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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第三章 仮面の騎士
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第94話 ロッシュ防衛戦11

 超個体が強いことはわかっていたつもりだ。それでもカエデなら何とかしてくれるとレンは思っていた。

 それが甘い見通しだったと一撃で打ち砕かれてしまったが、ショックを受けているヒマはない。

 こうなったらやることは一つだった。


「ガー太!」


 思わずその名を呼んでいた。他人に聞かれていないかとか、そんな心配をしている余裕もなかった。


「クエーッ!」


 わかっている、とばかりにガー太が答えてくれる。

 周囲の魔獣たちの間を突っ切り、カエデを助けに向かう――そう思ったレンが動こうとした時だった。

 ドガッ! という音とともに、後ろから飛んできた石が、超個体の後頭部に命中した。

 人間の頭ぐらいありそうな石だったが、超個体にダメージはない。それでも超個体は立ち止まり、石が飛んできた方を向く。

 破壊された家の中から、石を投げた張本人――カエデが出てきた。


「あは」


 とカエデは笑った。

 頭からは血を流し、体はホコリまみれで汚れていたが、それでもカエデは楽しそうに笑った。

 一方の超個体は、カエデが起き上がってきたことにプライドを刺激されたのか、うなり声を上げてカエデに襲いかかった。

 魔獣の右腕、左腕が交互に襲いかかるが、カエデはひょいひょいとそれをかわしていく。

 かなりのダメージを受けたはずなのに、彼女の動きは変わらず軽やかだった。

 だが反撃ができない。カエデが持っていた剣は、殴り飛ばされた際にどこかへ飛んでいってしまい、今は武器を持っていない。

 カエデのピンチを見てレンが叫ぶ。


「誰か剣をくれ!」


 それに応じ、ちょうど魔獣と戦っていなかったダークエルフが剣を投げてくれた。ほぼ二人同時に。


「リゲル、頼む」


 レンは持っていた弓を、リゲルに向かって放り投げた。

 魔獣を牽制していたリゲルだったが、レンの弓を受け取って少し後ろへと下がる。

 両手が空いたレンは、飛んできた二本の剣を右手と左手で一本ずつキャッチすると、


「カエデ、受け取れ!」


 カエデに向かって、二本の剣を思いきりぶん投げた。

 カエデは超個体の攻撃を後ろに高く飛んでかわすと同時に、空中で二本の剣を受け取り、くるっと回って着地する。

 二刀流となったカエデに、超個体が襲いかかった。

 カエデは相手の攻撃をよけながら、二本の剣を巧みに操って、回避しつつ斬りつける。だがどの攻撃も浅く超個体の表皮をわずかに傷付ける程度だった。

 小さな傷はすぐに回復していき、超個体にはなんのダメージもない。


「うん。だいたいわかった」


 何度か攻撃したカエデが、そんなことをつぶやく。

 彼女は軽い攻撃を繰り返し、相手の防御力を確かめていたのだ。

 それで得た答えは、中途半端はダメ、思いっきりいく、だった。

 カエデが反撃に移ろうとしているのをレンも感じ取っていた。離れた場所にいるのに、なぜか彼女の気配を明瞭に感じていた。


「リゲル、弓を!」


 リゲルに預けていた弓を返してもらう。

 彼が放り投げてくれた弓をキャッチしたレンは、襲いかかってくる魔獣の相手をガー太に任せ、弓を強く引き絞った。

 狙いは超個体。

 レンはカエデの動きを見ながら呼吸を合わせ、ここだというタイミングで矢を放つ。

 カエデの方もレンに合わせるようにして攻撃に転じた。

 この時、レン、カエデ、超個体の位置関係は、ほぼ直線上にあった。

 カエデが超個体に向かって走り、超個体はそれを迎え撃とうと右手を振り上げた。

 そこへレンの放った矢が飛んできた。

 カエデの頭上を越えて飛んだ矢は、狙い違わず超個体の右目に命中する。

 これまでダークエルフたちの矢を跳ね返してきた超個体だったが、さすがにここは弱点だった。

 とはいえ粘液は目も覆っており、眼球も硬い。普通の弓なら防ぐだけの防御力を持っていたのだが、レンの強烈な一矢はそれを貫き、右目に深々と突き刺さった。


「キシャアアアアッ!?」


 さすがにこの一撃は効いた。今までどんな攻撃にもひるまなかった超個体が、悲鳴のような鳴き声を上げて大きくのけぞる。

 そしてそこへカエデが斬りかかった。

 彼女の狙いは最初と同じ左足。


「ハッ!」


 最初に攻撃したのとほぼ同じところに、カエデは右の剣を叩きつけるようにして、思い切り斬りつけた。

 浅かった最初の一撃と違い、今度の一撃は超個体の左足を深く斬り裂いた。一刀両断とまではいかなかったが、それでも太い左足の三分の二ぐらいまで食い込んだ。

 この一撃で超個体はまたも悲鳴のような鳴き声を上げ、大きくバランスを崩して前へと倒れ込んだ。

 カエデは右手の剣を捨て、残った左手の剣を両手に持ち替える。

 そして上から倒れてくる超個体の頭めがけ、渾身の力を込めて振り上げた。


「イアアアアアッ!」


 裂帛の気合いとともに斬り上げた一撃は、倒れてきた超個体の頭部を首のあたりから真っ二つにした。

 魔獣の巨体はそのまま音を立てて地面に倒れたが、それでもまだ生きていた。

 まるで起き上がろうとするかのように、手足をピクピクと動かしている。

 カエデは両手で剣を大きく振り上げ、超個体の首めがけて振り下ろした。

 超個体の首が地面に落ち、ゴロリと転がった。

 それがとどめだった。

 首を失った超個体の四肢は力を失い、二度と動き出すことはなかった。


「やったぞ! 超個体を倒した!」


 最初に叫んだのは、城壁の上にいた弓隊のダークエルフだった。


「超個体を倒したぞ!」


 ガー太の上でその瞬間をバッチリ目撃していたレンも叫んだ。

 その叫びは徐々に他の兵士たちにも伝播し、喜びの声が次々と上がる。


「気を抜くな! まだ戦いは終わっていないぞ!」


 注意を呼びかけたのはダルタニスだった。

 人間同士の戦いなら、総大将を討ち取った時点で勝敗が決していたかもしれない。だが魔群は違う。超個体が倒されても、魔獣は変わらぬ凶暴さで人間へと襲いかかる。

 城の中庭にはまだ多くの魔獣が残っており、それらは動きを止めることなく人間やダークエルフと戦い続けている。

 しかし超個体を倒した影響はすぐに現れた。

 魔獣たちが同士討ちを始めたのだ。

 城の中庭に誘い込まれた魔獣たちは、かなり密集した状態で兵士たちと戦っていた。超個体がいた状態では、一応のまとまりが保たれていたのだが、いなくなった瞬間、魔獣たちは好き勝手に動き始めた。

 元々魔獣に仲間意識などない。

 隣にいた魔獣とぶつかれば、そこですぐに争いが発生する。密集していた魔獣たちは、お互いがお互いを邪魔者だと思い、一気に争い始めたのだ。


「ここが好機だ。一気に殲滅せよ!」


「オオオーッ!」


 ダルタニスの命令に、兵士たちが叫び声を上げて応じる。

 このままいけば勝てる――そんな思いが彼らを突き動かし、魔獣を攻撃する。

 魔獣に反撃され、少なからぬ犠牲者が出るが、勢いに乗った兵士たちは止まらない。恐れを知らぬ戦いぶりで、一体ずつ魔獣を倒していった。

 レンとガー太も戦い続けた。

 超個体がいなくなったことで、彼らは格段に戦いやすくなった。それまでは魔獣たちはガー太を囲むように襲いかかってきたのだが、超個体が倒されると連携がとれなくなり、バラバラに攻撃してくるようになった。

 同時に攻撃されるとやっかいだが、一体ずつならガー太の敵ではない。

 残りの魔獣たちをガー太は次々と蹴り飛ばし、レンは弓を射続け――そして気付けば、動く魔獣はいなくなっていた。


「勝った……のか?」


 一人の兵士が、信じられない様子でつぶやいた。


「そうだ。我々は勝った!」


 ダルタニスが、右手を大きく突き上げ叫んだ。


「我々の勝利だ!」


 その声に応じ、兵士たちが勝ち鬨を上げる。

 絶叫する兵士もいれば、感極まり泣き出す兵士もいた。

 ダークエルフたちも喜びの声を上げたが、大喜びする人間たちと比べると、彼らの喜び方は控え目だった。

 門の外にいたカエデも戻って来た。

 超個体を倒したカエデは、その後も門の外で多くの魔獣を倒していた。

 それらを全て倒し終え、笑顔を浮かべてレンのところに駆け戻ってきた――のだが、その前に割り込むようにしてダルタニスが声をかけた。


「君もよくやってくれた。我々が――」


 笑顔を浮かべてカエデに話しかけたダルタニスだが、その声が途切れた。

 カエデが自分の前に出てきた彼をにらんだのだ。レンのところへ行くのを邪魔する気? と言わんばかりの様子で。

 なんて目だ――カエデの目を見たダルタニスは寒気を覚えた。

 カエデの目は、今までダルタニスが見たことがないほど、暗く濁っていた。

 彼もまたそれなりの修羅場をくぐってきた男だ。味方からも恐れられるような、凶暴な兵士を指揮した経験もある。だが彼女は、そんな兵士ですらかわいく思えるような目をしていた。相手は小さな少女だというのに、思わず圧倒されてしまうほどの。


「よくやったぞカエデ」


 ダルタニスの後ろからの声に、カエデの表情がパッと変わった。

 それまでの禍々しさが消え去り、年相応の子供のような、無邪気な笑顔を浮かべる。


「カエデ、あの魔獣を倒したよ! すごいでしょ」


 ガー太から下りたレンに、走り寄ったカエデが抱きつく。

 ダルタニスは大きく安堵の息を吐き、カエデの頭をなでているレンに話しかけた。


「その銀髪のダークエルフはとんでもないな」


「言っただろう、我が知る最強の戦士だと」


「確かに恐るべきだな」


 まるで魔獣のように凶悪で、恐ろしい少女だとダルタニスは思った。そしてそんな少女を飼い慣らしている仮面の騎士もまた恐ろしい。

 魔群を倒したことは城内にも伝わり、そこでも歓喜の声が上がった。

 勝利を喜ぶ人々の声はやむことなく響き続けた。

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