第82話 招かれざる援軍
急報を聞いて外壁まで駆けつけたダルタニスの目にまず飛び込んできたのは、ダークエルフの集団だった。
街から少し離れたところに、数百人のダークエルフが集まっている。
「いったいどこから……」
そんなことをつぶやいたダルタニスに、警備隊長のカイエンが声をかける。
「領主様。あそこにいるのが、あのダークエルフたちのリーダーのようです」
カイエンの指差す方を見ると、ちょうど街とダークエルフ集団の中間あたりに、二人のダークエルフと一人の人間が立っていた。
ダークエルフの方はどちらも子供で、これはまあいいとしよう。問題は残りの一人だ。
最初、ダルタニスは彼もダークエルフかと思った。だがよく見れば黒い仮面を付けた人間だ。それだけでも十分怪しいのに、男はガーガーに騎乗しているように見えた。
「カイエン。あの男はガーガーに乗っているように見えるのだが、私の気のせいかな?」
「いえ。私の目にもそう見えます」
ガーガーはこの街の周囲にも多く生息しており、ダルタニスも何度もその姿を見ている。ただし遠くからだ。少し人が近付いただけで逃げ出すほど臆病なガーガーが、あんな風に人を乗せるというのが信じられなかった。
ちなみにそのガーガーだが、数日前から全く姿を見ていない。おそらく魔群が近付いてくるのを察知して逃げ出したのだろう。
「それであの男はなんと?」
「それが領主様と話をしたいの一点張りでして」
「そうか。では話をしてみよう」
ダルタニスは外壁の上から、仮面の男に呼びかけた。
「私が領主のダルタニスだ! 用件があるなら聞こう」
「お初にお目にかかる! 我が名は仮面の騎士。ダルタニス男爵にお渡ししたいものがある」
そんな答えが返ってきた。
「ふざけたことを」
カイエンの他、ダルタニスの部下たちは怒りをあらわにしたが、ダルタニスは軽く笑っていた。
「いいじゃないか。おもしろそうな男だ」
そう言ってから、仮面の男に伝える。
「いいだろう。ではそこまで取りに行かせるから、しばらく待ってほしい」
「ダメだ! これはダルタニス男爵に直接渡すように言われている。他の人間ではなく、男爵本人に渡さねばならないのだ」
「……いいだろう。しばらくそこで待っていてくれ」
「いいのですか?」
カイエンが驚いたように聞いてくる。
「仕方ないだろう。ここで言い合っていてもラチがあかない」
「ですがこんな時に……」
「こんな時だからこそだよ。魔群が来る前に、やっかい事はさっさと片付けておかないと」
ダルタニスは外壁を下りて、街の門へと向かった。
街の外壁にある門のところに、多くの人が集まりだしたのを見て、レンもゆっくりとそちらへ向かった。
「上手くいくでしょうか?」
一緒についてくるリゲルが、少し不安そうな顔で聞いてくる。もう一人、カエデの方は平気な顔でついてきている。
「さてどうかな……」
自信なさげにレンは答えた。
諸手を挙げて大歓迎、と思っていたわけではないが、自分たちは貴重な援軍である。簡単に受け入れてもらえるだろうとレンは思っていた。だがそれは甘すぎる考えだったようだ。
ロッシュの人々の警戒心は、彼が思っていた以上に強かった。
きっと魔群の接近でピリピリしているのだろう。それでも人間の軍勢だったなら、ここまで警戒されなかったと思う。
門の前では大勢の兵士がレンを出迎えてくれたが、歓迎ムードなど全然なく、怪しい動きを見せれば即座に攻撃する、という敵意を感じた。その敵意に反応してカエデの目が鋭くなったので、レンは慌てて彼女をなだめねばならなかった。
「あの人たちは敵じゃないからね。攻撃したらダメだよ」
「えー」
不満そうなカエデを必死になだめる。ここで彼女に暴れられたりしたら、それこそ救援どころではなくなってしまう。
「ようこそロッシュへ。私がこの街を治めるダルタニス男爵だ」
そう言って、兵士たちの中から一人の男が歩み出てきた。
年は三十ぐらいだろうか。涼しげな顔立ちに金色の髪、スラリとした長身で優雅な身のこなし。なんというか、少女マンガに登場しそうなイケメン貴族だった。
「それで仮面の騎士、だったかな? 私に渡したいものというのは?」
「この手紙を預かってきた」
ガー太から下りたレンは、懐から手紙を取り出し、それをダルタニスに手渡した。
手紙には宛名も差出人も書かれていなかった。
封を破って中を読んだダルタニスの顔つきが変わった。
「なるほど。そういうわけか」
などと言って一人納得しているダルタニスに、部下たちが問いかける。
「領主様、それに何が書いてあるのですか?」
「悪いがこれは見せられない」
そしてレンに提案する。
「二人でもう少し詳しい話をしたいと思うのだが?」
「そうしてもらえるとありがたい」
もちろんレンの方に断る理由はない。
ダルタニスの部下たちは一斉に反対の声を上げたが、彼は部下たちをなだめ、レンを街の中へと招き入れた。
ガー太に乗って街の門をくぐったレンは、ダルタニスに案内されて大通りを街の中心へと向かった。
通りを歩くレンとガー太は、まさに住人たちの注目の的だった。
いよいよ魔群の襲来が近いとおびえていたところに今朝の騒ぎである。ついに魔群が来たのかと思っていたら、やって来たのはガーガーに乗った仮面の男だったのだ。気にするなという方が無理だろう。
「誰だあいつは?」
「あの仮面はなんだ?」
「あれガーガーだよな?」
などという声がひっきりなしに聞こえ、レンは非常に居心地が悪かった。
「大人気のようだね」
慣れているのか性格なのか、ダルタニスは周囲の騒ぎなど気にもしていないような笑みを浮かべ、レンに話しかけてきた。
「ところで一つ聞きたいのだが、君が乗っているその鳥はガーガーなのか?」
「そう、いや違う。この鳥はガーガーによく似た別の鳥だ。ホウオウという」
「ホウオウ? 聞いたことがないな」
「本来の生息地ははるか東方らしい。このあたりでは珍しいだろう」
もちろん適当に考えた設定だ。
「ガーガーによく似ているけど、言われてみれば確かに少し違う気もするな」
「それに普通のガーガーはここまで人に慣れたりはしないだろう?」
「そうだな。だから最初に見たときはとても驚いたよ」
数日前に思い付いたこのウソだが、意外なことに今まで聞かせた相手は全員があっさり信じてしまった。それほどガー太が規格外、ということなのだろう。
案内された街の中心には、大きな城がそびえ立っていた。ロッシュ城である。そしてこの城の周りも高い城壁で囲まれていた。つまり城塞都市ロッシュは、二重の壁に守られた街ともいえた。
レンはこの城の一室に案内された。
ガー太、それにカエデとリゲルは城の中庭で待ってもらっている。
室内にはレンとダルタニス、そしてもう一人老人の男性がいた。
「このカイエンも話に同席させてもらっていいだろうか?」
「大丈夫なのか?」
レンが訊ねる。できることならダルタニスと二人だけで話したかった。秘密は知っている者が少ないほどいいからだ。
「問題ない。彼は信頼できるし口も硬い。秘密は漏らさないよ」
「だったらいいが……」
警備隊長のカイエンは、ダルタニスがもっとも信頼している家臣の一人だ。
ロッシュには守備隊と警備隊の二つの軍隊が存在している。
守備隊はザウス帝国や魔獣など、外からの侵略から街を守ることを目的としている。王軍の兵士で構成され、外部の人間が多い。一定の赴任期間で入れ替わっていくのだ。
警備隊は犯罪者の取り締まりなど、街の治安維持を目的としている。そのほとんどが街の住人だ。
カイエンはこの街で生まれ、警備隊に入隊し、ついにその隊長まで出世した男だった。
街の表も裏も知り尽くしており、実直な人柄で多くの人から頼りにされている。他でもないダルタニスもその一人だった。
ダルタニスがここの領主になったのが十年ほど前のことだ。ここロッシュの街は王の直轄地で、領主は国の役人ということになる。カイエンはその時すでに警備隊長で、以来、二人は協力してこの街の維持と発展に努めてきたのだ。
「カイエン、ちょっとこれを読んでみてくれ」
ダルタニスがレンから受け取った手紙を渡す。
レンとダルタニスは向かい合って椅子に座っていたが、カイエンはダルタニスの後ろで立ったままだった。
手紙を読んだカイエンが、驚きで少し目を見開く。
「差出人が誰かわかったかい?」
「ヴァイセン伯爵ですな」
ダルタニスの問いにカイエンが答える。
手紙には短く、この手紙を持ってきた者に娘と孫を預けるように、とだけ書かれていた。ダルタニスの妻が、ヴァイセン伯爵の娘なのは、この街の住人なら誰でも知っていることだった。
「字も舅殿のものだ。君はヴァイセン伯爵の部下なのだね?」
「いや。我はこの国の人間ではない」
「……なるほど。そういうことにしておいた方がいいだろうね」
レンは本当のことを言っただけだったが、ダルタニスは違う受け取り方をしたようだ。
「この手紙もすぐに処分しよう。ところで君のその仮面、一度外してもらってもいいかな?」
「いや、それもやめておいた方がいいだろう」
レンとしては仮面を着けたまま話を続けたかった。ここまできたら、もう最後までこのキャラを演じ通すつもりだった。その方が楽なので。
「わかった。では君は謎の仮面の騎士ということにしておこう」
仮面を外したら、もしかしたら知った顔が出てくるかもしれないな、とダルタニスは思った。もしそうなったら困ったことになるだろう。ターベラス王国の人間は、今ここに近く付くことを禁じられているからだ。
正体不明というのが、お互いにとって最善だと彼は判断した。