亡国王女は実質すでに詰んでいた③
「帰りましょっか」
打つ手はない、万事休すだ。残念ながらもう自分達に打てる手はない。
先ほどまでとは違い、シルヴァも何も止めてこなかった。
「・・・もう、あなたしか頼める方はいなかったのですよ。――ユート様が私だったら、どうされてますか」
シルヴァはどうすればいいかわからないといった顔をしていた。
俺が逆の立場だったらどうしていたか?さっきシルヴァは人を雇うことで解決できるならやってると言った。
あなたしか頼る先がないとも何回か言っている。おそらく、誰かに協力を依頼するところまではすでにやっていて、それは失敗したんだと思う。
結果、よく解らない伝承とやらに従ったからか、それとも俺が特別な武器を使える可能性もあったからか、俺を呼び出して協力を仰いだ。
呪いとやらで力関係がめちゃめちゃになって、目の前が真っ暗になった時どうするか。
俺なら諦めて逃げる、現に今そうしている。
だけど、シルヴァのようにそれでも諦めずにどうにかしたいと思った時、いったいどうするか。
「わからない」
これしか言いようがなかった。
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
2人を置いて帰ってしまおうとしたその時、どこからか叫び声が上がった。
振り返ると先ほどの場所のからはスライムはいなくなっていた。
雑貨屋の隅っこには1人の年端もいかない女の子がいて、スライムはそれを追い詰めるようにじわじわと迫っていた。
女の子の手には花束が握られていて、それを自分の背に隠すとスライムはそれに合わせて進行方向を変えていた。
女の子は手当たり次第に周りのものをスライムに向かって投げた。
明らかにスライムはこの子自身に興味はないように見えるが、攻撃されたと思ったのだろう。
2つの触手を上に持ち上げると、斧のように触手の形状を変化させる。
明らかに威嚇していた。
まずいっ・・・。頭の中でその言葉が浮かぶ前に、シルヴァはすでに走り出していた。
「いけません、姫様っ!」
姫様・・・?。そういえばちょっと前にも言っていた気がする。
確かに笑い方に品があって、とてもきれいな人だけど・・・ってそれどころではない?
出遅れた俺を置いて、シルヴァは子供とスライムの間に割って入ると、すぐに店から逃げ出そうとする・・・が、スライムは行く手を阻むように2人の前に躍り出た。
するとさっきの威勢はどうしたのか、シルヴァは体を丸めてその場で縮こまってしまった。シルヴァは魔法か何かを使ってその場を乗り切ると思いきや・・・
「ひぃぃッ、スライム・・・、いやぁっ!こっちこないでっ!」
「あれ・・・守るどころか寧ろあの子の後ろに隠れちゃいましたけど・・・?」
4つんばいになると、女の子の両肩を持って盾代わりにしていた。子供の方は呆れて白い目をしている。
「ほら、だから言わんこっちゃありません。 」
「あれは何をやってるんですかね?」
「おそらくトラウマのようなものでしょう。
あの呪いが広がる前、姫様は足を滑らせてスライムの巣の中に入ってしまったことがあるのですよ。
食べられるには至らなかったのですが、スライムの体の中でおぼれかけてしまいまして・・・、他にもいろいろ・・・」
「なら助けに行かなきゃいいのに・・・」
自分のことより他人を優先してしまうタイプなんだろう。見捨てるという選択肢はなかったんだと思う。
俺とは見かけだけじゃなく、中身も真逆のタイプだけど。
「まぁ何とかしてみるか」
道の途中にある酒屋の酒樽のうち、半分くらい入っているものを選び。両手で思いっきり投げた。
当然スライムの触手は自分の体の前で、それを真っ二つにする・・・が。中身の一部は小さいスライムの体に振りかかった。
「キィィィ???」
スライムは素っ頓狂な鳴き声を上げたが、すぐに効果は表れる。
咳きをするようにスライムは体を震わせ始めた。
「酔っている・・・?」
「一部例外はありますが、ほとんどの動物はお酒を飲まないんですよ。虫とか小さな動物なら特にね
2人とも早く今のうちに・・・? 」
俺が好機を作ったのにもかかわらず、シルヴァもセバスチャンも何かを俺に訴えかけながら手を伸ばしていた。
周囲の時間が止まったかのようにゆっくりと時が流れている気がする。
それはまさしく走馬灯のようで、スライムの伸びた手がゆっくりとこちらに伸びているのがスローモーションで観察できた。
1つ大きな誤算があった。スライムの触手は精々4メートルくらいしか伸びないと心のどこかで考えていたこと。
しかし、予想に反してスライムの触手は8メートル先の俺の方まで悠々と伸びていた。
触手自体は1円玉の半分の直径すらない小さなもの。しかしそれを受けたら俺はどうなるんだろう。
先ほどまでとは違い、邪魔者をどかすためではなく完全に殺めるために伸ばされたそれは、間違えなく俺の体を貫いて即死させるだろう。
俺は静かに目を閉じた。
誰かに胸を軽く1回叩かれた。続けて乱暴に2回3回と。俺は死んでしまったのだ。
(はぁ・・・またあの説明しない神様か・・・)
うんざりした気持ちで重たい瞼を開けた。
「おっ、おばけぇっ!!」
誰かの声があわただしい足音を立てて走り去っていった。
目を開けるとそこは・・・あれ?先と同じ景色が周りには広がっている。
「ユート様、何で・・・? 嘘・・・何で生きてるんですか・・・? 」
驚きを隠せないシルヴァの声。自分の胸に開いたはずの穴を探してみると、そんな物は1つもない。
スライム自身も驚いているようで、確認するように勢いをつけて何度も胸をついている・・・が。
それはどうやら俺の体の手前で著しく弱まってしまっているようで、Tシャツの上にジュースを零したような染みを1つ増やす結果で終わってしまっていた。
「あれ・・・これってもしかして」
心当たりが1つだけあった。アルセインが言っていた言葉の意味。
(貴様の周りだけ掛けられた呪いは消え、力はあるべきものに戻る)
「これってつまり、モンスターの呪いが消えてたってことか?、そうとしか考えられない。ってことは・・・」
にやり、こいつただの弱小モンスターじゃん。
俺は笑いをこらえながら、スライムの方へ歩み寄り、両手でスライムの体を救い上げてやった。
「うへへへっ、さぁ、どう調理してやろうかねぇ、こいつ」
「・・・見ているこちらが鳥肌が立つくらい悪そうな笑い方ですわ・・・」
向かい側のシルヴァは完全にドン引きしていた。
それに構わず、スライムの体を先ほどの酒屋の酒樽へそのままほ織り込んだ。
「――キュィィィィィィッ?!!、――キュゥッキュゥッ」
哀れな声を上げてスライムはもがく。しかし上から蓋で俺が抑え込んでしまっているため外には出られない。
「モンスターとはいえ、窒息させようとするとは・・・。ここまで人間性を感じられない方はなかなかいないですわ」
知るか、こっちは丸腰なんだよ。
数分するとすぐに、スライムの動きが少なくなり蓋の抵抗が消えてきてしまった。
このまま続ければ窒息死させることができる・・・が。
俺はあえて樽の中お酒を外に流した。樽の底にはアルコールと窒息のダメージでぐったりしたスライムの姿があった。
「外に逃がしてくる。町の外にはどっちから出るの?」
「通りの突き当りを右に曲がって進んだ先にすぐありますけど、
・・・内心非常識な方だなって思ってましたが、お優しいのですね」
「優しい・・・か、別に優しさでやるわけではないよ。非常識っていうのは結構よく言われるんだけどさ。
人に合わせるのもめんどくさいなって、よく思っちゃうしね」
「そこは是非とも改めていただきたいところではございますが」
「いつか善処しますよ」
「いつかって、今じゃないんですね」
シルヴァが抗議が上がるが、めんどくさいことはやらないとかいうとまた足を踏まれるので無視して続けた。
「小さいスライム1匹を殺しても、スライムなんて腐るほどいるんだろうしあんまり効果がない。
でもこうやってとことん痛めつけて逃がしてやれば、人里に入って痛い目にあったって情報を群れに持って帰ってくれるかなって考えてだけだよ
カラスみたいに群れで復讐するような知能が高い種族ではなさそうだしね 」
とはいえ、一番ベストな方法はそもそも人里に近寄らせないように根気よく追い払うことなんだけど、こんな状況でそれはできない。
「ふふっ、言い訳がお上手なんですね」
噴き出す気持ちを堪えるように、シルヴァは笑って先を進む。
貴族のような上品な姿ではなく、どこにでもいるような女の子のような笑い方。
否定しようとしていたけど、その表情のせいで言葉はどこかに失せてしまった。
内心ずるいなと感じながらも、俺はシルヴァの背中を後を追った。