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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第三章 仮面の騎士
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第78話 試合

 ヴァイセン伯爵がカエデの対戦相手として選んだのは、ブライという兵士だった。護衛の一人であり、家中でも腕利きの一人として知られている男だった。またそうでなければヴァイセン伯爵の護衛に選ばれたりはしない。

 強そうな人だな、というのがレンの第一印象だ。

 身長はレンより少し低いぐらいだが、体つきはガッシリしていて力も強そうだ。年は三十ぐらいだろうか。迫力ある角張った顔をしており、もし日本にいた頃のレンが道ですれ違っていたら、サッと道を譲っていたに違いない。

 だがそんな男を前にしても、カエデに恐れる様子はまるでない。楽しそうにニコニコしているのを見て頼もしいと思った。


「カエデはあいつを殺せばいいの?」


 前言撤回。いきなり不安になってきた。


「殺しちゃダメ。これはあくまで試合なんだから。怪我もさせちゃダメだからね」


「えー。めんどくさい」


「そこを何とか手加減してあげて」


 試合とはいえ、使用するのは本物の剣だ。双方共に危険を承知の試合とはいえ、ここで相手を殺してはまずいだろう。不満そうなカエデを必死になだめた。

 レンはカエデがやり過ぎることを恐れはしても、負けるとはみじんも考えていなかったのだ。


「両者前へ」


 審判役の兵士の言葉に、ブライとカエデが前に出て向かい合う。

 試合場所は屋敷の中庭だ。あまりおおやけにはできない勝負なので、観客はヴァイセン伯爵と護衛の兵士たち、そしてゼルドたちダークエルフだけだった。

 カエデは右手に抜き身の剣を持って突っ立っている。やる気がなさそうにも見えるが、これが彼女の構えであることをレンは知っている。

 ダークエルフたちに聞いていたが、カエデは誰かに剣を教えられたわけではなく、実戦の中で自分一人で強くなっていったらしい。力を抜いて立っているあの状態こそ、彼女が自然と身につけた構えなのだ。

 そんなカエデを見たヴァイセン伯爵、そして護衛の兵士のうち何名かが表情を変える。彼らはいずれも多くの戦いを経験してきた古強者だった。そんな彼らの経験が、目の前の小さな少女はただ者ではないぞ、と警鐘を鳴らしたのだ。

 だがブライは余裕の表所を浮かべたままだった。彼はヴァイセン伯爵にいいところを見せようと張り切っていた。もちろんやる気になるのはいいことなのだが、自分の勝利を疑わない彼は、ただ勝つのではなく美しく勝たねば――などと余計なことばかり考えていた。そのため目の前の相手をちゃんと見ず、その実力を見誤ってしまった。


「始め!」


 審判役の号令とほとんど同時に、キンという金属音が鳴った。


「え?」


 と間抜けな声を上げたのはブライだった。彼の手に握られていたはずの剣が消えている。

 一瞬で間合いを詰めたカエデに、彼の剣ははじき飛ばされたのだ。

 宙を舞ったブライの剣が落ちてきて、地面に突き刺さる。それが合図だったかのように、審判役の兵士が慌てた様子で声を上げた。


「しょ、勝負あり!」


「レン。今のでよかった?」


 まっすぐレンのところに駆け戻ってきたカエデが、ニコニコ笑いながら聞いてくる。


「ああよくやった。さすがカエデだ。すごいぞ」


「えへへー」


 ほめながら頭をなでると、カエデがうれしそうに笑った。

 本当によくやってくれた。ちゃんと手加減してくれてよかったとレンは心底思った。


「待て!」


 と声を張り上げたのはブライだった。


「今のはなしだ! こんなものが――」


「黙れ愚か者が!」


 別の怒声が、ブライの声をかき消した。腹の底に響くようなその声に、周囲の兵士やダークエルフまでがビクリと体を震わせた。レンなど思わず飛び上がりそうなったぐらいだ。平然としていたのはカエデぐらいだろう。

 怒声の主はヴァイセン伯爵だった。彼は激怒していた。鋭い目付きでブライをにらむ。


「ブライ。今のはなしとはどういう意味だ? 言ってみろ」


「は、そ、その……」


 ブライは蛇ににらまれたカエル状態だ。周囲もシーンとしている。レンも自分が怒られているわけではないのに冷や汗を流していた。ヴァイセン伯爵の迫力はそれほどだった。


「言ってみろ」


「今のは油断しておりました。ですからもう一度、やり直して――」


「それが愚かだというのだ馬鹿者が!」


 震える声で弁解しようとしたブライを、ヴァイセン伯爵が怒鳴りつける。


「私は実戦だと思って本気でやれと言ったはずだぞ? もし今のが実戦で、あのダークエルフが刺客だったとすれば、刺客は難なくお前を殺し、私に襲いかかっていはずだ。お前は私の護衛として、いつもそんなたるんだ気持ちで働いているのか? どうなんだ?」


 ブライは黙ったまま、返す言葉もないようだった。


「お前は一兵卒からやり直しだ。下がれ」


 がっくりと肩を落としたブライが、歩み去っていく。レンは彼に悪いことをしてしまったと思った。この試合の原因はレンにあったからだ。


「見苦しいところを見せてしまったな。申し訳ない」


「いえ」


 ヴァイセン伯爵に謝られたレンは、慌てて首を振る。


「あいつにもいい薬になっただろう。それにしてもそのダークエルフは見事だった。幼い少女だと侮っていたことを重ねて詫びよう」


「とんでもない」


 カエデの見た目から、その実力を判断しろというのは無理だろう。彼女が特別なのだ。

 しかしこうしてヴァイセン伯爵にも実力を認めてもらえた。後はロッシュの街へと向かうだけ、と思ったレンだったが、ここで思わぬ問題が発生した。

 ゼルドたち商隊のダークエルフとリゲルである。

 レンはカエデだけを連れて行くつもりだったのだが、彼らも同行すると言って譲らなかったのだ。


「これはもう決めたことなんです。ゼルドさんたちは商隊の仕事をして下さい」


 などとレンとしては強めに言ってみたのだが、


「我々はダールゼンから領主様の身をお守りするよう命じられています」


 とゼルドが言えば、


「僕もです。領主様がロッシュへ行くというなら一緒に行きます」


 リゲルもこんな調子だった。

 どうやら全員がレンを護衛するよう命じられているらしい。ダークエルフは命令最優先だから、こうなってしまうとレンが何を言っても聞いてくれないだろう。

 どうせなら僕の命令に従うよう言ってくれてたらよかったのに、と思ったが、今更いってもどうしようもない。

 それでもゼルドたちが同行するのはまだいいとしよう。だがリゲルにはここに残ってほしい。危険な場所へ連れて行きたくなかった。

 困ってしまったレンだが、救いの主は思わぬところからやって来た。


「レン殿。別のダークエルフが一人、お前を訪ねてきているそうだ」


 どうやらガゼの街にダークエルフがやってきて、レンに面会を求めているらしい。そのダークエルフは街の外壁の門のところまでやって来て、見張りの兵士にそのことを伝えたそうだ。レンが来ているのを知っていた兵士が、それをここまで報告しに来てくれた。

 レンに心当たりはなかったが、商隊は全員ここにいるので、おそらく北集落のダークエルフだろう。

 集落で何か重大な問題が発生したのだろうか。レンはそのダークエルフに会うため、急いで外壁の門へと向かった。カエデ、リゲル、ゼルドたちも全員一緒だ。

 門に到着した彼らが、すぐ横にある兵士の詰め所を訪ねると、そこで見覚えのあるダークエルフが一人待っていた。


「お手数をおかけしてしまったようで申し訳ありません」


 そう言って頭を下げてきたのは、


「ルドリスさん?」


 北集落のリーダーのルドリスだった。

 彼がわざわざここまで来たということは、いよいよ重大な問題が発生したのかとレンは思った。


「なにか集落で問題が起きたのですか?」


「いえ、そのようなことはありません。数日前に領主様を見送った後で、大丈夫だろうかと気になり始めまして。一度気になってしまうと、いてもたってもいられなくなり、こうして後を追ってきたのです」


「……それだけですか?」


 はいとうなずくルドリスを見て、レンは一気に気が抜けた。

 そんな思い付きで、リーダーが集落からいなくなったらダメだろうとレンは思ったが、今回はルドリスがきてくれて助かった。

 ダークエルフたちは命令に従うのだから、ゼルドたちが受けているダールゼンの命令を、彼に上書きしてもらえばいい。それができると言っていたはずだ。

 レンはここに着いてからの出来事を話し、ルドリスに協力を頼んだ。


「わかりました。ではゼルドたちには商隊の仕事を優先するように命じましょう」


 そして彼がその通りにゼルドたちに命令すると、彼らはあっさりと承諾した。レンが言っても聞いてくれなかったのに、ルドリスが命令すれば一発だ。それがダークエルフなのだとわかっていても、ちょっとガックリきた。

 とはいえこれで問題は解決したと思った。

 ゼルドたちには、ここまで運んできた商品を売却してもらい、ここで新しい商品を買って持ち帰ってもらう。レンはこれからロッシュの街に向かうが、その帰りを待たずに先に帰ってもらうつもりだ。

 密輸もダークエルフたちにとっての大切な仕事だ。ここで待たせて時間を浪費させたくなかった。リゲルにも一緒に帰ってもらうつもりだったのだが、ルドリスがそれに反対した。


「リゲルは商隊の一員ではありません。領主様のお側に使えるのが仕事です。ロッシュの街へ行くというなら、一緒にお連れ下さい」


 それを聞いたリゲルも、ここぞとばかりに頼んできた。


「お願いしますレン様。どうかお側にいさせて下さい。もし僕が足手まといになれば、遠慮なく見捨ててもらって構いませんから」


「だからそれがダメなんだって」


 危険だから連れて行きたくないのだ。だいたい見捨ててくれと言われても、はいそうですかと見捨てられるわけがない。

 レンはルドリスを説得しようとしたが、それより先に彼が別のことを言い出した。


「ロッシュへ行くというなら、他のダークエルフたちもお連れ願えませんか?」


「他にも行きたい人がいるんですか?」


 もしかしてロッシュの街に知り合いのダークエルフがいて、それを助けに行きたいのだろうか? などとレンは思ったのだが、ルドリスの答えは全く予想外のものだった。


「はい。今からすぐに招集をかけますが、二三百人は集まると思います」


「いや二三百って……そんな数のダークエルフをどこから、いえ、その前になにをしにロッシュの街へ行く気ですか?」


「魔獣と戦うためです」


 ルドリスはニヤリと笑う。


「我々はロッシュの街の救援に行きたいと思っています」

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