表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第三章 仮面の騎士
75/279

第72話 第二の集落

 集落を出発してから十五日目。

 ここまでレンたちはほぼ予定通りに黒の大森林を進んでいた。そしてこの日の夕方も、予定していた目的地に到着する。

 少し開けたその場所には、建築中の小屋が建っていた。作業にあたっているのは数人のダークエルフだ。

 宿泊用の小屋の整備は、集落側からだけでなく、反対のターベラス王国側からも進められていたのだ。

 ここは建設中だが、この先の小屋はちゃんと完成しているだろう。予定では黒の大森林を抜けるまで後二泊三日だが、明日からは野宿ではなく建物の中で眠れるはずだ。

 こちらに気付いたのだろう。作業していたダークエルフたちが手を止めて駆け寄ってくる。そしてレンとガー太に気付いてギョッとしたように立ち止まった。


「ガー太様と領主様……?」


 作業していたダークエルフの中に、レンとガー太のことを知っている者がいたようだ。レンは相手の顔に見覚えがなかったが。


「そうだ。今回、領主様は我々と共にターベラス王国まで行かれる」


 ゼルドが答えた。


「今日はここで泊まる予定だったが、小屋はまだ建設中か」


 小屋は土台が作られているだけで、まだ壁も屋根もなかった。


「申し訳ありません。領主様が来られるとわかっていれば、もっと作業を急いだのですが」


「いえ、僕が急に行くと言い出したんで」


 頭を下げてくるダークエルフたちに、慌ててレンが言う。彼らに余計な気を使わせたくなかった。

 この日も野宿となったが、レンの心ははずんでいた。

 ターベラス王国側のダークエルフに会えたことで、長かったこの旅も、いよいよ終わりが見えてきたなと思ったのだ。

 そして翌朝。軽い朝食を食べてからレンたちは出発する。

 小屋を建設中だったダークエルフたちからは、同行の申し出もあったのだが、ゼルドと相談して断ることにした。


「ここから先の道もわかっているので、道案内の必要はありません。それに下手に人数を増やすと魔獣に襲われる危険性が増えます」


 とのゼルドの言葉にレンも納得した。

 ここに残って建築作業を続けるダークエルフたちに見送られ、レンはガー太にまたがって出発――しようとしたところで足を止めた。


「領主様?」


「魔獣が来ます」


 レンが険しい顔で答えると、ゼルドは即座に荷物を下ろして剣を抜いた。


「魔獣が来るぞ! 戦闘準備」


 商隊のダークエルフ、そして建築作業をしていたダークエルフたちも武器を構える。彼らもまた、常に魔獣の襲撃に備えている。

 ガー太に乗ったレンが弓を構え、その横にリゲルが立ち、彼らをダークエルフたちが囲む。中心にいるレンを守る防御陣形だが、今まではこうなる前にカエデが一人で飛び出し、魔獣を倒していた。

 ところが今回、カエデは剣を抜いてはいるが、困ったような顔をして動かない。

 ガー太の鋭敏な感覚が魔獣の接近を察知したように、カエデも魔獣の接近には気付いていた。それでも彼女が動けなかったのは――

 木の上にいるからだな、とレンは思った。

 近付いてくる魔獣は地面を走っていない。木の上の方で、おそらく枝から枝へと飛び移りながら、こちらへ向かってきている。これではさすがのカエデも迎え撃つのは難しいだろう。


「ゼルドさん、あの魔獣なんて言いましたっけ? 木の上から襲いかかってくる」


「バルチーですか?」


「そう、それです。多分近付いてくるのはそのバルチーです」


 その言葉を聞いたゼルドは、すぐに全員に警告する。


「相手はバルチーのようだ! 全員、上の方も警戒しろ」


 バルチーとは、かつて一度だけ戦ったことがある。

 コウモリのような体に、太い腕をくっつけたような異形の魔獣。

 木の上から音もなく降下して獲物を襲うという恐るべき魔獣だ。

 前に戦ったときは、一緒にいたダークエルフのレジーナが不意打ちされて負傷した。

 今回は不意打ちはさけられたものの、やっかいな相手には違いない。

 近寄ってきたバルチーは、こちらを攪乱するかのように、周囲の木々を跳び回る。

 枝を蹴る音、葉をこする音がするものの、動きが速いため、ダークエルフたちもなかなかその姿を捕らえきれない。

 だがレンはその動きをしっかりと把握していた。

 弓に矢をつがえて引き絞るが、射ることはしない。さすがにこの状態では命中させる自信がなかった。狙うタイミングは、向こうが隙を見せたときだ。

 バルチーはレンから見て、右斜め後ろの木の枝に移動したところでいったん動きを止め、そこから一直線に急降下してきた。

 狙いはレンを囲むダークエルフの一人だったが、狙われた方はバルチーの動きに気付いていない。

 代わりに動いたのがレンだった。相手が攻撃に移る瞬間こそ、待っていた隙だった。

 一直線に降下してくるバルチーに狙いを定め矢を射る。放たれた矢はレンの思い描いた通りの軌道で飛び、見事バルチーの頭部を射貫いた。


「ギョアッ!?」


 悲鳴を上げたバルチーは空中でバランスを崩して落下する。

 そこへ地上からカエデが斬りかかった。

 ジャンプしたカエデは空中で剣を一閃、バルチーの体は真っ二つにされて地面に落ちた。


「おおっ!」


 という声がダークエルフたちから上がる。


「お見事です領主様」


 感嘆の声でゼルドが言った。


「バルチーを一撃とは。噂には聞いていましたが、見事な腕ですね」


「いえ――」


 それほどでもありません、と言おうとしたのだが、少し考えてから言い直す。


「ガー太に乗った状態なら、自分でもなかなかの腕前だと思っています」


 自分一人で弓を射ると全然ダメだが、ガー太に乗った状態ならかなりの技量だと自覚している。だから謙遜しすぎるのもどうかと思ったのだ。

 一応、コツコツと一人での剣と弓の練習も続けてはいる。だが剣の方は多少腕が上がった気がするのに対し、弓の方は全くダメだった。断言はできないが、弓に関してはガー太に乗っているときの感覚が邪魔をしているのではないかと思っている。

 ガー太に乗っているときの方が、自由自在に体をコントロールできるのだ。一人で立っているとそれができず、もどかしさを感じてしまうぐらいだった。弓を射るときには、その感覚の差が悪影響を及ぼしているのではないか、と。

 慣れるしかないと練習を続けていても、正直、今では自分でもあまり期待していなかった。

 黒の大森林に入ってから、今のがレンが射た最初の矢だったが、結局、それが最初で最後の矢となった。

 この後も何度か魔獣に遭遇したものの、バルチーのように上から襲ってくるような魔獣は現れず、全てカエデが倒してしまった。

 十六日目の夜は小屋で泊まり、そして十七日目、レンたちは最後の宿泊場所に到着した。


「おお、ちゃんとした集落になってますね」


 森を切り開いたその場所には、小屋ではなく何軒かの家が建ち並んでいた。他にも建てている途中の家が何軒かある。

 ここは新たなダークエルフたちの集落だった。


「初めまして領主様。ルドリスと申します」


 一行に気付いた集落のダークエルフが集まってきて、レンの前に平伏する。


「お願いですから、そういうのはやめて下さい……」


 貴族相手には当然の礼儀、というのはわかっていても、やはり居心地が悪い。全員に立ち上がってもらう。だが立ち上がったダークエルフたちは、じっとレンの方を見て立ち去る気配がない。


「レン様。何か一言お願いします」


 横のリゲルにそんなことを言われる。


「ええっ!?」


 レンは困ってしまう。多人数に挨拶するなど、苦手もいいところだ。しかもいきなりである。

 何を言っていいかもわからないので、小声でリゲルに助言を求める。子供に助けてもらうのは恥ずかしいが仕方ない。


「挨拶って、何を言えばいいの?」


「なんでもいいと思いますよ。みんなよくやってるな、みたいな感じで」


「えーと、それじゃあ……」


 レンはガー太に乗っていたので、こちらに注目するダークエルフたちの顔がよく見えた。そのせいで余計に緊張する。


「短期間のうちに、これほど立派な集落を作るなんてすごいと思います。皆さん、ありがとうございました」


 どうにかそれだけ言って頭を下げる。

 ダークエルフたちのほとんどが、頭を下げたレンにギョッとしたと思ったら、慌ててまたもその場に平伏した。

 初対面の彼らにしてみれば、まさか自分たちに頭を下げる貴族がいるとは思ってもみなかったのだろう。


「ですから、そういうのはいいですから!」


 最初と同じようなやり取りが繰り返されることとなった。

 その後、集まってもらったダークエルフたちには解散してもらい、レンはルドリスの家に上げてもらった。そこでやっと落ち着いて話ができた。

 相手はルドリス一人、レンの方はゼルドとリゲルが一緒だ。

 カエデは、お話は退屈だからイヤ、とどこかへ行ってしまった。またガー太はそれより早く森の中へと姿を消した。

 この集落のダークエルフたちも、ガー太に興味深そうな目を向けていたから、取り囲まれるのを恐れて逃げ出したのだろう。


「それにしても、まさか領主様がいらっしゃるとは」


 そう言うルドリスは穏やかな感じの青年だった。若くて優しい学校の先生、といった感じだろうか。もし本当に彼のようなイケメン教師が日本の学校にいたら、女子生徒に大人気だっただろう。

 彼が最初に言った通り、レンとは初対面だ。彼はずっとターベラス王国で暮らしていたダークエルフだった。

 元々この集落――グラウデン王国側の最初の集落と紛らわしいので、ここを北集落、最初の集落を南集落と呼ぶことにする――を作るきっかけとなったのは、南集落の人口が多くなったからだ。

 集落の人口が増えるのはいいことだが、増えすぎると魔獣に襲われやすくなる。だったら別の場所に第二の集落を作ればいいのでは、と考えたのだ。

 ターベラス王国側に近い場所を選んだのは、密輸の利便性を考えてのことだ。ここから黒の大森林を出るには歩いておよそ半日。ここにダークエルフの集落があれば、何かと便利だろう。

 北集落を作るにあたって、最初の数人は南集落から送り込まれた。彼らは黒の大森林を抜けると、ターベラス王国の街をいくつか回り、移住者を集めたのだ。

 グラウデン王国のダークエルフもそうだったが、ターベラス王国のダークエルフたちも貧しい暮らしを送っている者が大半だった。

 集落に移住すれば食べ物はあるし、なによりここにも世界樹を植樹したので、移住希望者はあっという間に集まった。希望者が集まらなければ、序列による命令で集めるつもりだったが、その心配も無用だった。

 序列といえば、今の北集落の中で一番序列が高いのがルドリスだった。

 これが人間なら、最初に南集落から送り込まれた者が、そのまま北集落のリーダーになっていただろう。だがダークエルフたちは当然のごとく序列でリーダーを選ぶ。というわけでルドリスが今の北集落のリーダーだ。


「そういえば、ゼルドさんとはどちらの序列が高いんですか?」


「私です」


 とルドリスが答える。商隊の中で一番序列が高いのは当然ゼルドだ。つまりルドリスがここにいるダークエルフ全員のリーダーというわけだ。例外は赤い目のカエデだけだ。


「じゃあダールゼンさんとは?」


「わかりません。直接会ったことがないので」


「ゼルドさんにもわからないんですか?」


「わかりません。我々は会えば自分と相手、どちらの序列が上か下かすぐにわかります。しかし自分と比べて上か下かがわかるだけで、どれぐらい高いか低いかまではわからないのです」


「じゃあ例えばですけど、ここでルドリスさんがダールゼンさんの命令に反するようなことを命じたら、ゼルドさんはどちらの命令を優先するんですか?」


「ルドリスです」


 ゼルドが即答する。

 ちなみに今更だが、ダークエルフ同士が会話する場合、そこで敬語はほとんど使われない。今もゼルドがルドリスを呼び捨てにしたが、これはダークエルフたちにとっては当たり前のことだ。

 絶対の序列が存在するダークエルフ社会では、敬語が必要ないからだろう。最初から上下関係が決まっているのだから、物の言い方などどうでもいい、というわけである。もちろんダークエルフ相手にも丁寧な言葉遣いの者はいるが、それは個人の話し方、というだけである。

 けど直接会わないと序列の上下がわからないのは、問題が起きたりしないかなあ、とレンは少し不安になった。

 今はまだいいとして、この先、ダークエルフの活動範囲が広がっていけば、命令の齟齬が起きたりしないだろうか。

 いや、それは人間も同じようなものか、とさらに思い直す。

 人間だって誰の命令を優先すればいいのか、わからないときがある。直接の上司部下ならいいが、違う部署の部長と直属の係長とか、自分の会社の上司と取引先の部長とか。

 レンも日本で働いていた頃、それでえらい目にあったことがある。


「なんで勝手に変更したんだ!」


「いえ、向こうの○○さんから仕様変更してくれって言われたので……」


「なんでそこでホイホイ言うこと聞くんだよ!」


 それはあなたが○○さんの言う通りにしろって言ったからじゃないですか! と反論したかったが、それができずに謝るしかなく――いや、やめておこうと記憶を振り払う。

 今でも思い出と胃が痛くなってきそうだ。せっかく異世界に来たのだし、元の世界の嫌な記憶は封印しておこうと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ