本当のママ
「山戸田さん、弁護士を通しましょうよ」
「この手の連中はしつこいからね。顔を見せて安心させてあげないと」
反社がこんな面構えの相手にどんなことをするか容易に想定ができる。
「同席しますよ」
「ご自由に」
「君が盗難車のオーナーさん?随分お若いんだね~」
「若作りですよ~」
客引きと同じだ。こいつらは本当に童顔が好きだ。
「一括購入した新車のフェアレディZでしょ?あんないい車なんだから防犯センサーくらいつけなきゃダメだよ」
ほら、盗まれたほうが悪いって話をはじめた。
「外国人がイモビカッター持ってたって聞いたよ?そんな相手でも俺の対策が甘い?そもそも対策甘かったから被害者が負担しろってどういう理屈で生きてんの?盗んだ外国人しばくのがおじさん達の本職でしょ。うちの車の凹んだ分も直してもらってよ」
「山戸田さん、それはいけません。大西も堅気の方相手なんだからいい加減にしろよ」
マル暴の刑事に反社を利用するような発言を咎められた。堅気とは思われない態度を演じているが、大西も刑事も俺の焦りを見抜いている。それが余計に、裏の顔を隠しているように思われる。
運が悪い。小里絵からの電話で席を立つ。大西が俺が隠したい存在に興味を示す。
「ヤマト…絵理愛の話、知ってるだろ」
「元夫とデートだっけか?子供も喜ぶんだから好きにしろって言ったよ」
「絵理愛がそれをあんたに話した意味がわかんないの?」
「子供の手前反省したんだろ」
「何回反省したか知ってるの?これで4回目だよ!毎回毎回絵理愛だけが、甘えたいだけの男に反省させられてるんだよ!」
もし、車で母の下へ帰っていれば…親族を避ける臆病者でなければ…少し待たせることにはなったが、絵理愛に手を差し伸べる存在でいられることができた。
反社と関わってしまった今、絵理愛を守るためには、もう助けないほうがいい。悔しさが目を霞ませた。
「今の俺、知ってるか?」
「自分が絵理愛に巻き込まれた被害者って言いたいの?」
「盗まれた俺の車がヤクザの車に当て逃げして、ヤクザと話し合いしてるんだ。そのヤクザがお前のこといい女だと思ったみたいだぜ」
「嘘でしょ…」
小里絵も絵理愛に巻き込まれてきて今まで散々な目に遭ってきたのだろう。元夫と会うという絵理愛を自分で止めようとはしない。無責任な女だが、突き放す気になれない。
もしかしたら、調査会社に怯えながらも絵理愛への責任感を捨てられずに俺に頼りたいのかもしれない。その俺がこの有様だ。
絵理愛と小里絵になら騙されてもいいと思って、こんな目に遭うところまで利用された。割に合わないから埋め合わせをさせてやろう…そう思うはずの普段の俺は、とうとう現れなかった。
「こればかりは、絵理愛もママも小里絵も巻き込むわけにはいかない」
「一人で解決するつもり?」
「弁護士くらいつける。大事な我が子がいる女性には頼らないだけ」
「そう。連絡くらいはしてよ」
小里絵の声から力がなくなっていた。
「誰?加計あきらさん?」
「黙秘するよ」
「刑事、こいつの行きつけの店のママがさ、びっくりするくらい上品なマダムなんだよ。今度一緒にお邪魔しない?」
本題に入らず、外堀を埋めてくる。
反社から見ればママが誰よりも門戸が広い。昨晩には暴力団排除ステッカーも空しく接触されてしまったに違いない。
案の定、俺が嫌がる情報で大西が迫ってくる。
「お兄ちゃん、昼夜働いてるあきらママがお金に困ってないわけがないじゃん。君が貸してあげないなら俺達が貸すけどいいの?」
パパは公務員だが、有り金をギャンブルに費やすことは俺も知っている。ママは子供のために、マイナスにならないように我慢して働いている。そして、俺みたいな客がママを儲けさせてきたから、こんな目に遭うまで事業を継続できた。あっさり失敗して転職していたら、この件に巻き込むことはなかったはずだ。
昨晩は怖かっただろう。俺を探る連中に根掘り葉掘り聞かれて辛かっただろう。
昨晩だけでなく、今までももっと寄り添っていたかった。それなのに、ママの子供のためにと言いながら、内心ではパパに慰謝料を請求されそうな気がして、ブラウスのボタンを外すママの手を止めてしまった夜は、ママは何を思っていたのだろうか?
「面白い話をいっぱい聞けたけど、本題から脱線しすぎてますって。とりあえず保険会社を介して話をまとめましょう」
「お兄ちゃん、まだ話し足りないって」
「そうだね。俺の仕事を知ってた奴とおじさん達の横の繋がりとかね」
「知るか!!」
刑事が大西を制止しようとしたが、これで最後にと、俺が大西の疑問に答えた。
「俺は個人経営だよ?上にも横にも誰かいるわけじゃない。ママに貸す気もないし、ママもそれを望んでいない。
ちょっとした笑い話だよ。俺は俺の資産にたかる奴をビビらせるために貸金業の法人を立ち上げただけ。営利目的じゃないから、おじさん達のお客さんを奪ったりはしない。
まさか本業の人をここまでビビらせるとは思いもしなかったよ」
「大笑いする話だよ!お兄ちゃん才能あるな~、惜しいな~!あとで名刺ちょうだいよ」
「大西、もう終わりだ!」
「あいよ刑事さん。今夜もあきらママに会いに行くか!」
煩わしい声を断って、警察が用意した車に乗った。
「刑事さん、実は俺の貸金業法人、登録承認待ちの実質無認可なんですけど、ちょっと調べてみて下さい」
「どうしたの?」
「業務実績は、知り合いのシングルマザーに40万円の援助をしようとした一回きりです。これで未登録営業の罰則って下りますかね?」
「それならただの優しいお兄さんですよ」
「そんなこと言われると、登録申請辞退して廃業する気が揺らぎますって」
優しいと言われると反発した。母親の葬式に出なかった男だから、これからも優しさを否定していくだろう。それでも、刑事の言葉に救われた気がした。
ディーラーに頼んだ代車に乗り換えて家に着いた。家から少し離れているが、愛車を盗んだ外国人が大西の手先ならここの駐車場まではバレてることになる。
ママに電話する。カフェもバーも、準備時間も営業時間も忙しくなるので滅多にかけないが、つい掛けてしまった。折り返しが慌ただしいはずの16時に来た。
「今夜来る予定だった?ごめんね、しばらく夜はあさりママのお付きの子に任せるの」
「やっぱり昨晩やなことがあったんだね。大西っておじさんいなかった?」
「やっぱり知ってるんだ…」
「朝から会ってきたよ。俺の車が夜中に盗まれたんだけど、その時に俺の車が当て逃げしたから話したいって」
「そんなことまで…怖かったよね…」
それよりも、ママが大西達にされた嫌がらせに俺は切歯扼腕した。美人だと騒ぎ立てて5人ほどで囲み、チップだと言っては何枚もの一万円札を胸元や腰に差し込んできたようだ。ママのファンのおじさん達も誰一人止められず、大西達が店を出るとそそくさと帰ったという。ママはカウンターから出られないまま、俺のことが心配で涙が止まらなかったと話した。
「カフェも突然人が少なくなってさ、慌ててレビュー見たらオーナーが反社会的勢力と接点があるって書かれてたの。あさりママがさ、これは私が廃業して借金するように仕向けてる人の仕業だって…」
「落ち着くまで1000万でどう?提供で大丈夫」
「あなたに無理はさせられない。まずはえりちゃんを助けてあげて…」
絵理愛か。
あいつが俺に10万円借りるために連絡を寄越した時は、私用の端末だった。
ふと見ると、貸金業のために開設した固定電話が音も振動もないままずっと光っていた。
「そうなるよな…」
知らない番号から休み無しに着信が来ていた。貸金業起業の目的を明かすことで反社の追跡を避けるつもりだったが、もう一つの可能性が的中した形だ。
たかられるのを嫌がるのは断れないからだと見抜かれてしまった。おそらく大西から借りている債務者が借金を減らすために俺を踏み倒すつもりなのだろう。大西としても、曲がりなりにも同業者の俺を早いうちに潰したいに違いない。
「ママ…」
「どうしたの?」
「大好きだよ…」
「私も…」
見たことのないママの柔肌がそこにあるようだった。