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孤ノ影闘記 / Anti-Nexus  作者: 鰓鰐
第1章 邂逅―Happening―
5/58

〈4〉

 

 ―4―

 

 

 教室に入る時に重要なのは、タイミングである。いや、正確には時間帯と呼んだほうが正しいか。好ましいのは、まだ誰も教室にいない時間か、あるいは教室に十数名ほどの生徒がいる時かの二択だ。

 

 もし仮に、生徒が数名しかいない状況で教室に入ったとしよう。すると、人が少ない状況下では、必然的にこちらに意識が集中してしまう。その場合、挨拶した方がいいのかどうなのか、互いに困惑してしまい、微妙な空気になる。

 

挙げ句、待っているのは、向こうが一応してくる挨拶にこちらが会釈を返すという展開だ。そして、他の生徒が来るまでの間、気まずい雰囲気になってしまうのだ。



 そこで、プランA、教室に誰もいないうちに登校する。言うまでもなく、教室に誰もいなければ、挨拶する相手もいない。あとは、他の生徒が来るまで寝ているふりでもしていればいい。わざわざ寝ている相手を起こしてまで挨拶してくる生徒もいないだろう。

 

ただ、毎回必ず一番初めに教室に来られる保証など、やはりどこにもない。もし曲がり間違って、教室内に一人か二人だけ生徒がいた場合、事態は深刻だ。

 

 

 そこでお勧めは、プランB、教室に十数名ほどの生徒がいる時に教室に入る。教室に十数名ほど生徒がいる状況だと、生徒たちはいくつかのグループを形成し、雑談が始まるからだ。

 

やれ昨日のテレビだの、やれ宿題写させろだの、隣のクラスのタナカくんとサイトウさんがいい雰囲気だのと、現役高校生どもはいくらでも話題に事欠かない。

 

注意力が散漫になったその隙にサッと侵入し、席につく。あとは、寝たふり、または読書を開始すれば完璧だ。ただ、これはある程度気配遮断スキルを持っていることが前提であるため、やや玄人向きであると言えるだろう。

 



 今日の十条九も、プランBを用いて、誰にも気づかれることなく席に座っていた。彼は早速昨日借りたばかりの本に目を通している。さらに、彼はイヤホンまでつけており、もはや彼に話しかけようとするものはいないだろう。

 

ただ、このプランBを使用するのに当たって、一つ注意点がある。それは、間違ってもこの時、ゲーム機や漫画のように人目を引くものを用いないことだ。スマートフォンの普及により、一昔前に比べてその類の物が下火になっているせいもあるのか、物珍しさに近寄ってくる輩は、思いのほか多い。

 

結果、待っているのは「何やってるの?」という死の宣告だ。その次には「見せて貸して触らせて」。あるいは、「それ、俺もやった/読んだ事あるわ!」などと言って、頼んでもいないコミュニケーションを持ち掛けてくる事もある。ぼっちにとって、それはもはや抗うことのできない絶望だ。暴力だ。


話しかけてくる当人は親切のつもりなのかもしれないが、そもそもこちらは、そういうコミュニケーションに苦手意識を持つが故に、一人で時間を潰すための道具として、ゲーム機や漫画を持ち込んでいるのである。別段、やっているゲームや読んでいる漫画から話の輪が広がり、友情が芽生えるような展開など微塵も期待しているわけではないのだ。その辺を察してほしいと、十条九は常々思う。

 

 

 ホームルームが終わり、一時間目の授業が始まる。彼は、いつものように教科書を取り出した。十条九は、今まで忘れ物などしたことがない。教科書もノートも、宿題も忘れたことがない。ぼっちにとって、忘れ物は天敵といっていいだろう。教師が生徒を指名して問題に答えさせるなど、授業中によくあることだからだ。

 

そして、その時の決まり文句がこうだ。「教科書の○○ページの第○問」。または、「教科書○ページを音読しろ」という場合もある。この時、仮に教科書を忘れていたとしたら、どうなるだろう。その次に教師が浴びせてくるのは、「なんだ、教科書忘れたのか」という言葉。この一言で、クラス中の意識を悪い意味で集めてしまう。

 

そして、とどめの言葉。「隣の人に見せてもらいなさい」。なんと恐ろしいことだろう。無論、当てられなければどうということはないのだが、そういう時に限って、教師は「狙ってんじゃねえのかコイツ」と思えるほど正確に、教科書を忘れた生徒に当ててくるのだ。

 

 

 その点、ぼっちを極めし者、十条九に抜かりはない。彼は、教科書を忘れないことはおろか、すでに今日進むであろう授業内容の分の問題を、家で終わらせてきている。これで、どこを当てられても大丈夫だ。

 

 しかし、それも杞憂だったようで、授業は着々と進んでいき、彼は一度も当てられることなく、いつの間にか4時限目になっていた。

 

 今日の国語の授業は、主に新しく入った単元の音読だ。無論、彼は新出漢字の読み方を全て調べてきたため、どこを当てられてもすらすらと読める自信があった。何より、元々彼は漢字に強いのだ。

 

この授業中、彼が音読させられることはなかったが、彼の隣の席の生徒が当てられた。昨日の面談で、彼が名前を拝借した学級委員長の女子だ。その彼女が、音読の前にこちらを向いて小声で一言尋ねた。

 

「ねえ、十条くん、この漢字って何て読むの?」

 

心臓が止まるかと思った。あまりにも普通に話しかけられたせいで、一瞬友達にでも声をかけられたのかと思った。というより、自分の名前を覚えている生徒がいるなどと、思ってもみなかった。

 

「……う、うね

 

なんとかかろうじてそれだけ答えると、彼女は「ありがとっ」と何でもないように礼を言って、音読を始めた。

 

本当に心臓に悪い。

 

 

 4時限目の授業が終わって、昼休みになる。これもまた、ぼっちにとっての試練の一つである。昼休み、つまりは昼食の時間。教室の中ではグループが生成され、何人かの生徒は食堂か購買へと向かう。

 

言うまでもなく十条九は、その輪には入らない。彼は、黙って席を立った。このまま自分の席で食べるわけにはいかないのだ。目立って仕方ないし、自分の席の周囲にグループが生成された場合、邪険にされるのは目に見えている。

 

「あ、十条くん」

 

再び先ほどの女子の声がして、振り返る。声の方を見ると、委員長は他の女子数人とグループを作りつつあった。そんな状況で話しかけないでほしい、と十条九が内心で呟いたのは、彼女の周辺にいる数人の生徒が、何事かとこちらを見ていたためだ。

 

「さっきはありがとね。ホント助かった」

 

「……あ、うん」

 

それだけ答えて、彼は逃げるように教室を出て行った。まさか、一日で二度も同じ人と会話するとは思ってもみなかった。驚愕である。

 

 

 それはともかくして、あらかじめ買っていたパンとパックジュースの入ったビニール袋を片手に、十条九は廊下を急ぐ。その間、弁当の入った袋を持った男子生徒が、一人トイレに入っていくのを目にした。

 

「……便所メシ、か」

 

 それを見送りながら、彼は眉をひそめる。十条九にとって、便所メシとは若輩者のすることであった。ボッチだからという理由で、不衛生な上に狭い個室で食事をするなど、理不尽極まりない。

 

大方、「中学の頃には友達いなかったけど、高校に入ったらきっと……」と期待していた新入生が、案の定誰とも混じれずに、結局のところそこへ行き着いてしまったのだろう。大体、中学の頃に友達がいなかった奴が、高校でいきなり友達をつくるというなんて、できるはずがないのだ。

 

そんなものは妄想だ。漫画やアニメの世界の話だ。都市伝説だ。そんなことができる奴なら、そもそも中学の時に友達の一人くらいつくれている。入学当初に友達をつくる努力をする暇があるなら、まずは一人で昼食を食べるためのスペースを探すべきなのだ。

 

 などと考えている間に、十条九は図書室のある別館の、裏手に来ていた。そもそも人の出入りの少ない別館の、更に裏側だ。本館の窓からもこの位置は見えず、その上風通しもよく、日の当たりもいい。まさに、ぼっちメシには絶好の場所だ。入学当初、即座にこの場所を確保できたことは、まさに行幸と言っていいだろう。

 

彼は、あらかじめ買っておいたパンをかじりながら本を読む。飲み物は、パックに入った抹茶オレ。この瞬間が、彼は存外嫌いではなかった。

 

「えー、行けないってどういうことぉー?マジありえなーい」


不意に聞こえてきた声に、十条九は顔をしかめる。一気に、台無しだった。あまり頭のよろしくなさそうな喋り方が、だんだんと近寄ってきている。

 

この状況で推測されるのは、図書室で電話がかかってきた誰かが、それに出るために建物の裏手に回ってきたという状況だ。このままだと、鉢合わせになってしまう。ぼっちメシの現場を目撃されること、それはぼっちにとっての死を表す。世間の常識だ。

 

 しかし、この程度で動じる彼ではない。彼は残りのパンを口に詰め込むと、抹茶オレでそれを飲み干し、声が聞こえてくるのとは反対方向に歩み出した。そして、声の主が裏側に入ってくるのと同時に、絶妙のタイミングで建物の表側へ。完璧である。


「えー、それやばーい。マジありえなーい」

 

マジでありえないのはお前の方だ、っていうか喋り方が一昔前のギャルっぽいな、と思いながら、彼はため息を吐いた。これで、彼が残りの昼休みの時間を過ごすための安息の地は失われてしまったのだ。

 

図書室に行こうかとも考えたが、生憎ゆっくり本を読んでいる時間は無い。微妙に残ってしまった時間を消費するため、彼は散歩がてら、遠回りしながら教室へ戻ることにした。これもまた、ぼっちに特有の行動と言えるだろう。

 

休み時間中に、当てもなく一人で校舎内を散歩している人を見かけることがあるかもしれない。一度目は偶然かもしれないが、もし同じ人と二、三回すれ違ったら、その人は恐らく、教室内で過ごす時間を減らそうと、無意味に校舎内を歩き回っているぼっちだろう。見かけた時は変に声をかけようとせず、そっと見なかったふりをしてあげるといい。


 

 

 彼の教室は二階にあるが、階段をすぐには上らずに、一階の廊下をゆっくりと歩く。ここには、主に三年生の教室が並んでいた。

 

「ね、朝陽ちゃんも行くよね?」

 

 そのため、その話し声が聞こえてきた時、彼は思わず立ち止まっていた。

 

「あ、ごめんなさい。私、今日は用事があって」

 

最初は同名の別人かと思ったが、声を聞いて、それが自分の妹のものだと確信する。チラッと近くの教室に目をやると、複数の三年生に囲まれて、妹が苦笑していた。いったいどういう組み合わせだろうかと、聞き耳を立てる。

 

「えー、朝陽ちゃん行かないの?じゃあ、俺も行くのやめよっかなー」

 

「だよな、女の子いないと盛り上がんないしなー」

 

「あー、ひどーい!私たちは女の子じゃないっていうの?」

 

男子のそんなやりとりに、女子からブーイングが起きる。いかにも若い男女たちの会話というか、自分には縁の無さすぎる会話だった。

 

「しょーがない。朝陽ちゃんにも用事の一つや二つくらいあるでしょ。ってか、あんた昨日も朝陽ちゃんのことカラオケに誘ってなかった?」

 

「あれはバスケ部と女バスの連中でカラオケ行こうって話になったから、朝陽ちゃんも呼んだだけだよ」

 

なるほど、昨日帰りが遅かったのにはそんな理由があったのかと、十条九は内心呟く。

 

「ってか、昨日の今日でまた誘うってのはどうなわけ?ちょっと非常識じゃない?」

 

「あ、いえ!別にそんなことないですよ!何もなければ、行きたかったんですけど……あいにく、家の方の都合で、どうしても行かないといけなくて。本当にごめんなさい」

 

真摯に謝る姿を見て、三年生たちは逆に慌てた様子で、そんなことないだの何だのと口にしている。彼らも、ずいぶんとたらしこまれたものだ。

 

「じゃあ、また今度誘ってくださいね」

 

そんなことを言って、朝陽は教室から出てくる。ドアをくぐる時に、一瞬彼女がため息を吐くのを、十条九は見逃さなかった。

 

「……って、うわぁ……何でお兄ちゃんがここにいるの?」

 

「ああ、ちょっと通りがかってな」

 

彼は、経験から瞬時に察する。今の「うわぁ」は、本気で引かれた時のそれだった。道端に落ちていたガムを踏んだ時とか、急いでいるのに電車が混んでいる時に出る「うわぁ」だ。

 

「ふーん、あ、そう。じゃあ、また後でね」

 

「ああ」

 

しかし、そう言って互いに歩を進めたのは同じ方向だった。

 

「……ねえ、なんでついて来るの?」

 

「その言葉、そのままそっくり返す。仕方ないだろ、二年生の教室は二階なんだから」

 

彼は、見えてきた階段を指して言う。

 

「そんなこと言うなら、一年の教室は三階だし。お兄ちゃん、別な階段通ってくれない?お兄ちゃんと一緒に歩いてるところ、誰かに見られてウワサになるの、イヤだし」

 

「噂?……ぼっちとビッチ、とか?」

 

「はぁ?」

 

彼がなんとなくボソッとこぼした言葉に、即座に朝陽が反応する。

 

「ねぇ、ぼっちっていうのがお兄ちゃんのことだってのは瞬時に分かるけど、私のことビッチとか言うのやめてくれない?っていうか、実際ビッチじゃないし。ちゃんと、身持ちは堅いんだから」

 

彼女は不快感を露にした目で、こちらを見ていた。

 

「ただの八方美人。別に、男にだけ取り入ってるわけじゃないし」

 

「自分でそれを言いますか……まあ、言われてみれば確かにそうだな。結局のところ、お前は他人から嫌われるのを嫌がっているわけだから、ビッチなんていう、他人から白い目を向けられるようなレッテルを、防がないはずはない。誰にでもいい顔をしつつ、特定の誰かに気のある素振りは見せない。つまり、誰にでも好かれそうな『いい後輩』を演じている。そうやって、うまいことやってるんだろう?まったく、家でのお前を見ている俺としては、感心すら覚えるぞ」

 

彼女の言っていることは本当だろうと、十条九は確信していた。彼女が求めているのは友達でも、先輩でもなくて、集団そのものなのだ。つまり、何かのグループに属しているという事実だけを、彼女は欲しているのだ。

 

何なら、彼女は異性と交際したことすらないと、断言できる(十条九とは異なる理由で)。そんな、いかにも周囲にいざこざを生みそうなことを、彼女にはできないはずだからだ。

 

「それ、実はバカにしてない?」

 

「してないぞ。少なくとも俺には、そんなことできないし」

 

二階につくと、十条九はぼやくように言いながら、自分の教室へと歩き出す。

 

「それはそうでしょ。お兄ちゃんがそれをやったら、気持ち悪いだけだろうし」

 

 背中にかけられた声に、思わず立ち止まる。さすがに言われっぱなしのままでは格好がつかなかったので、何か言い返そうと口を開く。

 

「でも、それも大概にしとけよ。度が過ぎると、八方美人は一瞬で嫌われ者になるぞ」

 

「……ぼっちが言うと、説得力があるわね」

 

そこまで納得されると、こちらとしても反応に困った。

 

「忠告どうも、お兄ちゃん」

 

「ああ、後でな」

 

彼らはそう言って、別々の方へ歩き出した。歩きながら、どうしてこうも正反対なのだろうと、互いに思う。同じ環境で育ちながら、自分たちは鏡に映したように真逆だ。過度なストレスの中で、兄は一人でいることの気楽さを覚え、妹は群れることの快適さを覚えた。その結果、今の状態がある。

 

奇妙なものだと、互いに思った。

 

 


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