亡国王女は実質すでに詰んでいた①
「我、神の御名によりて汝を招来する。
汝は常しえの呪詛を祓ううもの、
汝はアルガルドの憂いを払うもの、
汝は全ての救済を祝うもの。
さぁ、招来の門よ開け! ――サモンズゲート!!」
誰かの叫び声が聞こえた、気がした。
落ち着きがあり、それでいてハキハキとした聞き取りやすい女の子の声だ。
急行落下の精神的ショックで気を失っていた俺を起こしたのは、雷が落ちたような轟音だった。
ここはどこだろう? 背中に感じるホテルのベッドのようなしっとりとした感覚。
しかし贅沢な感触とは対照的に、小さな箱の中に閉じ込められているようで手足が自由に動かせない。ここはどこだろう。
軽く箱の蓋を蹴ると、それは簡単に動いて僅かに外の景色をのぞかせてくれた。
石でできた天井にランプのような暖色系の光源。
もう現代社会ではなかなかお目にかかれない。
・・・ここはどこだ?
「―中に誰かいるようです、招来の偽は成功のようですな。」
しゃがれた誰かの老人の声。
「―伝説の転生者様、どんな方なのでしょうか」
これは最初に聞こえた女の子の声、みたい。
「どんな方かと・・・そうですね。
私目、実は一度かの有名な勇者様とお手合わせさせていただいたことがあるのですよ」
「えっ、本当ですか?」
「はい、あれは姫様の丁度お母様が一番、お美しかったころのお話です。
それはそれはもう素晴らしい方で・・・筋肉モリモリのマッチョマン、おまけに聡明。しかもハンサムな方でした」
何だこのジジィ、すごいハードル上げてくるんだけど?
「えっ、あっ・・・。私今からどのような顔でお会いすればよいのでしょうか。少々緊張してまいりましたわ」
女の子のびっくりする声が聞こえる。外でに出てないのにどんな顔してるか想像できちゃうんですけど?
ジジィは「実は実はそれだけじゃないんですよ 」とハードルを更に上げようとする。
これ以上精神的ダメージを受けたくないので仕方がなく、ゆっくり箱の蓋を持ち上げて顔を出させていただいた。
大きく見開かれた真っ青な瞳と目があった。
腰まで伸びた純白で濁りのない絹糸を思わせる長髪。
肌は白く、体のラインはフランス人形のように整っており、手足の肉付き細すぎず太すぎず健康的。
背丈は俺と大して変わらないものの、口元に手をやり驚きを浮かべる姿はお上品で、自分との育ちの差を強く意識してしまう。
外の景色はまだ何も見ていないが、俺は確信した。
ここは異世界。おそらく俺は異世界転生したのだ、と。
隣に立っているのはビシッとタキシードを着た老け込んだ男。THE執事って感じの人だった。
前頭部は禿げはじめているものの、落ち着いた穏やかな表情からは大人の余裕を強く感じることができる。
老人は女の子の耳元で声を立てた。
「・・・これはえらく、痩せた犬のようなのが来ましたね」
「セバス、不敬ですよ?!」
女の子はこちらに振り向くと、取り繕うようなひきつった笑みを浮かべた。
ここは何やら武器庫のようで、自分がさっきまで入っていたのは黒塗りの棺桶だった。
剣や槍、ボウガンや西洋甲冑のような鎧はどれも乱雑に吹き飛ばされてしまっていて、その中央に棺桶はあった。
体を起こし、床に突き刺っている高価そうな剣に反射する自分の姿を覗いてみる。
女のことは対照的に、痩せこけているし三白眼だし、2日徹夜でクマが酷い。
紙はボサボサ、着ているものも違う。女の子は西洋の民族的なものを着ているが、こちらは部屋から外に出ないニートスタイル。
おおよそ真逆の存在だった。
女の子はこちらに近づくと、ゆっくりと手を差し伸べてきた。
「伝説の転生者様、初めまして。あなたのことをこちらにお招きした、シルヴィア・エカテリスと申します。
私のことはシルヴァと呼んでくださいね」
「あっ、どうも・・・ユウト・ハセガワ・・・です。」
「ユートさま、ですね。初めましてお会いできて光栄です。」
言いなれない言葉なのかちょっとだけ発音が違うが、落ち着きのある声だった。
上ずった声に笑わずに、シルヴァは両手で俺の手を包んでこちらを見つめてくる。
半年ほど人と目を合わせていないニートにそんな仕草は辛い。思わず目を逸らすと・・・
「ユート様、今まさにアルガルドの民に危機が迫っております――」
部屋の中の1つの長剣に目が留まった。
その剣の刀身は鉄ではなく、鋭く削られた大きな骨だった。
「――恐ろしいモンスター町に侵入し、平穏を乱しています!」
骨刀がどういった技術によって作られているのか、どんな有用性があるかとかそういったことはわからない。
しかし、その長剣にはある言葉を連想させてしまう。
「――」
シルヴァは何やら一生懸命、何かの説明や願いを伝えようとしてくれるが・・・
こんなものを意識してしまったら、あまり頭に言葉がはいってこない。
シルヴァの声はほとんど右から左に流れて行っていた。
モンスター。
この世界にはモンスターがいて、それはきっとどの物語でも一緒で人間にとってはとてつもない驚異なのだろう。
素朴な疑問、モンスターが現れたとして俺は生きて帰れるのか?
「――あんな小さなものに暴れられてしまえばこの町、いえこの国はひとたまりもありません! ユート様、何卒この国をお救いくださ・・・
・・・あの、ユート様お話は聞かれておりますか?
・・・あの?ユート様ー? 」
シルヴァは俺の眼の前で手を振る。
「あ、帰るんで別の方を呼んでいただいてもいいです?」
元の棺桶に戻って、静かに蓋を閉めさせていただいた。
「ちょっと!!帰ろうとしないでくださいっ」
「モンスター退治なんて無理なんで、お金ためてハンターさんでも雇っていただいて」
「そんな簡単にできるんだったらもうやってますっ、それで解決できないからあなた様にお願いしてるんですっ!」
「えー、呼ぶ人間違えてますよ絶対。もっと筋肉マッチョでイケメンな方、呼んでいただいて」
「謝りますからっ、さっきのことは謝らせますからっ!!」
「いやいやいや。
自分のような影のものにとって、あなたみたいな気品がある方といると、
自分がどうしようもないカスのように思えてくるんで・・・」
「どれだけ卑屈なのですかこの人!」
棺の中に逃げようとする俺の手を、シルヴァはがっしり掴んで引っ張っていた。
「いたたたたっ、力強いなこの人!!」
「あなたは選ばれた転生者様なんですっ! しっかりしてくださいっ!もうあなた様しか頼る先がないんですっ!」
「転生者とか選ばれたとかよくわからないけど、別に俺ができなくてもこの世の誰かがきっとどうにかしてくれるって。
きっとまだ頼れる先はあるっ 」
「ああ、もうっ!!強情な方ですねっ!!」
シルヴァは依然引っ張ることをやめなかった・・・が、埒が明かないとみると俺の薬指を掴むと本来曲がらない方向にぐっと曲げた。
「いってぇっ!! こいつやりやがったっ」
「強情なあなたが悪いのですっ!こうなったら引き摺ってでも連れて行きますからね!!
セバスチャン!! 」
「御意」
先ほどから喧騒を見ていた執事は2つ返事で答えると、こちらの腕をつかみ素早く外に走り出したのだった。