第91話 ロッシュ防衛戦8
街の北側での戦いはすでに終結していた。
兵士たちは城へと退却し、残っているのは魔獣たちだけだ。
そこに轟音が響き渡っていた。
ドンッという大きな音とともに、街の北側の門が震えた。
ロッシュの街の外壁の高さはおよそ十メートル。東西南北には高さ五メートル近い巨大な木製の門が設置されている。
その北側の門が大きくたわんでいた。
外側から、超個体が体当たりを繰り返していたのだ。
魔獣の巨体がぶつかるたびに、ドンッという大きな音が鳴り、門がゆがんでいく。
そして何回目かの体当たりで、ついに門が破壊された。
巨大な扉が内側に向かって倒れる。
すでに百体以上の魔獣が壁をよじ上って越えていたが、門の外にはまだ超個体を中心に数百体の魔獣が残っていた。
いわば魔群の本隊といってもいいだろう。
その魔獣たちが、破壊された門をくぐり、一気に街の中へとなだれ込んでいく。
魔獣が向かうのは街の中心、ロッシュ城の方角だった。
「ちょっといいかな? 仮面の騎士」
ダークエルフたちと話していたレンに、ダルタニスが話しかけてきた。
「私たちはここで魔獣を迎え撃つ。もう逃げ場はないから、今度こそ最後の戦いになるだろう。そこで君たちには戦いの中心を担ってもらいたい」
「具体的には?」
「私は城の東門を開け、そこに魔獣を誘い込もうと考えている」
「わざと門を開けるのか?」
予想外の言葉だった。レンは籠城戦の経験などないが、当然城門を固く閉じて守るのだと思っていた。
「先程戦ってよくわかったが、守りを固めただけでは魔獣は倒せない。援軍が来るというなら話は別だが、そのあてもない。私たちが勝つためには、魔獣を全て殺さねばダメだ。城壁の上から弓で攻撃しても魔獣は殺せない。引き込んで倒さなければ」
「なるほど」
弓だけで魔獣を殺すのが困難なことは、レンもよくわかっている。
東側の戦いではダークエルフの弓隊が魔獣を食い止めたが、あれは魔獣の数が百体ほどと少なかったからだ。次の戦いでは残りの魔獣も結集してくるはずだ。数百体の魔獣が一斉に襲いかかってくれば、ダークエルフの弓隊でも止めることはできないだろう。
「しかも向こうは魔獣を投げ入れてきた。またあれをやられると非常にマズい」
「そういえば、そんなことをやっていたな」
レンも空から落ちてくる魔獣を目撃している。
またあれをやられたら、城壁を守っていても無駄になってしまう。
「だったら最初から一ヶ所に引きつけた方がいい。相手は多少知恵があるといっても魔獣だ。門を開ければそこに殺到するはず。私たちは門の内側に陣を構え、入ってくる魔獣を囲んで殺していく。意図的に有利な状況を作り出すんだ。もし他にいい案があるというなら、ぜひ教えてほしいが……」
「……いや、それでいいと思う」
他の戦い方と言われても、レンには思い付かなかった。それにダルタニスの作戦はいいんじゃないかと思った。直接戦わなければならないのなら、できる限り有利な状況を作り出すしかない。
「では君たちには、防御陣の中心をまかせたい。隣には私が守備隊を率いて布陣する。私たちが魔獣の攻撃を最初に受け止め、味方全体を支えるんだ」
「つまりはこういうことか?」
レンは地面に簡単な図を描いた。
「それでいいと思う」
描かれた図を見て、ダルタニスがうなずく。
「わかった。だがダークエルフの一部は弓隊として使いたい。城壁の上にあげてほしいのだが」
本音を言えば、全員を弓隊として使い、城壁の上からの援護役に徹したい。それが一番安全な場所だと思うからだ。だが人間たちだけで魔獣を防ぎきれるとは思えない。ダークエルフたちが入れば防げるという確証はないが、確率は上がるだろう。
いくら上でがんばっても下が突破されれば終わりだ。元よりダークエルフたちは死ぬのを覚悟してここまで来ている。重要な場所に配置してくれるというなら、そこで戦うのが一番だ。
だがその一方で、弓隊としてダークエルフの力も侮れないものがあった。特別製の矢は先程の戦いで結構使ってしまったため、残りはそれほどない。だが威力の高い合成弓もあるし、彼らの一部は弓隊として戦ってもらった方が、戦いに寄与すると思われた。
結局、ダルタニスやギルゼーとも話し合って、弓の扱いに優れた五十人に、弓隊として城壁の上にあがってもらうことになった。残りの二百五十人が下で戦う。ガー太に乗ったレンも一緒だ。
「次の戦いが本当に最後だ。もしそれで敗れるようなら、すまないが妻と子供たちをよろしく頼む」
「わかっている。その時は全力で逃げよう」
ダルタニスの心はずいぶんと軽くなっていた。先程、実際にあのホウオウという鳥に乗ってわかったが、確かにあれなら魔獣からも逃げられるだろう。妻と子供たちがヴァイセン伯爵の元に逃げられるなら、もう彼に思い残すことはない。全力で戦うのみだ。
ダルタニスの指揮で防御態勢が整えられていく間にも、生き残った兵士や住人が逃げてくる。ダルタニスを逃がすために残った警備隊長のカイエンも、部下たちと一緒に戻ってきた。
「無事だったかカイエン!」
ダルタニスは喜んで彼を出迎えた。
「どうにか生き延びました。あの後、急に魔獣たちの攻撃が散発的になり、その隙を突いて逃げることができました」
「そうか。やはり魔獣たちは戦力を集中しようとしているようだな」
カイエンの他にも、逃げてきた人々からは同じような話を聞いていた。
彼らに襲いかかっていた魔獣が、急に引き上げたというのだ。
普通の魔獣なら考えられない動きだった。魔獣は人間を見れば襲いかかり、どこまでも追ってくる。それをやめたというなら、魔群を支配している超個体の命令だろう。どうやら魔獣たちは一度集まり、一気にこちらに襲いかかってくるつもりらしい。
ダルタニスとしては、魔獣がバラバラに襲いかかってきてくれる方がよかった。各個撃破できるからだ。相手が戦力を集中させているなら、それができない。だが一方的に悪い話でもなかった。向こうが準備を整えている間に、こちらも準備を整えられるからだ。
街の北側に配置した部隊は魔獣に敗北し、退却中にも大きな損害を受けた。だが東側の部隊は無傷で退却することができたし、西側の部隊もどうにか魔獣を食い止めていたので、少しの被害で城まで退却してくることができた。
死者や負傷者をのぞき、部隊を再編成した結果、兵力は二千人近くまで減った。この中には志願してきた老人たちも混じっている。先程のダルタニスの言葉――ダークエルフに負けるなという呼びかけ――に触発され、ワシらも戦おうと申し出てきたのだ。その多くが元兵士だった。
魔獣をどれだけ倒したか、正確なところはわからないが、これまでの報告から考えて、どんなに多くても二百体は倒していないだろう。
八百体以上の魔獣に、二千人の兵力で戦うのはかなり厳しいが、これでやるしかなかった。