表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朱夏の少年(初出版)  作者: サグマイア
思い出した正義感、踏み入った悪の道
6/11

俺の悪魔はここにいた

昔々、愛の女神と真実の女神が戦争をはじめた。

お互いが、自分が正しく、相手が悪だとけなし合った。

しかし人間は、愛も真実も正義だと信じて疑わず、 二人が争う理由を理解できずにいた。

その真相を探るために、とある悪魔が現れた。

真実の女神の晩餐に潜入した悪魔は、真実の女神の本性を暴いていく。

最高神の息子を産んで権力が欲しいだけ。

本当は最高神もクサいエロ親父だから大嫌い。ずっと美女のまま、いい匂いのイケメンしかいない軍隊に自分を守らせて、生意気な美少女は顔面に硫酸かけてから肥溜めに突き落として、誰もが永遠に自分に逆らえないようにしたい。つまり、自分自身が最高神になりたい。

それを聞いた悪魔は、人間に真相を明かして、愛の女神を信仰させた。この悪魔こそ、愛の女神のイケメン天使長だったのである。

真実の女神は人間の信仰も、最高神の加護も失い、遂に愛の女神に敗れ、世界は愛に溢れた。

イケメン天使長は、この功績を手土産に愛の女神の麗しい肉体に貪りつく気でいたが、愛の女神は自分より立場の弱い男に見向きもしなかった。

より高位でイケメンな神に愛しの存在をさらわれてしまったイケメン天使長が、悪魔になったのは言うまでもない。

これが今に続く、真実を隠して愛を強要する世の中のはじまりである…




どうだ、これが金はあっても生理的に無理率が高い男の実力だ!

俺を騙せそうな奴だと思って来る嬢には、この話をしてる。今回の嬢もテンプレ通りのドン引きをしてくれた。

「愛は強要なんかじゃないって思える相手もいるよ。でも、出会った時から指輪がついてるんだ」

ママの紅潮で話を理解した嬢は、苦笑いをして去っていった。


爪を切るのが名君。爪を切らないのが暗君、爪から血を流すのが暴君。だから正しく切れ。

いらなければ買わないし、不要な物は損する前に売るのが取引の鉄則だ。俺は非情になって鉄則を守ってきたから、無借金で貸金業を立ち上げることができた。

欲しい物、不要な物は時によって違うこともよくある。絵理愛に誘われた夜はママへの気持ちが一瞬冷めたが、やっぱり俺はママの下に戻ってきた。

それでも、絵理愛のためにと弁護士を呼ぶ準備まで進めている。絵理愛を守ることは、仕方ない出費だとは思わなくなっている。

さあ、そろそろ悪魔のふりをするとしよう。




お昼のママのカフェに来るのは初めてである。スマートカジュアルをきめて、前髪は下ろしておいた。

臨月の小里絵が娘といたから、その隣のテーブルに着いた。ユニセックスの香水に気付いたようだ。

「化粧してんのか。腐女子なめてた」

「あんたこそ色気付いてんじゃん。アドバイスするけど、もっと背を伸ばしなよ」

できないことを。これは、初恋の女に脈がないことをはっきり言われたってことだな。まあ、人妻の閨室を荒らす気はないけど。

「私が鉄ママだって設定のせいでさ、男の子がいる職場の部下も紹介するって。アホすぎでしょ。知り合いかもって出た時点で誰かの友人って気付かないもんかな?その人をピンポイントで連れて来るし。今のところは不倫じゃないってアピールしたいんだろうけど、今更すぎて草生える」

「年齢同じで区内在住で、てゆーか絵理愛のフォロワー見れば出てくるのにな」

このカフェは職場からは気付かれにくく、かつ休憩だと言い張れる距離にあるのだろう。


絵理愛もママのカフェに呼び出されたことで、一緒に来店したことがある小里絵が何か企んでいることは察していたようだ。絵理愛はママを認めていないが、今回はママも俺も味方だ。


「来たよ。吃らなけりゃ何してもいいよ。脅してこい」

小里絵の指示の直後に旦那と絵理愛が来店した。二人掛けのテーブルに着いたが、そこにママがもう一つの椅子を寄せて、俺が腰掛ける。

「ヤマちゃんはアメリカンよね?ご主人とえりちゃんはいかがなさいます?」

ママが絵理愛を知っていた。さらに、わざわざご主人と 、既婚者だと知っているとでも言うような呼び方をされた旦那の顔が引き攣っていく。こんな美人に出会えて素直に喜べないなんて自業自得だな。

「えりちゃんだなんて…私もそこそこいい歳なのに」

「も?」

「すいませぇ…ママ、お代は三杯ともヤマトで」

二杯のつもりだったのに。

黙った旦那に、本題を突き付けていく。

「まずは自己紹介だけど、俺も絵理愛のパトロン。先に言うと、美人局ではないですよ。困った話になったって聞いて」

「お嬢さん、テイクアウトでいいかな」

話す気がないなら、こちらがどこまで知ってるか聞かせてやろうか。

「ママ、部長のだけテイクアウトで。部長、私はもう少し彼と話をします」

「90分か?」

「2万4千はうれしいね~」

「なんでホテル代込みなんだよ。40分で職場に戻れ」

絵理愛に話を遮られたが、旦那がまた顔を青くした。小里絵がSNSで何かを伝えたようだ。

「奥様が、調査会社で絵理愛の身元を調べ上げたんですよ。今はまだ何もありませんが、絵理愛の身に何かあったらたまらない。俺は今のうちから絵理愛に弁護士をつけるつもりですが、そこで提案がありまして…失礼」

小里絵からメッセージが来たから、仕事の用件だと断って確認する。後方の老夫婦が会話もせずにスマホを操作しているという。あえて俺達を見ないのも不自然らしい。


{調査会社かも)


吃るなと言われたからには、俺も止まれない。

「絵理愛が大事なら、弁護士費用を負担していただきます。それが無理なら、絵理愛から手を引き、奥様に尽くしてあげて下さい」

「少し猶予を」

高額な弁護士費用を払ってまで絵理愛を援助する気はないということは、これで判明した。

絵理愛もこの態度に頭にきたのだろうが、言葉は選んでほしかった。

「お金ないなら借りて返していけばいいじゃないですか。彼そういう仕事もしてますから」

「そこまで…」

「私にそこまでする価値はないの!?」

そこまで言うな!視線を感じた。後で小里絵とママから聞いたが、老夫人がトイレに立つタイミングで迷う仕草をして、俺の顔を捉えたらしい。顔がバレたか。普段から呼ばせていないフルネームは隠せたが、職業は悪いほうが発覚した。




旦那と絵理愛はそそくさと職場に戻ったが、老夫婦は絵理愛の協力者と判明した俺とママを探るためか退店せずにいた。普通の会話をはじめたあたり、メインターゲットは絵理愛に間違いないようだ。


(旦那にも弁護士費用の捻出までしてほしかったんだな}

{バカよねあの子)


まだ協力者と気付かれていない小里絵とはメッセージでやり取りする。

調査会社を威嚇する意味も込めて香港の資産家と広東語でボイスチャットしながら、16時にデータ改竄が速報される予定のメーカーの関連5社の株を売却するタイミングを待つ。

「ミステリーショッパーさん帰ったわね」

別の緊張で周囲が見えなかった俺に、ママの声が染み渡った。小里絵の娘がママから貰ったチョコレートではしゃぐが、煩しさは不思議と感じない。

「私はバーの準備に行くから、あとはミヤちゃんに任せておくわ」

「これ解決したらバーに寄るから。ケーキでも買ってく?」

「私が作るわよ」

「ママ大好き」

娘がはしゃぎ疲れて寝たタイミングで小里絵が帰り支度をはじめた。最後まで棘を忘れずに。

「あの中国語って本物?」

「広東語だよ。ウェブカメラの前に立つなよ。チャンさんに夫婦だと思われていいなら構わないが」

「生意気なんだよコミュ障」

「これでも営業苦手だって言うのが信じられないのよね」

ママが俺の語学力に感心していたが、俺は次の緊張でパソコンを睨む。15時30分。予定より早くメディア大手2社がデータ改竄を速報した。間髪入れずに指10本で5社を売却した。

「待ちすぎた!」

チャンもこれくらいの日本語は通じる。慌てて同社の株を売却したが、今回は辛うじて俺の勝ちだ。

「かっこいい!って私も見てる場合じゃないわね」

「あれ?絵理愛のお代は?」

「上司が払ってったわよ」

「弁護士費用は払わないくせにか」

小里絵は自分の財布を出していた。俺の借りを頑なに断るところが昔のままだ。




旦那が絵理愛に本気でないことを暴いたから、そのうち二人の関係は終わって調査会社も手を引くだろう。夜はバーでママと一緒に浮かれようとした。あさりママの演技指導なしで旦那をビビらせられたことが小気味良い。

「二人とも子持ちだからこの時間に呼べないのが残念だね」

「放っておくにはそこそこの学年とパパが必要だからね」

「絵理愛はどっちもないからな」

あれからどうなったのか。絵理愛に電話しても出ない。小里絵がそのことを知らないか、電話してみた。


「やられたよ。なんとか法律事務所ってところから連絡が来た。旦那がサラ金に金をせびられたからって、絵理愛とヤマトとママと、私も恐喝で訴えるって。」

「は!?なんで小里絵まで」

「あの老夫婦とは別のミステリーショッパーがいたんだよ。油断していろいろ話したのを聞かれてた」

「俺とママにはそんな連絡来てねーぞ」

「ヤマトとママは本物か、その繋がりがあるかもしれないから慎重になってるんだと思う。とにかく二人の顔もバレてるから用心してね。絵理愛のバカみたいに口を滑らせないように」

旦那が夫人に不倫を白状したとは思えない。おそらく、夫人は旦那はどうでもよくて、絵理愛を気が済むまで痛めつけることを目的としているのだろう。小里絵とママも、それしかないと言った。


俺の電話が鳴った。

「それどころじゃない」

登録していない番号が絵理愛の折り返しと小里絵の話の続きを遮った。そのうちに、番号は従妹のなゆたからになった。

「落ち着くまでかけてくんなよ」

どうでもいい相手ではない。唯一口が利ける親族なのだから。それが何を意味しているのかも理解したが、俺は絵理愛からの電話を待つために、登録していない番号となゆたを無視した。




翌朝になって、ようやくなゆたに折り返した。

「昨晩ね、おばさんが亡くなったよ。脳梗塞だった」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ