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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第三章 仮面の騎士
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第86話 ロッシュ防衛戦3

 魔獣に対して、弓はあまり有効な武器ではない、というのはこの世界の常識だった。

 矢が一本二本刺さったところで、魔獣は平気で動き続ける。全く効果がない、というわけではないが、弓だけで魔獣を倒すのはかなり難しい。

 だがこの時ダークエルフたちが射た矢は、魔獣に対して大きな効果を発揮した。

 魔獣が何体か、矢を受けた衝撃で転倒する。

 全ての魔獣が転倒したわけではない。三百人が射た矢の中に、他と比べて明らかに威力の高い矢が混じっていたのだ。

 ダークエルフ製の合成弓だった。

 世界樹の枝を基本にして、そこに魔獣の骨や皮を組み合わせて作成された合成弓は、人間たちが使っている弓と比べてかなり強い。普通の人間なら引くのがやっとという強弓だ。

 北集落にはこの合成弓が二十張あったが、ルドリスはその全てを今回の援軍に持たせていた。

 この合成弓は魔獣の素材を使っているので量産が難しいのだが、しばらく前に大量の素材が手に入った。集落防衛戦で倒した百体ほどのハウンドだ。そのおかげで、ある程度の数を揃えることができたのだ。

 部隊の中で、弓の腕がいい順にこの合成弓を持たせていたのだが、彼らは見事その期待に応えたのだ。

 また魔獣の素材を使っているといえばもう一つ、ダークエルフたちの矢も特別製だった。

 矢尻を作る際に魔獣の骨を砕いたものを混ぜているのだが、これが魔獣に刺さると超回復を阻害し、強い苦痛を与えるのだ。

 ただし魔獣同士の相性があって、どの程度効果を発揮するかはそれぞれ違う。例えばハウンドの骨を使った矢をハウンドに当てても、普通の矢と変わらない。

 今回彼らが使った矢も、集落を襲ってきたハウンドから作ったものだ。

 この矢はトカゲのような魔獣に対して、ある程度の効果を発揮した。一本で倒せるほどの効果はないが、矢が刺さった魔獣の動きが明らかににぶっている。

 ダークエルフたちはこの矢を三百本持ち込み、これまた技量の優れた者に集中的に持たせていた。

 合成弓の強烈な一撃が魔獣を打ち倒し、特別製の矢が魔獣の動きをにぶらせる。

 一撃必殺とはいかないが、こちらに突進してきていた魔獣の勢いが明らかに弱まった。


「各自で攻撃しろ!」


 最初の一斉射を終えたところでギルゼーが命じる。

 全員が一斉に弓を構えて攻撃するのではなく、それぞれがバラバラに攻撃するやり方に切り替えたのだ。

 個人の技量に差があること、さらに使っている弓も違うので――合成弓以外はヴァイセン伯爵が用意してくれた普通の弓だ――動きを合わせるよりも、自由に行動させた方がいいと判断したのだ。

 ダークエルフたちは壁の上から、下に迫る魔獣たちに次々と矢を射る。

 その動きが速い。

 身体能力が高いダークエルフが矢を射る動きは、人間のそれを早送りしているかのようだ。

 次々と放たれる矢は、弾幕となって魔獣に降り注ぎ、その勢いを完全に止める。

 合成弓の強烈な一矢を顔に受けた魔獣が、もんどり打って倒れ込む。

 複数の特別製の矢に貫かれた魔獣は、超回復を阻害され、ノロノロと動くことしかできなくなる。

 普通の矢であっても十本二十本と命中すれば、体に突き刺さった矢が超回復を阻害する。ハリネズミのようになった魔獣は、満足に動くともできず、地面を這いずっている。

 矢だけでとどめを刺すことは難しく、ほとんどの魔獣はまだ生きている。

 だが今は動きをにぶらせるだけで十分だ。外壁を登らせなければいいのだ。

 それでも何体かの魔獣が街の外壁にとりつき、そこをよじ登ってくる。


「魔獣を誘い込め!」


 登ってくる魔獣を槍で突き落とすこともできたが、ギルゼーはそうしなかった。

 ダークエルフたちはあえて壁の上まで魔獣を登らせる。


「囲んでとどめを刺せ!」


 登ってきた魔獣に、三人のダークエルフが剣を抜いて斬りかかった。

 彼らは一撃で魔獣の手足を切り落とすつもりだったが、そう上手くはいかなかった。

 すべる!?

 剣を振り下ろしたダークエルフは、予想外の手応えに驚いた。

 魔獣の体はヌメヌメとした粘液で覆われており、それが彼らの剣をすべらせた。

 三人の剣は魔獣の部位を切断するどころか、表皮を軽く傷つけただけで終わる。


「こいつすべるぞ、気をつけろ!」


 ダークエルフの一人が警告しつつ、再度魔獣に攻撃する。

 今度は相手の粘液を計算に入れて、一撃目よりも踏み込み、力を入れて魔獣の右足に斬りつけた。

 二撃目は一撃目よりも深く魔獣の体に食い込んだものの、右足を切断するまでには至らず、半分ぐらいで止まる。

 これでもダメか!? と思ったそのダークエルフに、魔獣が大きな口を開けて噛みつこうとした。

 ガキンという金属音は、仲間の一人が横から剣を差し込み、魔獣の牙を受け止めたからだ。

 仲間に救われたダークエルフは、その隙に剣をあきらめ、柄から手を離して後ろへと下がる。

 入れ替わるように三人目が魔獣に斬りつけ、さらに別のダークエルフが加勢する。

 体を覆う粘液がやっかいだったが、油断せず複数人でかかれば対処できる相手だった。

 ダークエルフたちの剣は確実に相手を傷つけていき、最後は相手の動きがにぶったところで、その首を落としてとどめを刺した。

 こうして一体目を倒す頃には、二体目の魔獣が壁に上がってきていたが、これには別のダークエルフたちが、同じように複数人で対処している。

 そこへ三体目が上がって来るが、これも同じように剣を抜いた複数人のダークエルフが斬りかかる。

 同時に何体も上がってこられたら対処が難しかっただろうが、こうして一体や二体ずつなら十分に対処可能だった。

 それを見越した上で、ギルゼーは一体ずつ魔獣を壁の上に誘い込み、確実に倒していった。彼らにはそれを行えるだけの余裕があったのだ。


「圧倒的じゃないか、我が軍は」


 後ろに控えていたレンは、思わず有名アニメのそんな台詞をつぶやいていた。ダークエルフたちは、それほど優勢に戦いを進めている。


「本当にすごいですね」


 横にいるリゲルも感心したように言う。

 また隣の人間の部隊は、いつしか攻撃の手を止めて、呆然とした様子でダークエルフたちの戦いぶりを見ていた。

 本来ならそれをとがめるはずの指揮官まで、こいつらは何者なんだ!? といった顔でダークエルフたちを凝視している。


「つまんない。下に行って戦ってきてもいい?」


 ひまそうな様子のカエデは、そんなことを聞いてきた。

 彼女は弓が苦手ということで持っていない。魔獣が壁に上がってきたら出番だったが、今のところ彼女が出るまでもない。


「ダメ。今はここから動いたらダメだから」


 とは言ったものの、もしかすると最後までカエデの出番はないかもしれないと思った。

 つまりこのまま勝てるかもしれないと思ったのだ。

 レンは今回の戦いは負けることを覚悟していた。

 念頭にあったのは以前の集落の防衛戦だ。

 あのときは百体ぐらいの魔獣の群れを、同じく百人ほどのダークエルフが迎え撃った。

 結果は勝利したものの、ダークエルフたちも大損害を受けた。ギリギリの勝利で、もう少し魔獣の数が多ければ負けていたかもしれない。

 それが今度は千体だという。魔獣は数が増えれば増えるほど手強くなっていくというのはレンもわかっていたから、千体となると千人のダークエルフでも無理で、勝つにはその数倍が必要だと思っていた。三百人の援軍では焼け石に水だろう。

 実際に訪れたロッシュの街は、レンが想像していた以上に堅牢で、千人の兵士も常駐していたが、それでも勝てないと思っていた。

 しかし今、目の前ではダークエルフたちが魔獣を圧倒している。

 この局面だけに限定すれば、三百人のダークエルフと百体の魔獣の戦いだから、味方の方が数が多く有利だろう。しかしここまで一方的になるのは予想外だった。

 もしかしてこの魔獣は弱いんだろうか、とレンは思った。

 魔獣にも強さ弱さはあるはずで、このトカゲのような魔獣は以前戦ったハウンドよりも弱く、それがこの結果につながったのではないかと考えたのだ。

 その考えには一理あった。このトカゲのような魔獣より、ハウンドの方が足が速かったからだ。戦いにおいてスピードは重要だ。

 しかし今回ダークエルフが戦いを優位に進められた要因は、敵よりも味方側にあった。

 全員が弓を装備していたこと、そして彼らが高い壁の上にいた、この二点である。

 当たり前だが、弓で戦うなら高い位置にいた方が有利である。それぐらいはレンも知っていた。しかし実際に戦った経験がなかったので、それがどれくらい有利になるかをわかっていなかった。

 ダークエルフは世界樹の加護を受けることで、最大限の身体能力を発揮する。世界樹の側にいる時が一番強く、そこから離れてしまうと一ヶ月を過ぎたあたりから身体能力が低下し始め、三ヶ月もすれば普通の人間と変わらないぐらいになってしまう。

 今回、ルドリスはダークエルフたち集める時に、世界樹の加護を失っている者は、一度北集落に来るよう命じていた。そこで一日休ませて、世界樹の加護を受けた上でレンの後を追わせのだ。おかげでここにいる三百人は、全員が最大限に力を発揮できる状態にあった。

 万全の状態のダークエルフで構成された弓隊が、圧倒的に有利な高所に陣取っていたのだ。

 ロッシュの外壁は高さ十メートルほどだが、この高さがそのまま彼らの力になっている。

 さらに数は少ないが強力な合成弓も配備されているし、魔獣に効果を発揮する矢も持っている。

 これらを総合した戦闘力は、同人数の人間の弓隊と比べ隔絶していた。

 ダークエルフは傭兵として働くことも多いが、それは人間に混じってのことで、これだけの数のダークエルフ部隊が、しかも弓隊が結成された事例は過去にない。

 そのため周囲の人間はもちろん、戦っているダークエルフたちですら、自分たちがどれほどの力を持っているかをわかっていなかった。

 魔獣の群れを相手にして、どうしてこのように余裕をもって戦えるのか、ダークエルフたちも不思議に思いながら戦っていたのである。

 レンはそんな彼らの戦いぶりを見て、勝てるかもしれないと思った。

 もし、魔獣が今戦っている百体だけだったなら、彼の想像通り、このままワンサイドゲームで終わっていた可能性が高い。

 しかし今戦っているのは魔群の一部に過ぎず、超個体を含む本隊は街の北側にいた。

 そしてその北側で戦局が大きく動きつつあった。


「見ろ! 味方が――」


 人間の兵士の一人が叫んだ。

 他の者たちが一斉に彼の指差す方向――街の北側の方を向く。

 ダークエルフたちもそれに気を取られかけたが、


「目の前の敵に集中しろ!」


 とのギルゼーの命令に、即座に魔獣の方へと向き直る。

 しかしレンはそちらの方に注目した。

 距離があるので詳しいことまではわからないが、北側の壁にいる兵士たちの列が大きく乱れているようだ。仲間に押されたのか、壁の上から転落する兵士までいる。

 これはヤバイかも、とレンは思った。

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