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第一三話 誇張的幽閉空間

 授業中にノコノコと戻っていって、醜態を晒し出すような真似をしないで済んだようだ。授業はサボるという結果になってしまったが、それは後で埋め合わせをさせてもらえば良い。

 ホーリーボール(ホーリーマグナムだろ)なる殺人弾は、聖なると銘うたれる通り、そこまで残虐な後遺症は残さなかった。既に普通に人並みの活動をすることができる。

「さてと、行くか」

 教室で荷物の回収を終え、振り向き様にそう声を掛けた。無論、付き添ってくれた姫翠に対してである。

「あ、う、うん。ちょっと待って……」

 姫翠はそう慌てたような声で返答してきた。衣擦れの音が聞こえてくるあたり、鞄の中でも漁ってるのか。

「どうした……って、お前鞄の中汚ねぇな……」

 仮にでも女の子の鞄であるが、どこぞのO型の男子生徒さながらの荒れ様だった。教科書やらノートやらが無作為に突っ込まれており、ジャージもゴミに出すときのように丸められてまたも突っ込まれている。

「んー、無いなぁ……」

 そんな俺の呟きが聞こえなかったのか、未だにその鞄の中を漁りまくる。砂場で落としたコンタクトレンズを探しているような光景である。全く……。

「何が無いんだ」

「わっ、ビックリした……」

 姫翠は体を飛び上がらせた。そう露骨に驚かれても困る。嬉しい奴なんざ居ないだろうが。

「んな驚かなくても……」

「あ、あぅ、ごめん……筆箱が見当たらなくて……」

 こんな砂場と揶揄されるほど荒れた鞄といえど、仮にでも普通のスクールバックである。そう大した大きさは無い。だから、それだけタライで洗濯するかのように漁りまくって見つからないはずが無いのである。

「……としたら、どっかに忘れてきたとか……」

「んー今日どこかに持ってったっけかなぁ……」

 人差し指を顎にあてて答えを模索するように呟く姫翠。だが答えは見つかりそうもなさそうだ。

「つか、なんで今まで困らなかったんだよ……」

 俺がそんなごく当然の疑問にようやく気づき、言葉にしたところ、姫翠はそのままの体勢で視線をついと逸らした。……もしや地雷を踏んだか?

「……ずっと一緒に居たから」

 噴きだしかけた。危ない。逆に狙撃されたようだ。

「な、なんという冗談を……」

 ぐいと制服の裾で口元を拭きながら、唸るようにそう言うと、姫翠はぽかんとした顔を俺に見せた。

「え?ホントだよ?」

「……」

 ぐうの音も出ない。誰かこいつに無意識に人を手玉に取るような発言は控えるように注意してくれないか。

「だって怖かったんだもん。死んじゃったらどうしようって……」

 姫翠は再び鞄の中に視線を戻してもごもごと言う。

「……いや、ドッジボールで死人が出るわけ無いだろ……しかも高校生の」

 姫翠のホーリーボール(マグナム弾)と木の壁のプレスに遭えば死ぬかもしれないが。

「んー、そんなの知らなかったんだもん……」

 うぅ……と唸りながらそう呟く姫翠。

「ん、そうか…………。それなら……ありがとな」

 と、いわざるを得ない俺。この状況で泣かれでもしたら、俺はどうするべきなんだろうか。助けを求めるか。

「へへ……どういたしまして」

 満更でもなく嬉しそうな声。からかうでもなく、ただその声は面白がっているだけの様に聞こえる。

 それから数十秒経って、姫翠が音を挙げた。

「あーもう!見つかんない!」

「……やっぱりどこかに置いてきたんじゃねえのか?」

「違うもん!今日は一度もこの鞄の中から出してないもん!」

 おい、体育は確か三時限目だったはずだぞ。一、二時限目は普通に授業だったはずだ。何さりげなくサボってること暴露してるんだか。

「そんなったってなぁ……人間の記憶なんてアテになんないしな……机の中はどうなんだ」

「んー……一応見てみる」

 姫翠はそう言うと、自分の机の下へと行き、中を覗いた。あの憮然とした表情からすると、やっぱり無いみたいだ。

「……何処行っちゃったんだろ」

「……誰かがパクったんじゃねえか?」

「やっぱり高く売れるのかな……?」

「やっぱりって何だ、やっぱりって」

「んーだってお父さんがくれたんだもん」

 そこで姫翠は涙目になった。唇を噛み手で拳を作り、悔しがる素振りを見せる。

「あぁ……泣くな、泣くな。落着け。落着け」

 高層ビルの屋上の端に立っている自殺願望者をなだめるような口調で、俺は洪水を阻止せんと「落着け」復唱する。

 そして、それが目に留まった。

「……何だこれ」

 机の中からちろりと何かが覗いている。紙きれのようだ。

 人差し指と親指の腹で抓んで見ると、そこには物差しで書いたような直線で組み立てた字が書いてある。いわゆる脅迫状かなんかの類の手紙だろうか。

『筆箱なら体育倉庫にあるよん』

 俺の中では時が止まった。というか、シラけた。何だ、これ。

「あっ、良かったぁ。体育倉庫だって。早く取りにいこっ」

 ひょいと俺の隣から姫翠が覗き込んできたかと思ったら、数瞬後にそのセリフ。……ちょっとは疑おうぜ。

「ちょ、ちょっと待て。こ、これは信じて良いのか?」

 このカクカク文字。筆跡を隠すためだろ? だとしたら、結構これマズいんじゃないのかね。

 だが、俺の懸念なんて知ったこっちゃ無し、姫翠は俺の制服の腕を掴んで地団駄を踏む。

「早く早く早くっ!盗られちゃうよっ!」

 海水浴に行ったとき「海が逃げちゃうよっ!」的なことを言って親を急かす子供みたいに、そうまくしたててくる。別に盗られはしないだろう……。

「もうちょい考えないかな……」

 結局、俺はさっさと行ってしまった姫翠の後を追いかける羽目になった。


 体育館内は閑散としていた。ここでおかしいと思って引き返せば良かったんだが。

 俺より先に体育館に侵入した姫翠であったが、やがてすぐに困ったような表情で引き返してきた。

「どこ?」

 それはそうだ。前述の通り、うちの体育館は非常に大きいのだ。それ故、内部構造もある程度複雑になる。一年生の時に、校舎等の位置関係や体育館の構造を覚えるために、ラリーをやらされたのはいい思い出だ。お陰で今でもある程度なら場所はわかる。

「結構不便な場所にあるんだよな……」

 ステージに向かって左側にある階段を上り、二階へ行く。そしてそこに備え付けられている、結構な広さを取っている畳(柔道とか剣道とかのアレだ。名前は知らん)を突っ切った先である。何故こんな変で面倒くさい場所に在るのか、校長も知らないんじゃないか。

 鍵は掛かっていなかった。誰かが締めわすれたんだろう。誤解されたくないから、さっさと回収して帰った方が良さそうだ。

 中は相変わらず鬱蒼としていて、バスケやらバレーやらドッジやらのボールが一つのカゴの中に収められていたり、得点板が隅の方で埃を被っていたりしている。てか、得点板ここから持ち出すのか?

「んー暗いなぁ……電気無いの?」

 姫翠が筆箱を探しながら言った。

「無いな……仮にでも倉庫だからな。いらないと踏んだんじゃないか。誰かが筆箱をここで失くすなんて、想像もつかんだろうし……ん?」

 ──失くした?

「……柳瀬」

「あ、あった!あったよぉー!」

 俺が声を掛けるのと、姫翠が歓喜の声を挙げたのは同時だった。確かに姫翠の手には質素だが、どこか高級そうな筆箱が収まっていた。

「そ、そうか……」

 だが何か嫌な予感がする。何か、タチの悪い、何か……。

「……どうしたの?」

 流石の姫翠も不審に思ったらしく、首を傾けた。

「いや……それ、失くしてたのか? ここに持ってきてないんだろう?」

 それと同時に。

 俺の背後で何かが動く音がした。そして──だんだん室内が暗くなっていく。

「あぁっ!」

 倉庫内が完全に闇に閉ざされる。そのワンテンポ後──ガシャンコ、と特有の音が鳴った。

「……え……?」

 暗がりで姫翠がぽつりと言った。あからさまに呆然とした調子である。

 そりゃあ俺だって同じだ。夢であって欲しい。このまま頬をひっぱたいたら保健室、というゲーム的要素であってほしい。二流映画の落ちであって欲しいと思う。

 だが違う。これは現実。俺達はこの倉庫の中に閉じ込められた。幽閉。監禁。……パニックになりかけている。

「や、ヤナセ……大丈夫か……?」

「え?あ、うん」

 何とか平静を保つために、重い口を動かしてみたものの、返ってきたのは意外と平気そうな声。山出身だけあって、こういうシチュエーションには慣れてるのか、だとしたら少しばかりその能力を分けて欲しいもんだ。

 姫翠は暗闇だというのに、全く怖気づいた様子を見せずに真っ直ぐに扉まで歩いていくと、何やらガチャガチャし始める。

「んー閉まってるねぇ……」

「マジか……」

 全く、どういうミステリー小説だ。しかもよりによって、こいつと二人きりで軟禁されるとは。一ヶ月前の俺じゃ絶対に予想もつかない顛末だ。しかもどちらかというと、こちらが支えてもらっている側。情けないことこの上ない。

「ここから騒いで外に響くかな?」

「無理だろう……一応ここは吹部も練習で使うからな、防音はきっちりしてるんだ。ましてやこんな面倒な場所にあるからなぁ……」

「外と連絡とかできないかな?」

「生憎、荷物は教室だ。携帯はそっちだ」

「窓とかは……」

「──無いな」

「ドリルとか削岩機とかスプーンとか持ってない?」

「あるわけないだろ……てかスプーンでどうする気だ」

「ほら、スプーンで壁を削って牢獄から脱走するって……」

「いつの話だ……老朽化云々言ってても一応外装は鉄製、しかも二階だ」

「このドア、ピッギングとかできないかな」

「お前そんな技術持ってんのかよ……仮にあったとしても、外から南京錠で閉めてあるからこっちからじゃどうにもできない」

「むぅぅぅ……じゃあ突き破れない?」

「どっかの本格推理物の密室殺人でのドアを突き破るアレみたいに上手くいくと思うか? 意外と今の蝶番ってのはしっかりとしてるんだ。しかも、この扉はスライド式(しかも鉄製)だからあんまり意味無いだろう。先にこっちの肩が壊れる」

「……ふえぇぇえぇえ……」

 泣き崩れてしまった。ちょいと冷静になりすぎたか。

 だが、客観的に見ても脱出は不可能だ。騒いでも全て誰かの耳に届く前に消失してしまう。連絡手段もなし。脱出手段もなし。どうしろと?

「……だが、ここもずっと用なしって訳でもないだろう……。明日になれば、誰かしらが来るだろう。そうでなくとも、お前の家の誰かが不審に思って探し始めるだろうし……」

 犯人の意図が不明ではあるが、結局のところ時間が解決してくれそうだ。

「ぐすっ……本当?」

「本当だ……ここでミイラになることは絶対に無い」

 そう言うと、ようやく姫翠は安心したかのように表情を和らげた。

「良かった」

 この暗闇でもくっきりと笑顔と分かる。太陽の様にとは少しばかり大袈裟ではあるが、そんな比喩が生まれたのもなんとなく頷けた。

 俺はそんな姫翠を見て、苦笑しながら二の句を接ぐ。

「……んでも最悪明日の放課後までここで過ごすことになるということは、それだけ食事とトイレを我慢することになる」

「……トイレ……?」

 姫翠の笑顔が引きつった。この暗闇でもくっきりと分かる。なんだ単に目が慣れてきただけか。

「……どうした?」

「ううん……何でもない……」

 何かトラウマがあるのか。誰にでもあると思うがな、そういう類のモノは。誰しも暗い過去といものを持っているもんさ。俺はそういうコトを分かっているので、敢えて穿らないでおいた。


「……暇だな」

「……暇だね……せっかく体育倉庫に閉じ込められたんだし、なんかそれらしいことしない?」

「それらしいこと……?すまんが、俺には掃除するくらいしか思い当たらないんだが」

「お掃除?それもいいねぇ」

「……無茶言うな。ただでさえ、真っ暗闇なのに、そんなことできるわけあるか」

 その一言を境に、体育倉庫内に静寂が訪れる。

 そうだよな。やっぱり暇だよな。

 だがそれ以前に、この状況、気が重くなる一方である。

 密室状態で姫翠と二人きりだなんてな。いくら姫翠にそんなつもりは無くても、俺の緊張感は高校面接の時並に跳ね上がってきている。

 こういうとき、俺は自分の性格を呪いたくなる。姫翠のように無邪気で無意識の内に前向きになれてる性格が羨ましい。こんな断崖絶壁な状態でも、朗らかなムードを作れる性格が羨ましい。

 暗闇。僅かな光も泣いために、ある程度までしか目が慣れないようだ。まだ視界が冴えない。隣に姫翠がいるかどうか不安になってくる。さっきから言葉が無いのが気に掛かる。

 ──そう思った瞬間、くぐもった嗚咽が聞こえてきた。僅かなものだったが、幻聴ではないようだった。

 俺はあえてその方向から目を逸らし、そこに空間が続いているかどうか怪しい暗闇を見据える。

 暗闇に対する恐怖なのか、家に帰れない淋しさなのか、分からないが、俺ができるのはそっとしてやるくらいである。無理に泣き止ませでもしたところで、それが何になるというのか。

「……分かったよ」

 突然、そんな声が体育倉庫内に響いた。

「どんなに密閉されて状況が悪くても脱出する方法は一つくらいあるだろう」

 ──誰の声だ?

「……だから泣き止め」

 ……俺しかいないか。



結構大きな伏線になるはずだったパート。

何も考えずに読み過ごして下され……。

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