1話 異世界召喚
「ようこそおいで下さいました、勇者様」
高校1年の夏。登校中に突然、空気が変わった。自動車のエンジン音が消え、多くの話し声も聞こえなくなった。その矢先に耳に入ったのが冒頭の一言である。
「ようこそワーテルへ。 私はクラウド王国王女、エイン・アスタリアと申します。 突然の事にさぞ驚かれているでしょう。 まずは、現状を理解していただくために説明させていただきます。 大変恐縮なのですが、説明の前に勇者様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「……平田夏樹です」
エイン王女の質問に答えることが出来るくらいには冷静らしい。先程の発言を聞く限り、いわゆる異世界というものに来てしまったのだろう。ラノベ好きにとっては分かりやすい展開だが、まさか当事者になるとは思いもしなかった。
エイン王女による説明を受け状況理解は出来た。
要約すると……。
魔族達の王、いわゆる魔王が復活した。
この世界では、魔王が復活するたびに異世界から勇者を召喚しているという。最後に召喚されたのは約400年前のこと。伝承扱いされ、危険度が軽視されていた。しかし、ここ数年で急激に魔物が増加、強化されていることが確認されている。その上に魔王の復活という神託が降りたことで勇者召喚に踏み切ったとのこと。
「俺が魔王を倒せってことですか、無茶ですよ。 元々いた世界には戦争はありましたけど個人の実力より物量に重きが置かれていました。 俺に出来ることなんて、たかが知れてる」
「夏樹様のいらした世界で争いが少なかったのは存じております。 ですが、勇者様しかいないのです。 もちろん、全力で補助致します」
エイン王女の懇願を聞いて俺は……。
「気付いているかもしれませんが、俺は目が見えませんよ」
「えっ……」
空気が凍りつく。
「10歳のころに事故に遭いまして、両方失明したんです」
「……全く見えていないんですか」
「はい、見えていません。 代わりと言っては何ですが、他の感覚が敏感になっているので、気配や音である程度周囲の状況把握が出来ます。 しかし、命懸けの戦闘となると厳しいと言わざるを得ないでしょね」
両者に沈黙が流れる。
そこで、気配が1つ王女に近づき、小声で話をしている。
視覚以外が敏感になっているせいで筒抜けだ。
「彼の言っていることは間違い無いと思います。 召喚されてから彼は終始目を閉じたままですし、この状況で周囲の情報を得ようとしないなど不自然過ぎます。 また、個人的な見解ですが彼は強くなると思います。 盲目でありながら他の感覚で生活し続けている。 並大抵の訓練で出来ることではありません」
「なるほど、一理あるわね。 盲目……そうね、1度能力確認をした後、陛下にもお伝えして、判断を仰ぎましょう」
どうやら、無能だから処分なんていうバッドエンドにはならなそうだ。しかし、男の俺に対する分析は過大評価すぎるように感じる。
「お待たせ致しました。 まずは勇者様の能力を確認させていただいきたいのですがよろしいでしょうか」
どう確認するのか聞くと、どうやらこの世界ではステータスというものが存在するらしい。魔晶板といわれるものに魔力を流す事でステータスの確認が出来る。
魔力の流し方が分からないので聞くと、手を置いて体の中央にある暖かい感覚を掌に流すイメージをすると出来るとのこと。よく分からないがやってみると意外と簡単に出来た。俺のステータスは以下の通りだ。
平田夏樹 16歳 男 レベル1
称号:勇者、異世界人
筋力:100
耐久:100
敏捷:100
魔力:100
耐性:100
状態:盲目
固有スキル:???
ラノベに出てくるようなものが脳裏に浮かぶ。ちなみに目が見えないため、ラノベは見て読むことは出来ない。音声読み上げアプリを使用することで読んでいた。
「……! レベル1でこのステータス……恐ろしいですね」
一般的な騎士が100〜200程度、強くて300程度とのこと。レベル1で100越えは異常であることが分かる。
「では、次に実技を行います」
「いや、だから経験がありませんと先程……」
「承知の上です。 身体機能の確認をしたいだけですので、ご協力お願いします」
場所を移動し修練場(事前に説明を受けた)に到着した。
俺の動き確認の相手は、先ほどエイン王女と話をしていた騎士。クラウド王国騎士団団長、ガリウス・ファルディアである。
「遠慮はいらんぞ、殺すつもりで来い」
「殺すつもりなんて、そんな……」
お互い木剣を構える。
エイン王女の掛け声と同時にガリウスが1歩で距離を詰め、上段から振り下ろす。
「……なっ!?」
ガリウスが驚愕の声を挙げる。振り下ろされた木剣を刃を添わせるようにして横に受け流し、そのまま刃の上を滑らせて首を狙う。紙一重でガリウスは避けて大きく後退する。
「見えないんじゃないのかよ、何だよさっきの完璧なカウンター」
「見えませんよ、目は閉じているでしょう? 元々、気配や物音に敏感でしたがこの世界に来てから、より強く明確に捉えられるようになりました」
反響定位……発生した音が反響して耳に到達するまでの時間でおおよその距離感などを掴む技術。この技術は訓練で習得していた。色や表情といったものは分からないが、召喚されてから物の位置や距離感などは手に取るように分かるようになっていた。
「とんでもねぇな、戦う術はねぇとか説得力無いぞ」
そう言いながら、先程よりさらに速く連撃を繰り出す。その悉くを受け流しながらカウンターを放つ。
「そこまで! 両者、剣を納めなさい」
エイン王女の指示に従い、お互いが剣を納め距離を取る。
「お疲れ様でした。 今回の結果を踏まえて1度陛下に報告させていただきますので、今日はゆっくり休んでください。 最高のおもてなしをさせていただきます」
ふと大事な事を思い出す。俺は元の世界に戻れるのか?まさか、魔王を倒さなきゃ戻れないなんていう展開になるのか?召喚されてから今までが怒涛の展開過ぎて、最初に確認すべきことを忘れていた。今は王女や騎士と別れ、メイドに自室へと案内されている。
「後で忘れずに確認しなきゃな」
疲労の影響かやや楽観的な考えを持ちながら廊下を進む。