勇者ロイド
さて、今日からギルドで講習を受けるわけなんだが。
「なんじゃ、浮かぬ顔をしておるの」
隣でルディアが聞いてきた。
「俺は無職だからな。まあ色々と厄介なことがなければいいんだが……」
「そんなことかや、なに、主殿の実力なら大抵のものは黙らせられよう」
軽くいってくれる、いや、実力で叩きのめしたいわけじゃないんだけどな。
「それにわしが付いておる。なにも、心配いらんじゃろ」
それも心配なんだよな。正直、このチンチクリン、時々加減をしやがらねぇ。
「おい! そこのお前!」
ほら来た。
「お前無職だろう? ここは冒険者ギルドだ。無職のやつが何しに来やガァッ!」
俺に絡んできた金髪チンピラは、台詞の途中で吹き飛ばされる。
「主殿に無礼であるぞよ」
腕の一振で魔法を発動し、男を弾き飛ばしたルディアが重々しく告げた。だから心配だったんだよ。
「ルディア。やりすぎだ」
「莫迦には善い薬じゃろ」
薬と言ったからって、ぶっ飛ばしていい訳じゃないんだがな。
「加減をしろ加減を!」
「おい! そこの! 講習前に実力を見るテストをする」
唐突に係員に声をかけられた。はあ、テストね。
「あそこの的を」
と、だいぶ距離のある的を指差し、係員は言う。
「一撃で当てられたラァァァッ!?」
俺が投げた石が一直線に的を射貫き、爆散させたのを見て、係員が言葉を失った。
「一撃でなんだって?」
「……今、どうやって? いや、な、なんでもない。じ、実力は充分のようだな」
声が震えてんぞ、おっさん。
「主殿もずいぶんとやりすぎと違うかの?」
「めんどくせーのは嫌いなんだよ」
「だとしたら術式の構成が甘いの。あれではエンシェントドラゴン辺りには掠りもせんぞ」
はいはい、こと、魔法技術的なことになると徹底してるからな、このお師匠さまは。
で、とりあえず講習を受けるんだが……
「基礎中の基礎すぎて、つまらんの」
「ルディアに叩き込まれたな、懐かしいなぁ。もう1ヶ月たつのか」
ルディアは生欠伸を噛み殺し、俺は懐かしさに浸っていた。
「お前らちゃんと聞いてるのか!? おい! そっちの奴隷! この草の名前を言ってみろ」
一枚の絵を見せて、講師のおっさんが吠える。
「アブナじゃの。食べられる野草じゃ。体力の無いときは腹を下すやもしれんからの、基本は火を通して食べるがええ」
「くっ、正解だ」
おっさんが悔しそうに黙る。まあ、知識でルディアに勝とうなんざ、マジで百年早いわな。
「今度はそこの無職! このキノコの名前は!?」
また、絵を見せて来るおっさん。懲りないねぇ。
「ドクカエンタケ。毒のあるカエンタケに似てるが毒の無いキノコ。なんでドクって名前がついてるかってーと、見た目が毒々しいから」
「……正解……」
悔しそうに沈黙するおっさん。さすがにかわいそうかな。
「お前たちには、森で生活していく最低限の知識はあるようだ。では、次はダンジョンによくいる危険なモンスターだ」
おっさんは気を取り直して、話を続けた。これもまぁ、すでに知っているような事ばかりだ。ルディアに教えてもらってなかったら知らないことだらけだが、そこはいわないでおこう。
そんな退屈な講習が、ようやく終わり、俺たちはギルドの受付前へとやってきていた。
「寝ないように耐えることが、こんなに苦痛とはの」
人生で一番無駄な時間を過ごしたであろうルディアは、憮然として呟いている。
俺は、途中記憶の無いところがあったような気がするな、うん。
「やれやれだ」
そういって伸びをする。背中がぐっと伸びて心地いい。
「あっ!お義兄ちゃん!」
突然、後ろから声をかけられた。振り向くとそこにいたのは、
「なんだミリィか?」
俺の義理の妹、ミリィ・クラストラだ。なんで義理かっていうと、孤児院に拾われた日が一緒なんだと。で孤児院では拾われた日が誕生日扱いで、俺とミリィは兄妹ということになってた。ファミリーネームも同じものをつけられている。たしかこいつは、職業で聖女を与えられたはずだが……
「もう!1ヶ月もなんの連絡もしないで、どこにいってたの!?」
「まぁ、ちょっとアラートラ山に修行に……」
「冗談はやめて。アラートラ山まで何日かかると思ってるの?」
本気で怒っている様子だ。こいつ、怒ると怖ぇんだけどな。
「マジなんだが……」
「なんじゃ主殿。この娘は主殿の思い人かや?」
ルディアが首を突っ込んできた。正直今は知らん顔してて欲しい。
「いや、そんなわけじゃ……」
「……お義兄ちゃん」
妹よ、そう、地獄の底から響いてくるような声を出すんじゃない。
「その子だれ? お義兄ちゃんのなに?」
「わしは主殿の奴隷じゃよ。この先もずっとともにると誓った仲じゃ」
おい、ルディア。なぜわざわざ誤解を招く言い方をする。
「……お義兄ちゃんの」
あ、ヤバい。この声のときのミリィはヤバい。
「お義兄ちゃんのバカァ!不潔!変態!」
物凄い勢いの往復ビンタが飛んでくる。信じられぬことに、避けることもできずまともに三発食らってしまった。
「おいおい、うちのパーティーの聖女様を泣かせるとは、捨て置けないな」
この騒動に新たに首を突っ込んできたのは、
「ロイド。てめえかよ」
「なんだ無職か。こんなところでなに遊んでる? そうか! 無職だからやることがないのか! ハハッ!」
ぶち殺すぞコノヤロウ。
「失礼。勇者たる僕が率いるこのパーティーは忙しくてね。無職の相手をしている暇はないんだ」
決定、いつかコロス。
「あと、ここは無職の来るところじゃないからな、さっさと出ていけ」
「ほう、面白い道化じゃの」
ルディアがいつもよりかすかに低い声で呟く。あぁ、怒ってるなこりゃぁ。
「道化? 勇者たるこの僕を道化と呼ぶか? 貴様」
「道化じゃろ。知らぬのか? 勇者と貴族の職業は儀式を執り行う神官が、任意で授けられるんじゃ」
「なんだって? そりゃ本当か?」
俺は驚いて尋ねた。そんな話聞いたこともない。
「貴族は自分の子を貴族にするために、神官に金子を積むんじゃ。そこの勇者は、そうじゃの、おおかたコネでも使ったんじゃろうて」
「なんで任意なんだ? 職業は自然に決まるんじゃないのか?」
ルディアはその質問に、俺だけに聞こえる声で答える。
「貴族と勇者は社会的に重要な地位につくことがほとんどじゃ。そしてこれらは『魔女』に絶対に逆らえないように仕組まれておる」
おそらく魔女が転生した際に、世界を支配するための準備じゃろうな、とルディアはささやく。
確かに、絶対服従する貴族つまり政治と、勇者つまり軍事力を持てば、支配は容易いわな。
「そりゃまた難儀なことで」
俺は急に目の前のロイドが哀れに思えてきた。
しかし、当のロイドは顔を真っ赤にして激怒している。
「俺を侮辱しやがって! 許さんぞ! 決闘だ!」
俺を指差して、絶叫するロイド。おい待て、侮辱したのは俺じゃないだろ。まぁルディアがやったことなんで、主人たる俺にも責任があるわけではあるが。
「決闘ね……」
「俺が勝ったら、これまでの無礼を詫びて、この町から出ていけ!」
一人称が僕から俺に変わってやがる、相当キレてるな。
「俺が勝ったら?」
「それはない」
「万が一勝ったらどうするんだ?」
一言で切って捨てるロイドに、しつこく絡んでみる。
「私がお義兄ちゃんのパーティーに入る!」
ここで黙って様子を見ていたミリィが、声を上げた。
「いいだろう。どうせ俺が勝つ」
ロイドが傲慢な顔で頷く。
「ちょっと待て、俺の意見は無視か?」
「お義兄ちゃんは私と一緒にいるの、イヤなの?」
ミリィが半泣きの表情で尋ねてくる。
「そ、そういうわけじゃないが……」
「だったらそれで決まりね」
ミリィの顔がパァッと明るくなる。くるくるよく表情の変わるやつだ。
「まあ、いいか。で、どこでやる?」
「表に出ろ。ブチのめしてやる」
「はいはい」
「主殿!」
ルディアが声をかけてきた。
「勇者はステータスを操るスキルが使える。油断するでないぞ」
あ、そういうことね。なるほど、理解した。
そんなわけで、ギルドの外で、俺とロイドは決闘することになった。