再会
予想した通りタカハシもおれと同じようにかなり厚着をしていた。
まあ無理もない。
おれ達は鍵付きの病室からでて何日も経っていないのだから。空調管理された狭い空間に何か月もいると身体が外の気温に慣れないんだ。
つまりおれ達はそういう意味でもシャバから浮いていた。タカハシはおれと並んで大きな声で話した。こいつは声の大きさの調節が苦手なんだ。
タカハシは長髪の大男で長年の服薬のせいか顔も体もまるまるとむくんでいる。眼だけは刃物で彫ったようにギラギラしている。
おれ達は薄く汗をかきながらポケットに手を突っ込み背中を丸め寒いフリをして歩く。
相変わらずのシャバはむかつくほど居心地が悪かった。
すれ違う奴らはおれ達のことをほんの少しも気にかけない。それがおれはなぜか無性に腹がたった。若い女の集団とすれ違う。おれとタカハシの視線をベットリ浴びながらもおれ達に一瞥もくれることはなかった。
シャバを少し歩いただけですでに打ちのめされたような気分になっていた。
「なんだかのどが渇いたな。」タカハシが言った。
「おれ達の出所祝いなんだからよ、一杯のんで盛り上がろうぜ。」
タカハシは通り沿いのカラオケを指さした。
ああ、そうだな。そろそろ店に入ろうぜ。もう歩くのはしばらくごめんだ。
受付の定員は非常識なタカハシの横暴のな態度にも少しも表情を変えなかった。シャバの奴らはどうかしてるぜ。
安いソファーにテレビ付きの独房のような部屋に案内される。おれ達は考え付くだけの荒っぽい態度で飲み物を注文した。それでも店員は顔色を変えることはなかった。
匂いのするドブのようなカクテルで乾杯し、まずタカハシが一曲歌った。
2昔前くらいのポップソングでおれの知らない歌だった。
おれに気を利かせてところどころ歌詞をおれ達のしっている事柄に変えるのだがおれはメロディが気になってうまく理解できなかった。
タカハシは音痴ではない。だがおれはそのメロディがどうしても好きになれなかった。
タカハシはおれの浮かない調子を横目で見ながら苦しげに何とか歌いきった。
ドブカクテルを一気に飲み干しインターホンでおかわりを持ってこいと怒鳴った。
おれも音痴ではないはずだった。しかしタカハシはおれが歌っている間も不気味な色のカクテルがはいったグラスから目を離そうとしなかった。
多分タカハシの知らない曲だったのだろう。
おれは油汗をかきながら歌い切り、カクテルを一気に飲み干した。
そのままおれ達はもはや歌おうとせずにドブカクテルをなめ続けた。アルコールがなにか事態をかえてくれるのを期待しながら。しかしなぜか二人ともその時はいくら飲んでも酔わなかった。
「女だぜ。おれ達に必要なのはな。おまえが女だったらいいのにな。」タカハシは疲れた険しい目で言った。
「おれはな、おれが女なんじゃなくておまえが女だったらいいのにと思うぜ。」おれはさらに疲れた声で言った。
それからおれ達はまた無言になった。
おれ達はもう殴り合うかキスし始めるかくらいしかお互いすることがなっかた。
どちらもごめんだ。
「出ようか。」
外はほんのり薄暗くなっていて、それでもまだ暑さが残っておりじんわりと汗がでてきた。
おれとタカハシは大股で早歩きで歩いた。
これからおれ達はそれぞれのバスに乗り誰も待っていない家に帰りわびしさに押しつぶされそうになりながら眠るだろう。やれやれシャバは相変わらずだな。
バス停に向かう途中、大きな百貨店の前を横切った。楽しそうな家族連れやカップル。弾む声、笑顔。綺麗な身なりで華やかな顔の人たち。
おれはなるべく目を逸らしながら歩いた。
タカハシがふと立ち止まった。
「ちょっとトイレ借りてくるからよ。」
タカハシは大股で明るい照明の百貨店の入り口に入っていった。
残されたおれはなんだかそわそわしながら、時計をいじるフリをしたり指のさかむけをとったりしながら入り口をうろついていた。
やがてタカハシがさっそうと帰ってきた。青白い顔をしている。アルコールがようやく回り始めたんだろう。それとも久しぶりのシャバを歩きすぎたのか。とにかくこんな日は布団の中でじっとしているしかない。
おれ達は歩き出した。しかし前に初老の警備員が立ちふさがった。
おれは横をすり抜けようとしたが老人は両手でおれを制した。
「なんだよ。」
おれはうなり声をあげた。
タカハシを見た。さっきより青白い顔をしている。
なんだ、いったい何が起こっているだ。
老人はトランシーバーに向かって高い声で話し、すぐに同じような老人の警備員達に囲まれた。老人の一人がぞんざいな調子でタカハシの上着をつかみ中から真新しハンカチ数枚と婦人用の靴を片方取り出した。
「ちょっと事務所まで来てもらえませんか。」
老人は甲高い耳障りな声で言った。
人だかりができ好奇の視線を感じる。それに意地の悪い目の光。笑い声。険しい顔。
ああ、あいつらはおれ達がヘマをするのを待っていたんじゃないか。
老人達はおれ達を従業員用のオフィスに連れて行った。それから何も説明されずにただ待たされた。
ぴったりと老人がくっついていたがおれ達と何の話もする気はないようだった。
やがて二人組の刑事が到着しておれ達は手錠をかけられてパトカーに押し込まれた。
パトカーの中は合皮のシートと消臭剤の匂いが混じって吐き気がした。タカハシは座席に突っ伏していた。なんだが妙に似合っているように思えた。
警察署に着きおれ達は別々の部屋に通され、そこでおれはやけに童顔の生意気な刑事にこってりとしぼれれた後、釈放された。
外はすっかり暗くなっていた。街はよそよそしく光っていた。街は寂しさと冷たさに包まれていた。おれとタカハシがなんとか逃げようとした孤独に包まれていた。
おれは留置所の檻のなかでうずくまっているだろうタカハシの事を思って胸が痛かった。
なぜならおれ達はとてもよく似ているからだ。