大精霊は女の子
完全に酔い潰れた盗賊六人を、町まで連れ帰るのはさすがに骨が折れた。
ようやくのことでギルドへ突き出し、報酬をいただくことになった。
「で、報酬は現金か、盗賊どもが持っていた所持品で、持ち主がわからないものを貰えるのか?」
「正確には持ち物を金額換算して、その分を報酬から差し引くのじゃ」
「なるほど。で、お前は盗賊の頭領が持ってたあのアイテムが欲しい、と」
ルディアが、あの精霊の力が感じられたアイテムを欲しがっていたのだが。
「私がいるから、状態異常とかは治せるよ」
ミリィが口を挟む。そりゃそうだよな、わざわざ高い金を払って、あのアイテムを貰うメリットは少ない。
「いかんかの?」
「う~ん。お前、あのアイテムの効果が欲しいんじゃないだろ」
「精霊が姿を隠していることが気になっての。あれを調べればなにやら分かるかもしれんでな」
なるほどね、知的探求心ってやつか。
「いいだろ、あれを貰えるもんなら貰っておこう」
「ありがとうなのじゃ」
ルディアがパァッと表情を明るくする。こういうところは、年相応に見えるんだがな。
で、ギルドで手続きした結果、そのアイテムは貰えたのだが。
「古いものだからとかなり値段が張って、報酬のほとんどを持ってかれた」
ルディアにあのペンダント状のアイテムを渡しながら、俺は愚痴った。
「酒の経費と比べても、わしが少し出さんといかんかの?」
ルディアが心配そうに呟くが、なに、心配すんなって。
「ジャイアントアントを駆除したときの金もまだある、次の仕事を早めにやっておけば大丈夫だろ」
酒の金額をルディアか聞いたときはヤバいと思ったが、今回の報酬は酒の経費ギリギリだった。
軽々しくあの作戦は使えないな。いや、もっと安い、不味いが強い酒を用意しとけばいいか。
「お義兄ちゃんって、ルディアに甘いよね」
ミリィが口を挟んできた。そうか? 言われるほどは甘くないつもりなんだが?
「仮にも師匠だしな、まぁ、多少はな」
「仮にもとは何じゃ。正真正銘、師匠ではないか?」
「本当にそれだけ? ちょっと違うような気がするな~」
二人同時にしゃべるな。俺は口も耳も一つしかねぇ。あ、耳は二つあるか。
「ルディア、アイテムはどこが気になるんだ?」
こういうのを、露骨な話題そらしっていうんだな。
「これかえ」
ルディアは、アイテムをしげしげと見つめている。
視界の隅でミリィがむーとか言ってるが、一端それは置いておこう。
ルディアはアイテムをひっくり返したり、光にかざしたりといろいろしていたが、
「後で宿で話そうかの」
そう言うと、アイテムを自分の首にかけた。
仕方ねぇ、俺たちはギルドで残りの手続きをした後、宿屋に戻る。
宿屋のルディアの部屋に三人で集まり、アイテムの話を聞くことにした。
「これはの、見たところ精霊の力を感じたのでな、いろいろ見てみたんじゃが」
ルディアが、アイテムを手に持って話し出した。
「多分、じゃが、精霊、それもかなり高位の精霊が封じられとると思うのじゃ」
ふーん、高位の精霊ね。
「おそらく、生命に関する精霊じゃろな」
「なるほど、で、それをどうする?」
「封じられたのがいつか? によるのじゃが、もしや魔女のことを知っておるやもしれん。なんとか封印を、解いてやりたいとこじゃ」
なるほどね、封印を解いたらせっかくのアイテムが台無しだからな。そりゃ二の足を踏むわな。
「そこで、主殿に相談じゃ。可能なら解いてもよいかえ?」
「構わんぞ」
即答した俺の反応に、ルディアが珍しく驚いている。
「いいのかえ? 替えのきかんアイテムじゃぞ?」
「解きたいと言ったのはお前だろ。それに魔女のことが分かるなら、俺も知りたい」
「お義兄ちゃん。魔女って何?」
ミリィが脇から口を挟んできた。あぁ、ミリィにはしっかり話してなかったな。
「今のこの世界をこんな風に、やれステータスだ、職業だ、スキルだ、と混乱させてる元凶だよ」
俺はミリィに、簡単に説明してやる。
「そんなに混乱してるかな? 私はいいと思うけど」
ミリィは、不満そうに呟く。こいつの気持ちも分からんではないが。
「少なくとも、俺は無職にされて、大迷惑だったね」
俺の不満をぶつけてやる。農夫でも鍛冶屋でもなんでもなれてりゃ、こんなことは思わんかったがな。
「ルディア、解けるなら解いてやってくれ」
中断していた話を、ルディアに再度振る。
「承知したぞえ、試してみるかの」
ルディアはアイテムに、なにやら魔法を送り込み始めた。
やがて、アイテムから光が溢れ出す。その光が一ヵ所に集まり、人の姿を形作った。
光が晴れ、そこには長い青い髪の美少女が薄絹を纏って立っていた。
「我は生命を護り育みし治癒の大精霊。大精霊アルフィリア。我が眠りを覚ませし者よ、我が力を欲するか?」
その少女が口を開く。にしても態度がでかいな、精霊なんでこんなもんなのか?
「力はともかく、話を聞きたいのじゃが? お主が封じられた時の話じゃ」
ルディアが、話を聞き出そうとする。こいつが素直に答えるかね?
精霊はしばらく小首を傾げて考えていたが、ようやく口を開いた。
「どうやら、我が記憶はその大半が失われている。そなたの望みは叶えられぬな」
精霊の話を聞いて、ルディアが落胆した顔をする。まあ、そうだろうな、せっかくここまでやったのにな。
「それに、この姿、我が力のほとんどは失われておる」
精霊は微かに驚いたように、呟く。
「あるいは、精霊界に赴けば、我の記憶と力、取り戻すことも出きるかもしれぬ」
「本来はもっと力を持っているってことか?」
「そうだ、我が姿は、本来人の目には全て母のように写るはずである」
「ルディアと同じくらいに見えるんだが」
「それだけ力を失っておる、ということだ。このまま封じられ、力を使われ続けていたなら、我は消滅していたかもしれぬ」
なるほどね、精霊はよく分からんが、何となくは理解した。それにしても尊大な喋り方をするチンチクリンなヤツがもう一人とはね。
「主殿? 今なにかいったかえ?」
ルディアが聞いてくる。地獄耳どころの騒ぎじゃねーな、心が読めているぞ。
「そこな人の子よ。我の頼みを聞いてくれぬか?」
精霊が聞いてきた。なんだ、頼みってのは。
「我は今、精霊界が何処にあるのかすら分からぬ。すまぬが精霊界まで、我を連れていってはくれぬか? たどり着けたなら、我に可能な礼はしよう」
精霊界だと? どうやって?
ちらり、とルディアの方を見ると、ルディアもこちらを見ていた。
「精霊界は調べないと分からんが、連れていけるなら連れていってやるか?」
「そうじゃな。うまくすれば魔女のことも分かるかもしれんしの」
「ちょ、ちょっと本気なの!?」
乗り気の俺とルディアに、ミリィが慌てて問いかけてくる。
「どこにあるか、どんなとこかも分からないのに!?」
「すぐには無理だ。しばらくいろいろ調べて、探さないといけない。何時になるか分からんほど先の話でよければ、連れていくこともできると思う」
「そんなことに、付き合うの?」
「ここで会ったのも何かの縁だろうからな。まあ、仕方ないだろ」
俺の言葉を聞いて、ミリィは不満気な顔をするが、精霊はニコリと笑った。そうしていると案外、人間ぽいところもあるのな。
「すまぬな。これからよろしく頼む」
「任せておけ! と言うほど自惚れちゃあいないが、何とかしよう」
新たな目的が見つかったのは、喜ぶべきだろうな。
「しばらくは、俺たちに付き合って貰う。可能な範囲で人間のフリくらいはしてくれ」
「そなたの心配は理解した。我をアルフィリアと呼ぶことを許そう」
「長いからアルでいいか?」
「……許そう」
若干無礼だったかね? でも仕方ないだろ、こんな場末のパーティーで仰々しい名前は呼びづらい。
「じゃあ、まずは精霊界について、色々調べないとな」
「その前に路銀も稼がんとな」
「図書館とかに入りたかったら、国王とか貴族に伝手もいるよ?」
やることが目白押しとはね、楽しくなってきたよ、まったく。




