目指せ!アラートラ山!
「なあ、何で無職の俺を主人にしたんだ?」
俺はそんな言葉を、俺の奴隷となった少女、ルディアに投げかけた。
「その事かえ? それはの、無職ならどこにいても、何をしても、仕事さえしとらなんだら不幸にはならんのじゃ」
ルディアは簡単に答える。
「だが、仕事をする場所におると、その場所のものが不幸になる」
ルディアは俺の顔をぴし、と指差すとにこりと笑った。正直、結構かわいい。
「主殿は世界を放浪できる職業なのじゃ」
「世界を放浪するだけなら、勇者とか旅人とか色々有るだろう?」
「あぁ、そいつらはダメじゃ。勇者は危険の無い、人のためにならない旅を続けると不幸になるし、旅人は街道を外れて移動することができん」
ルディアが困ったもんだ、と言わんばかりの顔で肩をすくめる。
「あ~つまりあれか? お前を連れて旅をしろ、ってことか?」
なんとなく、ルディアの求めていることが分かってきた。奴隷の主人として彼女を連れてどこか、かなり厄介な場所にあるところに行け、ということだろう。
「察しが良くて助かるぞ。主殿」
「お前、俺のこと基本的にバカにしてるだろ」
「そんなことはないぞ。そこのウスラバカから助けてもらっておるしの」
「あぁ、そうだ、このおっさんナニモンだ?」
俺は勢いで気絶させたおっさんを指差した。いや、実は貴族とか騎士とかじゃねーよな?
「そやつは奴隷商じゃ。街についたらわしを売り払うつもりで、その前に味見すると言い出してな」
「いや、自分で商品傷物にするバカがいるかよ」
「おそらく、わしの色香に迷ったのであろ」
美しいとは罪よの、とか言ってるチンチクリンを眺めて、つい言いたくなった。
「いや、それはない」
「主殿もわしに手を出してはならぬぞ、わしは知識奴隷であって性奴隷ではない故な」
知識奴隷ってのは貴族とかの子どもに知識を教える奴隷だ。知識が豊富なだけじゃダメで、人に教える技術も求められる。奴隷と言われるが一般的に知識系のステータスも高い職業だ。
「お前は、俺の趣味じゃねえよ」
「なら安心じゃ」
堂々と腕に抱きついてくる。大丈夫、俺の趣味は歳上だ、こんなチンチクリンにどうこうすることはないはずだ。
「で、どこに行こうってんだ? このまま街にいくと、このおっさんが追いかけてくるぞ」
「アラートラ山じゃ」
「はぁ!?」
アラートラ山って世界最高峰の山じゃねーか? このチンチクリン正気か?
「わしはそこに用があるのでな。なに、わしは魔法も使えるゆえ、主殿のサポートもバッチリじゃ」
「バッチリじゃ、じゃねーよ! 俺の意思は無視かい!?」
「何かアテでもあるのかえ?」
「……無いけどさ」
「じゃあ、決まりじゃの」
にっこりと笑いやがる。チンチクリンの癖に、妙に大人びた笑顔にすこしドキリとした。
「しかたねぇ、行ってやるか」
こうして、俺たち二人の旅は始まった。
△ △ △
「さあ、アラートラ山じゃ!」
って、一瞬で着いてるじゃねーか!
「面倒な行程は上手に省くのが、最近の流行じゃぞ?」
「省きすぎだよ! 何したんだよ!」
「転移じゃ」
「しれっと遺失魔法使ってんじゃねーよ! 別に俺がいなくても一人で来れただろうが!」
「わしは奴隷じゃぞ、主が行くと言えばどこにでも行けるが、主がそう思わなければなにもできんのじゃ」
「本当のところナニモンだお前?」
「聞きたいかえ?」
「正直に話す気があるのか?」
「この先で話してやろうかの。ついてまいれ」
そういって、とっとと山を登り始めるチンチクリン。
やがて、山の中腹に、ポッカリと穴が空いているのが見えてきた。
「なんだこりゃ? ダンジョンか?」
「そうじゃ、この奥にこの世界の根幹に係わるものがあるのじゃ」
「それがお前の用とやらか?」
「まぁ、そんなところじゃ」
そういって、どんどん奥へと入っていく。
「おい、これってあれだろ? 魔物とかトラップとかがあるから、慎重に進んだ方がいいやつだろ?」
「何かいったかえ?」
なんかデカイ熊の化け物を一撃で倒してるし……
「いや、何でもない」
やがて、俺たちはダンジョンの中枢と思われる場所にたどり着いた。目の前を巨大な光の柱が天井から床を貫いてそびえている。
「これが目的のやつか?」
「そうじゃ、この世界に流れる魔力の源、龍脈の中枢じゃ」
「お前、何をするつもりなんだ?」
「主殿は不思議に思わんか? なぜ、『職業』などというものが強制的に決められる? なぜ、『ステータス』などに能力を決められねばならぬ?」
考えたことも無かったな、あらためていわれるまで、それが当たり前だと思っていたからな。
「わしはかつて、大賢者の職業じゃった。そこで、この謎に気がついたんじゃ」
いつになく真剣な表情をするな。しかし、元大賢者だと? 職業は変わらないはずだか?
「この『職業』も『ステータス』も、何者かが仕組んだ、全世界を巻き込んだ呪いなんじゃ」
話のスケールがでかくなってきたな、本当かよ?
「わしはその呪いを研究した。そして、一部を解き明かした。しかし、大賢者ではそこまでじゃった。呪い自体をどうにかするためには、ここに来なければならないからじゃ。大賢者の職業ではここまで来ることはできん。たとえ転移の魔法でもな」
なるほど、だから奴隷として移動したと、でもどうやって奴隷になったんだ?
「わしはひとつの魔法をあみだした。転生の魔法じゃ。これで知識と魔力を持ったまま、新たな体に転生するのじゃ。望む職業を得られる体にの」
「で、今のその体になったと」
「そういうわけじゃ」
「道理で話し方が婆臭いわけだ」
「婆臭いとはひどいの、体はピチピチの13歳じゃぞ?」
「頭の中身はどうなんだよ?」
「3桁に届くかの」
「婆ァじゃねえか」
「否定できぬな」
ニヤリと笑うルディアの笑顔は、なんとも複雑な気持ちにさせてくれる。
「さて、始めようかの」
そういって、ルディアは光の柱に手をかざした。
「始めるって、何を?」
「決まっておろう、世界の呪いを解くのじゃ。この呪いはある者、仮に『魔女』とでも呼ぼうかの、その魔女が世界を自分の望む形にしようとした、その結果じゃ」
ルディアは光の柱に、手をかざし続けながら話す。その表情はどこか苦し気だ。
「だが、その魔女はもうおらん。いい加減、この世界は呪いから解放されるべきじゃ」
ルディアのかざした手から、いくつもの魔方陣が展開し、光の柱に吸い込まれていく。
「うまくいったのか?」
恐る恐る聞いてみる。
「ダメじゃな。まだ、魔女の魔力が残っておってアクセスを受け付けぬ。つまり、魔女はまだ消え去ってはおらぬ」
「なに? その魔女ってやつがまだ生きてるってことか?」
「分からん。転生の途中やもしれん」
悔しそうに光の柱を見つめるルディア。
「だが、多少の小細工はできそうかの」
魔方陣が多重に展開し、ルディアの体を包み込んだ。
「おいおい! 大丈夫か!?」
「心配無用じゃ。わしにかかっておる呪いを解くだけじゃ」
魔方陣が消え去り、ルディアが何事もない様子でそこに立っていた。
「うむ。ステータスは表示されるが、体の方はステータスに縛られておらぬようじゃの。体が軽くなったわ」
やれやれ、心配させやがって。
「主殿も解呪しておくかや?」
どうする? と考えるまでもないか。無職では人生詰んでるからな。
「あぁ、頼む」
「では、やるとしようかの」
俺にも同じように魔方陣が展開して、消えた。
「おぉっ! 体が軽い! なんか楽に体が動くぞ!」
思わず何度かジャンプして、感触を確かめる。
「ついでじゃ、ここで魔法の訓練をしておくかや? 龍脈の中で魔力を使うと、劇的に成長できるのでな」
「大賢者の教えを請える機会はそうそう無いしな、お願いしようか」
「ならば、覚悟してくりゃれ。本気で行くぞ」
こうして、そうとは知らずに、俺は地獄の特訓に自分から志願してしまった。