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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第三章 仮面の騎士
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第65話 魔群、海へ

 魔獣の出現は、ロドネイ島の沖合に停泊していた船からも見えた。


「船長! 魔獣が出ました!」


 見張りから報告を受け、船長は自分の目でも確認するが、距離があるので最初はよくわからなかった。ここからだと人も魔獣も小さな点にしか見えない。

 だが火口から多数の魔獣が出現するのを見て、船長も事態を把握する。

 多数の魔獣が、まるで洪水のような勢いで斜面を下ってくる。


「先生は無事なのか?」


「わかりません。魔獣から逃げてる者が何人かいますが、それが誰かまでは……」


 目のいい見張りが答える。だがそんな彼にしても、個人の特定までは難しいようだ。


「出航準備にかかれ! それから迎えの小舟を一艘出せ」


 船長が矢継ぎ早に命令し、船員たちが動き始める。

 錨を巻き上げたり、帆を上げたりといった出航準備に取りかかる中、数人の船員が小舟に乗り込んで島へと向かう。

 魔獣が現れた以上、こんな島からは一秒でも早く逃げ出したいというのが本音だ。だが生存者がいるのなら助けに行かねばならない。

 島の海岸には小舟を一艘残してあるが、一艘だけでは上陸部隊全員が乗り込むのは難しい。やはりもう一艘、助け船を出さないといけなかった。

 そうやって準備を進めるうちにも事態は動いていく。


「ダメだ。追いつかれる……」


「また一人やられました」


 見張りからは次々と悲痛な報告ばかりが届く。

 だが報告があるうちは、まだマシだったのだ。

 魔獣の群れが海岸に近付いてくるにつれ、見張りからの報告はどんどん少なくなり、ついには報告がなくなった。


「まだ生き残ってる奴はいるのか?」


 たまらず船長の方から見張りに訊ねるが、答えは返ってこない。


「どうなんだ!?」


 もう一度訊くがやはり答えはない。

 見張りたちも必死になって探しているのだが、今も魔獣から逃げている人間を見つけることができなかった。

 やむをえない、と決断した船長は、島へ向かった小舟に、戻ってくるようにと手信号を送る。上陸部隊は全員が死亡したと判断したのだ。

 小舟はすでに島の海岸まで近付いていたが、生存者がいなければ意味がない。これ以上の危険は冒さず、さっさと逃げるべきだ。

 小舟の船員たちは戻れの手信号を見たはずだが、すぐには戻ろうとせず、海岸の方に向かって何か叫んでいる。

 何をぐずぐずしてるんだ、と思った船長だったが、すぐに彼らが何を叫んでいるかわかった。

 海岸に兵士が二人立っていた。

 全滅したと思っていたが、逃げ延びた者がいたのだ。

 小舟の船員たちはその二人に向かって、


「早く船に乗れ!」


 などと叫んでいるようだが、二人の兵士はそこから動こうとしたない。

 船長にもあの二人の気持ちはよくわかった。

 他の仲間を見捨てて逃げるのを躊躇しているに違いない。

 だが魔獣の群れはどんどん海岸に近付いてくる。他の生存者の姿はどこにも見えない。

 これ以上待っても無駄だ。早く逃げろ――船長は心の中で兵士たちに呼びかける。

 その声が届いたわけではないだろうが、兵士たちが動いた。彼らもこれ以上は無理だと判断したのだろう。

 兵士たちが慌てた様子で小舟に飛び乗ると、船員たちは必死でオールをこぎ始め、急いで船まで戻ってきた。

 小舟が船に横付けしたところで上から縄ばしごを下ろし、船員と兵士を回収する。

 本来なら次に小舟を引き上げるところだが、今回はその余裕はない。

 すでに魔獣の群れは海岸付近まで到達していた。

 今、この船が停泊しているのは島の沖合二百メートルあたりだ。相手が普通の猛獣なら安全圏内だが、魔獣相手では安心できない。

 基本、魔獣は水を苦にしないからだ。陸に棲む魔獣でも、平気で川や海を泳いで渡ることを、船長は知っていた。


 魔獣と水については、後世の魔獣学の大家ドヴァ・バーン教授の実験が有名である。

 教授は魔獣におもりをつけて水に沈め、溺死するか実験したのである。

 沈められた魔獣は、水中で一時間以上も平気で動き続け、やっと動きを止めたかと思えば、水から上げると何事もなかったかのように息を吹き返したという。

 水に沈んでも魔獣は溺死せず、一時的に仮死状態になるだけなのだ。

 この実験結果について、ドヴァ・バーン教授は著書「魔獣大全」の中で次のように記している。

 まず、ほとんどの魔獣は泳ぎが上手い。中には体が重くて水に沈んでしまう魔獣もいるが、そんな魔獣も水底を歩いて渡ってくる。深い水の底に沈めても、魔獣は死ぬことなく眠りにつくだけである。魔獣にとって水はなんの障害にもならないのだ。


 ドヴァ・バーン教授の実験は、今より後の時代に行われたものだが、それ以前から魔獣が水に強いことは経験則でよく知られていた。

 だから船長も船員たちも、まだ安心していなかった。


「帆を上げろ! 出航だ」


 マストに帆が張られ、風を受けた帆船が動き出す。

 海岸まで到達した魔獣は、そのまま海に飛び込んでこちらに向かってくるが、向こうが泳ぐスピードよりもこちらの船足の方が速い。


「取り舵!」


 船首が左に振られ、島からゆっくりと離れていく。

 ここまで来て、やっと船長は一安心できた。


「どうにか助かったか……」


 だがこれからのことを考えると喜んでばかりはいられない。

 カンニガル教授を見捨てて、自分たちだけが逃げ延びてしまったからだ。

 もちろんそれは結果としてそういう形になってしまっただけで、自分たちにミスがあったとは船長も思っていない。あの状況では、教授を助けることは不可能だった。

 だが相手は貴族と関係のあるお偉いさんだ。やっかいなことにならなければいいが、と船長は不安に思った。

 貴族が絡んでくると、理論や理屈が通用しないことが多いのだ。

 貴族やその関係者が死んだりすると、下の地位にいる者が責任を負わされたり、見せしめとして厳罰を下されたりすることが多い。

 今回の場合、一番とばっちりを受けそうなのが、他でもない船長なのだ。

 まだ港に帰るまでは時間があるし、その間に対策を考えようと思った。船長にもそれなりの人脈や処世術があるのだ。何とかなると楽観的に考えることにした。


「船長、なんかデカイのがいます」


 見張りの報告に海岸の方を見れば、なるほど、確かに他の魔獣より明らかに大きいのが一体いる。

 姿は他の魔獣と同じで、二足歩行するトカゲといった感じだが、サイズは大人と子供、いや巨人と小人ぐらいの差があると思った。


「あれが親玉か」


 その魔獣の親玉が奇妙な動きを見せた。

 右手を伸ばすと、近くにいた魔獣を一体つかみ上げたのだ。

 共食いでもするのかと船長は思ったが、親玉は体をひねって右手を後ろにやると、ブンッと大きく振った。右手につかんだ魔獣を放り投げたのだ。船長たちが乗る船めがけて。


「なっ……」


 船長、そしてそれに気付いた他の船員たちは、自分たちに方に飛んでくる魔獣を、呆然と見上げるしかなかった。

 すでに向こうとの距離は、目算で三百メートルぐらい離れている。

 しかし魔獣は余裕でその距離を飛んできた。マストの上を飛び越えて、船の左前方に着水し、水しぶきが上がる。


「船長!?」


「落ち着け!」


 動揺する部下たちを船長は怒鳴りつけたが、彼にもそれ以上どうすることもできない。

 船には弓も積んでいたが、この距離では届かない。魔獣の親玉は一方的に、次々と魔獣を放り投げてくる。

 二体目、三体目と外れが続いていくが、幸運はいつまでも続かなかった。

 六体目で、ついに恐れていたことが起こった。

 魔獣が船の帆にぶつかったのだ。その魔獣は帆に爪を立て、それを切り裂きながら甲板に落ちてきた。


「帆が!?」


「それより奴を殺せ!」


 帆が破れるのは一大事だが、それよりまずは魔獣への対処だった。

 この船には五十人近い船員が乗っていた。軍船なので戦闘専門の水兵もいるし、他の船員も一通りの軍事訓練を受けている。

 人数的には十分魔獣と戦えるが、問題は彼らの装備だった。

 船の上で戦うことを想定しているので、彼らの装備は基本的に動きやすい軽装備だった。海に落ちる危険性を考えれば、重い鎧や盾などは装備できない。だがそのような軽装備は魔獣と戦うには不利だった。

 海洋魔獣との戦いも想定して訓練も行っていたが、その場合は船上と海上での戦いだ。船の舷側を登ってくるような魔獣がいたら、銛などで突いて海に叩き落とすように戦うのだ。

 甲板の上に落ちてくるような魔獣は想定外だった。

 それでも船員たちは勇敢に戦った。海の上では逃げ場はなく、戦うしかなかったともいえるが。

 数の差を生かして魔獣を囲み、とにかく斬りつける。超回復があるため半端な攻撃は意味がない。とにかく攻撃の手をゆるめず、殺し切らねばならない。

 魔獣の反撃を受けて負傷者も続出するが、被害を顧みず攻撃を続けた。

 これで落ちてきた魔獣が一体だけだったなら、すぐに倒すことができただろうが、島からの魔獣の投擲は続き、さらに何体か魔獣が落ちてきた。

 船が島から遠ざかり、向こうが投げても届かないことを悟った時点で投擲はやんだが、それまでに四体の魔獣が船に落ちてきた。

 船員たちは必死の戦いでそれらを一体一体倒していき、最後の一体まで追い詰めた。

 もちろん無傷ではなく、二十人近い死傷者を出してのことだ。

 だが何とかしのいだ、と船長は思った。彼も剣を取って魔獣と戦い、左腕を負傷していた。

 多くの犠牲者を出したが、この一体さえ倒せば逃げ切れる――と彼が思ったときだった。別の方から船員の悲鳴が聞こえた。

 慌ててそちらの方を見ると、船員が魔獣に襲われていた。最後に残った一体とは別の魔獣だった。


「どこから現れた!?」


 船長が思わず叫ぶ。

 そしてさらにもう一体魔獣が現れる。船の舷側を乗り越えて、甲板に上がってきたのだ。

 まさか泳いで追いついてきたのかと思った船長だったが、すぐにそうではないことに気付く。

 こちらに向かって投げ込まれた魔獣か!

 船の上に落ちてきた魔獣は四体だけだったが、あの魔獣の親玉はもっとたくさんの魔獣を投げてきた。そのほとんどが狙いを外れて海に落ちたわけだが、そこから泳いで船に取り付き、舷側をよじ登ってきたのだ。

 その可能性を考えておくべきだったと船長は後悔したが、もう遅い。

 船上に落ちてきた魔獣への対処で手一杯となり、誰も周囲の海に落ちた魔獣のことまで考える余裕がなかったのだ。

 海からはさらに魔獣が上がってきて、これで形勢は一気に逆転した。船員たちも必死の抵抗を続けるが、一人、また一人と倒されていく。


「なぜだ? なぜこんなことに……」


 やはりこんな島に近付くべきではなかったと後悔したが今更だ。

 すでに戦況は絶望的。そしてここは船の上で逃げ場もない。


「ちくしょうがあああッ!」


 罵声を上げながら、船長は魔獣に斬りかかっていった。

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