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朱夏の少年(初出版)  作者: サグマイア
世界最弱のサラ金はじめました
1/11

初カノ黒城絵理愛

昔、とある山の麓に、羊の群れが住んでいました。

その中で、一番足が遅い羊がみんなに怒られていました。

「お前が木に登って逃げたせいで二番目に遅い羊が食べられちゃったじゃないか!」

一番足が遅い羊は一番木登りが得意でしたが、足の速さが大事な羊達は木登りを褒めるどころか、こう言ったのです。

「一番先に食べられるのが群れの中でのお前の役割なんだ!無責任なお前のせいで二番目に足が遅い羊が食べられたんだぞ!」

一番足が遅い羊は、木の上で独りぼっちになりました。


次の日、木の下で三番目に足が遅い羊が狼に追いかけてられていました。そこへ一番足が遅い羊は呼びかけました。

「三番目に遅い羊さん、こっちへ、木の上へおいで」

ところが、三番目に足が遅い羊はこう叫びました。

「嫌だ!お前と一緒になるくらいなら、群れでの役割を果たすほうがいい!」

そうして三番目に足が遅い羊も食べられてしまいました。


しばらくすると、人間が狼を追い払い、羊が食べられることはなくなりました。それでも、一番足が遅い羊が木登りの才能で生き延びたことを褒める羊はいませんでした。

「お前みたいな自分勝手な羊はこの群れにいらない」

降りた木をまた登って、一番足が遅い羊はまた独りぼっちになりました。


ある朝、人間がノコギリを持って一番足が遅い羊のところへやってきました。牧場を作るために、木を倒してしまうようです。

人間は、羊が木に登るなんて思ってもいないので、木の上を見もせずにギコギコとノコを挽きはじめました。

「最初から、こんなことするんじゃなかった」

木はバキバキと音を立てて…ドスンッ




俺はいくつまでこんな夢を見なきゃいけないんだよ。




青春の後を、朱夏と云う。現代人の年齢なら朱夏の後の白秋のほうが働き盛りの壮年期っぽさがあるから、どうも若いのか老けてるのかわからない。

俺が思うに、朱夏は中二病に責任と金と、痛みと弁えを足したようなものだ。


自大系中二もニヒル系中二も、結局は大人を倒せだなんてジュブナイルを考えてることに変わりはない。

そんな中二が、青春のうちにやりたくないことをやって、会いたくない人間に会って、買いたくないものを買う。それで大人に助けてもらって、その大人から理不尽の受け流し方とやり方を教わる。

これでニヒル系中二じゃない朱夏が完成する。


強がらなくてもコーヒーが飲める。酒が飲める。免許を取って運転ができる。金を払えば母親じゃなくてママに甘えられる。甘えるために、労働して、失敗して、経験を重ねるなんて、無料で甘えられる子供には理解できない感覚を俺は持っているんだ。




それにしても、俺は払いたくない金も相当額払ってきた。


あいつらが言うには、俺の容姿と性格がいいらしい。

低身長の童顔。髭とか筋肉で誤魔化そうとしたこともあったが、同じ土俵に上がったところで勝ち目はないし、それよりも俺には似合わなすぎた。

だから素直にスキンケアして、髪の艶を保って、両耳にピアスして、あとはマスカラして、ファンデーションとコンシーラーも…失礼、興味ないよね。

ただ、ハイティズムで負けるからってルッキズムも投げてたら金も寄らないからな。おかげで今でも15年前の制服来て登校できるくらいだ。




そんな俺は資産家。さらに言えば、法人で資産運用してるから社長でもある。

傍目に見れば世間を知らない子供が大金を持って歩いているように見えても致し方ない。

だからあいつらは踏み倒し前提で金を借りようとしたり、己の弱さを隠すための踏み台として使おうとしたり、都会を歩けば勧誘してくる。

口々に頼ってるとか、幸せになってほしいとか御託を並べる。

でも、俺はそんな人間のためには努力しない。自分のために努力しているほうがいい。

あいつらは俺に努力を要求するが、経営者よりもタチが悪いから実らない努力への報酬は一切出そうとしない。つまりは、俺をその程度の扱いで済ませていいと思っているわけだ。


困ったことに、経験という武器も通用しなかった。丸い瞳を三白眼にしたって、男という生き物は相手が小柄なら暴力で勝てると自信を持っているせいか要求を押し通そうとしてくる。

もし外国に生まれていたら、もう事を切らしていただろう。俺は一番最初に喰われる羊なんだ。




少し時間はかかったが、俺はカウンターを食らわせることにした。その方法は、法人を立ち上げ、貸金業登録を申請する。それだけだ。

資格と資本金はある。ただ、金融庁が俺のバックグラウンドを疑っているおかげで承認待ちを引きずることになった。金融庁の後ろ盾を得られる登録番号も欲しかったが、不安を煽る意味ではこれがいい。

俺をなめてくる奴に、名刺と、ギリギリの利子と、大手消費者金融から拝借した利用規約を提示しよう。

踏み倒しを試みるなら、上役に電話するふりでもすれば、さすがにビビるはずだ。

さて、最初の客は誰だろうか?




黒城絵理愛(クロキエリア)から約15年ぶりの連絡が来た。


{10万貸して~)


俺は大手消費者金融のURLを添付してやった。


(こっちのほうが安いぞ}

{いいから騙されて~)

(ばーか}


不思議と絵理愛のドストレートな要求は悪い気がしなかった。懐かしさに誤魔化されてるだけだろうが、それを利用するならこいつはもっと俺に効く甘言を吐ける女なんだ。

悔しいけど踏み倒す気で連絡を寄越してきたんだろうが、騙すことを宣言するところが愛こそなくても情を感じる。1日だけ彼女になってくれた時と変わらないな。


(会ってみるか?}




絵理愛との初対面は中学一年だった。

俺と同じ小学校だった白石小里絵(オリエ)が、小学校が違う男子に聖域(サンクチュアリ)だなんて渾名をつけられた。

地味子だから男子が近寄らないって意味に聞こえて、頭にきて小里絵を庇ってやろうと思ったら、そいつらの小学校に闇の領域(クロキエリア)がいたせいで小里絵がとばっちりを食らってそう呼ばれたことを後で知った。

小里絵と絵理愛には悪かったが、俺のツボに入った。確かに響きが似てる。しかも、よりによって黒いツリーじゃなくてキャッスルだから、闇の領域感を増幅させていた。

その日のうちに絵理愛の顔を覚えたが、最初はその程度で、小里絵と絵理愛が先に親しくなっていった。お互いにゲーマーで通信交換なんかやってたっけ。

俺は二人がやっていたメジャーなゲームは卒業して、中学生には難しいゲームに手を出してみた。そしたら絵理愛が先にそれをやっていて、俺達はそのゲームの話ができる唯一の仲になった。


案の定、すげーからかわれた。中心にいる男子は俺の顔を見るなり、絵理愛の黒きエリアを見たのかと聞いてきやがった。サンクチュアリなんて渾名がかわいいくらいに絵理愛が傷付いているのが理解できて、俺はどうやって周囲を黙らせられるか必死に策を講じていた。


そうしているうちに、絵理愛のほうが先に手を打った。

「ねぇ、私達今日から付き合わない?それでさ、明日別れよう」

「上手いこと考えたな。それならあいつらに騒がれてもすぐに冷めるだろう」

政略結婚みたいな真似事で納得したのは、お互いに本命ではなかったからだ。絵理愛は会話すらできないバスケ部の奴を見ていたし、俺は絵理愛の姉の玲愛(レイア)さんに惚れていた。後に小里絵にネタばらしされたが、俺が玲愛さんを見るために絵理愛の家に行くのを止めるためでもあったらしい。

大人ぶって、策に走り、高い所に手が届くと思い込み、それでいて、嫌われたくないから先に別れる運命だと定めておく。やっぱり俺達は似ていた。


俺と絵理愛を結びつけたゲームシリーズは、中三を最後に新作を出さなくなった。

別々の高校に進学してからは、多少はやり込み要素のメールをしたが、それも攻略してからはとうとう連絡しなくなった。




高校からはより望みもせずに頼られる人間になっていった。

そして、俺の優しさなるものに惚れた女と交際できた。

当初は永遠なんて口に出し合っていたが、もう、昔の女になった。俺を嫌悪して去っていった。

恐ろしいことに自覚はなかったが、デートレイプが社会問題になってきて、ようやく昔の女への優しさが身体ありきでしかなかったことを知れた。

それからは、盲目になってしまった愚かさを悔やみ、昔の女に同調してこの身体を嫌悪するようになった。


「俺に愛してほしい?じゃあ、いくら用意したの?」

今ではこんな感じ。加害者にならないために、理不尽(ことわりにつくさない)人間を避けるために、人に頼らないし、身体を求めない代わりに、金を払わない相手には頼らせない人間を理想像として生きている。そして今の俺とママみたいな、利と害がはっきり見える関係を好んでいる。




だから、絵理愛に会う行為は俺としてはかなり異常だ。ただ、浮かれているのかと聞かれれば、違うと答えるだろう。昔の女の望みを聞き入れて、生きたまま消えるという、身体にも経済にも最も軽い償いでは、却って死んで消えたくなったからかもしれない。

どうせ罰せられるなら、騙されても納得できる女に騙されたい気持ちもある。きっとそれが、俺を絵理愛に会わせるのだろう。


(でもなんで今更俺なんだ?}

{会いたいって理由じゃ会ってくれないでしょ?だから10万!)

{こっちは初カノの名義貸してやってんだぞ~?)


俺の世代になると、ストーカー規制法が定着している。昔の女を追うのは勿論、片思いも法律で罰せられると教育されているようなものだ。

だから貸金業者に金を借りるために接近する絵理愛のやり方は理に適っている。初カノの名義を振りかざして10万踏み倒すのもな。

俺は絵理愛が理由もなく会いたがっているだけだとは思わなかった。何か目的があるに違いない。


(本業で予定埋まってるから、再来週の日曜はどうだ?}

{おけ!耳揃えて持って来いよ~)

(お前が言うな}


俺は会いたいのではなく、知りたいから会うんだ。なんだかんだ絵理愛と同じ高校に進学していった小里絵のこととか、玲愛さんはどんな人生を歩んでいるのかとか。ストーカーにはなりたくないから、本人達に会う必要はないことを絵理愛から聞くつもりだ。

こう強がっていても、20代が終わった絵理愛の顔には興味がある。太ってはいないだろうが、毛染めくらいはしていそうだ。

ただ、一番知っておきたいのが、10万円必要な理由だ。昔のままならソシャゲに廃課金してそうだ。もしかしたら、俺に似てるくせにうぶなままで、男に騙されて貢いでいるのかもしれない。

すぐに聞けることだったが、客にいきなり理由を聞くのはよろしくない。それに俺もふりじゃなくてリアルに忙しいから、返信しない絵理愛を追うこともしなかった。

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