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騎士大会当日の朝
ゼインは当日の朝というのに、緊張した様子もなく淡々と食事をしていた。アマリーシュアの方が緊張して、朝食のパンが進まないのにだ。うぅ、その鋼の心臓が羨ましい、、と思いつつ、なんとか平然を装いご飯を平らげた。
今日はいつもと違い、大会の日なので、
「今日は頑張ってね、ゼインなら大丈夫!」と応援して彼を見送った。
ゼインはコクリと頷き、大会会場へ向かった。
最後まで何もゼインに伝えられなかった。
この気持ちも、旅立つことも。
もしかしたら、ゼインがアマリーシュアを心配して追いかけて来るかもしれない不安もある。でも、想い人がいる事は知っているので、そんな心配も必要ないのかも知れない。
アマリーシュアは、ゼインが見えなくなるまで手を振った。もう会えないかもしれないと目が潤むのを必死に止めようとしながら。
そして、「はぁーーー、」とため息をついた。
何とか平然と見送ることができた。
「さ、着替えて旅立ちましょう、夜」
夜は落ち着きなくうろうろしていたが、最後にはにゃーっと鳴いた。
アマリーシュアの選択を知ってか知らずか、夜はここのところずっと心配そうに彼女に寄り添ってくれた。
アマリーシュアの不安な心をその体温で落ち着かせてくれたのだ。
夜と離れるのは耐えられないな、と思いながらこの日まで心の弱い自分を落ち着かせてきた。
アマリーシュアは泣くのは後にしようと心を切り替えて、旅の服装に着替えた。
まず、麻のシャツを着て黒いゆったりとしたズボンを履いた。そこに履きならしておいた、旅用ブーツを履く。そして最後に少し今の季節には暑いが黒いローブを羽織った。これで、夜に肌寒くなっても大丈夫だろう。見かけは旅人の青年っぽく見えるようにしておいた。旅の安全のためだ。
そして、必要なものを揃えたリュックを背負い、住み慣れた家を出た。
手紙は残してきた。あとは何とかなるだろう。手紙には珍しい薬草を求めて東方の国へ旅立つと記したが、本当は南方の国へ向かうつもりだ。暖かく景色の良い地で自分の最期を迎えたいという思いが強かったからだ。夜は最期の地で迎えてくれる人、預かってくれる人を探しておくつもりだ。
必ず1人にはさせない。私みたいに1人で死んでいくのは可哀想だ。
アマリーシュアは、大会で賑わう街を隠れるようにして歩いた。
もう二度と戻れない街を忘れないよう、しっかりと記憶しながら歩く。
その頃、騎士大会の会場であるコロシアムでは決勝戦が始まろうとしていた。
ゼインはベンチに座り、自分の出番が来るのを待っていた。
そこに、リオンがやってきた。
「ゼイン!良かった、間に合った。あと一つ勝てば優勝だな。」
「あぁ。」
「アマリーシュアさんには伝えたのか、お前が王様に願う内容を」
「いや、」
「伝えてないのか!?」
ゼインはコクリと頷いた。
「伝える時間はあっただろう!?アマリーシュアさん絶対勘違いしてるぞ。教えておかないと、お前が誰かに告白でもすると思い込んでいるかも知れないぞ!いや、あの思い込みの激しくて鈍感なアマリーシュアさんのことだ、絶対そうなってる気がしてきたぞ!」
リオンは焦りながら、そう言った。
ゼインはハッとした顔で、リオンを見た。そしてその透き通った碧眼を不安で少し揺らした。
「帰ったら伝える。」
ボソリとゼインは言った。
リオンははぁーっとため息を吐き、
「なるべく早く帰って伝えるんだぞ。」
と言った。
「あぁ。」
ゼインはリオンを見ながら、頷いた。
その頃、アマリーシュアと夜はすでに街を出ていた。大会があるおかげでみんなその話題でもちきりで、黒猫を連れた旅人風の青年には気にも止めていないようだった。
そしてアマリーシュアは、ゼインの元から旅立ってしまった。ゼインには知らせずに。
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ゼインへ
この手紙を見た頃には私はもう家に居ないと思うけれど、驚かないでね。
旅に出ることにしたの。私の身体が弱いのはいくらゼインでも気付いていたと思う。でも最近、私の症状によく効くといわれる薬草の話を聞いたの。ゼインに相談をしなくて申し訳なく思ってるけど、早い方が良いと思って探しに行くことにしました。向かう先は東方の国で、いろんな薬草があるみたいだし勉強になるからしばらく滞在する予定です。良い人がいたら居着いちゃうかも。だから、連絡が来なくても心配せずにいてね。
夜も連れて行きます。1人は寂しいから。
あ、きちんと男装して旅をするから心配しなくて大丈夫!
じゃあ、手紙でお別れになってしまってごめんなさい。また戻ってきたときに、新しい彼女か奥さんを紹介してね。
ゼインなら必ず幸せになれると信じています。
親愛なる姉アマリーシュアより
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ゼインは帰宅し、誰もいない家でその手紙を読んだ。
その手紙を手でグシャリと潰した。
「絶対に逃がさない。あなたを救うよアマリーシュア。」
幼い頃にアマリーシュアに拾われたゼインは、彼女だけを見ていた。最初はなんてお人好しな女だと思っていた。利用してやろうとも。けれど、拾われてしばらくすると、彼女の身体が恐ろしく弱いことに気が付いた。それを彼女が隠そうとしていることも。
それでも強く生きようとする彼女をみて支えたい。一生守ってあげたいと思うようになった。
そんな時だ、アマリーシュアの師匠であるケビンの残した古い資料を見つけた。よく読んでみると、アマリーシュアのような症状は魔力過多症と言われており、ごく稀に突然発症する病気らしい。内側の魔力に身体が耐えきれず、いずれ身体をむしばみ死ぬ。最悪なことに、今のところ治る方法はなく痛みを抑える事しかできないらしい。
「死ぬの?アマリーシュア………」
幼いゼインは身近な人がまた死ぬことに耐えられなかった。
ゼインの母親は、ゼインのせいで死んだ。
ゼインを産んだせいで不幸になり、病で失意の内に倒れ亡くなった。
ゼインの母親は普通の村人であった。夫でゼインの父親もありふれた村人で2人は恋に落ち結婚した。だが、生まれた子の髪色がありえない銀髪だった。夫婦は2人ともよくある栗色の髪だったため大変な驚きとなった。そもそも平民同士の子に銀髪の子が生まれるはずなどない。貴族にしか銀髪の子は生まれず、高貴な身の証明のようにもなっていた。
当然のように、母親の不貞が疑われた。
不貞など行ってなどない母親は、驚き否定したが、信じてもらえなかった。そして離縁された。村では不貞を行ってバレて捨てられた親子として村八分にされた。
女一人で子どもを育てるのは容易くはない。それでも、母はゼインを見捨てなかった。優しくて真面目な母親は、身を粉にして働いた。ゼインは村八分にされていたため、友だちもできず他人の顔色を伺う大人しい子に育った。そして、ついに母親は働きすぎで身体を壊し倒れた。必死の看病をゼインは行うが、9歳の子が行えることなど少なかった。薬を買うお金も足りず、ゼインは1人悔しい思いをするしかなかった。亡くなった母親は、彼女が好きだった景色の良い丘に埋めた。そして、ゼインは村の外へ歩き出した。もう母親のいない村で生きていく理由などないからだ。ゼインは何日も歩き続けた。知らないうちに広い花畑のような場所に出ていた。ここが俺の死に場所かと思ったら力が抜けて倒れた。そして、アマリーシュアに拾われたのだ。
ゼインはもう身近な人を失いたくなかった。
そこからゼインは、アマリーシュアを救うための術を探し始めた。
まず、ケビンが残した資料を全て読み進めた。やはり、最初に見た資料以上のことは残されておらず、一度は絶望を感じた。
しかし、ならこれから治る方法を見つけたら良いのではないか、と思い至った。
そこで、ゼインは相談するなら1番の医師に聞く必要があると思い、診療所に向かった。
どの医師からも、魔力過多症は治らない病気で、痛みを取るのが1番の患者にとっての治療だと言われた。そんなはずがない、だれか専門に調べてる人はいないかと尋ねて回った。
そこである人を紹介された。研究者ルードである。
ルードは医師ではないが、国一番と言われる薬草の研究者である。ゼインはルードを訪ねた。
ルードは国一番の研究者という割には、質素な一軒家に住んでいた。見た目は髭もじゃの熊のような体格の良いおっさんだった。
「魔力過多症のある人を助けてほしい。」
「その病気は、治る見込みは無いと聞かなかったのか?無理だ他を当たれ。」
ルードは同じことを言わせるなとしかめっ面で、ゼインをさっさと追い出そうとした。
「お願いだ。もう身近な人を失いたくないんだ。どうしても見つけてほしい。」
「………。」
ゼインはひたすら頭を下げた。
痩せぎすで無表情だが必死に頭を下げるゼインに、ルードはこう答えた。
「すぐには見つからんだろう。だが、絶対はこの世にはない。今もいろんな薬草で調査をしておる。だから、見つかったら教えるから待っていろ。そうだな、お前は身体を強くして守りたい奴を守れるようになれ。そうしてたら気が紛れるだろう。その病気のやつは、みんな症状が無い時は平気だと思い込んで、無理をしがちだから、よく様子をみてやれ。んで、休ませるときはちゃんと休ませろよ。」
そう雑にルードはゼインに助言した。
この言葉がきっかけで、ゼインは剣術を極めることを決め、アマリーシュアを守れるように強くなることにした。ゼインは、鈍感で頑張りすぎるアマリーシュアからは目が離せなかった。病弱な身体をもったアマリーシュアに対しての同情を感じていたのは最初だけで、すぐに拾ってくれ美味しいご飯を与えてくれる感謝や、他人であっても実の弟のように優しく愛情を注いでくれるアマリーシュアに好意を寄せるには時間がかからなかった。
ゼインの無表情さと無口さで、鈍感なアマリーシュアにはまっったく伝わってなかったが。