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第二十話 失敗からスタートへ

 相変わらず警戒心の欠片も何も無い。

 俺が校舎の裏に赴く旨を伝えると、詳細を一切訊きもせずに、「先帰ってて!」だもんな。あれならいつ誘拐されたっておかしくないな。

 先帰っててと言ってもなぁ。ストーカー云々の事情もあるからな。俺が勝手にこう判断してはマズいんじゃないか、ということに気を配ってやって誄羅にメールでどうするかを訊ねる節のメールをやった。あいつもあいつで、一人でやりたいだろうし俺も積極的にそういうことに首を突っ込みたいとは思わないんで、とりあえず帰っていいなら返信、待った方がいいのであれば十分間だけ待つから返信はしない、と書いておいた。朝の姫翠との会話で携帯をトイレに落としたという可能性があるのを忘れていて、十分返信が来なかったら帰る、というほうにしておいた方がよかったか、と後悔したが全ては後の祭り。送りなおす気にもなれないし、どうせ帰っても暇だし、それに奴との寝床は一緒なのだからここで待っていても言いだろう、というチキンな思考で帰らずに待っているわけである。

 帰る生徒は全て帰って帰りきって、閑散とした昇降口で、一人佇んでるのも皮肉な意味で「をかし」だな。というか、アレから大分経つが、姫翠も姫翠で全く来る気配が無い。今なら分かる、やってこそいないものの、もし今年の年始におみくじをやっていたら小吉だったと、な。待ち人の欄はもちろん、「来ぬ」だろう。ん、美里の件があるが、あれは待つというよりは、あっちから来た、という感じだな。別に待ってたわけじゃないからな。

 と、他愛も無い思考で遊んでいると、携帯が揺れた。あれからまだ五分。ディスプレイを確認すると、あいつからだった。『了解』、とだけある。あいつにしては、返信は遅いほうだ。

 とりあえず、返事が来たのでさっさと帰らせてもらうとする。靴のつま先を地面に叩きつけて、とんずらを開始した。


 ──尾けられてるな、と思ったら、もう遅いと思った方がいい。

 誰かがそんなことを言っていたような気がする。いまいちピンと来ないんだが、どうなんだろうな。相手がただ単に尾行が下手くそだったら、そんなことは無いだろう。あながち、犯罪者とかそういう立場の人間が言った言葉なのかも知れんな。

 で、俺は犯罪者じゃないんだが。

 いわゆる両親が家出して唯一舞い戻ってきた姉も今どっかに出張に行っている、寧ろ可哀想な立場に置かれている高校生男子だ。今は居候が居るが、直立ち去る。別に監禁している訳でもないし、今は家に居ない筈。

 そんな俺が、何故追いかけられてるんだ。まさか追っかけじゃあるまい。居たとしたら、ド変態だろうな。

 ……だが、なんとなく分かったような気がする。さっき店のガラス張りのショーケースで確認したら、俺の後を付いてきていたのは、昨日高速で俺達の横を抜けていった国産中古車だった。

 ──分からん。こいつらが何をしたいのか、さっぱり分からん。読めない。もっと姫翠みたいに単純であってくれ。そうすれば、この世に落伍者は現れないんじゃないか?

 俺はふと周囲を見渡してみた。いつもと同じ通学路。

 いつもと同じく人が居ない。背中に悪寒が駆け抜けた。

 慄く俺の傍を、国産車が抜けていった。そして、前方三メートル辺りで停まる。そして、運転席のドアが開いた。

 そして、覆面男が現れた。……覆面男だ。それ以外に何の説明をしろというんだ。そうだ、いわゆるショッカーとかいうのと同じ類のものだ。

 そいつの手の中には銃……っぽいもの。いや、この一般常識で考えるに、それはモデルガンだろうな。電池式のフルオートの物だかポンプ式の物だか知らんが、とりあえず先の尖った鉛弾は入っていないだろうし、入っていたとしてもそれが火薬の爆発によって生まれたエネルギーをバネにして発射されるだなんてことは……ねぇ……?

「本物だ」

 知るか。変態が。近づいてくるんじゃねえ。

 茫然と、というか、呆る余り立ちすくむ俺のもとまで奴は銃を構えたまま歩み寄ってくる。どうも、こう、こういうシーンの時に周囲に人が居ないのかね。居たとしても、こいつの活動の抑制に繋がるかどうかは不明瞭だが。

「乗れ」

 ……なんなんだ、こいつは。こんなんで易々と乗ると思ってんのか? というか、何に乗るかくらい指図して欲しいもんだぜ。ちょいと金は掛かるがタクシーを拾って乗っていったっていいのか。そんなら苦労はしないわな。

 しかしまぁ、それはいくらなんでも、という訳で、そいつは後部座席のドアを開いた。相変わらずオモチャ銃はその手の中に顕在している。

「……あの……何ですか?」

 あまりに自分中心にことを進めるがために、俺が訊ねることができたのはこの程度の言葉。敬語なだけマシだと思え。

「本物だ。乗れ」

 だが、こいつの応答はそれだけ。あんたの日本語の語彙は、「本物だ」と「乗れ」しかないのか?

 うんざりした。こんな奴がよく何人からも金を巻き上げられたよな……と思う。引っ掛かった奴らには悪いが、こいつに連行されるのは人生という巻物に墨で染みをつけるようなもんだ。

「……はぁ……」

 俺はスルーを決めた。多分こいつは偽者だ。その、恐喝とかいろいろやってるストーカーとは別物だな。辛辣すぎる。杜撰すぎる。嘗めてるのか。人間を。

 ──そんな風に思えたのは、首に冷たいものを背後から押し付けられるまでだったようだ。そりゃぁな、幾ら何でもこんな不自然すぎるこいつの単純な手に掛かる奴なんて居ないよな……。

 そりゃぁ、陽動だよな。普通に考えて。常識的に考えて。

 挟み撃ちだよな。

 電流が体に迸った。視界が弾けて体の自由が拘束される。無論、肢体が動かないので俺の体はあっけなく崩れ落ちる……と思ったが、その後ろからスタンガンを押し付けていた奴が支えたようだ。

 そのまま俺の意識はシャットダウン。ざわめいている全ての細胞が鎮まるまで、俺の意識は棺の中に収まる羽目となった。


 呼ばれて何かと思ったら、また告白みたい。散々迷った挙句、漸くたどり着いた校舎裏で待っていたのは同じクラスの緑川君だった。

 ──また好きな人が居る、って言って断る?

 好きな人が居る、というのは嘘じゃない。嘘じゃないけど──近藤君が言っていたように、それでは私に意中の人が居る、という噂がすぐに校内に蔓延しちゃう。それでも素直に好きではない、といってしまっても、相手は傷ついてしまう。

 だから、好きな人が居る、っていう口実は、一番平和な解決方法。嘘ではなく、本当のこと。なのに、これを使う度に、本当の意中の人が遠のいていくような感じがする。本当のことを言って、近づこうとしているのに、その本当の事が私だけが抱いている虚言になってしまうようで……。

「なぁに?話って」

 装っているつもりはないんだけど、素でこんな調子になってしまう。彼はしどろもどろしつつも、私の目を真っ向から捉えて、言い放った。

「ずっと気になっていは居たけど、貴女の好きですっ!付き合ってくださいっ!」

「…………ご、ごめんね。私、好きな人がいるから」

 胸が熱くなる。最初の頃は、気軽に使っていたのに。、今では言うたびに胸が締め付けられる。

「そ、そうか……」

 緑川君は露骨にがっかりしたように肩を落とした。私は慌てて言葉をかける。

「う、うん、ご、ごめんね……」

「いいや、いいさ。ん、言いたいこと言えてスッキリした。溜飲が下りた気分だ。俺、こういうの貯めとくの好きじゃないんだよな」

 そう言って、緑川君は苦笑いして頭を掻いた。

 前向きだ。私は想ってばかりで自分から動こうとしない──動こうとしても、動かない。動けない。自分に甘えてる。自分でも痛感している筈なのに……。

 思い返してみれば、私に想いをぶつけてきた人たちは、皆自分で動いてきてる。──それがどれくらい勇気を必要とすることか、私は痛いほど分かる。それでも決心して、私の許にやってきたのを、私は表面上の口実で退いてきた。表面上の理由で……逃げてきた。

「もしかして、なんか悩んでたりするんか?」

「え?」

 唐突に緑川君が話し掛けてきた。慌てて表情を取り繕って訊き返す。

「なーんか最近元気がないって言うかさ。消沈気味だよなぁーって思うんだけどさ。なんかあったんか?」

「え、そ、そんなことないよ」

「ふぅん。まぁ俺にそんなことは干渉する権利なんて無いんだろうけどな……。ん、もしかして、その好きな人関連だったりしたりするんか?」

 う、うーん……流石に分かっちゃうよね。

「………う、うん……」

 出来る限り語尾を濁して視線を逸らして答える。

「へー……やっぱり恋煩いってのは誰もがするんだな。俺はちょいと安心した」

「……」

「やっぱりそういうときは、何から何までぶちまけるのが一番だなぁ。俺の場合。……まぁ、俺みたいな単純な脳ではないと思うけどな。ははっ…………って、どうしたよ?」

 分かった、もうそれしかない。うん。解ったよ。

 私は困惑の色を露にする緑川君の手をガシっと掴んで胸の高さまで引き寄せた。

「あ、ありがとっ!」

「へ……へぁ?」

 迷いはもう宇宙の遥か彼方に消えた。

 お礼だけ言ってすぐにその場からダッシュで退場して、校門へと向かう。んん、とにかく一秒でも早く、という思いだけが強かったから。

 と、そこで携帯が鳴った。慌ててじたばたしていた脚を停めて、鞄から携帯を取り出す。もう誤五時を過ぎている。んー、随分迷ってたな……。

 誄羅からの電話。

「──あっ、もしもし?」

「っ──姫様、彼が何処にいるか分かりますか?」

「え……? 先帰ってもらったよ?」

「…………」

 寡黙。どうしたんだろう。──誄羅が電話の頭の挨拶を忘れるなんて。

「………とりあえず、家に帰ってきて下さい」

「え? 爆弾は?」

「……大丈夫です。真っ直ぐ帰ってきてください。できるだけ、大きい道を通って」

「う、うん。解った。──ねぇ?」

「はい?」

「──電話くらい……良いんじゃない?」

「…………」

「ご、ごめんね。変なこと言って……それじゃ」

 状況が芳しくないことを悟り、慌てて電話を切って、空を見上げた。淡い青色が紅に染められていく。

 底知れない不安が私の胸中で悪あがきを始めた。


 家に帰り自分の部屋に行くと、誄羅がいつもよりも陰鬱な表情をして待っていた。その傍らのテーブルには、二つの携帯が置かれている。

「先ほど、郵便受けに放り込まれていたのを確認しました」

「……? 誄羅のと近藤君の?」

「そうです。昨日の晩、失くしたと思っていたら、盗られていいように利用されていたようです」

「……?」

 全く話が見えない。利用って誰に? どうして近藤君のも一緒に?

「単刀直入に言いましょう。近藤さんは誘拐された虞があります」

「え……?」

 思考回路がパニックを起こしそうになる。誘拐……? あまりピンと来ない。だって、近藤君は高校生だし、男の子だし──。

 誄羅が椅子を奨めてくれたので、言葉に甘えて座らせてもらった。私の物だけど。

 それから誄羅は、これまでの顛末を話し始めた。体育倉庫に閉じ込められたあの時の事から、今に至るまでのストーカー騒動。そのストーカーがただの欲求を満たすだけに人をストーキングするのではなく、お金目当てに追っかけまわす、ということ。

「最終的には、ただの誘拐犯になりましたがね。ストーカーも慌てていたのでしょう、曖昧な環境で決行したために、目撃情報が結構上がってきています。先ほど監禁場所も特定できました」

「相変わらずすごいねぇ……」

「基本的に警察は事件が起これば無類の強さを誇りますからね。嘗めてるとすぐにお天道様を拝めなくなりますし、最悪人口の光も拝めなくなりますから」

「……へぇ」

「さて……車は盗難車です。よって、主犯の特定はできませんでした。監禁場所は、郊外の廃工場です。見張りに周辺のチンピラを雇っているようです」

「よくそんなこと分かったね。警察ってそんなにすごいの?」

「法に縛られない上では、民事警察が最強です」

「…………へぇ」

 なんかいいように言い逃げられてるような気がする。気のせいかな……。

「まぁ、彼奴も何人もの生徒から金を巻き上げているだけ、手口は狡猾です。昨日の晩の徘徊中に携帯を奪われたんですが、その手口はもう、狡い以外に表現のし様がありません」

「へぇ、どうやって盗られちゃったの?」

「…………あまりに恥ずかしいので、ここでは公開しません」

「えぇー」

「……それで、ですがね。携帯を奪取されましたから、情報がすべて漏れたわけです。それどころか、姫様から最新の情報が送られてくる。文明の利器の欠点を見事に逆手に取られましたね。それで、最後のメールには、彼が独りで帰る旨の内容が記されていましてね。これはホシにとっては、絶好の機会でしょう。恐らく突発的な思いつきで実行したのでしょうね。お陰でこちらも確保にそこまで労力を必要としないでしょうから」

「ホシってなぁに?」

「夜になったら空を見てみれば分かります」

「むぅ。嘘だ」

「──とりあえず、彼らは危険な物は持っていません。最悪ナイフが踊るでしょうが、姫様の聖剣に掛かれば子供の持つ玩具の武器でしょうね。スタンガンがありますが、こちらは僕のほうでアシストします」

「……? 何の話?」

「何とは?」

「え……だって……誄羅が言ってることってなんだか……私たちが乗り込んでいくような……?」

「現時点で警察はほとんど役に立ちません。犯人からの連絡を待って、身代金の受け渡しの時の犯人確保の手立てを熟考するしかすることはありませんからね」

「え、でも、居場所がわかってるなら……」

「彼らには伝えてません」

「…………うえぇぇ……」

「そんな顔しないでください。僕らが乗り込むほかありませんからね。幸いにして、この廃工場というのはかなり僻遠された位置にありますから、『アレ』が使えます」

「もしかして、『アレ』が使いたいだけのために……?」

「僕に言わないで下さい。意外と『アレ』、場所をとるんです」

「…………それで、どうするの?」

 なんか、うまく言い包められたような気がする……。

 誄羅はそれから、淡々と計画を話し始めた。でもやっぱり単純にそうなるんだね。美味しいところを誄羅に持ってかれちゃうんだね……解ってるよ。

「明日、決行です」

「……解った」

 それだけ言うと、誄羅は立ち上がった。それから退出すべく、ドアに向かって歩いていく。

「ねぇ……」

 最後に訊きたいことがあったから訊ねてみる。ずっと話を聞いている間、気になってはいたんだけど、結局今になってしまった。

「なんですか?」

 誄羅は別段嫌な顔をするでもなく、振り向いた。

「……どうしてここまでしてくれるの?」

「──僕は姫様のお守り役ですからね」

「本当に、それだけ?」

 この言葉で精一杯だった。やっぱり私は弱い。もっと勇気があれば、近藤君だって今ごろ──。

「──片割れとしても」

「……ありがと」

「失礼しました」

 ドアが音をたてて閉じた。

 自分の不甲斐なさを痛感させられた。どうしようもない悔恨の渦が胸の中で暴れる。

 ……誄羅は何も言ってなかったけど、明日はやっぱり学校休むのかな。




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