愛は調味料であり毒であり、尚且つ食材である
透明で縦長の容器に、スライスした苺を敷き詰め、お高さに見合った味のコンビニアイスを詰め込んで、固めに作ったホイップクリームをその上に絞って、縦半分にカットした苺を付け、最後に粉砂糖を振った簡易的な苺パフェ。
目の前には、そわそわと落ち着き無く赤い縁眼鏡を押し上げる崎代くんがいる。
「はい」
長めのスプーンを差し込んで、ホイップクリームと苺をまとめて掬い上げる。
そしてそれを、崎代くんの口元まで持っていけば、珍しく表情筋を引き攣らせた崎代くんが「作ちゃん……」と力無く、ボクを呼ぶ。
ボクは「何」スプーンをそのままに、首を傾ける。
「これは何でしょうか……」
珍しく覇気の無い様子に、ボクは瞬きをした。
「苺パフェ」
「それじゃないんだ。それは見たら分かるんだ」
右手にスプーンを持ち、左手にはパフェの容器を持っていたので、左手を軽く傾けて視線を寄せる。
「MIOちゃん作」と言えば、眉尻を下げて「そ、そう…… 」と曖昧に頷く。
一体何が気に入らないのか、ボクには分からないので、勢いに任せて僅かに開いた口の中にスプーンを突っ込む。
「……」
「美味しい?」
突っ込んで引き抜き、もごもごと咀嚼せざるを得なくなった崎代くんが、咀嚼したそれを飲み込むまで見届けて問う。
小さくも「あ、おいしい」と聞こえたので、気に入ったらしいので問題無し。
「これは誕生日プレゼントらしいよ」
次の分を掬い上げ、再度口元に寄せる。
眉を下げたまま、おずおずと口を開いた崎代くんは、食べて飲み込んで、口の端に付いたホイップクリームを舌で舐めた。
「誕生日プレゼント?」
「うん。MIOちゃんの提案だけど」
「……文ちゃんとオミくんは」
本来なら、MIOちゃん同様に部室に居る二人の名前を出した崎代くんに、嗚呼、と短く相槌を打って、パフェを食べさせながら答える。
「MIOちゃんに連れられてどっか行っちゃったよ。でも、校内にいると思うから、多分、図書室辺りじゃないかな」
コン、と音を立てて容器をテーブルに置く。
テーブルを挟んだ先のソファーに座っている崎代くんは、そちらの方に視線を向けながら「図書室」とオウム返しをした。
ボクはうん、と頷きながら、傍らに置いておいた鞄を引き寄せ、中を覗く。
教科書の多くを教室に置きっ放しにしているので、鞄の中身は少ない。
そこから百円ショップで数枚入りで売ってるクリアファイルを引っ張り出し、その中に収めていた茶封筒を、抜き取る。
その中身を半分だけ出して、はい、と崎代くんに向けて差し出す。
崎代くんは眼鏡の硝子越しにボクを見て、一度瞬きをしてから茶封筒を見た。
手は伸ばさずに「これ……」と目を細める。
「うん、食べ放題のチケット。スイーツも沢山出るから、とっても人気」
「俺も知ってる、けど」
「文ちゃんとオミくんからだよ。二枚ある」
受け取ろうとしないので、ぽい、と投げれば崎代くんの膝の上に不時着した。
崎代くんの視線は自身の膝へ向く。
ボクはチケットを手放して手が空いたので、もう一度パフェの容器を持ち上げて、再度雛の餌やりの気分で崎代くんの口にパフェを一口ずつ捩じ込む。
もふ、とか、むぐ、とか言葉を出せない崎代くんは、必死に咀嚼する。
骨張った手がチケットを持ち、手持ち無沙汰な様子でチケットの端を指先で弾く。
その様子を見ながら、ボクは片目を眇めた。
長いフォークの先を崎代くんへ向けたまま、ピタリと止めてその姿を眺める。
「えっと……」
ボクの手が止まった事で、崎代くんも困惑した様子を見せる。
眼鏡のブリッジを押し上げ、カチャリ、と音を立てた。
「……毒入りだったら死んでるね」
じっ、と崎代くんを見る。
どちらかと言えば、中性的な顔立ちで、格好良いよりも可愛らしいという形容詞が似合う。
影を産む長い睫毛が揺れ、赤とオレンジの混ざり合う瞳に鮮やかにボクが映っていた。
「それは、また、過激な思考で……」
「そう?割と普通じゃない?他人の手で作られたものを、無警戒に他人の手から食べさせられるんだよ」
「その言い方は、悪意があるかな」
動きを止めたままのボクを前に、崎代くんは眉尻を下げて、口角を上げながらも薄く白い歯を見せ、ほんのりと苦味を混ぜた笑みを浮かべる。
「うん。でも、作ちゃんだからなぁ」
そう言って、ボクの手を取る崎代くん。
骨張った手の平が、ボクの手を包んだ事で、自分よりも高い体温を感じる。
肉と骨と、生きている温度だ、と思いながら、ボクはただ静観していた。
腰を浮かせた崎代くんがそのまま首を傾けるようにして、口を開いてスプーンを自分から迎え入れる。
歯並びも良く、白いなぁ、とどうでも良い事を思う。
人の口の中なんて、そうそう見るものでは無いので、珍しいという気持ちが先行していた。
そうして、スプーンを口の中に入れて、スプーンの上のホイップクリームとアイスと苺の混ざったそれだけを口の中に残すと、スプーンを残して咀嚼する。
頬の筋肉が動くのを見ながら、ボクは次の分を掬う。
「作ちゃんだからないと思うし、作ちゃんならいいとも思うよ」
ボクの手を離し、唇を拭う崎代くん。
ねぇ、と笑い、ボクの首元を指差す崎代くんに、ボクは静かに首を竦めた。
新しく編んだ麻縄は、首の肉や骨を圧迫したものの、文ちゃんの鋏によって断ち切られたのだが、その時の痣はが未だ薄らと残っている。
時間経過によって薄まったので、やはり薄らだ。
相も変わらず自殺を試みては失敗し、自殺未遂を繰り返すボクにもすっかり慣れた様子の崎代くんは、大きな反応を見せなくなった。
大騒ぎされるよりは良いとしても、些かの物足りなさを感じる。
その上、パフェを食べさせられる行為にも慣れ始めたようで、アイスが溶けちゃうよ、というような事を良いながら、ひょいぱくひょいぱく胃の中へと収めていく。
「何だか味気無くなったね、崎代くん」
「そう?パフェ、美味しいよ」
「そっちじゃないけど」
最後の一口、崎代くんが完全に口を開くよりも前に、ズドン、と突撃する。
その勢いで、ズルン、とスプーンを抜いて、綺麗に空になった容器へスプーンを放った。
高い音が一つ響く。
「じゃあ、これ」
「うん?……ご馳走様でした」
鞄の中にもう一度手を突っ込んで、中からラッピングされたものを取り出す。
丁寧に両手を合わせている崎代くんの膝に、立ち上がりながら滑らせて置く。
「それはボクからの誕生日プレゼント。『椿姫』だから、読んでよね」
「え?椿?」
「じゃあ、MIOちゃん達呼んでくるね」
疑問符を浮かべる崎代くんの肩を軽く叩き、そう言って図書室へ向かう。
部室の扉を開ける前に振り返れば、ソファーの背凭れ越しに崎代くんもボクを見ていた。
「崎代くん」
「え、なに?」
「誕生日、おめでとう」
ビー玉のように目が丸くなる。
眼鏡の硝子も光り、キラキラと光って見え、片目を眇めるようにして、崎代くんははにかんだ。
ありがとう、と弾んだ声を背に、静かに扉を閉めた。