全ての始まり
何も取り柄のない人間だった。
全てにおいて可もなく不可もなし、いくら非凡を求めても平凡な結果になるだけ。
物心ついた頃から誰からも何の評価を貰えず何も無く、ただぼんやりと笑って過ごしていた。社会に出てからは無意味に頭を下げて精神を磨耗し、何の楽しみもなく夜を過ごす。昇格や結婚も無いまま歳を重ねた。
やがて疲弊した精神は必然とレールに敷かれた人生から抜け出す為に救いを求めるようになる。目の前の縄は分かりやすい救いの手。
思えば、本当に何も無い人生だった。平凡極まり無い人生、唯一非凡と言えば今から行う行動か。縄に手を掛けながら苦笑する。
せめて次の人生は幸せな物が良い。麻縄を首に感じ、久方振りの晴れやかな気分で足元の台を蹴った。
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非凡を望んだからだろうか。それは平凡とはひどくかけ離れていた。
遠くで誰かを呼ぶ声がして、混沌の波から意識が戻る。
重い瞼を開ければそこは見覚えがない平原。青い空が世界の端から端まで広がり、草の香を含んだ風が吹き渡っている。
見慣れぬ景色に狼狽え、自身の身体に安心を求めた。
しかし何という事だろうか。
平凡極まりないくたびれた中年男性の身体は、小柄で、凹凸の激しい、ほっそりとして柔らかな――女性に。
「なっ、んで。俺、こんな…そ、うそだ……。」
やっとの事で絞り出した声も聞きなれぬ柔らかなものに変わっている。幾度目を擦り、現実を見ようとするも、映る景色は一向に変わらない。
意図せぬ事態に呆然とし思考も定まらぬ中、『それ』は話しかけてきた。
「やっと起きたぁ。おかあさん、そろそろいこう?」
声の方を徐に振り向くと、青々とした平原とは不釣り合いな水兵服に身を包んだ少女がぼんやりとした微笑みを浮かべている。
「あれ?どうしたの?ピオーネ、なにか悪いことした?」
下の方で分けて結ばれた豊かな銀髪を揺らし、自身をピオーネと名乗る少女は不思議そうに聞く。
「や、…っと、あの、君…は??」
「あははっ、君なんて…いつもピオーネって呼ぶのに。おかあさん変なのー」
ピオーネは質問に対してぼんやりとした笑顔を浮かべ楽しそうに答えると、華奢な身体をこちらに寄せてきた。
「俺……いや、私?はき…ピオーネの母親なの?」
「?プレアおかあさんはわたしのおかあさんだよ?…お昼寝してからおかあさん変だよ?」
「あ…いや、何でもない。大丈夫…よ。ええ」
プレア、それがこの身体の名前らしい。
見慣れぬ世界、見慣れぬ身体…そして自身の娘と名乗る少女。一体何がこの身に起こったのだろう。
ピオーネはまだ納得がいかぬようで不安そうな表情を浮かべている。
「そっかあ…。なにか変だったらすぐに言ってね?…そうそう!そろそろ出発しよ、はやく街に行かないと日がくれちゃう」
「え??…あ、ああ。そうだね、行こうか」
この世界では何が起こるか分からない。自身を守る為にもその街とやらに向かうべきだろう。辺りに散らばっていた荷物を見様見真似で片付けつつ、これからの事に思案を巡らせる。
「準備できたよ、ピオーネ?」
「わたしもできたよ、それじゃあ行こ?
ルプーの街へ!」
俺の手をひしと握るピオーネ。彼女の頬の星型の痣がキラリと煌めいた気がした。




