61話 カウントダウン
不気味で嫌悪感を抱かせる赤黒い輝き。
巨大な1つの生き物の様に蠢く、夥しい数の魔物。
世界を染め上げる様に、黒い濁流が如く、迫る。
「……みんな無事でいてくれよ」
瞑目するように閉じていた青い眼をスッと開き、夏樹は剣を抜いた。
〜〜〜〜〜
「ーーー熱光線」
獣化したメアに跨るエインから、大気を焼く熱線が奔る。
「くくく……良いよ、良いよ! やるじゃないか。 でも、それじゃあ、まだ足りない。 ーーー大罪鎌」
鎌を持った腕が消失する。そう錯覚するほどの速度で振り抜かれ、熱線を斬り払う。
「ぐ……まだ、まだよ。 ーーー召喚・真紅竜ッ!」
燃え上がる真紅の炎が竜を象る。
ガパッと開かれた顎門から放たれる超高熱エネルギーは先程の熱線の比ではない。
「おぉ……これは素晴らしい。 なるほど、スロースがやられるわけだ。 ーーー嫉妬蛇」
まるでどこかの貴族のような、この場に合わない優雅な空気を曝しながら、睥睨する赤い眼。圧倒的強者から向けられる殺意の奔流を前に、鳥肌が止まらない。
ビキビキッと音を立てながら、全身に広がる鱗。両手で持った大鎌が解けるように2つの手鎌へと分かたれる。
不意に右手を引き、半身の姿勢となる。
「何をする気ですか、そこからじゃ届かないはず……」
ヒュンッと風切り音が響く。
メアの左腕が肩口から斬り飛ばされる。
「あぁ……ぁぁ……ッ!!」
「メアさん!!」
あまりの激痛に獣化が解けるメア。
エインは原因となったルドリエに視線を向け、衝撃的な光景を目の当たりにする。
払われた右腕は、蛇のように唸り、伸びていた。
圧倒的なリーチ差。間合いなどあって無いようなもの。
再び、手鎌が払われる。メアが動けない上にステータスの低いエインでは避けきれない。
「……ッ! ーーー火炎壁ッ!」
発動した炎の壁は、紙のように斬り払われるが、視界を塞ぎ身を屈めたことで致命傷を避けることに成功する。
「良い反応だね、エイン君。 でも、終わりだよ、バイバイ」
間合いを詰めたルドリエがエインの前に立ち、命を刈り取る凶刃が振り下ろされる。
「ーーー純炎槍」
燦々と輝く炎の槍が鎌を打ち払う。
「あははははっ! 良い、良いね、最高のタイミングだ! 君はやっぱり、物語の主人公に相応しい!」
童のように、心底楽しそうに、嗤うルドリエ。
槍と鎌による数瞬の剣戟の末、距離を取る。
「さぁ、いくよ、ナツキ君!」
圧倒的な間合いから放たれる2つの凶刃。
「ーーー守護盾」
突き立てた剣を中心に半球状の障壁が展開され、刃は届かない。繰り返される斬撃の嵐を前に、揺らぐ様子は無い。
「ふふふ、それは勇者の力かい? すごいね、まさか一切、攻撃が通らないなんて」
「ーーー聖鐘」
夏樹の手に純白の手鐘が出現する。
リンッと澄んだ音と共に、温かい光が波紋のように広がる。
「う……うぅ……」
「メアさん!? メアさんの腕が……」
斬り飛ばされたはずのメアの腕が逆再生のように復元される。
「あははははっ! 随分と馬鹿げた能力じゃないか、欠損の治癒……いや、再生なんて人の身でやって良いことじゃない。 その眼といい、その力といい、君は本当にイレギュラーだ。 大罪の力だけで、勝てると思っていたのだけれど、流石に厳しそうだ。 ーーー蒼翼剣」
深海のように重く、満点の夜空のように碧く美しい、翼の装飾に象られた剣が顕現する。
「なんだそれは……いや、その力、お前まさか」
「そのまさかだよ、ナツキ君。 僕は元勇者だ」
宣言と同時に剣尖が眼前に迫る。
「……ッ!」
身を捻り、回避しながら剣を純炎槍を横薙ぎに払うが、蒼翼剣から流れ出る冷気に、身体の動きが鈍る。払った槍の勢いは萎え、容易く回避されてしまい、蹴りが脇腹に突き刺さり、吹き飛ぶ。
「ぐ……」
「ほらほら、休んでる暇なんて無いよ、ナツキ君!」
ルドリエの周囲に複数の魔法陣が出現し、大量のゴーレムが顔を出す。
「なんで今更……」
「これだけじゃないさ。 ーーー天使笛」
純白の笛から優しい音色が響く。
ゴーレムが光に包まれ、ステータスが飛躍的に向上した無数のゴーレムが襲い掛かる。直後、なぎ払うように熱線が放たれ、ゴーレムが消し飛ばされる。
「ナツキさん! ゴーレムは私達に任せてください!」
声のした方に視線を向けると、獣化したメアに跨り、真紅の竜を背負うエインがいた。
「……助かる」
リンッと再び、聖鐘を鳴らし傷を癒す。
「いやはや、優秀だね。 君の仲間は、本当に。 ーーー革命弓」
翡翠色に彩られた弓を構え、放たれた矢は上空で無数の雨に変わる。
「ーーー守護盾」
ズドドドドドドドドドドドドドドッッと、まるで地響きのように連なる墜落音。
防ぎ切った矢先、凄まじい魔力が蒼翼剣に収束していた。
「……ッ! ーーー純炎槍ッ!」
直後、雪崩のような氷雪の嵐が夏樹を襲う。
「がっ……!」
満身創痍で横たわる夏樹にゆっくりと近づきながら、ルドリエが語り出す。
「君とは違う、君のような成り立ての勇者とは違うんだよ、僕は。 君は疑問に思わなかったかい? 400年前に行われた勇者召喚。 当時の魔王を倒したにも関わらず、召喚前の世界に帰還した記録が無いことに。 ねぇ、ナツキ君。 勇者は魔王を倒した後、どんな扱いを受けると思う?」
「どんなって……世界を救った英雄じゃ」
「違うッ!! そんなハッピーエンドは幻想なんだよ、ナツキ君。 君の思っている程、世界は甘くない、とても残酷なんだ。 僕は魔王を倒した直後、最も弱ってる瞬間に仲間に殺されかけた。 裏切られたんだよ、平和になった世界に勇者のような強力な力は必要ない、用済みなんだと。 それも僕を召喚した国王直々の命令だった。 元居た世界に戻るには魔王を倒さなければならないと教えられ、死に物狂いで戦ってきたというのに、実際倒して残ったのは、仲間の裏切りと帰還方法が無いという事実だったッ! 人間にとって僕は強いだけの、都合の良い駒だったんだ、これを許せると思うかい? 断じて許せないッ!! 拒んだのは世界が先だッ! だから僕は魔王になった、この世界の脅威として君臨する。 ナツキ君、君は本物の勇者だ、僕と違ってね。 さぁ、もう終わりにしよう。 この物語に終幕を」
重く深い、強靭な意志を前に夏樹は、瞠目し息を呑んだ。




