初仕事はアリ退治
「さあ、今日からお義兄ちゃんと講習だぁ!」
えい! と、拳を空に突き上げるミリィ。いや、お前は講習済んでるだろ。
「お義兄ちゃんと一緒には、まだ受けてないもん」
ウキウキで付いてきやがる。本当にどうしたもんかね。
「おう、無職が聖女と奴隷を連れて受講たぁ、いい御身分ダァァァッ!」
絡んでくるチンピラを一撃で吹き飛ばしつつ、受講会場に入る。
このギルドは、チンピラが絡んでくるサービスでも提供してるのか?
「そう言いつつも、良い気分じゃろ?」
「鬱陶しいだけだよ」
悪戯っぼい表情で聞いてくるルディアに、適当に答えつつ俺は席に着く。
右手に奴隷のルディア、左手に聖女のミリィ、端から見れば両手に花、なんだろうな。まぁチンチクリンのルディアも、出るとこ出て引っ込んでるとこ引っ込んでるミリィも、俺の趣味では無いのだが。俺は年上好きなんだ!
「あ、お義兄ちゃん、今不埒なこと考えたでしょ?」
「主殿はわしのような娘は嫌いかえ?」
両側から同時に話しかけられる。お前ら人の心が読めるのか!?
「私はお義兄ちゃんの運命の女なんだからね!」
「主殿が主で本当に良かったと、わしは思うとるのじゃ」
ズイ、と二人とも迫ってくる。まぁ二人ともかわいい事は認めるにやぶさかではないが。
「ま、待て、講習が始まる!」
ちょうど部屋に入ってきた講師を見つけ、何とか誤魔化した。
二人とも素直に席に戻る。はぁ、やれやれだ。
既に知っている話を、さも大仰に話す講師から聞くというのは実に眠たくなるもんだ。
「これなら、ルディアの方がよっぽど講師に向いてるな」
「わしは知識奴隷じゃからの、人に教えるのが上手くて当然じゃ」
えへん、と平らな胸を張るルディア。この尊大さがなければ、もっとかわいいだろうにな。
「さて、主殿、これからどうするかの?」
「これからか」
「わしは魔女の呪いを何とかしたいのじゃが……」
ルディアは深刻な表情で語る。
「そも、転生したのもそのためじゃしの」
「ほおっておけ、といえるほど俺も薄情じゃあないつもりだ。それは付き合うとして」
俺はルディアに同意しつつ、懸念を一つ漏らした。
「当面生きてく手段を何とかせんとな」
「ギルドに登録したんじゃし、適当に依頼をこなして日銭を稼ぐかの」
「魔女の情報を探しつつ、か?」
俺の言葉にルディアは頷いた。
「なに話してるの? お義兄ちゃん?」
ここまで話したところで、ミリィが割り込んできた。
「これからどうしようか、考えてんだよ。とにかく食ってかなきゃならんからな」
「私が養って上げようか?」
ほほぅ、大きく出たな。
「さすがに、妹にタカるほどクズじゃないぜ」
兄として、ミリィを食わしてやれるくらいにはならないとな。
「じゃあ、私たちでギルドの仕事を受けましょうよ、私がいればいろいろこなせるでしょ」
「まあ、三人で何かするか」
今はまだ金があるが、宿暮らしはどんどん金が減っていくからな。まずは適当に名前を売って収入を確保できるようにしないとな。
名前が知られれば、指名で依頼が来たりもするし。
三人でギルドの受付にいって、何か手頃な依頼がないか聞いてみる。
「そうですね。まだ初心者ですから、これなんかどうでしょう?」
といって受付嬢が差し出してきたのは、
「古い神殿に湧いたジャイアントアント駆除か……」
ジャイアントアントってのは拳ほどの大きさのアリなんだが、何せ一回巣を作られると大繁殖しやがる。軽く一万匹程度はいると予想されるから、駆除するのも大変だ。
ただ、一匹ごとの能力は高くない、プチプチ潰していけば、倒すことは正直誰でもできる。全滅させるのがものすごく大変なだけだ。
「主殿、これを受けようかの」
「正直、ものすごくメンドイぞ」
「私、虫苦手です」
「大丈夫、わしに秘策アリじゃ」
アリだけにの、とか笑ってルディアが請け合う。
不安が無いわけでもないが、初仕事、やってみるか。
「で、地道に一匹づつ潰していくか?」
「そんなことをしていたら、完全に間に合わぬゆえな、少し、準備をするのじゃ」
その神殿に向かいながら、ルディアは何か道具を準備している。
「主殿とミリィ殿は森へ行ってキノコを取ってきてたもれ」
「キノコだぁ?」
「カエンタケとベニヒラタケじゃ。なるべく大量にの」
「カエンタケって触るだけで怪我をするような毒キノコですよね?」
ミリィが確認する。確かにギルドの講習でも言っていた、強力な毒を持つキノコだ。
「ベニヒラタケって、確か食用のキノコじゃなかったよな?」
こっちは毒にも薬にもならん、ただのキノコだったはずだが。
「カエンタケは素手はもちろん、皮手袋をしていても毒が染みてくるでの、魔力を使って扱うがええ」
俺たちの疑問には答えず、ルディアはテキパキと指示を出す。
「仕方ねぇ、取りに行ってくるか」
「私も一緒に行く~」
森に入ってしばらく探すと、カエンタケはすぐに見つかった。毒が強力過ぎて食べる物もいないキノコなんで、生えてるところを見つければ数はすぐに集まる。
取り扱いは手に魔力を集めて、言うなれば手を魔力で保護しながら掴む、といった感じだ。ロイドの剣を受け止めたときの要領で魔力を集中しキノコを掴む、そして、手早く麻袋の中に放り込んだ。
「お義兄ちゃん、ベニヒラタケあったよ~」
ミリィがパンパンになった麻袋を振り回しつつ、こちらに戻ってきた。あっちは毒もなにもないキノコだから、ミリィ一人でも大丈夫と思ったんだが、どうやら正解だったようだ。
「これだけあれば、ルディアが言ってた分はあるな。暗くなる前に戻るか」
「うん!」
「よし、良い量じゃの」
ルディアは俺たちが持ってきたキノコを見て満足気に微笑むと、用意してあった古い石のすり鉢とすりこぎを取り上げ、二種類のキノコを潰し始めた。
水やら何かの粉やらを足し、丁寧にすり潰し混ぜ合わせる。もちろん素手ではできないのでルディアも魔力を使っているのだが、魔力量が半端ないせいか手を動かさずに魔力だけで捏ねてやがる。端から見てると昔話の魔女の薬作りみたいだ。
そして、出来上がったパン生地みたいなそれを、小指の先ほどの大きさにちぎって丸めていく。
しばし、俺とミリィはその光景をポカンと眺めていた。
「さて、準備できたかの」
ルディアが満足気に声を上げる。そこには赤色の小さな団子が、一山できていた。
「これ、なんに使うんだ?」
「ベニヒラタケはジャイアントアントの好物なんじゃ。森の奥の方にしかなかったじゃろ? 森の浅いところのはジャイアントアントが、みな食べてしまうからの」
なるほど、それでカエンタケの毒で駆除しようってことか。だが、触っただけで皮膚がただれるほどの毒だぞ? 食うのか?
「ジャイアントアントは外殻が丈夫での、カエンタケの毒を通さぬのじゃ。だから退治するには苦労するのじゃが、こう言った荒業ができるのじゃ」
なるほど、さすがに歳食ってるだけはあるな。
「今、失礼なこと考えたじゃろ?」
「か、考えてねーよ」
「ほんとかの?」
「ほんと、ほんと」
「まあよい。ジャイアントアントは昼間に活動するのでな。夜になったらこの毒餌を仕掛けるかの」
うまく行くといいが、さて、どうなるか。