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一機の旅客機が、空港へと突っ込んだ。
不自然な位置で高度を下げた旅客機は、機体の底で隣接する駐車場をこするようにした後、十条九や朝陽がいる方へと突っ込んだのだ。もしそれで減速していなかったら、被害はさらに大きくなっていただろう。燃料に火がつかなかったことが、奇跡だったと言っていい。
「……あ……つ……」
呻くような声を上げながら、瓦礫の中でわずかに身を動かす。十条九は、未だに死んでいなかった。どうやら件の機体は彼の頭上を通過して行ったらしく、直撃自体は避けられたようだ。口の中が切れているようで、咳き込んだ瞬間に、彼は血を吐き出した。
「……ッ!?」
顔をほんの少し上げてみると、すぐ目の前に炎があった。彼の前髪の先を、熱がチリチリと焦がしている。彼はすぐに顔を逸らそうとして、全身の痛みに顔をしかめた。体のあちこちが、打撲痕や切り傷でいっぱいだ。頭は重いし、耳の奥もガンガンと痛む。ひょっとしたら、鼓膜が破れているのかもしれない。右腕も、うまく動かない。折れてはいないのだろうが、肩に力が入れなかった。
その時、彼の体の下で何かがモゾモゾと動くのを感じる。
「……そうだ……朝陽……無事か?」
彼は先ほどの瞬間に、目の前にいた朝陽をかばうように、覆いかぶさったのだった。我ながら、咄嗟によくあれだけ動けたものだと思う。
「さっさと……ここから離れるぞ……いつ……燃料に引火するか……」
そう言って、腕の中を覗き込む。
「動けるか……朝……陽?」
しかし、そこに朝陽はいなかった。
代わりに、その腕に収まっていたのは、全く見知らぬ、一人のおじさんだった。彼の胸の中で、禿頭の男性が伸びて気を失ってのびていたのだ。
「……ひ、人違い……かも……でした……」
なんと無様なことだろう。颯爽と妹を守ったかと思ったら、助けたのは見知らぬおっさんだったのだ。なんともむなしい気分に襲われながら、彼はなんとか立ち上がった。幸い、どこも折れてはいないようで、どうにか動けそうだった。
見渡した周囲には、他に誰もいない。というより、十条九のいるこの空間が、崩れた天井で分断されているようだった。さほど広くない空間に、自分たち二人と、音を立てて燃える炎がある。そして、出口がない。それに気づいた瞬間、十条九は顔をしかめていた。
「これじゃ、救助が来る前に酸欠になる……早く、しないと……煙吸ったらやばいし……あとは……」
なかば引きずるようにして、男性を炎から遠ざける。それから彼は、手近な瓦礫の山を崩し始めた。
「どうにか、空気が通るようにしないと……」
動く方の左手で、必死に瓦礫を除けていく。瓦礫を掴んでは投げ、それを繰り返していく間に、手に持った瓦礫が、何かで滑って転がり落ちた。見ると、手のひらが真っ赤に濡れている。だいぶ深く切れたようで、血がボタボタと溢れていく。それでも、彼は瓦礫の山をひたすら掘り続けた。
どのくらいの間、そうしていたのか分からない。数分のことのようにも感じたし、その数十倍もかかったようにも感じる。だが、血で濡れた彼の手のひらに、確かに空気が流れるのが触れた。
「もう、少し……」
呻くようにしながら、次の瓦礫に手を伸ばす。だが、地面に食い込んでしまっているのか、どれほど力を込めても、それは動きそうにない。それに加えて、左手の感覚が無くなっていた。
「くそ、ここまできて……」
思わず、脱力してその場にへたりこむ。段々と酸素が薄くなってきているのか、いくら空気を吸っても、吸い足りない感覚がしていた。
「……いっそ、自分一人なら諦めがついたものを」
振り返った先に、例の男性が横たわっている。胸が微かに上下しているところを見ると、まだ無事のようだ。
十条九は、先ほどから掘り続けてできた穴を睨み付ける。その一番奥にある、動かない瓦礫へと、彼は蹴りを入れた。しかし、それでも瓦礫はびくともせず、蹴った反動で彼の方が倒れる始末だった。左の手の甲で汗を拭いながら、再び立ち上がる。そして、彼はもう一度、同じように瓦礫を蹴った。
まるで同じ動きをするだけの機械のように、蹴り続ける。もはや、頭で何かを考えることすら、ままならなかった。何度も、何度も、蹴り続ける。やがて膝に力が入らなくなり、彼はくず折れるようにして倒れこんだ。
「……く……そ……」
もう一度、と力を込めた足が、血溜まりで滑る。そのまま彼は起き上がることもできずに、視界が暗転していった。