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孤ノ影闘記 / Anti-Nexus  作者: 鰓鰐
第1章 邂逅―Happening―
3/58

〈2〉

 

 ―2―

 

 

 

 

 十条九は下足箱の前で靴を履き替えると、そのまま別館である図書室の方へと足を運ぶ。ちょうど去年の今頃、一年の担任とも同じような応対をした事を思い出し、彼は自身でも気付かぬ内に、ため息を吐いていた。すると道すがら、彼の足元へと硬式のテニスボールが転がってくる。

 

「お、ちょうどよかった。ボール取ってくんない?」

 

近くのテニスコートから、フェンス越しに茶髪の少年が叫んでいる。確か、同じクラスの生徒だったような気がする。

 

「ワリィワリィ、俺が打ち上げちゃって……」

 

さらにもう一人、整髪量で髪をツンツンに立たせた少年が、その隣に駆け寄ってくる。いかにも「チャラい」風貌の二人と自分が並んでみると、何となく、自分とは違う種類の生き物を見ている気分だった。

 

「ってわけで、えっと……なぁ、あいつなんて名前だったっけ?」

 

「え?あんな奴クラスにいた?」

 

「ほら、窓際の一番後ろの奴だって」

 

丸聞こえで、ずいぶんと失礼なことを言ってくれる。しかし、先ほど自分もクラスメイトの名前をほとんど覚えていないことが判明してしまったので、人のことをとやかく言える立場でないことは、彼も分かっていた。まだ5月の頭であるし、とりわけ仲のいい生徒同士でもなければ、名前を覚えていないこともあるだろう。

 

その理論から言えば、クラスの誰も自分に興味を持っていないことになってしまうが。

 

「ああ!わかったわ!あのいっつも本ばっか読んでる陰キャラくんだ!」

 

「確か、名前に数字が入ってたくさくね?九か……十だっけ?」

 

「えっと……九条?」

 

「あ、それっぽい!いや、確かそれだわ!」

 

二人が何やら盛り上がっている一方で、十条九はどうでもよくなり、ボールを返そうと、フェンスの上を目がけてボールを投げる。高さが足りずに二回ほど失敗したが、話に夢中になっている二人には気付かれなかったようで、恥ずかしい目には合わずに済んだ。

 

「サンキュ!助かったわ、クジョウくん」

 

そんな名前のネギがあったな、と内心呟いてから、彼はその場を後にして図書室へと向かった。

 

 

 古びた重いドアを開けて中を見渡すと、そこには数人の生徒がいるだけだった。放課後の図書室が妙に活気づいていたら、それはそれで気味が悪いのだろうが。

 

 十条九は本棚の間を通り、奥の貸し出しカウンターへと向かう。書冊の匂いを嗅いでいるこの瞬間は、不思議と心が落ち着いた。リノリウムを踏む足音を聞くと、カウンターの奥にいる、眼鏡をかけた白髪混じりの女性が彼に気づいて微笑んだ。

 

「いらっしゃい」

 

「こんにちは。あの、前に貸し出しの予約をした本って、もう返却されてますか?」

 

図書室に新しく入ってきた新刊は、競争率が高く、大抵の場合すぐに誰かに借りられてしまう。そこで彼は、あらかじめ予約をしておくことで、返却された本をキープしてもらっているのだ。

 

無論、誰もがそんな待遇を受けられるわけではない。足しげく図書室へと通い、受け付けの人に名前を覚えられ、借りる本の傾向を覚えられて初めて、「今度こんな本が入ったんだけど、次に返却された時に取っておく?」と聞いてもらえるのだ。

 

彼もまた、伊達に年間200冊以上の本を借りていない。最近では、知人の数よりも今まで読んだ本の数の方が多いのではないかと思っている。

 

「ええ、返ってきてるわ。じゃあ、取ってくるから少し待っててね」

 

そう言って女性は奥の書庫へと消えていく。

 

 後に残された十条九は、しばらくの間他に目ぼしい本がないか、見て回ることにした。

 

「えーわかんなーい。ねぇねぇユウくん、これどうやって解くのぉ?」

 

そんな、鼻につくような女の声が聞こえてきたのは、図書室の隅に設けられた学習スペースだった。何の気なしにそちらを見てみると、一組の男女が肩を寄せ合って一つの参考書に目を向けている。実に仲睦まじい光景だ。早々に爆ぜてしまえばいい。

 

「どれどれ……あぁ、こんなのちょっとした応用だよ。こっちの式を使って……」

 

「えーやだー、ユウくんチョー頭いいー!」

 

お前のしゃべり方は頭良くなさそうに聞こえるな、と思いながら、彼は適当に本を見て回る。なるべくそちらを意識しないようにしてはいるが、ボードレールの詩集を手に取りながらも、なんとなく気が散ってしまっている。

 

「はは、ここはたまたま得意なだけだって。公式を覚えちゃえばヨユーだよ。この場合は二倍角だから、2sinα=2sinαcosαで解けるんだ」

 

「もー、ユウくん天才!そういうとこ超好きー!」

 

非常にどうでもいいが、そういうことは他所でやっていただきたい。ベタベタするのならいくらでもほかの場所でできるから、わざわざそんな様子を見せつけに来なくて結構だ。どうせ女の方は今の説明も理解していないだろう。図書室にしか行く当てのない者たちに謝罪すべきだ。と、その最たる者である十条九はそう思った。

 

「お待たせ」

 

戻ってきた女性に声をかけられ、カウンターへと戻る。そのまま手続きを終わらせ、彼は礼を言ってから図書室を後にすることにした。去り際にチラッと学習コーナーに目をやると、未だに例のカップルはいちゃついている。どうでもいいがユウくん、二倍角の公式はsin(2α)= 2sinαcosαなんだけど、 と思いつつ、彼はそっと図書室を出た。

 

せいぜい痛い目と恥ずかしい目を見ればいいのだ。




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