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異世界の竜騎士……になるはずが  作者: 中之下
第三章 仮面の騎士
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第64話 魔群の目覚め

 トカゲのような魔獣の体は粘液で覆われ、剣の刃は滑り、なかなかいい一撃を与えられない。また超回復によって、小さな傷はすぐに塞がってしまう。

 だが数で勝る兵士たちは、魔獣を囲んで優位に戦いを進め、徐々にではあるがダメージを積み重ねていく。

 魔獣の正面に立つ者は盾で防御を固め、背後にいる者が斬りつける。誰かが攻撃されれば、隣にいる者がカバーする。

 決して無理をせず、堅実に戦う兵士たちだったが、一人の兵士が深追いしすぎて前に出てしまった。

 大きく振り下ろした剣は、魔獣の背中をざっくりと切り裂いたが、魔獣はひるむことなく、その兵士の右腕に噛みついた。


「ぎゃあああッ!」


 兵士が絶叫する。彼の右腕はあっさりと食いちぎられ、肘から先、剣を持った右手がぼとりと地面に落ちた。


「後ろに下がれ!」


 他の兵士たちが、魔獣の気をそらそうと必死になって攻撃を繰り返す。

 魔獣がそちらの方を向いた隙に、傷ついた兵士は地面を転がるようにして後ろへ下がった。

 カンニガルの助手たちが駆け寄って、布で傷口を縛って応急処置を施すが、かなりの重傷だった。すぐにちゃんとした手当を施さねば、死ぬのも時間の問題だろう。

 だが負傷者はその一人だけだった。

 兵士の一人が魔獣の右足を切り裂くと、魔獣はバランスを崩して倒れた。ここぞとばかりに兵士たちが襲いかかり、剣を振り下ろし、突き立てる。

 こうなっては魔獣の超回復も追いつかず、ズタズタに切り裂かれて魔獣はついに動きを止めた。


「やったぞ……」


 兵士の言葉に喜びはなく、深い疲労がにじんでいた。


「ラング、大丈夫か?」


 重傷を負った兵士――ラングの周囲に兵士たちが集まり、心配そうな顔を浮かべる。

 だが彼の心配をしている余裕はなかった。


「あれを見ろ!」


 助手の一人が、湖の方を指差して叫んだ。彼が指し示す方向、湖の真ん中あたりを見ると、何かが浮かび上がり、こちらに向かって泳いできていた。


「ま、魔獣だ」


「あっちにもいるぞ!」


 今倒したのと同じトカゲのような魔獣が、湖の底から一体、二体と浮かび上がってくる。その数は次々と増え、あっという間に十体を超え、さらに増え続けていく。しかもその全てが、彼らのいる岸辺の方に向かって泳いでくる。


「全員逃げろ。急げ!」


 カンニガルの命令で全員が動きだし、登ってきた山の方へと走り出した。

 そんな中、一人の兵士が、重傷を負ったラングを背負って逃げようとした。


「少し我慢しろよ。必ず連れ帰ってやるからな」


「隊長、もういいです……」


 ラングが弱々しい声で言う。


「弱音を吐くな!」


「隊長を道連れにしたくありません。お願いですから、置いていって下さい」


「ラング……」


「お願いします」


 ついに隊長は足を止め、ラングの体を地面におろした。


「すまない」


「いいんです。ただ、俺も魔獣に食われるのはごめんです。隊長の手で殺して下さい」


 その言葉を聞いた隊長は、苦渋の表情で剣を抜く。


「それともう一つ」


「注文が多いな」


「最後ですから聞いて下さいよ。妻と子供によろしく伝えて下さい」


「わかった。お前は勇敢に戦って死んだと伝えてやるから安心しろ」


 隊長は剣を振り下ろし、見事一撃でラングの首を落とした。

 そしてすぐに彼は走り出す。

 感傷にひたっている暇はなかった。

 なんとしても生き残る――そう思いながら、彼は坂道を駆け上がった。




 カルデラ湖の岸辺から山の尾根まで登ると、そこから先は海岸まで下り坂だ。

 上まで登ったカンニガルは、そこで息を整えつつ背後をふり返る。

 湖からは続々と魔獣が出現していた。

 さらに湖の中央付近に、巨大な魔獣が浮かび上がる。

 大きさは他の魔獣の数倍。泳いでいるので全身をはっきりと確認できないが、顔の大きさから推測して体長は五メートル、いや十メートルあるかもしれないと思った。


「やはり私の考えは間違っていなかった」


 あの巨大な魔獣こそ、この魔群を率いる超個体に違いない。


「何してるんですか先生、早く!」


 ディーネに促されたカンニガルは、名残惜しそうにしながら再び走り出す。

 湖からここまでは上り坂だったが、ここからは下り坂だ。

 上り坂より楽でスピードも出るのだが、出し過ぎては危険なので適度に抑えねばならない。

 とはいえ頭ではわかっていても、実際に魔獣に追われている状況では冷静に行動するのは難しい。

 カンニガルの前を走っていた兵士の一人が、ついついスピードを出しすぎ、足をもつれさせて転倒した。


「うああッ!?」


 悲鳴を上げながら兵士は坂道を数メートル転がり落ち、岩にぶつかってどうにか止まった。

 命に別状はなかったらしく、兵士はすぐに立ち上がろうとしたが、脳震盪でも起こしたのかフラフラして中々立ち上がれない。これではすぐに走るのも難しそうだ。


「先生!?」


「ダメだ。そのまま走るんだ」


 そう言ってカンニガルは倒れた兵士の横を走り抜けていく。

 後に続くディーネも、心配そうに兵士の方を見たが、止まることなくカンニガルの後に続いた。

 すまんが助けている余裕はない、とカンニガルは心の中でわびる。

 チラッと後ろふり返れば、魔獣たちが山の尾根を越え、こちらを追って来るのが見えた。

 魔獣は凶暴で人間を見れば襲いかかってくる。ここの魔獣たちも、こちらを逃がしてくれそうにない。

 幸い、魔獣たちの足はそこまで速くなかった。四つん這いで走ってくるが、その速度は人間の駆け足程度だろうか。ここは下り坂だし、全力疾走すれば人間の方が速い。

 だが立ち止まったりすれば、すぐに追いつかれてしまうだろう。今は誰もが自分のことだけで必死だった。

 そして今度は兵士ではなく、助手の一人がつまずいて転ぶ。


「ディックさん!?」


 ディーネが転んだ助手の名を呼ぶ。だがそちらに気を取られたのがいけなかった。


「きゃあ!?」


 悲鳴を上げてディーネが転倒した。よそ見をして足を滑らせたのだ。


「ディーネ君!?」


 兵士を見捨てたカンニガルだったが、今度は急ブレーキをかけて止まり、慌てて彼女のところへ駆け寄った。


「大丈夫かね?」


「はい、どうにか――うッ!?」


 カンニガルにつかまって立ち上がろうとしたディーナだが、腰を上げたところで痛みに顔をしかめた。


「右足をひねったみたいです……」


「歩けるかね?」


「だいじょう――ッ!」


 大丈夫です、と言いかけたところで、またも顔をしかめる。


「すみません。ダメみたいです」


 泣き笑いを浮かべてディーナが言う。彼女はすでに自分の運命を悟っているようだった。


「そうか……」


 カンニガルも悲痛な表情でつぶやく。そしてこちら向かって来ようとしていた助手や兵士たちに向かって叫ぶ。


「残念ながらダメだ! 君たちは早く逃げろ」


「ですが」


 助手の一人が反論しようとした。

 ディーナは一行の中で唯一の女性だった。若い女性を見捨てて逃げるというのは、やはり抵抗が大きかった。


「すでにこの島の魔群は目覚めた。君たちは生き残って、このことを帝国に伝えるのだ。それが君たちの役目だ!」


 カンニガルが叫ぶ。


「行くのだ!」


 それで決心がついたのだろう。

 助けに来ようとしていた助手や兵士たちが、再び走って逃げ出した。


「すまなかったなディーナ君」


 穏やかな声でカンニガルは謝った。


「いえ、それより早く先生も逃げて下さい」


「いや私もここまでだ。偉そうなことを言ってもやはり年だな。息は上がるし、足はがくがくで、もうこれ以上走れそうもない」


 そう言ってカンニガルはディーナの隣に腰を下ろした。


「先生……」


「いいんだ。私ももう老い先短い。ここで死んでもそれほど悔いはない。だが若い君を付き合わせてしまった。本当にすまない」


「いいえ。私の方こそいいんです。あの日、先生に拾っていただかなければ、どうせ死んでいた身です」


 ディーナが穏やかな笑顔で答える。


「最後まで先生とご一緒できるなら構いません」


「あれからもう二十年以上か? 月日のたつのは早いものだ」


「はい。それまでゴミためで生きてきたような私に、先生は色々なものを与えて下さいました。出会ってから今日まで、私はずっと幸せでした」


「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるよ」


 少し離れた場所で、兵士の悲鳴が上がった。

 最初に転倒した兵士に魔獣が襲いかかったのだ。すでに魔獣はすぐ側まで迫っていた。


「これはちゃんと持っているかね?」


 カンニガルが懐から小瓶を取り出すと、はい、とうなずいたディーナが同じものを取り出す。

 万が一に備えて用意していた自決用の毒薬だった。カンニガルはこれをディーナを含む助手全員に手渡していた。


「私も君と会えて幸せだったよ」


 そう言ってカンニガルが毒薬をあおると、ディーナも同時に自分の毒薬を飲む。

 効果は劇的だった。


「ぐっ……」


 苦悶の声を上げたカンニガルが、胸のあたりを押さえて倒れ込む。

 そこへ折り重なるようにしてディーナも倒れ込んだ。

 すでに二人は死亡していた。

 そこへ魔獣の群れがやってくるが、死んでいるのがわかっているのか、二人の死体にはほとんど興味を示さず通り過ぎていった。




 トカゲのような魔獣と、人間の走る速度を比べると、人間の方が速かった。

 ただしそれは短距離に限ってのことだ。

 人間は全力疾走を長く続けられない。走れば当然疲れてきてスピードが落ちる。

 一方、魔獣のスタミナは無尽蔵だ。

 四つん這いで走るトカゲのような魔獣のスピードは、ちょっと速い駆け足程度だったが、どれだけ走っても疲れを見せず、一定の速度で追いかけてくる。

 途中で転んだりした者はもちろん、走り続けた者もバテて足が鈍り、次々と追いつかれていった。朝から山を登り、疲れていたのも影響していた。


「ちくしょう!」


 逃げられないとわかった一人の兵士は、剣を抜いて魔獣に斬りかかった。

 だが一体でも勝てない相手が群れで襲いかかってくるのだ。

 無謀な勝負に勝てるはずもなく、兵士は魔獣の爪で切り裂かれ、魔獣の牙で食いちぎられて絶命した。

 また助手の一人は、背後に迫った魔獣を見て観念すると、カンニガルから渡されていた毒薬を飲もうとした。

 だが震える手で小瓶を落としてしまい、岩に当たって粉々に砕け散る。


「あああああ」


 絶望の表情でそんな声を上げる助手の背後から、魔獣が襲いかかった。

 こうして彼らは一人、また一人と死んでいった。

 結局、山を登った十七人のうち、海岸まで逃げ延びた者は一人もいなかった。全滅だった。

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