第92話 ロッシュ防衛戦9
「魔獣が来ました!」
ついにその報告が見張りから届いた。
城の東門は大きく開かれ、そこからは大通りがまっすぐ延びているが、その大通りに魔獣の集団が現れた。
予想していた通り、魔獣たちは集結したようだ。前面に数百体の魔獣が並び、その後ろに巨大な超個体が控えている。
「あれがこの魔群のボスか……」
レンが超個体をちゃんと見るのは初めてだった。
でかいな、と思った。
トカゲのような魔獣の身長は一メートルちょっとだ。それと一緒に並んでいる超個体のサイズは、倍どころか三倍ぐらいある。身長は五メートル近くになるだろう。
「戦闘準備!」
ダルタニスの号令に従い、城門の内側、城の中庭に並んだ兵士たちが剣と盾を構える。ダークエルフは剣のみだ。そして城壁の上にいるダークエルフたちは、弓に矢をつがえる。
ガー太に乗ったレンも弓に矢をつがえたが、一つ心配なことがあった。
「カエデ、戻ってきませんね」
横にいるリゲルも心配そうに言う。
そう、カエデがまだ戻ってきていないのだ。
彼女が無事だという確信は変わりなく、そこは心配に思っていない。だが、もしかして道に迷っているのでは? と心配していた。
カエデがいるといないでは戦力的に大違いだし、なによりこのまま戻ってこなかったとして、味方が敗北して逃げることになったら、カエデのことをどうすればいいのか。ここに置き去りにするわけにはいかないし……。
だが今はそれを心配している余裕はなさそうだった。
超個体が、キシャアアアという大きな叫びを上げると、それを合図に魔獣が一斉に走り出した。ダルタニスの予想通り、全ての魔獣が開け放たれた東門に向かって殺到してくる。
最初に攻撃したのは、城壁の上にいたダークエルフの弓隊だった。五十人の弓隊から放たれた矢が、先頭を走ってきた魔獣に次々と命中する。
矢を受けた十体以上の魔獣が転倒し、その後ろを走っていた魔獣も、倒れた魔獣に足を取られて転ぶ。
「おおっ!」
という大きな歓声が兵士たちから上がった。
普通の弓では魔獣を転倒させることも難しかったが、ダークエルフたちの合成弓はそれだけの威力を持っている。
矢を受けて倒れたからといって、魔獣を殺したことにはならない。転倒し、他の魔獣に踏みつぶされても、きっと超回復ですぐに復活してくるだろう。だが相手の勢いを弱め、味方の士気を上げるという大きな効果を発揮した。
弓隊の攻撃で多少勢いは弱まったものの、魔獣は恐れることなく城門へと突っ込んできた。
城門をくぐり、城の中庭に入り込んできた魔獣に向かい、レンは構えていた矢を放った。
それは集団の先頭を走っていた魔獣の顔面に突き刺さり、矢を受けた魔獣は弾かれたように倒れた。
レンは次の矢をつがえつつ、ガー太に叫んだ。他人も聞いているから偽名で。
「行くぞホウオウ!」
「クエーッ!」
大きく鳴いて応えたガー太が、魔獣の集団に向かって飛び出す。
「待つんだ!」
横からかかった制止の声はダルタニスだ。彼にはレンの飛び出しが無謀なものに見えたのだろう。
レンも危険は重々承知だったが、魔獣の勢いを止めるにはこれしかないと思った。
「キシャアアアッ!」
「ガー!」
口を大きく開けて襲いかかってきた魔獣を、ガー太の右の回し蹴りが吹き飛ばした。魔獣の体が高らかと宙を舞うが、それが落ちる前に二体目、三体目の魔獣が襲いかかってくる。
ガー太は軽く右にステップして二体目の攻撃をかわしつつ、ほぼ同時にきた三体目を蹴り飛ばす。そのまま魔獣の群れを相手に、避ける、体当たりする、蹴り飛ばす、と大暴れだ。
レンはそんなガー太に乗ったまま、攻撃してくる魔獣に向かって次々と矢を射ていく。ガー太は激しく動き回っていて、普通なら矢を射るどころか、落とされないように必死にしがみつくのがやっとのはずだが、レンの体勢は安定している。体が横になろうが、斜め下になろうが、ガー太にピッタリ吸い付いたように離れない。
だが魔獣は数が多い。いくらガー太とレンが奮闘しても、一羽と一人だけなら囲まれてつぶされていただろう。しかし彼らには助けてくれる仲間がいた。
「仮面の騎士様を援護しろ!」
ギルゼーの命令に従い、ダークエルフたちが前に出る。目的はレンとガー太の援護だ。ガー太の動きを邪魔しないように近付きすぎず、そしてガー太が完全に囲まれてしまわないよう、適度な距離を保って援護する。
さらに人間たちの部隊も動いた。
「ダークエルフたちに後れをとるな!」
「オオーッ!」
レンとガー太の活躍に目を奪われていたダルタニスが、我に返って叫ぶと、それに兵士たちが呼応する。
ダルタニスは剣を抜き、先陣を切って魔獣へと斬りかかる。それを見た兵士たちが、遅れてなるものかと後に続いた。
ダークエルフ以下と侮られ、怒りをためていた兵士たちだったが、それがさらにレンとガー太の活躍に触発された。しかも彼らにはもう後がなかった。追い詰められた恐怖が、兵士たちをさらに凶暴にさせた。
ダークエルフ、そして魔獣どもに目にもの見せてくれる!
そんな感情を爆発させ、兵士たちは恐れることなく魔獣へと斬りかかる。
「仮面の騎士様! 一度後ろに下がってください!」
「すまないリゲル!」
魔獣の攻撃が激しくなり、レンが少し危なくなってきたかと思ったところで、リゲルたちダークエルフが積極的に前に出てきてくれた。
レンはリゲルの言葉に従い、囲まれそうになっていた状況からいったん抜けだし、ダークエルフたちの後ろに下がった。だがそれも一瞬のことで、すぐにまた魔獣の群れの中へ突進する。
そうやって戦うレンを見たダルタニスは、どうにか彼のおかげで持ちこたえているな、と思った。
次々と魔獣を蹴り飛ばし、大暴れするガー太に、当然のごとく魔獣は殺到する。おかげで他への圧力が弱まり、兵士たちは魔獣の群れと互角の戦いを繰り広げている。
元々包囲陣形を敷いていたので、防御側が有利な形になっていたが、さらにレンが前に出て大暴れしてくれるおかげで、魔獣の勢いが弱まっていた。
しかもそれだけではない。
魔獣は打撃に強いから、ガー太が蹴り飛ばしたとしてもすぐに回復するはずだった。ところがガー太に蹴られた魔獣は、まるで人間のようにダメージを受け、中々起き上がってこない。
レンは以前からこの特性に気付いていたが、今回もまた同じだった。ガー太に蹴られたトカゲのような魔獣は、地面に倒れると苦しげに身をよじっている。
戦っている兵士たちは、ガー太の攻撃が特別なことまでは気付いていない。とてもそんな余裕はなかった。とにかく倒れた魔獣に群がり、メッタ斬りにしてとどめを刺していく。
もちろん兵士たちの方も無傷とはいかない。
「ギャアアアアッ!」
魔獣の爪で切り裂かれたダークエルフが、悲鳴を上げて倒れる。
「誰か! 助けてくれ!」
魔獣に噛みつかれた兵士が、助けを求めて絶叫する。
ダークエルフ、人間どちらにも死傷者が続出するが、戦況はほぼ互角だった。防御側の包囲陣形は崩れず、確実に魔獣の数を減らしていく。
このままいけば、もしかして勝てるのではないか――兵士たちが、そんな希望を抱き始めた時だった。
「キシャアアアアッ!」
空気を震わす咆哮が響き渡った。
まるで、お前たちに希望などない、と言わんばかりの咆哮を上げたのは、魔群を率いる超個体だった。
魔獣たちは開かれた東の城門へ殺到していたが、超個体は城門から離れた場所にとどまっていた。その超個体がついに動いたのだ。
地響きを立てて巨体が一歩を踏み出す。そしてまた一歩、さらに一歩。
超個体は城門へと向かい、大通りをゆっくりと進み始めた。




