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第十二話 200ミリマグナム弾

 四月下旬。あれから全く変化なし。

 毎朝例の高級車で拉致られて学校に行く際に確認できるが、二人の間はいつもどおり、他愛の無い世間話もどきをしているだけで、誄羅の挙動になんの変化も見られず、また姫翠が本当に行動を自重しているかどうかも定かではなかった。

 まぁ助かったといえば、以前の様にパンを買い占めてこなくなったこと。

 ちなみに、例のパンは全て家に安置してあり、そろそろ食糧飽和の極みに達してきた。そろそろおすそ分けしなければならないだろうか。悩みどころである。

 さて、俺はちょいと疑問に思う節がある。

 誄羅の事である。強いていえば、あの饒舌。

 小学生の頃から世間から疎外されてきた奴があんな俺にも理解しがたい饒舌を聞かせることができるだろうか。テスト云々の話でも、本当にできていなかったのか怪しいものである。

 ただ、それは姫翠と誄羅の話を信じるという前提の話であって、もしも奴等二人の狂言であったら、その疑問はあっさりと水を流されりのである。

 だが、そんな暇なことをするのであれば、誄羅も姫翠と同様に天然っぽくなれば普通に俺は信じると思うし、こんな風に疑問を抱いたりしない。まさか、内部を見せ付けて自己満足に浸るような男でも有るまい。

 だから結果的に俺は、その山篭りの逸話を信じる方面が一番良好だと悟る羽目となるわけで、そんな素朴な疑問を抱えていくわけである。

 だが、ひょんな出来事から俺はそれを知ることになる。

 とっても面倒で思い出すのも忌々しい出来事だったが、それは建前で実際は──という何とも奇妙なアレである。


「よし……スッキリした……」

 俺は冷蔵庫のドアの縁に力を込めてそう呟いた。中身は普通の家庭並の量の食品諸々が、きちんと整頓されて並んでいる。

 先日、とうとう冷蔵庫が窒息した。整理整頓の四文字が三十光年彼方にあるかのようなその光景に、美里は泣きそうな顔になって近所に配りにいっていた。そんな俺の顔が怖かったのだろうか。そんな怒ってなかったつもりだったが、指を指しただけでそうしてくれるのはちょいと有り難かった。

 今でも美里は俺の後方、ソファーの上で正座をしてしょんぼりしている。この場合俺はどうすればいいんだ?

「あぅ……ご、ごめんなさい……」

 俺が歩いていくと、怯えるようにそう言ってきた。俺をどこの鬼親父と勘違いしてるのやら。

「別にそこまで気にしてない、俺は。確かにあれは作りすぎだが、まぁ俺が何も言わずとも近所に配布してくれたし、料理してくれるのも悪いことじゃないしな」

「うん……ありがとう」

 俺がそう言うと、美里は全力で脱力をしてそう言った。

「そんで? バイト何処に行き始めたんだ」

 俺もソファーに正座じゃないが座って、そう訊いた。

「へへ……内緒」

 そしたら、美里はいたずらっぽい笑みを浮かべてそう吐かした。

「な、内緒って何だよ。教えてくれたっていいじゃねえか」

「大丈夫だって、いつか教えるから」

「何が大丈夫なんだか……」

 俺は肩を落とした。

 頭垂れると同時に視界に現れたのは、メイドバイ美里の食糧軍団の残党。それでもテーブル一杯に置いてある。

 俺はそんな肩書きがついた哀れな料理達を見て溜息をついた。

「食いきれなかったら弁当に格納されて無期限出張か……大変だな」


 その日はとっても閑散とした天気だった。簡単にいえば、なんだか妙に晴れ渡っていて、何かに欠けるような天気だったのだ。

 俺はそんな面白げの無い空を窓の桟に肘を載せて、さらにその掌に顎を載せて眺めていた。一人である。ずっと姫翠と一緒というわけにはいかないだろう。

 まぁ何よりも安心したのは、姫翠の人見知りが解消されてきたことだ。今も、俺の後方辺りで女子たちの会話の輪の中に巧く馴染めているようだ。元々姫翠が本能として持っていた単純さがこういうところで遺憾なく発揮されたらしい。とんだ失礼な言葉だが。

 別に俺はそんな姫翠を見て、侘しく思ったり寂しく思ったりなんかしない。一応俺だって友人は居る。こうして背後から気づかれぬようにそっと近づいてくる奴もその一人である。

「バレてるぞ」

 振り返ることも無くいってやると、その気配はバツが悪そうに俺の隣に居座った。

「別に何をしようって思ってたわけでもないんだがな……」

 志木である。未だに姫翠との関係を誤解されているが、無論そんな事で友情が破綻したりはしないのである。というか、何故か全力でサポートされているらしい。全く踏んだり蹴ったりだ。こいつらに悪気は無いんだろうがな。

「どうしたよ。なんか鬱気だな」

「何だよ鬱気って……」

「ん、いやぁ、鬱っぽい気配って奴だな。どうしたんだ」

 俺が半眼でみやると、志木はそんな風に誤魔化して自分の話を繕う。たまにこういうまともな奴と会話をすると、気が楽だな。

「……何か胸騒ぎがするんだよなぁ……」

 俺は志木の質問への回答として、呟くようにそう言った。

「胸騒ぎって……もうそんな年齢かよ」

「胸騒ぎに年齢なんてないだろうが……何か不安何だよ、不安」

「へぇ……ちょっと離れるだけでってか」

「はぁ……?」

 志木が面白そうに後ろを顎でしゃくる。俺は溜息をついた。言っている意味はよく分からないが、何がいいたいかは分かった。

「阿呆か。違う。断じて違う。もっとこう、命に関わるような……」

「ははっ、そんなら阿呆なのはお前だな。小説とか漫画とかでも、そうやって心配する奴に限ってそうなるんだからな」

 志木はニヤりと笑ってそう言った。全く、そういうこと言うか、普通。

 俺の後ろでは、姫翠がニコニコ笑いながら、会話の輪に混じっていた。


「改装工事ねえ……」

「ようやくだぜ」

「全くな。ボロ過ぎて重要文化財になるくらいだぜ、あれは」

 次の休み時間。次は体育である。皆ジャージに着替えて、ぞろぞろと体育館へと向かう。

 そんな会話が飛び込んできたのは、その途中である。

「ボロいって、そんな古いのか?あの体育館って」

 俺がそんな会話をしている奴等に尋ねると、そのうちの一人の緑川(みどりかわ)が顔をしかめた。

「お前、知らないのか。あれ、掃除がかなり丹念だから綺麗に見えるんだが、実はかなり老朽化してんだ」

「確か、バト部の部室の床が抜けたとか聞いたな俺は」

 そう応えたのは、山上(やまがみ)である。

 体育館は相当広く、体育祭が行えるだけの広さがあるのが、この高校の特徴の一つである。どっちかというと、文芸部の方が有名で、その陰になってしまっているのだが、一応体育館の広さは県屈指である。そして部室棟は体育館に搭載してあるのだ。というわけで、初めてこの高校を訪れる奴は体育館を目印にすることが多いらしい。まぁ、俺もその一人だったが。

 というわけで、部室の老朽化イコール体育館の老朽化という等式が出来上がる訳である。

「ふぅん……床なんてそう簡単に抜けるもんじゃないかんな……」

 俺がぼやくと、もう一人の小柄な入江(いりえ)が反応する。

「後は、部室の鍵が開かないとか、部品が錆付いて動きが鈍くなるとか、そんなのが出てるらしい」

「というわけで、生徒会は体育部の徹底抗議をようやく聞き入れ、改装工事に乗り出したんだとさ」

 緑川がそう締めくくる。なるほどな。

 老朽化ねぇ。そんな由緒ある高校なんかね、ここは。そんな印象は受けなかったけどな。

 しかし、そんな老朽化した建物がこんな綺麗に見えるほど丹念に掃除されているといったが、そんな近未来的な掃除をする奴が気になるな。俺は。同士として。

 まぁ、今はそんなことを気にしても意味はないだろうな。

 俺は思考を停止して、前を歩く奴らの背中の高さに視点を固定した。


 老朽化云々いっていたが、なんだかそうなった理由がよく分かった気がする。

 バッコーンッだとか、ドッコーンッだとか、体育館の壁が爆発音を連想させる音を挙げている。どちらかというと、悲鳴に近い。

 音源はドッジボールの球。それが高速で壁に体当たりしているのである。球というか、弾と揶揄されてもおかしくないな。

 高校生のドッジボールなんてこんなもんだ。強い奴らは徹底的に強くて、そうでもない奴らはひたすら逃げ回る、そういうスポーツなのさ。その壁を苛んでいるのも、やつらが放った剛球である。

 俺は早くも外野の仲間入りして、二つのコートを区切るラインの付近で佇んで、ボールの采配を傍観している。そんな体育館の悲鳴を流暢に聞いていられるのは、そのお陰である。

 どういう因果か、何故か男女混合である。というわけで、キャーキャーと金切り声が聞こえまくりなのである。壁の悲鳴にヒステリックな叫び。一体どういうテーマのバンドなんだか。

 俺が溜息をつくと、肩を叩かれた。振り返ると、なんだか見慣れてしまった笑み。姫翠だ。

「なんだお前……さっきまで中に居たじゃねえか……」

 キャーキャー言ってこそ居なかったものの、一応中でのんびりと危なっかしげに佇んでいたのだが。

「怖くなったから抜けてきちゃった」

 さらりとそんなことを言う姫翠は、殺人球に直撃したばかりには到底見えない。多分、ドッジボールのルールが分からずに、こっそりと抜けてきたんだろう。全く……

「そんで、何の用だ?」

「うん。暇だったから」

 今は暇であってはいけない時間だったのだがその辺はノーコメントなのか。

 姫翠はいつもと変わらぬ団栗眼で、その剛球の応酬を眺めている。意外と夢中になっているらしい。

「ね、ね。これで死ぬ人居るのかな?」

「物騒なコト言うんじゃねえよ……」

 そんでもって、顔を微塵に動かさずにそんな野暮なコトを訊けるんだから、大したものである。

 バッシーン、バッシーンという爆撃音にも慣れてきた頃。

「ねぇ、最近この学校で詐欺みたいなのが多発してるらしいよ?」

 飽きてきたのか、姫翠がそんなことを言った。

「詐欺?」

「うん。詐欺というか、脅しみたいな感じの。ストーカーして、怖がり始めてきたら、金をくれたら解放してやる、とかそんな感じで」

 ……随分稚拙な詐欺だな、それ。ただの恐喝じゃないか。というか、被害者もさっさと警察を呼べば良いのにな。いまいちよく分からん。

「怖いねー」

 なんだか、そんな世の中になってきたのが俺は怖いよ。

 俺は再び目の前の惨禍に興味を戻し、眺めてみると……さっきから状況が変わっていないように見える。当たっては戻り、戻ってはまた当たって外野、そのループ。正に一進一退だ。

 やがて、埒があかない、と判断したのか、体育教師の末田(すえだ)が笛を鳴らした。

「外野は、もう一つのコートに移動しろっ! 内野はそのまま試合続行!」

 もはや、猛者オンリーの戦いになっていたので、その指示は適切かもしれない。外野は気だるそうにのろのろと隣のコートに移動し始める。

「んー女子が圧倒的に多いから、男子vs女子で良いだろう。ハンデとして、男子は利き手じゃないほうで投げろな」

 という、男子圧倒不利ルールで開始したわけである。全く面倒くさいったらありゃしない。

 ボールは一応飛んでくるものの、殺人球と比べれば甘いものである。軽く避けることができる。嘗めているような口だが、そうなのだから仕方がない。

 でもまぁ、こっちもこっちで利き手じゃない方での投擲なので大分手元が狂う。

 というわけで、猛者共のほうも、そうでない者たちのほうも、一進一退の試合を展開しているわけである。

 そんな皮肉な意味での多忙な戦闘の中、姫翠は終始中ほど辺りに突っ立っていた。不動である。球が飛んできても、最小限の動作で避けるだけである。まぁ、避けた後の球がその後ろに居る奴に当たるのはどうにかした方が良いぞ。

 しかし、同じ立場の者達がそこに居るという理由からか、一応その「最小限」の行動範囲はきちんと限定しているようだ。学習能力は並ではないようだ。

 そんなとき、俺の目の前にコロコロと球が転がってきた。こういう出現の仕方は、投げなければ人間として×という展開だろう。

 俺はそんなに剛肩でもないので、普通に逃げ回ってる立場だから、こうして露骨に拾ってくれといわんばかりの運動をされるとちと困るのだ。しかも投擲するのは利き手じゃないほうと来てる。

 それでももう起きてしまったことなので、仕方無しにその球を拾い、左手に移してひょっと投げる。

 球は滑らかな弧を描いて、地面に着地。ワンバウンド。そりゃそうだ。俺にこういうことをやらせようとするなら、予め予想できたことだ。

 でも、そういう連中ばかりが集まって試合をしているわけだから、特に野次は飛んでこなかった。まぁ野次を恐れてちゃ、できるもんもできないからな。──分かった、今のは本気だ。

 景気良く跳ねたボールはそのまま敵陣地を転がり始める。──すまん。

 相手の何人かが恐る恐るながらも(そう見える)、取りに行こうと歩を進め始めた。そのとき。

 いきなり剣呑な気配が生じ、それが素晴らしい速度でその球に飛びついた。

 その気配の主は姫翠だ。……あいつ、どうするつもりだ?今までに見ない、どこか真面目な顔してるんだが。

 姫翠は球を両手で拾うと、すぐさま右手に持ち直し手を振った。走った速度のままで。

 その手から放たれた球は、姫翠が走っていた速度の三倍以上の速度で投擲されて……。

「ぐをぉっ!?」

 俺の腹部にクリティカルヒット! とは、周囲の奴らの感想。俺はそれどころではなかった。

 そんなデスボール受け止めることもできずに、球の運動エネルギーを全て腹で吸収することになった俺は、以前聖剣「えくすかりばー」で抉られたときと同じような腹部の鈍い痛みに苛まれ、あえなくがっくりと膝をついた。

 その場の俺と姫翠を除いて、皆呆然としていた。らしい。俺はそのとき、生きるのに必死だったから。マニュアルに切り替わったエネルギーの変換だとか、血液を介しての細胞への酸素の供給だとか、そんなので忙しかったからである。

「私の勝ちっ☆」

 そんなやんちゃな声が何処からともなく聞こえてきたような、それも夢だったのだろうか。


「うん、ホーリーボール。ごめんね」

 何故だか俺は介護される役である。結局、意識を保つことが出来ず、俺は夢の世界の住民となったわけで、こうして保健室のベッドという、生まれて一度もお世話になったことのない神々しい寝具に横たわっている。そして、付き添いとして俺の傍らに附いているのは、その聖なる球とか言う意味の分からん殺人弾の創造者である姫翠である。というか、意識を削ぎとられた俺も俺なんだが、一体何処に男子高校生をドッジボールで昏倒させるだけの剛肩を持った女子が居るんだ?

 全く信じられない。この目の前に居る少女。例の木刀にしろそうだったが、こいつ、本当に山篭りしてたのか? あの剣の振りは素人じゃないだろう、絶対。俺でも分かる。

 ……そこで師匠か?やっぱり。そうなっちゃうのか。やれやれ、魔法の言葉だな。師匠。

既に放課後らしい。部活の喧騒らしい声が聞こえてくる。

「……ご、ごめんなさい……」

 俺がそんな風に考察していると、姫翠が改まって、そう謝ってきた。いつもの快活な表情は今は一転、さながら先生の花瓶を割ってしまった小学生である。

「……別に気にしてねえよ」

 俺が姫翠を真っ直ぐ見据えていってやると、姫翠はぶんぶんと首を振った。さながら、濡れ衣を被されたいじめられっこの精一杯の抵抗としての否定意思行動である。

「知ってるもん、分かってるもん!嘘だよ!」

 全く、これだから世間をよく知らないお姫様は……。

「嘘じゃねえよ。怒る意味が分からん。どうしてスポーツでやる気のない奴が精一杯楽しもうとしてる奴に怪我させられて怒るんだよ。そんなの不条理としか思えない。それにお前だってわざとじゃないだろう。明らかに落ち度があるのは、俺だ」

 俺が感情に任せてそう言うと、姫翠はよく意味がわからなかったのか、ぽかんとしていたが、やがて我に帰ったように目を大きく見開くと、少し照れたように顎を引いて言った。

「ありがとう……近藤君優しいんだね」

 そこで即効成分配合の満面の笑み。殺傷能力が高すぎる。

「……んなでもねぇよ……」

 俺は視線を逸らしてそう言いながら、別のことを考えていた。

 ──盗撮してる奴がいなけりゃいいけどな……と。




サブタイトルに機種依存文字が含まれているという事で、あえなく訂正……。

そろそろコメディっぽい展開になっていくと思われます……はい。

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