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愛し娘は何を夢見る?  作者: 夏蜜柑
2/2

街と飴と少女の秘密1

「ここがルプーの街…。」


 小さく呟いた声は喧騒に掻き消された。

 大通りはいくつもの店が立ち並び、店先には様々な商品が置かれ、宝石のように輝いている。それらに見惚れている間にも商品は飛ぶように売れ、店主の側に貨幣が山のように積み重なっていく。この世界の流通貨幣は金で出来ているのか、夕陽に当たって小さな貨幣はキラキラと輝いている。

 少し眺めている間にも、商人、荒くれ者、老婆、少年、でっぷりとした女性、遊び人…多種多様な人間が忙しなく道を急ぐ。


「あの狐の耳は……??」


「あれはねぇ、狐人(きつねびと)族だよ」


「じゃあ、あのトカゲのような人は?」


「リザードじゃないかなあ、両方ともめずらしいねえ。

 うわさどおりこの街はいろんな種族が集まってるね。情報もみつかるかも!」


 時折目の前を通り過ぎる人外に対しても、さして驚きもせず間延びした声で言葉を紡ぐ。どうやらこの世界には人間以外の種族も当たり前にいるらしい。

 しかしこれ程までに多種多様な種族がひしめき合っているというのに、ピオーネのような水兵服の者はいない…まあ、港町でもないし当たり前か。


 一人苦笑していると、何やら服に違和感を感じた。見ると服の裾をぎゅっと握りもじもじと何か言いたげなピオーネが居た。


「どうしたの?ピオーネ…何かしたい事でもあるの?」


 彼女と目線を合わせるようにしゃがむ。暫く黙り込んでいたがやがて躊躇いがちに言葉を紡いだ。


「あ、のね、おかあさん。わたし、街の人から情報あつめにいくから!だから、その……おかし、買って食べてもいい?…だめ?」


「お菓子?」


「ちゃ、ちゃんと無駄づかいしないようにするから!ね、いいでしょ?」


「……仕方ないな、少しだけだよ?

 陽が沈むまでには帰ってきてね」


 そう答えてピオーネの掌に幾らかの貨幣を握らせると、不安げだった藍の瞳がみるみるうちに輝きを増していく。


「うんっ!わたし、がんばって情報あつめてくるね!行ってくる!」


 弾んだ声でそう残すと、あっという間に人混みの中に消えた。


「…………情報って何だよ。」


思わず口をついて出た言葉は誰にも聞こえる事なく空へと溶け込んだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 チェックインを済ませて部屋に入ると、そのままベッドへと倒れ込む。質素ではあるが良いベッドだ―少なくとも俺が使っていた物よりは。

 にしてもこの世界の言語が分からないし困ったもんだ。先程だって主人の言葉をほとんど聞き取れず、危うく最高級の部屋を取る所だった。身振り手振りで理解してもらえて本当に良かった。

 柔らかなベッドに身を横たえつつ、自身に起こった事を振り返る。

 幸せを望んで命を断ったのに目を覚ましたら、異世界?に居るし女になってるし、しかも娘が出来ている。


「本当に笑えねえよな……。まさかこれが幸せに繋がるのか?なんて、はは…。」


 誰に言うでもなく放った冗談は静寂に飲まれて消え、虚しい笑いが部屋に響く。


「そういえば荷物とかちゃんと見てないな……この身体の手掛かりとかあるかも」


 ふと思い至って、放り投げた麻袋を手繰り寄せて紐を解く。

 豚の塩漬け、干した果実、パン、卵、蜜、魚の燻製などの食料や貨幣の入った小袋、色とりどりの石やカビ臭い本などの怪しげな物が綺麗に分けられて袋の中に詰められていた。試しに一冊手に取り、パラパラとページをめくる。


「ここに書いてある文字も読めねえしなあ……ん?なんだこれ?」


 諦めて本を置き別の物を探ろうと視線を移すと、比較的新しい手帳が床にあった。先程の古本から滑り落ちたのだろうか。


「この身体の手帳か?何か手掛かりになるような事書いてありゃいいんだがな。ま、俺には読めねえけど………あれ?」


 何らかの違和感があったのだ。ほんの些細ではあるが重要な『何か』が。違和感を感じた手帳の表紙を見ると…あった。一面に訳の分からぬ言葉や記号の中、たった一つだけよく見慣れた文字列が並んでいた。


「プレ…ア…?」


 その言葉を呟いた刹那、世界は白く染まり――変わった。比喩ではない。上手く言い表せないが、確かに世界が変わったのだ。

 事実、この古本のミミズがのたうち回ったような文字が俺が使っていた言語へと変わっている。外から微かに聞こえる声の意味が分かる。


「…一体どういうことだ?この手帳は一体……??」


「ただいまぁ!おかあさんっ!」


 やや上擦った声が背中に投げかけられ、反射的に手帳の表紙にかけた手を引っ込めて、袋の中に突っ込む。


「お、おかえり。ピオーネ、お菓子は買えた??」


「うん!おかあさんの分もね、かってきたんだよ!えへへ…!」


 嬉しそうな笑顔を浮かべて、ひしと身体に抱きつく。

 彼女の手には丁寧に袋に詰められた星型の飴が握られていた。


「そっか、ありがとうね。

 …にしても、七個も買ってきたの?私とピオーネだけなら二個でいいじゃない」


「皆にもあげたくってかっちゃった!

 これ以外はかってないからいいでしょ?ね!」


 皆とは?と疑問の言葉が喉元まで出かかったが、このくらいの歳の子供は根掘り葉掘り聞かれると嫌がるし、寸前で言葉を飲み込んだ。きっと街で友達が出来たのだろう。その子達に明日プレゼントするために買ったのだ。


「そっかそっか。」


「…あ、わすれてた!ねね、おかあさん!

 いい情報おしえてもらったの!」


 屈託のない笑顔でピオーネはそう告げた。

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