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第六話 黒き英雄達の反乱

 うちの学校には、パソコン部が運営する蜀蔵高校生のみが利用できる掲示板がある。パソコンでも携帯でも見れると言う、画期的な掲示板である。こういう所に、リア名を使っての誹謗中傷があるとか言うが、何故かこの掲示板に限っては皆平和にお話を楽しんでいる。噂によると、パソ部部長が手を回しているというが、定かではないが、まぁ何より平和が一番である。

 ……しかし、噂の発生源としてはここが一番危険である。一度、たった一度でもいいから、人目に触れるところで異性と並んで歩いていようものなら、即その画像がアップされるのだ。

 だが、恐ろしいのはその先である。

 そのスレッドに書き込まれるのは、全て祝いの言葉である。

 正に祝砲。一時間に五十件の書き込みなんて日常茶飯事。ましてや、先生のスキャンダル写真を握ったものなら、休み時間は皆携帯とにらめっこである。

 俺は書き込みこそしたことが無いものの、そういったものを苦笑いで見ていた記憶がある。

(へぇ……こいつがねぇ……)といった感じで。

 ……分かっている。今の俺がその「こいつ」なんだろう?

 廊下を歩いているときは、誰にも目撃されなかった自信があるが、まさか教室にいるとは思わなかった。しかも大平が。

 奴の目にはどう入ったのだろうか。

 昨日の約束がある。姫翠を俺に紹介してくれっ!というのが、大平の依頼。俺に何のメリットも齎さない上、取引成功確率が尋常でなく低いこの依頼。でも強制受諾なんだな。

 そんでもって、その翌日に俺が姫翠と二人で登校してきた。しかも早朝に、だ。

 ここで問題を反芻してみる。奴の目にどう留まったか。決まってる。

 大平が俺達を見た次の瞬間にした行動。

 激写、である。

 もう駄目だ、とかそういうレベルじゃねえ。

 契約は破棄。俺は社会的に抹殺決定。今、じわじわと甚振られているところである。

 ──今は昼休み。昨日から丸二十四時間経っている訳だが、きっと二十四時間時間を戻しても、光景は変わっていないだろう。……いや、志木がいない。あいつも大平と同胞だ。

 姫翠は俺の目の前でサンドイッチを食べている。昨日と違って視線からは解放されたが、明らかに楽しそうである。俺じゃなく、姫翠が。

 さっきからシャッター音が一分間隔ほどで聞こえる。人生で一度だって、こんな恥ずかしい目に遭った覚えは無い。

「……?どしたの?」

「……」

 姫翠も姫翠で、空気が読めない。シャッター音が聞こえないのか……?シャッター音は、俺の極度の緊張による、幻聴なのか?そうだと良いんだが……。

「あ、そうだ。訊きたいことあったんだ」

 サンドイッチの最後の欠片を飲み込んで、姫翠がそう言った。知らずのうちに、俺は警戒態勢に入る。

「……なんだ」

 俺は牛乳をストローで吸い込みながら、返答した。相変わらず、この牛乳は水っぽい。

「んーっとさ……あっ、真治って呼んで良いかな」

 危うく噴出すところだったぜ。唇の間から漏れそうになった白い液体を強引に重力に従わせる。

「……あ、あぁ…………ご自由にドウゾ……」

「うん、ありがと。それでさ、真治ってさ」

 ……。

「わたしのことどう思う?」

 クラスの全員が聞き耳を立てた音を、俺は聞き逃さなかった。

 俺が顔を動かさず、目だけ動かして確認しただけでも、録音をスタンバイさせた者が三名。ムービーをスタンバイした者が五名。ちなみに、その五名の中には大平も含まれている。……無論、盗撮体勢である。奴等、肖像権云々で訴えてやろうか。

 ……しかし、どうしようか。この状況。

 いやね……どう思うって、漠然とし過ぎやしないか? 具体的にどう答えてほしいとか、……。

 混乱しているのが良く分かる。

 誰が知ってる、この状況をまぁるく収める方法を。

 俺なら分かる、知ってるという奴が言う言葉。

『そんなの、無い!』 

 俺の中で何かが砕けた。正確に言うと、開き直った。何かが崩れた。すらすらと、何を言うべきか頭の中に流れ込んでくる。羞恥心を忘れた人間は、ここまでも強くなれる。

「?」

 姫翠が小首を傾げた。

 もはや覚悟はついた。この身を滅ぼす覚悟が……。

 俺は姫翠と真正面に向き合って、口を開いた!

「……俺は」

「キャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 悲鳴。複数の悲鳴が折り重なり、天罰といわんばかりに校舎に木霊する。

 俺の顛末に興味を示していたやつらも、そちらに興味の矛先を変更して、われ先にと教室内から出て行った。教室内には、俺と姫翠だけになる。

「なんだ……?」

「なんか面白そうだね。行ってみようよ」

 本当に面白げな姫翠。

「……あぁ」

 結局、こういう質問の回答って誰の耳に入ることなく、おじゃんになるんだよな……。


 悲鳴の原因は、すぐに分かった。

 ゴキブリである。黒いボディに、小さい体。無数の足と一対の触覚を持つ、人類で最も愛されている、迷惑な蟲である。

 そして、そんなゴキブリには、この高校特有の呼び方がある。その名も「傘霧」。

 由来は、生物部部長の傘霧(かさぎり)から取られているらしい。取られているというよりは、直球なのだが。噂によると、傘霧は生物部部室で大量の蟲を飼っているとか。迷惑とかそういう次元を超えている。そういう奴って本当にいるんだな。まぁ、ゴキちゃんにそういう仇名がついているところから、多分真実なんだろうけど。

 さて、何故原因がわかったか、というと。だ。

 さっき、俺の足元をつつつーと通り抜けていったからだ。黒い楕円の影が。

 俺は躊躇いもなく、その影に足を振り下ろす。ぐちゃっと、吐き気を伴うグロテスクな音と共に、ゴキブリは動かなくなった。足をどかすと、ゴキブリを中心として、変な液体が飛び散っている。

 よく、屋根裏を掃除していると、こいつと遭遇する。だから、もう慣れっこなのだ。もはや、隣近所のおじさんおばさん並に顔なじみである。……まぁ、あっちは俺の顔を覚えていないだろうし、覚える暇も無いだろうが。

「ご、ゴキブリ?」

 しかし、意外にも姫翠はそれをみても平然としていた。それが何なのか分かってないのか、とも思ったがそうでもないようだ。俺が言わなくても、その名を当てたから。

 しかし……俺が一匹潰したのに、まだ騒ぎが収まらないとはどういうことだ。まだ出現してるのか?

 とりあえず、一番騒ぎ声が大きいところへ行ってみることにした。

 A校舎の二階廊下。ここが一番人だかりも騒音も酷い。

 俺は近くに居る適当な奴の肩を叩いた。

「何が起きてんだ?」

「あ、あなたは、あの有名な…………あ、えと、ゴキブリが大量発生したみたいです」

「そうか、すまない」

 ……こいつ。やっぱり、あの掲示板の影響力というか、伝染力は兵器としても応用できるようだ。こいつ、一年じゃないか。何で、俺の顔知ってるんだよ……。

「どうしたって?」

「うぉお!おまっ」

 戻ろうとした俺に、姫翠が声を掛けた。途中、見失っていたのだが、人ごみに紛れて腕を掴まれるとは思いもしなかった。

 俺はとりあえず、姫翠をつれて、人気の無い一階下駄箱へ。途中で一匹ゴキブリを踏み潰したが、あんなの殺ったって焼け石に水だろうな。

「ゴキブリの大反乱だとさ。どうせ生物部の差し金だろうな」

「大反乱?一杯いるの?」

「え?あぁ……まぁ……」

 何でこいつこんな目を輝かせてるんだ……?まさかの殺戮狂じゃあるまいな?

 姫翠は、得意げに制服の懐に手を突っ込んで、木製と見られる茶色い棒を取り出した。

 棒?……否、木刀である。時代劇でよく見る刀を、そのまま木製にしたような形。刃身には、「聖剣・えくすかりばー」と書かれた白い紙が貼ってある。……聖剣ねぇ。

「多分、誄羅も参戦してるだろうからねっ!真治も一緒にやろっ!」

 その目は燦然と輝いている。熱血野球少年の甲子園決勝試合の前の戦慄時の瞳に似ている。

「はぁ?なんで俺が……」

 というか、木刀でゴキブリを叩ききるなんてムチャだ。俺だって、新聞紙を丸めたのをクリティカルヒットさせたのは一度だけなんだぞ。あのね、あれ、当たんない。ゴキ●ェットで潰した方が絶対に速い。……まぁ俺は足で潰してたけど。

「なんか、手練れぽかったもん。あの足の振り下ろし方といい、命中率といいさ。百パーセントだったよ、命中率」

「そ、そりゃ、片足もげてたからな」

「えぇ……じゃあ一緒に言ってくれないの……?」

 姫翠は心外そうに、顎を引き、上目遣いで俺を見つめた。こ、これが女の武器ってやつかっ。予想以上に威力が高いんだが、どうすればいいよ?

「……仕方ねえな……」

 これが模範だろうよ。


「傘霧一匹そっち行ったぞ!」

「よっしゃ、一匹潰した!」

「こっちにいるよ!モップモップ!」

「うわぁあああ!飛んだぁぁああ!助けてぇぇええ!」

 廊下は正に阿鼻叫喚、大反乱である。ゴキブリの発生規模は、壁に<RUBY>凭<RP>(</RP><RT>もた</RT><RP>)</RP></RUBY>れようものなら、十秒ほどでかさかさっと服の中から聞こえてくるくらいである。皆昼休みだというのも忘れて、ゴキブリ駆除に大忙しである。

 さて、そこに威勢良く佇む小柄な影がある。

「……戦場だねー」

 姫翠である。脇差しの構えで、木刀……えくすかりばーを握り締めている。俺はその後ろに呆然と突っ立ているだけ。……なんかいきなりテンション上がるもんだからな。

 普通に突っ立ていると、靴の中にゴキブリが潜り込んでくる可能性が高いので、ずっとこうしているわけにはいかない。のだが……こいつ、何度いってもきかないのだ。さっきから、ずっとこうして佇んでいるだけ。

 しかし、何故だかゴキブリはよってこない。結界があるかのように、綺麗にゴキブリは俺達に寄ってこない。動物的本能で、何か危険を察知でもしているのだろうか……。

 やがて、その綺麗に空白ができているスペースに一匹の傘霧が紛れ込んだ。

 刹那。ヒュっと、風を薙ぐ音。ぺちゃっとゴキブリが潰れる音。そして──

「ぐぼぁぁあっ!」

 腹に鈍い衝撃。そして、激痛。……腹の底が重くなったような不快感。食道にさっき食べた購買部のメロンパンがせりあがってくる。

「あっ、ごめんっ!」

 俺の腹に深く食い込んでいるのは『聖』剣、えくすかりばー。そして、その柄を握っているのは・・…もちろん、姫翠である。

「あ、あ、……ご、ごめん……大丈夫?」

 姫翠はわたわたと慌てた様子で、俺の傍らについた。シャンプーのいい香りが、風に乗ってやってきた。

「あ……あぁ……これくらいなら……」 

 だが……正直無理ぽい。

 俺はがっくりと、膝を廊下の床につく。

「背中さすった方がいいかな……?」

「せ、背中は……か、関係無……」

 一言喋るたびに、不快感が増す。こいつ……どんな剣技を持っていやがるんだ?

「わ……どうしよう……死んじゃったらどうしよう……」

 冗談に聞こえない……、俺、マジ急逝しそうだ……。

 そこで、俺はようやく気が付いた。この瀕死の状況で、気づいたのは正に奇跡と言っても良いだろう。

 取り巻きの様子がおかしい。

「噂どおりだな……」

 そんな声がひそひそとした声の中から聞こえた。

「お、おいっ」

 これは危険だ。

「ぇ?どうしたの?」

「お、俺は大丈夫だから……さ、先にほ、他を回ってくれ」

 そう言うと、姫翠は泣き出しそうな顔になった。

「えぇ……やだよう……」

 そして、がしっと俺の手を握ってきたっ。な、なんて事を……

「全然大丈夫じゃないじゃん!手、冷たいじゃん!」

 そ、それは廊下の床が冷たくなってて、それに長時間手を当てていたからで……。

 ──手、体温、白い、小さい、ほんのりとした……

 俺の手の中に?

 心臓が鼓動が、何もしなくても感じられるようになってきた。体が心なしか熱くなってくる。

 今まで当然の様に接して着たが、お互い知り合ってまだ二日目なのだ。あっちが勝手に接近してきているだけで、俺にまだ免役ができていないの……だ。

 理由が不純とはいえ、この状況、俺にとってはハード過ぎた。

「ん……た、多分……い、一時的な衝撃でこうなってるだけだ……だから……大丈夫だ……って」

 俺は、この体温の上昇を利用させてもらうことにした。誰も損をしないのに、利用しない手は無い。

「ほ、ほんとに?」

「あ、あぁ!ほんとだ!……だ、だから、安心して……」

 ……言葉が紡げなくなった。

 一気に姫翠の顔が俺に急接近してきたのだ。少しでも頭を動かしてみようものなら、恐らくごっつんこするくらいの距離。

「……死んだら駄目だからね」

 ゼロ距離で、そう言ったあと、姫翠はぱっと離れると走って行ってしまった。

「し、死ねるわけねえだろうが……」

 しかも、別れ際の言葉にしては、俺に対しての気遣いが無さすぎるような気がするんだが。これ、死亡フラグっていうんじゃんか。

 ……やがて、俺はある過ちを犯したことに気が付いた。二つの意味で。

 一つは、無論、取り巻きの視線である。

「青春だなぁ」とか「羨ましい」とかそういう声があがっているが……顔から火が出るとはこのことである。

 そして二つ。実のところ、こっちのほうが厄介である。

 行動不能──腹部の不快感はヤマを越したものの、まだ健全な状態に至るまで回復していない。つまるところ、動けないのである。

 それを知って知らずか、わさわさとゴキブリが集まってきていた。彼らに悪気はないのだろうが……やっぱり……気持ち悪い。

 ……やむを得ない。

「ちょ……お前ら!仕事しろっ!」

 俺の一喝で、やつらはようやく自分の任務を思い出したか、ゴキブリ駆除を再開した。



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