カボチャどもの迫り来る夜に
カボチャ狩りの季節がやってきた。
ハロウィンだ。
このイベントの起源には諸説あるが、もっとも有力なのは以下のものだろう。
かつて――カボチャがいた。
そう、『大魔王カボチャ』。
こいつは大陸全土を支配した悪い魔王であったが、時の英雄によりカワイイ顔を彫られたせいで弱体化し、それと同時に大陸全土に展開していた子カボチャどもも暴れるのをやめた。
かくして世界を絶望に陥れた大魔王カボチャは倒れた。
それから数百年。
勇者が大魔王を倒したと言われる時期には、そのへんのカボチャに手当たり次第カワイイ顔を彫り、再び世がカボチャ色に閉ざされぬようにしている、というものだ。
「カボチャ狩りに行くぞォォォォォ!」
ウォォォォォォ!
壇上の男の号令に応じ、広場に集まった荒くれどもの、野太い声が幾重にも重なる。
大魔王と呼ばれるカボチャこそここ数百年出ていないが、カボチャは今でも凶暴なモンスターに違いない。
ぼんやりと光りながら空を飛ぶ者、ツタを触手のように操り地を歩く者……様々な者がいるが、人類を見るとあの硬い皮に覆われた重量のある体で体当たりをしてくるので、毎年カボチャ狩りには死者が出る。
だから、かわいくしなければならない。
カボチャどもはカワイイ顔を彫られると、途端に大人しくなる――ようするに、死ぬのだ。
なにせ『カワイイ顔を彫る』とは『体に刃物を突き刺して皮を削ぎ身を抉る行為』である。
逆にそこまでしなければ死なないカボチャの生命力はすさまじい。
「ハロウィンを! 我ら死を怖れぬ勇猛なる戦士たち! 合言葉は覚えたか!」
――トリックオアトリート!
「殺すか死ぬか! トリックオアトリート!」
広場に集まった男どもが、何度も何度も『トリックオアトリート』と繰り返す。
武器を打ち鳴らし、足を踏みならし、数百人の戦士どもが目前に迫るカボチャという名の死への恐怖を吹き飛ばすべく、己を鼓舞していた。
男たちが勇猛に叫ぶほど――
周囲で彼らを見ている女子供たちの顔には、悲痛な色が浮かぶ。
……残される者たちは、わかっているのだ。
死者が出る。
そして、その死者は、自分の夫、あるいは父、あるいは兄、あるいは弟、あるいは恋人かもしれないのだと……
「大丈夫だ。カボチャなんかに負けやしねえよ」
広場の列から抜けて、老いた女性のもとへ歩み出る男がいた。
禿頭の大男で、その丸太のように太い腕には、刃の厚い斧が握られている。
カボチャの硬い表皮には『剣』などは効果が薄いので、だいたいの者が鈍器寄りの刃物を手にしているのだ。
「おふくろ、今夜はパイをごちそうしてやるからよ」
「あんた……死ぬんじゃないよ……父さんがいなくなってから、あたしの家族はもう、あんただけだ。あんただけが、あたしの、大事な……」
「わかってる。なあに、心配すんなって。――たかがカボチャの収穫さ」
大男は、その顔つきに似合わぬ優しい笑みを浮かべると、年老いた母親の頬を撫で、抱きしめた。
視線を広場の周囲に転じれば、そこここでそのような光景を見ることができた。
恋人といつまでもいつまでもキスをする者。
幼い、まだなにもわかっていなさそうな子供を抱きしめる者。
男たちの『トリックオアトリート』という叫びはまだ続いていて、かがり火の焚かれた夜の広場には熱気が渦巻いている。
けれど、同じぐらい、悲痛で静かな空気も、そこにあった。
「――時は来た」
壇上の男が言う。
その一言で『トリックオアトリート』の声はピタリとやみ、広場の周囲で別れを惜しむ者たちの、すすり泣きも、ささやきも、キスさえも、止まった。
「聞こえるか、カボチャどもの足音が。聞こえるか、ひしめきあうカボチャどもの硬い表皮がぶつかる、ゴツゴツという音が」
――……
「硬く、重く、ぎっしり実の詰まった、カボチャ――今年は豊作だ。数も質も、いい」
――……
「たくさんの、例年にないほど質がよく、大量のカボチャども――これを聞いて、貴様ら、戦士たる貴様らは、カボチャどもを根絶やしにしようと願う貴様らは、どう思う?」
――……
「合言葉を」
――トリックオアトリート。
「そうだ。トリックオアトリート。殺すか死ぬか。貴様らはどちらだ。殺すか、死ぬか?」
――トリック。
「そうだ。怖れることはない。連中はモンスターだ。だがしょせん野菜だ。お前らの手にはなにがある? 斧だ。槍だ。ハルバードだ。すべてカボチャを刻むための調理器具だ。これより始まるのは『戦い』ではなく『調理』である! トリックオアトリート!」
――トリック!
「そうだ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 今晩の夕食はパンプキンパイだ!」
――ウォォォォォォ!
広場に集った戦士たちが、転身し、駆けていく。
彼らの先には実りに実ったカボチャども。
けれど怖れることはない。
相手はしょせん、野菜。
いつの時代もどこの世も、野菜が食われる側で――人間が、食う側なのだから。
※作者注
『トリックオアトリート』に『殺すか死ぬか』という意味はないと思います。