと思いつつ、私は準備を始めた。
血を垂らすだけだが、指を切るのに抵抗があるので。・・・手の甲を包丁で切ることにした。
シャッ!! っ~~~~
「痛い、うわ、血がこんなにタラタラ流れて、早くくぼみに入れんと。」
早走りで魔方陣の中心に行き、くぼみに血をいっぱい注ぎ込んだ。
くぼみに血が溜まり、持っていた絆創膏と包帯を巻き、包丁を魔方陣の外に投げた。時間は、五時五十分
あと五分と五十五秒でこの遊びも終わりだと思うと、怪我したのがバカバカしいと呆れてしまった。
五時五十五分三十秒・・・四十秒・・・五十秒・・五十一・・五十二・・五十三・・五十四・・五十五。
次の瞬間、辺りが暗くなった。
「?何だ、なぜ暗くなった、・・夕方でもまだ明るかったのに、」
私は戸惑った。
なぜ、なんで、と混乱したが、手にある本を見て、
「まさか、これがトンネル、・・じゃあ今、俺がいるところは。」
その時、頭の上から声が響いた。
【ようこそ、次元の境界線へ、これからあなたにいくつか質問をします。素直に答えてください。
あなたは、肉体派?、それとも頭脳派?】
これは、ファンタジーで言う、前衛か後衛ということか。
「・・・体を動かすのが好きだから、肉体派。」
【あなたは、近距離か遠距離、どちらが得意ですか?】
「・・・近距離。」
昔、じいちゃんと一緒に、夏祭りに行ったとき、射撃ゲームでは的から大きく外れていたので、射撃は下手だなと自分でも思うほどの結果であった。
【あなたの好きな職業は何ですか?】
「・・・物作り、特に土や鉱石で作った刀剣類が好きだから、鍛冶職人で。」
中学生の頃、陶芸の体験教室で茶碗を作ったことがある。
いい出来映えだと、陶芸の先生も感心するほどの物であったが。私は、これよりも、刀や槍といった物が作りたかった。
だけど、そんな物作ることが許されずはずがなく、家で粘土をこねて作っていた。
【最後の質問、あなたは、現地に着いたら、最初に何をしますか?】
「・・・まずは、周囲の探索をして、俺が今どこにいて、どういう状況なのかを把握したい。」
どんなことでも、情報を集めることは大事であり、手を抜くと、ミスの連続だというのを会社で痛いほどあじわった。
嫌な記憶だ。
【・・お疲れ様でした。これらの回答により、あなたに適した能力を検索しております。しばらくお待ちください。】
能力って、スキルと呼ぶのか。
【・・お待たせしました。あなたに授けるスキルは三つ、探知、解析、物質変換となります。質問はありますか?】
「・・・ん?`探知`と`解析`は分かりますが、`物質変換`とはなんですか?」
【・・・物質変換とは、あなたが手に触れている無機物を金属に変え、自在に操る能力であります。例えば、石を手に持つことで、イメージした金属に変換、操作が可能となります。又、大地に手で触れると触れた場所だけ変換でき、操ることができます。・・ただし、変換した後その物質を超えるような質量で操作した場合、足りない質量を魔力で作りますので、消費が通常よりも多くなります。・・・これは、大地に手で触れたとき、範囲を広げることと同じであります。】
つまり、拳一つ分の石を変換した場合。
操って物を作っても、精々籠手くらいしかできず、刀を作るのならその分魔力消費が多いと言うことか。
「まぁ、実際やってみるのが早いかな、質問は終わりです。」
【・・お疲れ様でした。それでは、異世界生活を楽しんでください。】
その瞬間、周りが光に包まれた。
気づいたときには、周りは森で、獣の鳴き声、鳥の羽ばたく音、うす暗い感じの景色、少なくとも家の近くでないことは確かであり、何よりも、空には、黄色の月と緑色の月が並んでいた。
「マジかよ・・・・・」
初めて書いた作品です。いろいろと面白さがないかもしれませが、頑張っていこうと思います。お付き合いのほどよろしくお願いします。