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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第三章 仮面の騎士
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第70話 老いたダークエルフ

 ダークエルフの集落を訪れるのは数ヶ月ぶりだったが、その数ヶ月の間に集落の様子は大きく変わっていた。


「だいぶ広くなりましたね」


「はい。周囲の木を切って集落を広げました」


 案内してくれたダールゼンが説明してくれる。


「広さは倍以上になっているはずです。世界樹も新たに二本植えました」


 以前の集落は、一本の世界樹を中心に広がっていたが、今は三本の世界樹が三角形に近い形で植えられており、その三角形を囲むように集落が広がっている。

 とはいえ新たに植樹された二本の世界樹はまだ小さいので、魔獣よけの効果は期待できないそうだ。


「今の人数は三百人ぐらいでしたよね?」


「はい。領主様のおかげで食料に余裕ができましたので。ただ受け入れはひとまずこのあたりが限度だと思われます。これ以上数が増えると、魔獣を呼びやすくなってしまうので」


 魔獣はより多くの人間やダークエルフの方へと寄ってくる性質を持っている。実際、人数が増えるにつれ、魔獣と遭遇する頻度が上がっていると報告を受けていた。

 効率を考えれば、多くのダークエルフが一カ所に集まる方がいいのだが、集まれば集まるほど魔獣に襲われる危険が大きくなっていく。これは黒の大森林に集落がある以上、どうすることもできない問題だ。色々と対策も考えてはいたが、根本的に解決しようと思えば、魔獣を根絶するしかない。もちろん現状でそんなことは不可能なので、どうにかやっていくしかなかった。


「あ……」


 思わず声を上げ、レンは足を止めた。

 世界樹の根本に埋まっているダークエルフを見たからだ。

 傷を治すために寝ているのではない。いや、寝ているのは同じなのだが、首から下が完全に地面に埋まっているのだ。


「ああ。彼は老衰期に入ったので、ああして最後の眠りについたのです」


 レンの視線に気付いたダールゼンが説明してくれる。


「寿命ということですか?」


「はい。前にご説明したと思いますが、我々は老衰期に入ると急速に老いていきます。そうなれば、あのように世界樹の下に埋まり最期を迎えるのです。それが我々にとっての理想の死に方です」


 ダールゼンの言葉に悲壮感はない。埋まっているのは彼の知り合いだと思うのだが、その知り合いがもうすぐ死ぬことを、本当にうれしそうに話している。

 あらためて死生観の違いを思い知らされる。

 別にダークエルフが死にたがりというわけではない。例えば家族や仲間が魔獣に殺されたりすれば、人間と同じように嘆き悲しむ。だが老衰期を迎え、世界樹の下で死ぬことは彼らにとっての喜びなのだ。

 ふと、亡くなった祖母のことを思い出した。祖父が死んだのは小学生の頃だったので、人の死というのをあまり理解していなかった気がする。父親を知らず、母親と絶縁状態のレンにとっては祖母の死が、唯一はっきり覚えている家族の死だった。

 祖母は病院嫌いで、体調を崩しても病院には行かず、いつも顔なじみのお医者さんに往診に来てもらっていた。最期はちょっと体調を崩したと思ったら、眠るように死んでしまった。

 もう九十近い高齢だったし、病気で苦しんだりすることもなく、最期は自宅で息を引き取った――いい死に方だったのではないかと思うが、それでも亡くなったときはやはり悲しかった。

 ダークエルフたちは、自分の祖父母や両親が老衰期を迎え、世界樹の下で死ぬときも喜ぶのだろうか?

 ダールゼンに聞いてみようかとも思ったがやめておく。デリケートな問題だし、レンにはそこまで踏み込んで聞くことができなかった。


「興味があるのでしたら、もっと近くで見てみますか?」


「いいんですか?」


 部外者である自分に見せていいものなのかと思ったが、ダールゼンに気にした様子はない。


「別に隠すものではありませんし、どうぞ」


 世界樹の下まで歩いていき、間近でダークエルフの様子を見てみる。

 埋まっているのは、ぱっと見五十才とか六十才とか、それくらいのダークエルフの男性だった。レンが初めて見る老いたダークエルフだった。彼は穏やかな顔で眠っていた。


「いつまでこの状態なんですか?」


「埋まって眠ってしまえば、一週間から十日ぐらいでしょうか。今は呼吸していますが、やがて呼吸も止まり、死を迎えます。そうすれば上から土をかけて埋葬します。その後は数ヶ月もすれば、骨まで世界樹に吸収され消えてなくなります」


 ダークエルフが次々と世界樹の下で死んでいくなら、地面を掘り返せばたくさんの死体が出てくることになる。だがダールゼンの言うように数ヶ月で骨まで消えてしまうなら、埋まった死体は出てこない。

 遺体が消えるのが早いなとレンは思った。本当に世界樹がダークエルフの死体を吸収しているのかもしれないが、それだけではないと思う。

 この世界は元の地球と比べ、遺体の腐敗や分解などが異様に早いのだ。

 死者を操る魔獣――といった伝承が残るこの世界では、人間の死体は基本的に火葬だ。だが戦争や災害で多数の死者が出た場合など、火葬が追いつかない場合は土葬することもある。

 その場合、この世界では、


「一年たてば骨だけ、十年たてば骨もない」


 などと言われていたりする。

 レンは元の世界でどれくらいの期間、遺体が地中に残っているか知らなかったが、何年も前の殺人事件の犯人が捕まり、供述通りに地面を掘ったら死体が出てきた――なんてニュースを聞いたことはある。少なくとも十年で骨までなくなってしまう、というのはあり得ないだろう。

 もっとも実際にこの世界で土葬の死体を確かめたわけではないので、本当に十年で骨までなくなるのかはわからないが。

 ただもっと身近なことならわかる。

 例えば食事の後の生ゴミなどだ。

 この世界では地面に穴を掘って生ゴミを捨てている。

 最初はなんて不衛生な、と思ったレンだったが、実はそんなことはなかった。穴に捨てた生ゴミは、ものにもよるが三日から一週間ぐらいで腐敗、分解が進み、干からびたミイラのような状態になってしまう。

 その状態になれば臭いもないし、つつけば砂のように崩れてなくなる。

 不衛生どころか、生ゴミの処理に関しては、現代日本よりもこの世界の方が衛生的でエコかもしれないと思ったほどだ。

 おそらく土の中の細菌とかウィルスとか、そのあたりが地球とは全然違うのだろう。見た目は似ていても、やはり異世界だと思った。

 広くなった集落を一通り案内されたレンは、最後に一人のダークエルフを紹介された。


「お初にお目にかかります。商隊を率いるゼルドと申します」


「あ、えと、レンです。こちらこそよろしくお願いします」


 頭を下げて挨拶してきたゼルドに、レンもペコリと頭を下げる。レンの動きがどこかぎこちないのは、初対面の相手だからだ。緊張してついつい挙動不審になってしまった。

 会うのは初めてだが、話には何度か聞いていた。商隊を率いる優秀なベテラン狩人だ、と。最初に黒の大森林を抜けてターベラス王国へ行ったのも、確か彼だったはずだ。

 ベテランと聞いて自然と迫力ある中年男性を想像していたのだが、実際に会ったゼルドは二十代ぐらいの精悍な若者だった。

 まあ、ダークエルフは全員が若い時点で成長が止まるので、みんな外見は若いのだが。何度も会っているのに、ついついそれを忘れそうになってしまう。

 ゼルドも見かけと違って実年齢はもっと上なのだろう。なんとなく彼からは凄味や迫力みたいなものを感じる。頼りになりそうだと思った。

 一方のゼルドはレンのことを、聞いていた通り、ちょっと変わった人のようだ――などと思っていた。

 ダールゼンからは、


「貴族とは思えないほど、気さくで腰の低い方だ。あるいは気弱な方のようにも見える。だが見かけに惑わされるな。一人で魔獣の群れと戦うような豪傑でもある」


 などと説明されていた。

 なるほど、長身で筋肉の付いた立派な体つきだが、態度はどこかオドオドしているように見える。だがそれは見かけだけなのだ。

 ゼルドはレンと一緒に戦った経験はないが――集落防衛戦の時は密輸の途中でいなかった――彼はガーガーに乗って戦うと聞いている。まずそれだけで普通ではない。

 そもそも普通の人間なら、ダークエルフたちを集めて手駒にしようとは思わない。いや、手駒にしようとした人間はいるだろうが、それは使い勝手のいい奴隷としてだろう。ダークエルフの集落の発展に尽力しよう、などという人間はまずいない。

 黒の大森林を通って密輸しよう、という発想も常識外だ。よく知らないが、他にも色々と突飛なことを考えているらしい。

 おそらく自分のような並みのダークエルフ、あるいは並みの人間には理解不能なお方なのだ、と思っておく。

 ただしそれが我々にとっていいかどうか、最終的な判断はまだできない。狩人である彼は、最後の最後まで何が起こるかわからないことを知っている。大物を仕留めたと喜んでいたら、魔獣が現れて手ぶらで逃げるしかなかった、なんてこともあるのだ。

 今までのところ、常識外れのレンの行動は我々に利益を与えてくれている。しかしこの先、とんでもない災厄を招くかもしれない。

 まあ、それは自分の考えることではないなと彼は思った。レンとどう付き合っていくかは、現在の序列トップであるダールゼンが考えることで、自分はその命令に従って動くのみだ。

 命令に忠実に従うダークエルフらしく、ゼルドもまた自分の考えより、序列が上の者の命令を優先する。そして今回ダールゼンから受けた命令は、


「命に代えても領主様、そしてガー太様の身を守れ」


 であった。彼はその命令に忠実に従い、明日からの道中、全力でレンを守るつもりだった。

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