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第十八話 形の無い保険



見事にサブタイトル名間違えていました。

あぁー……申し訳ありませんでした><

「わぁっ、助けてくれてありがとう!」

「いえいえ、当然のことをしたまでですよ〜」

 なんだこの突っ込みどころ満載の茶番劇は。助けるというか、捕縛だろうに、それを見事にスルーして大地震の際の貢献者みたいなコメントを述べている姫翠はなんだってんだ。どうなってるんだ、この学校の常識ってのは。

 平穏な昼休みを見事にぶち壊して発生したのは、生物部のネズミの大脱走。ゴキブリに比べればそのスケールは二千分の一程度なのだが、そんでも結構パニックになっていた。──生物部の連中に限定されるがな。

 そこに幼稚園児に劣りを見せない好奇心の持ち主である姫翠(+同伴者の俺)が介入して、見事にネズミ三匹を捕まえてしまった次第である。生物部提供の虫網で。提供する奴も提供する奴である物品だが、それでネズミを華麗に捕まえてしまった姫翠も姫翠である。人間としての常識を逸脱している。

 そんなこんなで、今こうしてネズミを生物部の部長である、傘霧に手渡しているわけなのだが──稚拙な感想しか挙げられなくてなんなのだが、どうにも俺は介入しがたい空気である。

 いや、確かにこの二人は変だ。外見から、伝聞してきた限りでは、この部長の傘霧も変な輩なのだろうと予測はついていた。別に、この程度で俺は驚いたりはしない──免役が備えついていたはずなのだが。

 この二人、外見から見ると、姉妹に見える。双子、とまではいかないが、姉妹として紹介されても俺は信じると思う。

 直球で言ってしまえば、この傘霧という生徒、女子だった。──どうしてだか知らないが、俺には太ったむっつり男子生徒をイメージしていたのだが、百聞は一見にしかずだっけか、ならずだったか知らんが、とにかく予想の範疇を大きく越えて、なんとまぁ、この高校にミス○○的な要素が存在していたとしたらとりあえずはノミネートされていてもおかしくない少女である。こんな主観的な意見を述べるのはいささかやぶさかではあるが、そういうことになる。

 こんがらがってきたが、これだけはいえる。姫翠に負けず劣らずの別嬪さんというわけだ。

 そんな秀麗な少女と思しき傘霧は、掌に三匹ネズミを載せて満面の笑顔を浮かべている。家の地下でワニでも飼ってて、毎晩笑顔で撫でつづけているようなイメージが沸くのは俺だけだろうか。

 そして、姫翠もその掌のネズミを見てご満悦。そろそろ昼休みが終わるから、俺的にはさっさとこの場から退きたいのだが──。

「あら、もうこんな時間。早くしないと先生に咎められちゃうな。それじゃあ、また後でお話しましょ」

「は、はいっ!」

 それを聞いて、その傘霧の興味の矛先が向かない程度に身を潜めていた俺は、ほっと胸を撫で下ろした。

 しかし、一ヶ月前まではあんなに人間不信だった奴が、即席で怪しげな女、しかも上級生と友好関係になってしまうとは、人間慣れなのかね。

「わ、わ、早くしないと本当に間に合わないよ」

「お、おい!」

 姫翠が俺の方に駆けてきて、有無を言わせずガッと肩のあたりを掴むと、廊下を走り出した。こいつの腕力は並の男子並にあるので、俺も仕方なくその後を追う形になる。

 妙に抗ったりでもした日にゃぁ……。


 放課後。ギリギリで間に合ったと教室に踏み込んでみれば、移動教室だったという衝撃の結末が俺の精神力の大半を持っていってしまった。こういう日はさっさと家に帰って休養を取りたいものである。

「近藤君お待たせ〜」

 ニヤニヤという擬態語が全くそぐわない笑みを浮かべて姫翠がやってきた。帰路につこうと思った刹那の電話によって、俺はこうして待たされていたわけである。別に、嫌悪感は懐いたりはしないがな。そこまで俺は狭量でもないし、その電話の内容を知っているからかもしれない。

「誄羅はまた用事があって一緒に帰れないんだって」

「そうか」

 今日は記念すべきストーカー討伐作戦の初日である。

 概要を要約すれば、ストーカーを摘発するためにストーキングをするという、何ともいえない作戦ではあるが、目下のところこれが一番効果的らしい。朝一でそう誄羅が最終確認の連絡してきた。お陰で目覚ましをセットしたのが無駄になってしまった。

 校門を出て、俺は溜息をつく。さっさとストーカー云々を見つけてさっさと平凡な日々が帰ってきて欲しい、と長い続ける今日この頃である。その後、こいつらがそれぞれの胸中をぶちまけてしまえば、終始円満で片がつき、俺の肩の荷も下りるというものである。

「ん〜、ネズミ可愛かったなぁ。私も飼っちゃおうかな〜」

「ふぅん──、頼めば譲ってくれるんじゃないか?」

「ん……でもなぁ……、私なんかに譲ってくれるかなぁ……」

 冗談に聞こえなくも無いが、姫翠は指を顎に当てて意外と真剣である。

 そんな他愛の無い会話を続けて帰宅するわけであるが、今日はいつもと状況が違う。俺はちらちらと後方を確認しながら、他愛の無い会話に全身全霊を掛ける。なるべく、自然な体を見せて……。

 囮が囮になっていることが分からない、そんな囮捜査である。

「ふぁぁああ……なんか今日は眠いねぇ……」

 姫翠は気づく様子を微塵も見せずに、のほほんとしている。ある意味では羨ましい。

 しかし──それも無理は無い。この作戦を知っている俺でさえ、誄羅の姿が確認できないのだ。お前ら一体何者だ、とげんなりとしたい気分である。

「──私どうするべきなのかなぁ……」

 家路も後半に差し掛かり、ほとんどの生徒が各々の家に向かって拡散し終わった辺り、姫翠がふいとそんな風に漏らした。

「どうするって、何のことだ?」

「んー、誄羅のこと」

 姫翠はそこそこ真面目な横顔を見せて言った。

「やっぱり人とは違うのかな、誄羅って。私が何をしても、誄羅は苦笑いしかしてくれなくて……、私が勝手に夢見てるだけなのかな……?」

「……」

 いや、それはお前の感覚がずれてるだけだと思うが、そんな悠長な突っ込みを入れてる状況でもなさそうだ。これは真剣な姫翠の相談。前置きも何も一切無いが、そうに決まっている。

 俺は精一杯の呆れを込めて、呟く。

「はぁ……んだからお前は……」

「だ、だって……」

「そういえば、告白される度に『好きな人がいるから』って言って断ってるらしいな」

「うん。一応、本当のことでしょ?」

 一応も何も、成就していなければただの虚想でしかないのだが。

「それを聞いて、あいつがどう思うか、だよ」

「…………?」

 姫翠は首を傾げた。本心から不明瞭に思っているようだ。

「……ぁ……」

 説明の余地ありか、と俺が思ったと思ったら、姫翠が合点がいったような声を挙げた。それから急に目を潤ませて、俺の方を向いた。

「うぅぇえぇぇ……どうしよう……」

「どうしようも何もなぁ……」

 俺は視線を逸らして頭を掻いた。それからじろりとわき目で姫翠の顔を見やる。何だかペットのオウムに逃げられた小学生のような顔をしている。

「もうさっさと言っちまったほうがいいんじゃないか?」

「………………ぅぅ……」

 姫翠が一気に萎んだ。欠陥を突かれて難攻不落の城が崩れ去っていくような──そんで、その欠陥を突いたのが俺のその言葉だったわけか。

 全く、世話の焼ける姫様だな。

 俺は嘆息して、気休め程度の慰めの言葉を掛けようとした時、俺の懐で携帯が震えた。

「わ、悪い」

 俺は慌てて携帯を取り出すと、ディスプレイを確認した。誄羅からのメールが一通。

 俺は知らぬまに戦慄を覚えた。これはストーカー発見の通告。

 何気ない様を装って、今まで歩いてきた道を振り返ってみた。だが、目ぼしい人物は見当たらなかった。というか、人っ子一人居ない。

「……? どうしたの?」

 姫翠が不審に思ったのか、声を掛けてきた。俺の渾身の演技は緊張の所為でほとんど効果を見出さなかったらしい。というか、自らの自由を剥奪しようとしてきた輩が近辺に居るというのだ、緊張しないわけが無い。

 かといっても、それらしき影が確認できないので、俺は姫翠の方に向き直った。

「いや……何でもない」

「……? 落し物?」

「……学校に忘れ物した」

「へぇ……珍しいねえ。いつもそう言うところに抜かりが無いのに……」

「あ、あぁ……昨日のあれがあったからな、疲れてるのかもしれん」

「昨日のあれ……? ……あっ……!」

 唐突に姫翠の顔が赤くなった。

「ん……? どうした?」

「んにゃ…………あ、あのことは忘れて……?」

「あのこと?」

「ほら……寝ちゃったから……」

「あぁ……」

 本当にただ単に寝ただけなのだが(俺を寝床にして)、それはそれで結構な黒歴史らしい。まぁ確かにあの時は大分混乱してたし、それにまぁ最終的には俺に身体を預ける格好になったからな。できるならば、俺もあの時の記憶を改ざんしたいものである。

「まぁ、俺もあのことは大分忘れて──ん?」

 俺が恒例の気休めを言おうとして、ふと車道の方に目をやった。

 その数瞬後、古い型の国産車が、アメリカのパトカーから逃げる犯罪者の乗った車の様に、空を切裂いて猛スピードで俺達の傍を横切っていった。相当古い車体にかなりの負担を掛けているらしく、騒音が半端じゃなかった。ああいう車を早々に買い換えることが地球温暖化云々の軽減に繋がるんじゃないか、と俺は考えるのだが。

「わぁ……速いねぇ〜」

 姫翠が呑気に素直な感想を述べる。

 しかし、どうやらこの娘、興味が逸れるとそれまでの経緯云々は全て吹っ飛ぶらしい。今まで顔に貼り付けてきた紅潮は既に姿を消している。

「……大丈夫なのか? あれは……」

「うん、速いね〜」

 俺の呟きに姫翠が、そういうキャラ特有の返事を返してくる。本当に呑気だな、お前は。

「はぁん……私もああいうのに乗ってみたいなぁ……」


 それからは得意の空気を一転させる姫翠のテンションの上下により、本当に大したことのない、他愛の無い会話をして帰宅。やはり、通常あるものが突然なくなると、不便に感じるもんなんだな、人間ってのは。四十分の道のりは伊達じゃない。

「ただいま」

 そう言いつつ扉を開いて体を滑り込ませる。

「あ、お帰り」

 ──と思ったら、美里が玄関先で靴を履いていた。コートを着込んでスーツケースを脇に置いてある。

「な、ま、また家出するのかよ」

 ちょっとした寒気を覚えながら、愚問と知りながら、訊ねてみる。この場合の愚問は、どっちの意味でなんだろうな。俺に答えは出しかねる。

「ん〜、それもいいんだけどね。生憎と今回は違うよ。真治が淋しがっちゃうからね〜」

 すると、ニヤリと笑みを顔に表してそう言ってきた。

 なんとなくからかわれた(なんとなくではなく顕著に、だが)様な気がしたので、一応言い返してやる。

「べ、別に淋しがったりはしねぇよ……」

「照れちゃってー。ふふ。これからバイト先で泊り込みなの。だから何日か家空けるから、よろしくねー」

 美里はそう俺の反応を嘲笑ってから、そう軽く言うと、シャッと立ち上がって俺の脇をすり抜けて、ドアの取っ手に手をかけた。

「な、何日って具体的に何日だよっ?」

 俺が振り返って慌てて問い掛けてみるも、既にその姿は無し。比較的綺麗なのが取り得の扉が悄然とそこに佇んでいるだけ。

「……はぁ、マジかよ……」

 溜息をつき、居間へと向かう。その呟きには大した意味が込められては居ないから安心しろ。

 どたんと居間のソファに腰をおろし、呆然と天井を見上げる。そして、すぐに思い出して懐から携帯を取り出して、ディスプレイを確認した。特に連絡は無い。

 電話帳を開いて、誄羅の電話番号を引っ張りだし、すぐに通話ボタンを押した。

「もしもし」

「俺だ」

 数コールで出た。その声には焦りだの憔悴だのといった、不安を煽るような感情は含まれていない。

「……どうしたましたか? 何か酷く沈んでるみたいですが」

「──沈んでねえよ。んで、どうだったんだ?」

「どうだったも何も……何故か途中で気づかれたようで、颯爽と去っていきましたよ。貴方も見たでしょう?」

「……あの中古国産車か?」

「その表現はどうかと思いますが、違うわけでもありませんね」

 あの高速道路でも白バイに引っ掛かるようなスピードを出して、姫翠に惚れられてたあれか。どうりでおかしいと思った。真昼間の公道を暴走するような輩が居るはずも無いと俺は信じてるが。

「えぇ、九分九厘あれで間違いないです」

「……どっからその自信は溢れてるんだ?」

 そんな断定したような声に、俺は疑問を覚えずには居られない。まさか超能力なんて野暮ったい力でも持ってるわけでもないだろう。あくまで人間なんだし。

「妙に徐行している車がありましてね。その車というのは、無論あの中古国産車のことですが、あまりにも遅いので、窓から覗いてみたんですよ。そうしたら、家庭用ビデオカメラ──ハンディカム……ですか。それを用いて、じぃーっとその、姫様を凝視してたわけでですね……。これは本命だと思って、貴方にすぐさま連絡を施したわけなんですが、その数瞬後に逃げられてしまいました」

「……なるほどな」

 ということは、奴と俺達との距離は相当あったことになる。──あの速度で、返信がきてすぐ逃走し、俺達の横をすり抜けていくまで。

 げんなりとする俺に、誄羅の少しばかり自信満々な声が聞こえてきた。

「でも安心してください。今日は本質的には逃がしましたが、実質は捕まえたも同然です。ナンバーを控えておきましたから」

「マジかよ……」

 本当に抜かりが無い。こいつに将棋とかチェスとか囲碁とかの対戦を申し込んで、ルールを教えなくとも、俺が先行になるだけであいつは絶対に勝つだろう。そういう自信がある。例え将棋で歩しか動かさなくても、チェスでポーンしか動かさなくても、確実に負ける自身がある。こいつはそういう奴だ。

「ただ、会ってすぐ、というわけにも行きませんからね。明日にでも調査を始めたいと思います。ただ、一つだけ」

「一つだけ?」

「保険を掛けます」

「保険?」

「姫様をそちらに派遣します」

 俺は眉間に皺を寄せて、表情を硬直させて考えた。こいつが言った、『派遣』とはどういう意味だ? 『そちら』ってのは、俺から見ての『こちら』のことなのか?

「平たく言えば、姫様を匿ってもらう、ということです」

「は……匿うってのは……表現を緩和させると、俺の家にあいつを泊める、ということになるのか?」

「そういうことです。理解が早くて助かります」



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