第74話 真意
その日の夜、ルドリスの家にゼルドとリゲルが集まった。
昼の話し合いではレンを入れて四人だったが、すでにレンは寝ている。
レンの宿泊場所には家が一軒あてがわれ、そこでカエデとリゲルも一緒に寝ることになっていたが、リゲルはちょっと話があるからと抜け出してきたのだ。
わざわざレン抜きでもう一度集まったのは、あまり聞かれたくない話をするためだった。
「先程の領主様の話、二人はどう思いましたか?」
まず質問したのはルドリスだった。
「どう思う、とは?」
質問の意図を計りかねたゼルドが聞き返す。
「ダークエルフの国を作る、という話です」
「できればいいとは思ったが、実際には難しいと思う」
「リゲルはどう思いました?」
「私は興奮しました。もしかしてレン様なら、本当に我々の国を作ってくれるんじゃないかって」
二人の答えを聞いてから、ルドリスは自分の考えを語り出した。
「私は領主様は本気で言っているのだと思いました。ただしそのまま意味ではなく、話の中に真意が隠されているのだと」
真意? とゼルドとリゲルは不思議そうな顔をした。
だがそれを聞いたりはしない。ダークエルフ同士の会話では、あまり序列が下の者が上の者に質問したりしないのだ。
どう思っている? などと聞かれれば正直に答えるが、自発的に質問することは少なく、上の者の言うことを聞くだけなのが多かった。
この時もそうで、二人は黙ったままルドリスの言葉を聞いている。
「領主様はおっしゃいました。ダークエルフの国を作ってもいいが、自分で王になるつもりはないと。その言葉にこそ隠された真意があると私は思いました。すなわち領主様はダークエルフの王になるつもりはないが、別の王、人間たちの王になるつもりなのだ、と」
ゼルドもリゲルも意味がわからない、という顔をしていた。
「順を追って説明していきましょうか。その前にリゲルに聞きますが、あなたの目から見て領主様はどんな人物ですか?」
「とてもお優しい方だと思います。私にも勉強を教えてくれたり、大変よくしてもらっています」
「ですが私の聞いた話では、以前はとても暴力的な方だったそうです。些細な事で部下に暴力を振るったり、外でもめ事を起こしたりして、ついに父親の伯爵様から勘当同然で黒の大森林へと追い出されたとか」
ルドリスはダールゼンを通じ、可能な限りレンの情報を集めていた。
「あなたはずっと領主様の近くにいたそうですが、暴力を受けたことがありますか? あるいは他の配下の者に暴力を振るっているのを見たことは?」
「そういうのは全くないです」
「以前は女性に乱暴したこともあったそうですが、そういうことは?」
「そういうのもないです。以前、私を含め三人でレン様を誘惑したこともあったんですけど、そういうのはやめるように言われてしまいました」
「そういえば領主様は大人の女性ではなく、子供が好きだと聞いたが本当なのか?」
横からゼルドが訊ねた。
「どうでしょうか……。色々誘惑とかして、ちょっと心がぐらついたかな、と思ったことはあるのですが」
リゲルはこれまでのレンの様子をふり返ってみる。
男の趣味はなさそうなので、残念ながら自分は対象外だと思う。
だったらロゼとディアナに期待するしかないが、リゲルの見たところディアナの方は脈がありそうな気がする。レンは彼女にとても甘い。
一方のロゼの方は期待薄に思える。色々と積極的に行くのはいいが、レンの方は若干引き気味に見えた。
レン様はおとなしめの女の子が好きなのだろうかと思う。
まあリゲル自身恋愛経験などないし、それが人間の男性となればなおさらわからないので、ちょっと判断に自信がないのだが。
「実際に手を出されたことがないので、レン様の本心はわかりません。でも大人の女性が苦手というのは本当だと思います。何度かそういうそぶりを見ましたから」
「今の話を聞いても、やはり今の領主様と以前の領主様は別人としか思えません。もちろん人間は豹変することもあるそうですが、いくらなんでもいきなり変わりすぎでしょう。魔獣にでも憑依され、別人に変わったと言われた方が、まだ納得できそうです」
それはリゲルも同感だった。彼の知るレンが、以前は粗暴な人間だったというのが信じられない。
「領主様がそっくりの別人でなければ、残る答えは一つ。領主様はずっと粗暴なフリをしていたのではないでしょうか? いえ、もしかすると今の領主様の振る舞いも演技で、本当の顔を隠したままかもしれません」
それはないだろうとリゲルは思った。今までのレンの言動が演技とはとても思えない。
しかし以前とは別人としか思えないのも事実だ。
リゲルは人間を知らなかった。レンの他は、一緒に屋敷で暮らしている数人だけだ。人間がどれほどの演技力を持っているのかわからない。
今までそんなことを考えたこともなかったが、もしかしたらという小さな疑念が生まれる。
「もし今までの領主様の行動が全て演技であり、さらに計算ずくのものだったとしたら? 粗暴な態度で家を追い出されるように仕向けたのも、黒の大森林にやってきて、我々ダークエルフに接触したのも、そして我々をその配下に収めたのも――全て領主様の計算通りかもしれません」
ルドリスの話は続く。
「問題はどうしてそんなことをしたのかです。領主様は三男で、そのままでは伯爵家を継ぐことができません。しかし平穏で安定した生活を望むだけなら、家を出る必要はありません。貴族の子息として、それなりに豊かな生活を送ることもできたでしょう。それを捨ててここまで来たのは、やはりそれなりの目的あってのはずです。誰の目も届かぬ僻地で力を蓄え、領主様はいったい何を目指しているのか」
さらにルドリスの話は続く。
「領主様にとって、我々は絶好の手駒だと思いませんか? 普通の人間は、汚れた種族である我々に手をさしのべたりしません。しかし領主様はそれを行った。目的のためには手段を選ばない、非凡な方だと思います。そして我々は当然のごとく差し出された手にすがりました。結果、今の我々は領主様の忠実な配下となりました。領主様がやれと命じれば、我々は喜んでその命令に従うでしょう」
最初は話半分、という顔をしてたゼルド、さらにリゲルの表情まで真剣なものに変わりつつあった。それだけルドリスの話に説得力を感じていた。
「しかしまだまだ我々は非力です。そこで領主様は、まずは我々に力を付けさせようと考えたのでは? 密輸を行って資金を稼ぎ、集落を大きくして人口を増やす。このまま黒の大森林に暮らすダークエルフの数が増え続ければ、それなりの戦力として機能することになるでしょう。今回のターベラス王国への訪問だってそうです。もしかするとヴァイセン伯爵との間に、何か密約を交わすために来たのかもしれません。将来、事を起こしたときの援助を取り付けるとか。そして来たるべき日、領主様は我々を尖兵として進軍を開始するつもりかもしれません」
ここまで話してから、ルドリスはゼルドに訊ねた。
「……などと私は考えていたのですが、ゼルドはどう思いますか?」
「正直なところ、俺の頭ではついていけない。本当かどうかもよくわからない。どちらにしろ俺は命令に従うだけだしな」
上の命令に従うのがダークエルフだ。序列が上の者と一緒にいる限り、自分で考える必要はない。だから難しいことは考えない。
「今言ったのは全て私の想像です。実は大ハズレかもしれません。ですが当たりだろうがハズレだろうが、私は領主様について行くべきだと思っています。領主様の真意がどこにあるにせよ、我々に手をさしのべてくれたのは事実です。そんな貴族がこの先も現れるとは思いません。このチャンスを逃さず、これからも全力で領主様のために働くべきでしょう。そうすれば事がなった暁には、領主様はそれなりの褒美を我々に与えてくれるはずです。それこそ小さな国の一つぐらいくれるかもしません。先程の言葉はそういう意味なのかも」
ルドリスは楽しそうに言った。そう、彼は想像することを楽しんでいた。
これまで彼は、ターベラス王国のとある地主の下で、ずっと小作人として生きてきた。それはもう奴隷も同然の扱いで、最低限の食事だけ与えられ、畑仕事にこき使われてきた。それでも最低限の食事がもらえるだけマシだと思いながら生きてきた。
それが変わったのが数ヶ月前だ。
集落の移住者を捜しているとの話を聞いた彼は、地主の元を逃げ出してこの集落までやってきた。
小作人をしていた地主の下には、同じように働くダークエルフが他に五人いて、その中でも彼の序列が一番高かった。他の五人はルドリスの命令に従い、同じように貴族の下から逃げ出してきた。
地主が逃げ出したルドリスたちを探しているかはわからない。代わりなどいくらでもいると放置しているかもしれないし、もし探していても黒の大森林までは来ないだろう。
一緒に逃げ出した五人のうち、すでに二人はいない。魔獣に襲われて死んだのだ。
ルドリスが連れてきたから死んだともいえるが、彼は後悔などしていない。
彼は集落の発展のため、他の仲間たちのために死んだ。それはダークエルフにとって幸せな死だ。
集落まで逃げてきたルドリスは、自分の序列が意外と高いことを知った。集まった移住者の中で一番高く、この集落のリーダーとなったのだ。
リーダーとなったからには、これまでと違って色々なことを考えなければならない。
そしてこれまた自分でも意外だったことに、ルドリスは考えるのが楽しくて仕方がなかった。
今までは、今を生きることに精一杯だった。今日の食事が全てで、明日のことを考える余裕もなかった。
ところが今は明日のことを、そしてもっと先のことを考えなければならない。それは今日を生きる余裕があり、明日への希望があるということだ。そのなんと素晴らしいことか。
ルドリスは色々なことを考えたが、その中で一番考えたのが領主のレンについてだった。
今の恵まれた境遇は全てレンのおかげだ。だからルドリスは彼に深く感謝し、彼のことを知りたいと思った。
可能な限りレンに関する情報を集め、彼がどんな人物なのか、何を考え、何をしようとしてるかを考えた。
そうやって考えて考えて――今二人に話した答えを導き出したのだ。
それはすでに想像というより妄想だったかもしれない。
だが時に荒唐無稽な妄想が人々を動かすこともある。それは人間でもダークエルフでも変わらなかった。
前の話が主人公を入れて四人で会話、今回が主人公抜きの三人の会話。
同じような話を、しかも会話だけの話を続けてしまってすみません。
本当は一話にまとめて、どころか最初はちょっと会話するだけの予定だったんですが……
いつものようにどんどん長くなってしまって。
短くまとめようとは思っているんですが、実力不足ですみません。