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第四話 跳び蹴りの味はいかが?

 放課後。俺の心境は渦巻いていた。

 リンチか?それとも脅迫か?それとも……うわぁ……いやだいやだ。

 気が重い。この状況で気が軽い奴なんて居たら、笑顔でスコップで頭を殴って墓地に放り込んでいるだろう。そんな心境である。

 結局その後も、ホームルーム終了まで視線は釘付けだった。俺の背中は血だらけとかそういう問題じゃない。原型をとどめていない。

 桜がひらひらと舞い、校門前のアスファルトを埋め尽くしている。全て桜が散り終わるまでこうして放置しておいて、全部散ったら一気に片付ける、という掃除の仕方をしているらしい。汚いものを見て放って置けない性格ではあるが、ここまで範囲が広がると、別になんとも思えなくなってくる。

 体育倉庫の裏というのは、体育館とプールに囲まれた死角領域であり、屋上から覗いても見えないという、そういったダーティーな取引をするのにはうってつけの場所。

 だから……ね。怖い。

 だったらのこのこといわれた通りに来てんじゃねえ、と突っ込んでくれ。来てしまった俺を嘲笑ってくれ。

 体育倉庫の裏は、他の場所と違って桜の花びらは散らばっていない。それもそうだ、自然と無縁な空間なんだからな。あるのはコンクリートの地面と、無骨な体育倉庫の壁だけ。

 あと、強いて言うならあそこで待ってる奴ら。

 あの構え方、というか陣形でいうと、俺がこのまま歩いていったらフルボッコにされそうな雰囲気である。真中の奴が腕組をしていて、サイドに仕えてるやつがなんかの武器をもって立っている。

 や、明らかにこれは殺られる。

 だが、もう戻れない。見つかった。大平の口元が緩んだからだ。

「……なんだ話って」

 大人しくそいつらの目の前まで歩いていって、勤めて平静にそう言った。まぁ、この構図を見て穏便に済むような話題ではないのは確かなのだが。

「分かってるんだろう?」

 大平が言った。

 大平はボクシングをしているらしく、体は異常なくらいゴツイ。顔にも額から鼻につーっと、傷跡の様なものがはしっている。身長は百八十を軽く越しているだろう。ワックスかなんか使っているように髪は超ツンツンになっているくせに、色は純粋な黒。本人曰く天然らしいが誰も信じていない。

 一応、不良ではないのだが見かけは普通に不良である。

「……ん、ぶっちゃけ分からん」

 一パーセントの本音。

「……本当か?」

 怪訝そうに大平が眉を顰める。

「あぁ、本当だ。何だ、話って」

「…………まぁいい。いきなり本題から入るがな、あの転校生居るだろ?」

 本題も何も核心じゃねえか。いきなりというかダイレクトである。

「あ、あぁ……」

「知り合いか」

 違うっての。お前志木から報告受けたんじゃなかったのかよ。

「違う。マジで、今日初対面ですが」

「じゃああの昼休みのほのぼのとした光景は何だったんだ」

 全然ほのぼのしてねえ、むしろ剣呑だったし、その雰囲気を作り出したのはお前らじゃねえか。

「知るか。あっちから勝手に」

「初対面の奴と一緒にメシ食う奴が普通居るか?しかも異性だぜ?」

 こっちが聞きたいんだが……。つか、お前なら普通にやりそうだがな。

「こっちが聞きたい」

 ちなみに、あんまりしつこいんで、帰り際(俺にとってはここに来る前)に一回訊いてみた。何ジロジロ見てんだ、と。

「……なんでも」

 と、それだけ返答が返ってきた。

 俺は首を傾げる。この質問を使うのは二回目だ。

「本っ当に不可解なんだよ。別に俺はそこまで良い顔持ってるわけでもないだろ?」

「確かにな。一目惚れ、は難しいだろうな」

 自覚はしているが、きっぱり言われると少し傷つくな……得にこいつが言うと。

「んで、話はそんだけか?」

 意外にも穏便に済みそうな方向に向かっているようだ。終了の兆が見えたので、俺はそう訊いてみた。

「いや、話はこれからだ」

 本題じゃなかったじゃねえか。

「これは俺の沽券に関わることなんだがな。お前に頼めるか」

 ……あぁ……予想がついた。こいつの噂からして推測できたはずだ。

「……お前の良い噂を流せ、と?」

「違う。俺と付き合え、て」

 酷いな、それ。強制かよ。いくらなんでもそれはキツイだろうが。可哀想だ。

「マジで?」

「あぁ、大マジだ」

 大平の顔は真剣そのもの。さながら獲物を見つけたライオン(♀)である。

「………………」

 万が一、いやな顔をされたら俺が殺される(社会的に)。良い顔をしたとしても、俺は大ダメージ(名誉的に)である。メリットが何一つない。不利と理不尽の和を二乗したような取引である。

「…………」

 大平も俺の顔を見据えている。

 ……仕方ない。ここは鞭で脅して逃げるとするか。

「大平」

「なんだ」

「あの髪の毛変だね、って柳瀬が言ってたぞ」

「な………?」

 大平の表情が凍った。

「ほ、本当か……それ……」

「あぁ、マジさ。ここだけの話だが……」

 そこで俺は開いていた口を止めた。

 この場に残っているのは、呆然として首を後ろに捻っているサイドに仕えていた暇人×四と、俺だけである。大平は、俺のそれを聞いて消えた。

 肩から力が抜けた。ここまで効果てきめんだとは思わなかった……。


 忘れ物をした。鞄だ。鞄を教室に忘れた。とほほ。

 あれだけ薄い会話だったのにも関わらず、意外と時間を喰ったらしく、既に橙色の光が廊下を染めている。俺の足音だけが虚しく響いている。

 がらら、と一枚戸をスライドさせて教室内に侵入。俺の机のサイドから鞄を回収すると、すぐさま出入り口に一直線。

 廊下を歩いていると、欠伸が漏れた。昨日はそこまで寝れなかったからな。今日はゆっくり寝かせてもらうとしよう。

 昨日(今日か)の夜中に買いにいかせたもので、それだけ器用に欠落していた主食の米を買いに行くようにきつく言ってある。どうやら今日の夕食は安泰そうである。

 階段に差し掛かったところで、ダダダダダダダッ!と、どっかから重い足音が突然聞こえてきた。俺は足を止めて周囲を見渡す。

 背筋にぞわりと鳥肌が立った。なんだ、この不吉中の不吉な、地獄の番人が刻むような足音のリズムは……。

 階段の上から聞こえてくる。俺の足音よりも遥かに重い音だ。──人間じゃないのか?

 命の危険を感じて、俺は階段を飛び降りるように下り、駆け出した。身も蓋も無いいいかたをすれば、逃げ出したのである。ホラー映画とかでも、こんな状況が出てくることが多々あるものの、ここまで怖いものだとは思わなかった……。得体が知れない分、さらに怖い。

 しかし、まだ日は沈んでいない。まだ夕方なのだ。まだ学校に教師はおろか、生徒ですら残っている。そんな状況下で、そんな怪奇が起こるはずが……

 俺はそんな風に色々と考えながら、その足音から逃げていたが……ふいに足音が消えた。

 ……俺はそのまま逃げ出すべきだったんだろうが、つい好奇心に誘われて来た道を辿り始めた。ホラー映画とかも、こういう状況になったら、主人公とかはこうやってどうなったのか確かめようと、戻るよな。馬鹿だな、死にたいの?と思ってみていた俺も、いまこの状況でその気持ちを理解できた。これは感謝すべきなのか?

 そろそろと、来た道を戻り、とある角を曲がったところで、それは訪れた。

 顔に……あ、白い物体が……高速で……飛んできやがった!

「ぐぁぁぁあああっっ!」

 クリーンヒット。とてつもなく鈍い一撃で、脳が揺れるのが分かった。昏倒する俺。廊下はひんやりとしていて気持ちがいいが、そんな感慨に耽っている余裕は無い。

 俺はそのまま廊下を転がって、顔にのしかかってくる鈍い痛みに悶え苦しむばかり。言葉に出来ないくらい痛い。

「あれ。人だったね」

 そんな俺の耳が、とんでもなく無礼な言葉を捉えたような気がするが、気のせいだったのだろうか。

「……左様ですか」

 それから、また残念がるような声が聞こえてくる。さりげなく人権を否定されたような気がするのは気のせいだろうか。

 俺は顔の痛みに表情をひどく歪めて顔をあげ、その声の主たちを確認しようとした。

 しかし、そこに居たのは思っても見なかった人物+α。

「あ……」

「…………あれ?」

 一人は、柳瀬姫翠だった。制服を少し乱して、俺の近くで驚いたような顔をしている。……いや、驚いたのはこっちも同じなんだが。

 もう一人は見ない顔の男子生徒。上履きからして、同じ学年らしいが、こんな奴は知らない。

 爽やかなイメージの顔に、癖の全く無い髪。姫翠と並ぶと、正にルビーとサファイア、という感じである。しかも、制服をきっちりと着こなしているくせに、全く違和感が無い。文句無しの美麗である。

 姫翠は俺の顔をみると、はっとして駆け寄ってきた。

「わ、ご、ごめん」

「……げほっ……うぇ、なんか口の中がまず……」

 俺は呪詛の様にそう呟いてから、よろよろと立ち上がった。何か、口の中がざらついている。泥のような、そんなような……?

「……もしかして顔に当たっちゃったかな?」

「顔に……当たった」

 何が当たったのか、よく分からなかったが、とりあえず堅くて固くて硬くて凹凸があり、それなりの速度と威力があったことは確かだ。これ殺人できるんじゃないか……

「わぁぁぁ……痛かった?」

「……そりゃ……」

 ふいと視線を逸らしてしまう。

 そりゃぁそうだ……あの大平が一目惚れするほどの美貌の持ち主が、俺の目の前で心配げな評定してる。さっきああ言ったばかりなのに、こんなことしてていいのか?もはや、何でもない、という言い訳は通用しなくなってしまった。

「な、何してんだ……んなとこで……」

 まだひりひりと痛む顔をさすりながら訊く。実のところ、さすっているのは表情を隠すためである。

「え?……校内見学」

 姫翠はつーっと、視線をそらした。視線の先には鰯雲。

「…………本当に?」

 じとりと目を細めて訊くと、更に視線の角度が際どくなる。不自然とかそういう領域ではなく、既に胸中を曝け出してしまっている。嘘が苦手らしい。読心術を心得てない俺にですら分かる。

「…………」

「…………」

 沈黙が場を支配し始めた。ふざけるな。俺の心臓が過労でエンストを起こしそうじゃねえか。

「…………ごめん」

 自分の鼓動がしっかりと自分の耳で聞き取れるようになったころ、姫翠がそう言って沈黙を裂いた。俺は肩から力を抜いて、脱力。

 ……少し距離をおかないと、俺の心臓がマジでオーバーヒートしそうなので、気づかれない程度に一歩後退した。放課後の校舎に、俺と彼女ともう一人だけというシチュエーションが、俺のそういう敏感なところを刺激しているようだ。意識が遠のきそう。

「うーんとね……今の……顔に当てたの……」

 そんなスキー靴をどっちから履くか、くらいどうでもいいことを考えていた俺だが、姫翠が恥ずかしげに口を開いたのを見て、思考停止する。鼓膜を通じてはいって来た情報を処理するだけの思考はストップさせないがな。

「……私の靴の底……」

「靴の底?」

 姫翠はこくんと頷いた。

 ──靴の底……ってのは、あれだ。あれ。今、立っている状態で唯一廊下と接している部分であって、通常人の顔に当たることは決してないはずだ。

「嘘付け」

 俺の口から出たのはそんな結論。

 当然だ。確かに、口の中にある苦味だとか、あの変な凸凹といい、あの衝突時の衝撃といい、正にそうなんだが。

 姫翠の靴は姫翠の足にきちんとはまってるんだ。

 そういった物的証拠から、そう推測し結論を下し、そう発言した次第である。

 しかし、彼女はふるふると首を振った。

「ほ、本当だって」

「……いや、俺だって信じたいがな……」

 何言ってんだ、俺。目の前に聳え立つ大きな事実が、真実を語りかけているではないか。

 俺は言葉に窮して、ぱっと頭に思い浮かんだものをそのまま言葉として吐き出す。

「嘘じゃないとなるとだぞ。……お前は、その靴底で俺の顔を張り飛ばしたことになる」

「うん」

 否定しないのか。

「……と、いうことは……跳び蹴りでもしたことになるが」

 ぱっと姫翠の顔が、詰んだジグソーパズルでようやくはまるものを見つけたときの様に、輝いた。

「そ、そう。跳び蹴り……」

「……嘘だろ?」

 嘘だろ。柳瀬家のお嬢様だぜ? 制服で跳び蹴りして、人様の顔に靴底をぶち当てるなんて、下品な真似はしませんよね。

 普通は。

「う、嘘じゃないもん。ねぇ、誄羅?」

 追い詰められたらしい姫翠は、咄嗟に後ろで興味なさげ、というか会話が終わるのを待っているかのように窓の外を眺めている男子生徒にそう声を掛けた。俺はこいつの存在を思い出して、少しバツが悪くなった。

 誄羅(るいら)と呼ばれたそいつは、ゆっくりと窓から視線を外し、俺に視線を固定する。

「姫様は嘘はつかない」

 どこか引っ掛かる言い方だったが、突っ込むまもなく姫翠が声を張り上げる。

「でしょ、ほら、ね、ね?ほんとでしょ!」

 何で嬉しそうなんだか。こいつが証明しているのは、自分が相手を確認せずに顔に跳び蹴りをかます非人間であるということであって……

「わ、分かった、分かった。そんで?」

「そんで?」

 姫翠は首を傾げた。

「そんで?じゃねえっ!なんでいきなり蹴ってきたんだよっ!」

 いきつく論点はそれ以外あるまい。

「え…………鼠かと思った」

「鼠ってな……」

 さぞ大きい鼠だろうな……。

「獣の臭いもしたし、まず間違いないと思ったんだけどな……」

 そこで誄羅が独り言の様に呟いた。

「獣? 俺から?」

「あぁ」

 何で俺から獣の臭いがするんだよ。俺、別にそんな野蛮なものに絡まれた記憶はないし。

 しかし、こいつ……なんでそんなに鼻が効くんだ?

「ん、これ鹿の臭いじゃないの?」

 姫翠がふいにそう言った。

「鹿?」

「……確かに鹿ですね。流石姫様、鼻が利く」

 どう受けても褒め言葉に聞こえないのに、姫翠は嬉しそうに顔を緩めた。

 俺は制服の肩のあたりを抓んで嗅いでみたが、そんな臭いは全くしない。……これは鼻が利くとかそれ以前の問題だと思うんだが。人間業じゃない。……鹿といわれて思い出したが、今朝鹿と遭遇してたな、俺。確か、あの異臭を漂わせておいたのは一瞬だったはずなんだが……

 しかし、なんだ、こいつら。めちゃくちゃ仲が良さそうじゃないか。良さそうというか、普通に良いし。嫉妬とか、そんなおめでたい感情ではなく、好奇心だが。

「なぁ…………っておい!」

 気がつけば、俺そっちのけで二人は会話を弾ませながら、帰路についていた。え、マジで……この扱いは酷すぎるだろうが!

 俺は追いかけようとして、それからすぐ足を止めた。なんだか、彼女に関する重大なことを忘れているような気がする。

「…………大平か……」

 明日後ろから、肩を叩いてやるか。


書いた時間が長すぎた所為か、初期と終盤とで、大きくその文の調子が違っていますが、それはきっと仕様です。じゃ直せよ、と思った方、それは怠惰です。orz

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