草原の街「シルフレド」
その後しばらく(ナタリアが)歩き続け、ようやく街まで後少しの所に来た。遠くから見た城壁は、近くで見るとよりその巨大な存在を感じる事が出来る。
「うわぁ…おっきいですね」
「そうか?大抵の大きな街なら、このくらい普通じゃ…ってオボロだから知らなくて当然か」
最後に何か余計な一言があったが、朧はそれを聞かなかった事にした。
(でも、何でこんなに大きな城壁が作られたんだろう)
ナタリアの話によるとこの規模の街にはこれぐらいの城壁が普通だそうだが、戦争をする拠点でも無ければ必要ないように思える。
「ナタリアさん、どうしてこんなに大きな城壁が必要なんですか?」
「そんなの、魔物から街を守るために決まってるだろ?」
この城壁は魔物対策として建てられたようだ。しかしこの城壁を突破できる程の魔物がいるのだろうか。それこそ腐海に住む王〇が突進してでも来ない限り、破壊される事は無いように思える。
「これを壊せる魔物がいるんですか…?」
「壊された街もあるらしいな、何でも甲殻のある巨大な芋虫に轢かれたとか」
(〇蟲みたいな魔物もいるんだ…もしかしたら巨〇兵やト〇ロみたいな魔物もいるかも)
朧がそんなメルヘンチックな事を考えている間に、ナタリアは城門前まで近づいていた。すると門の前に立っていた衛兵の一人が、こちらに気づいたのか手を振って駆け寄ってくる。彼はナタリアの前で立ち止まると、彼女に向かって敬礼の様なポーズをした。
「お帰りなさいナタリアさん!お仕事お疲れ様です!」
「ああグレイ、今帰った」
どうやら衛兵はナタリアの知り合いらしい。グレイと呼ばれたその衛兵は十代半ばの好青年で、少し寝癖のついた茶髪をしている。ナタリアと嬉しそうに話すその姿は、まるで飼い主が帰ってきて喜ぶ子犬のようだ。
グレイはナタリアが何かを背負っているのに気づいたのか彼女の背後をのぞき込み、そして背負われている朧と目が合った。
「あれ?背中にいる子はどうしたんです?」
「ああ、こいつか?こいつは…」
そこまで言ったところでナタリアが話すのを止める。不自然なタイミングで沈黙したナタリアに朧とグレイは首をかしげていると、グレイの肩に後ろから手が置かれた。
「グ~レ~イ~?」
名前を呼ばれた瞬間、グレイの顔が青ざめる。急に顔色が悪くなった理由が分からず朧はナタリアに伺う様な視線を送るが、彼女はあちゃーという顔をしているだけで説明はしてくれなかった。
「見張りの仕事をほったらかしてお前はなにをしているんだ?」
そう言いながらグレイの後ろから顎に髭を生やした四十代くらいの衛兵が現れた。
「た、隊長!?すみませんでした!」
どうやら彼は衛兵隊の隊長のようだ。確かに彼の肉体は服の上からでも分かるくらい無駄なくしっかりと鍛えられている。グレイがチワワとするなら、隊長はドーベルマンといった感じだ。
「全くお前は…おおナタリア!仕事はもう終わったのか?」
「はい、ランドールさん。今帰りました」
衛兵隊長はランドールという名前らしい、親しげに話している様子から彼もナタリアと知り合いのようだ。ランドールは肩口から顔を覗かせている朧に目を遣ると、真顔になってナタリアの方を向く。
「ナタリア、後ろの子はどこで攫ってきたんだ?」
冗談めかしてそう言う隊長に、ナタリアは苦笑しながら否定しようとする。しかしグレイは真に受けてしまったようで、彼女に詰め寄って問いただしてきた。
「そうなんですか!?ナタリアさん!」
「違うに決まってんだろ…」
呆れた顔でナタリアはそう言う。グレイは違うんですか!?と失礼にも取れる事を口走ったせいで彼女に手刀を喰らった。そのやりとりを見ていたランドールは笑い声を上げていた。
「なるほど、帰る途中平原で行き倒れてるのを見つけて連れてきたと」
「はい、帰り方も分からないらしくて」
グレイの誤解を解いた後、ナタリアはランドールに朧を連れてきた経緯を説明していた。
なぜか森の件を話さなかった事を朧は疑問に感じたが、とりあえず何も言わない事にした。
「それで?これからどうするんだ?」
「ギルドに連れて行こうかと、あそこなら地図もあって情報も集まり易いですから」
どうやらギルドには地図もあるらしい、それが有れば自分が今どこに居るのかも分かるだろう。朧がそう考えていると、ナタリアがこちらを振り向いて話しかけてきた。
「そういやオボロ、あんたこのままギルドに行くのか?」
朧は一瞬ナタリアが何を言っているのか分からなかったが、すぐに自分の格好を思い出してその意味を理解した。
「そう言えばおんぶされたままでした、すぐ降りますね」
若干顔を赤らめつつ地面に降りようとする。しかしナタリアが急に支える力を強めたので足が抜けず降りられない。
「ナタリアさん?しっかりと支えてくれるのは嬉しいですけど、このままだと降りられないですよ?」
そう言ってナタリアの方を見ると、彼女は爽やかな笑みを浮かべた。
「このまま連れて行ってやろうか?」
「恥ずかしいのでやめて下さい!」
彼女の口から出た言葉に、朧は顔を真っ赤にしてそう叫ぶのだった。
ランドール達と別れた後、朧はナタリアと一緒にギルドを目指していた。と言ってもギルドの位置は今通った西門と隣接する城門前広場なので5分もかからない。
ちなみに、交渉の結果なんとかおんぶからは解放されている。
(あんまり見た事無い建物が多いなー)
周囲の建物は木造の物が多く、入り口には木戸が立てられ、窓は木戸の内側にガラス戸が取り付けられている物が多い。朧の住んでいるでは見かけない建物ばかりだ。
「オボロ、あの建物がギルドだよ」
そう言ってナタリアが指さしたのは、周りの建物よりも二回りほど大きい建物だった。入り口には朧の二倍は有ろうかという大きさの両開きの戸が付けられ、その上には大きな盾と斜めに交差した剣と杖の紋章が彫られた看板が有った。
「おっきいですねー」
「大きい街のギルドには解体場や資料室とかも有るからね、地方とかだともう少し小さい所も有るんだ」
「なるほどです」
他愛も無い会話をしながら二人はギルドの入り口まで近づく。ナタリアがゆっくりとその大きな扉を開くと、内側に付けられていたドアベルが二人の来訪を知らせる音色を響かせた。
「はあ、暇だなー」
シルフレドのギルド受付嬢、サーシャはカウンターに突っ伏しながら溜息まじりにそう呟いた。
冒険者達の多くは大抵朝早くに依頼を受けて出発してしまうので、この時間帯は殆ど人が居ないのだ。それでもいつもなら大抵仕事が早く終わった冒険者か依頼をしに来た人が居るが、今日は偶々そのどちらも居なかった。
「サーシャ、お行儀が悪いわよ」
「あ、すみません先輩」
するといつの間にか後ろに立っていた女性が、彼女のだらしない姿をみて注意した。
女性に半目で睨まれたサーシャは慌てて姿勢を正して座り直す。女性は満足そうにうなずくと、サーシャの隣の椅子に腰掛けた。
「それにしてもほんとに人が居ないわねー」
そう言ってサーシャを注意した女性、クレアはギルド内を見渡す。今この場に居るのは受付嬢のクレアとサーシャ、そして酒場でグラスを磨いているマスターだけである。
「そう言えばナタリアさんっていつ帰って来るんでしたっけ?」
サーシャは退屈を紛らわせようと、数日前に出かけた冒険者の事をクレアに尋ねる。
「確か予定では今日のはずよ、彼女は寄り道はするような性格じゃないからそろそろ帰って来るんじゃ無いかしら」
クレアはしばらく頬に指を当て、考えるような仕草をしてからそう答える。この仕草はクレアの癖のようなもので、これをすると考えが纏まりやすくなるのだとサーシャは本人から聞いた事があった。
「でも珍しいですよね、指名依頼なんて。それも荷物を置いて来て欲しいなんて変な依頼」
依頼についてぼやくと、横から軽い手刀と共に叱責が飛んでくる。
「こーら、いくら人が居ないからって依頼内容をそうペラペラ喋らないの」
「あう…すみません」
冒険者ギルドにおいて個人情報の秘匿は重要事項である。情報の漏洩によって冒険者に不都合が生じてしまえば、冒険者の数が減って冒険者ギルドそのものが機能しなくなる可能性が有るからだ。
幸い話していた内容は秘匿性の低い物であったが、習慣化しないようにクレアは釘をさす。サーシャもそれを理解しているので素直に謝罪した。
「ナタリアさん、お土産とか買ってきてくれないかな~」
「どこかに寄るわけでも無いのにどこで買うのよ…」
その冒険者が受けた依頼の目的地には街も村も無いため、残念ながらお土産は期待できそうに無い。
二人がそんな会話を交わしていると、静まりかえったギルド内に来訪を告げるベルが鳴り響く。
入り口に目を向けると、話しの種だった赤髪の冒険者が丁度ギルドに入ってくるところだった。