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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第三章 仮面の騎士
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第90話 ロッシュ防衛戦7

 暗く沈んだ様子の兵士たちを見たレンは、ダルタニスさんの言ってた通りか、と思った。

 気が進まないけどやるしかないか、と心を決めたレンは、一度大きく深呼吸してから、大きな声でダルタニス男爵に呼びかけた。


「ダルタニス男爵! この後の魔獣との戦いは、我らダークエルフ部隊に任せてもらおう」


「君たちだけで戦うというのか!?」


 ダルタニスが驚いた様子で聞いてくる。


「そうだ。役立たずの人間たちは全員、城の中へ引っ込ませろ」


「我々の助けはいらない、と?」


「戦う意志がない者がいても、足手まといになるだけだ。ロッシュは我々ダークエルフ部隊が守ってみせる」


「ふざけるな!」


 と抗議の声を上げたのは、二人のやりとりを聞いていた兵士の一人だった。

 そして彼を皮切りに、兵士だけではなく住民たちからも次々と怒りの声が上がった。


「偉そうに何様のつもりだ!」


「ダークエルフの分際で!」


 だがレンはそんな彼らに傲然と言い返す――少なくとも見た目は傲然だった。


「黙れ臆病者ども! 魔獣におびえていた分際で口だけは達者だな。ロッシュの守備隊は精鋭だと聞いていたが、とんだ期待はずれだった。お前たちはダークエルフの影に隠れて震えていればいい!」


 よく聞いていれば、震えていろと言っているレンの声こそ、わずかに震えていることに気付いたはずだ。

 だが聞いている方は冷静ではなかった。

 ロッシュの守備隊の兵士は、自分たちに誇りを持っていた。この街を、そしてこの国をザウス帝国の侵攻から守っているのは、自分たちであると自負していた。

 それは住民たちも同じだった。今回もそうだが、外からの侵略に対しては住民たちも協力し、ともに戦ってきたのだ。老人の中には引退した兵士もいた。彼らもまたロッシュの住人であることに誇りを持っていたのだ。

 そんな兵士や住民たちにとって、レンの言葉はとうてい許せるものではなかった。

 よりにもよって彼らが汚れた種族と見下すダークエルフ以下のゴミクズと罵られたのだ。……いやそこまでは言っていないのだが、彼らにとっては言われたも同然である。

 ヤバ、言い過ぎた!?

 激しく怒る彼らを見てレンはあせった。この世界に来たばかりの頃、最初に村に行った時のことを思い出す。ガー太に乗っていなければ、あの時と同じように逃げ出していたかもしれない。

 全ては打ち合わせ通りだった。

 ここに来る直前、ダルタニスから頼まれたのだ。

 すまないが憎まれ役を引き受けてもらえないだろうか、と。

 兵士たちは魔獣に敗北し、戦う気力をなくしている可能性が高い。だから彼らを挑発してくれないかと頼まれた。

 そういうのはレンの苦手分野だったが、現状ではそうも言ってられない。

 兵士たちに戦う気力がなければ敗北決定である。

 やるだけやってみようとレンは答え、その結果がこれだった。

 上手く挑発できるか心配だったが、どうやら上手くいったようだ、というか上手くいきすぎた気もする。怒れる人々を前に、レンはかなり動揺していた。

 だが今のレンは仮面で顔を隠していた。そしてガー太は怒る人々を前にしても平然としていたので、その上に乗るレンもまた、他人からは兵士や住民の怒りなど歯牙にもかけていないように見えていた。


「怒る相手を間違えるな」


 ダルタニスがレンと人々との間に割り込んだ。


「ですが領主様――」


「私たちが戦うべき相手は、仮面の騎士ではないしダークエルフでもない。もうすぐここへ来る魔獣だ。臆病者と言われて怒ったなら、そうでないことを証明してやればいい。彼らではなく魔獣と戦ってだ。君たちは臆病者ではない! そうだろう!?」


 だんだんと調子を上げてきたダルタニスの呼びかけに、兵士や住人たちが呼応する。


「そうだ!」


「俺たちは戦える!」


「ならば戦おう! 他の誰でもない、私たち自身の手でこのロッシュを守るのだ!」


 そう言ってダルタニスが右手を突き上げると、


「ウォーッ!」


 兵士や住民たちが手を突き上げ、叫び声を上げる。

 彼らに先程までのうちひしがれた様子はない。激しい怒りが、恐怖や疲れを消し去ってしまったのだ。


「よし。ではすぐに準備に取りかかろう。魔獣はすぐにやってくる。時間はないぞ」


 テキパキと兵士たちに指示を下していくダルタニスが、ちらりとレンの方を見て軽くうなずいた。

 レンもそれに答えて軽くうなずく。

 どうにか上手くいったとレンはホッとした。仮面の下ではイヤな汗をかいていたが、今はそれをぬぐうこともできない。


「仮面の騎士様!」


 レンのところに、リゲルや他のダークエルフたちが駆け寄ってきた。

 戻って来たレンが人間たちを挑発するようなことを言い出したので、彼らは離れて様子を見ていたのだ。


「無事だったか?」


「はい。全員無事にここまで退却してきました」


 ギルゼーが報告する。


「仮面の騎士様は大丈夫でしたか?」


「ああ大丈夫だ」


「それにしても、今のはちょっと驚きました。あれは人間たちの士気をあげるため、わざとあんなことを言ったのですか?」


「そんなところだ」


 レンの答えを聞いたダークエルフたちが、さすがです、と感心した顔になる。

 彼らはダルタニスが発案者と知らないので、レンが自分で考えてやったと思ったようだ。


「カエデはどうしたんですか?」


 リゲルが聞いてきた。


「時間稼ぎを頼んできた。すぐに戻ってくるはずだ」


「そうですか」


 リゲルがあっさりうなずく。心配している様子はない。

 レンもカエデのことを全く心配していなかった。大丈夫だと確信しているというより、大丈夫なのがわかっているというべきか。自分でも上手く説明できないのだが、彼女が無事であることを、心のどこかで感じ取っていた。

 リゲルの方にはそこまでの確信はなかったが、カエデの技量から考えて、大丈夫だろうと思っていた。

 そうやって会話しているレンとダークエルフたちを、ダルタニスは少し離れた場所で見ていた。そして一人の部下を呼ぶ。


「ホルス百人隊長はいるか?」


「はっ! ここに」


 呼ばれた部下――ホルス百人隊長がすぐに現れる。彼はダークエルフたちと共に、東側の壁を守っていた人間部隊の指揮官だった。

 百人隊長というのは実戦部隊の指揮官のことで、ターベラス王国軍は――というか大陸西方にある多くの国の軍が――この百人隊長が率いる百人隊を基本として構成されている。千人の軍勢がいたら、十個の百人隊がある、といった具合に。

 百人隊長は軍の要といってよく、その多くは兵士からのたたき上げだった。多くの兵士たちにとって、この百人隊長になることが最大の栄誉である。

 軍の指揮官を務めるのは貴族が多かったが、そんな彼らを補佐し、実際に兵士たちを動かすのが百人隊長だ。そのため軍の強さは百人隊長で決まる、とも言われている。

 ただ百人隊長も百人隊も、実際の運用は結構あいまいだった。十人ぐらいの百人隊もあれば、百人を大きく超える場合もある。名前通り百人ピッタリ、という方が珍しいぐらいだった。

 先程ダークエルフたちと一緒に、街の東側で戦った人間たちの部隊も、三百人で編成された百人隊で、それをホルス百人隊長が一人で指揮していた。

 厳密に百人ずつ運用するなら、三人の百人隊長にそれぞれ百人ずつを預け、その中で指揮の優先順序を決めて、となるはずだったがダルタニスはそうしなかった。優秀な百人隊長の数は限られており、東側に三人も回す余裕がなかったからだった。


「ホルス。東側の戦闘だが、どんな様子だった? 魔獣を防いでいたと聞いたが」


「はい。こちらに退却してくるまで東側では一体の魔獣も通しませんでした。ですが我々は勝手に持ち場を離れ、ここまで退却しました。申し訳ありません」


 ホルスは深々と頭を下げる。命令もなしに持ち場を放棄し、城に退却してきたのを叱責されるのではないか、と緊張しているようだった。


「退却したのはいい判断だった。北側が破られた以上、あそこを守っていても意味がないからね」


 ダルタニスが笑ってほめると、ホルスはホッとした表情を浮かべた。


「それで実際の戦闘だが、あのダークエルフ部隊はどうだった?」


「あいつらは並みの連中ではありません」


「強かったのか?」


「とんでもない強さです。東側には百体ほどの魔獣が来ましたが、あのダークエルフたちは弓の攻撃だけで、それを完全に押さえ込んでいました」


「弓だけで? どうやったらそんなことが?」


「あの連中は我々よりも強力な弓を持っているようです。その上、矢を射る速度が速かったです。少しの訓練しかしていない市民兵どころか、守備隊の弓兵と比べても明らかに速かったです。こちらが一本射る間に、二本か三本射ているような速さで……そうやって大量の矢を放っていました。一本の矢で魔獣を倒すことは無理ですが、何本も命中させれば動きを止められます。それと、これは気のせいかもしれないのですが……」


「なんだ?」


「なにか特別な矢を使っていたようなのです。矢が一本刺さっただけで、魔獣の動きが明らかにおかしくなっていたように思います」


「矢に毒でも塗っていたというのか? 魔獣に効く毒、というのは聞いたことがないが……」


「そこまでは……もしかすると、気のせいかもしれませんし」


 実際に見ていないダルタニスには信じがたい話だったが、ホルスが嘘を言っているとも思えない。


「何体か壁の上までよじ登ってきた魔獣もいましたが、それにも冷静に対処し、すぐに複数人で囲んで殺していました。正直に言いますと、私の部隊は何もしていません。魔獣を止められたのも、ここまで退却してこれたのも、全てあのダークエルフたちのおかげです。ヴァイセン伯爵は、あんなダークエルフたちをどこから連れてきたんでしょうか?」


「それは私の方が聞きたいぐらいだよ」


 ダークエルフたちをヴァイセン伯爵が送り込んできた、とダルタニスは明言こそしていなかったが、すでにそういうことだろうと全員が知っていた。


「あのお方のことだ、いずれ来るザウス帝国との戦いに備え、色々と準備しているとは思っていたが……」


 それにしてもダークエルフ部隊というのは予想外だった。

 ホルスの言っていることは本当だろうと思った。自分の功績を過大に報告するならともかく、ダークエルフをほめたところで彼には何の得もない。

 それにダルタニスは東側の戦いは見ていないが、仮面の騎士の弓や、銀髪のダークエルフの少女の戦いぶりは見た。全員があれほどの使い手ではないだろうが、彼らが強いことは確かなようだ。

 認識を改める必要があるな、とダルタニスは思った。

 彼はダークエルフをまるで信用してない。それは変わらない。だが彼らは強い、その実力は認める。

 その上で、次の戦いでは彼らをもっと積極的に使うべきか、と思った。

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